アーケード・アンチヘイター episode-35 (期間限
久々の豪華な食卓だった。
まるでどこかのレストランにでも出てくるような、そんな料理の数々。
俺はちらりとウィナの部屋の方を確認すると、改めてウィナに向き直る。
――カレーですら本を見ないと作れないウィナが、どうやってこれを作った?
台所には例のレシピ本は置かれていないし、使った形跡もない。
そうすると、残された可能性は。
「……ありがとう。いただきます」
――ひとまず置いといて、まずは食べよう。
料理を冷ましてしまう愚かな行為は、今一番避けなければいけない最悪の事態だ。
俺は仰々しく礼を言いながら、目の前の食卓と対峙した。
そして結果から言えば、滅茶苦茶美味しかった。
どこか懐かしさを覚えつつも舌に十分なコクを残し、後味はそれでいて爽やかだ。
「……無利君、これ見た目だけ旨そうだけどくそまずい! を予想してなかった?」
「思ってない。 していない」
全くしていないと言えば嘘になるが、コンマ%の域なので大目に見て欲しい。昨今の消費税より余程良心的だ。
ウィナのジト目をなんとか受け流しながら、残った貝のみそ汁をズズーっと飲む。
「うん、うまい。これはうまい」
「よかった! なんかね、上手くできる気がしてね」
「……」
柔らかく微笑むウィナを見て、俺は自らの疑問を表に出すか迷う。
それを言ってしまったら、何かの引き金を。
致命的な何かを引き起こしてしまうかのような、そんな漠然とした不安。
「……無利君?」
ウィナが顔を覗き込んでくる。
無意識に話題を逸らそうとする自分に気付き、それを思考で押し留める。
結果何を言う事もできずに、乾いた声が出るだけだった。
そこに。
「……うん、無利君の言いたい事、わかるよ」
「……え?」
「なんで記憶障害なのにこんなもの作れるのか、って。そんな顔してる」
ウィナが引き金を躊躇なく引き、迷ってる自分を追い抜いてしまった。
俺は短く頷く。そこまで看過されて、認めないわけには行かなかった。
ウィナは少しの間――いや、実際にはそれなりの時間だったのかもしれない。だが俺にとっては短い時間ウィナは言葉を選び、続ける。
「なんか知識とか、そういうのは――少しずつ、引き出せる? ようになったっていうか……」
「記憶を、引き出す?」
どこかで聞いたフレーズだった。しかしそれがどこだったか、記憶に霞がかかって思い出せない。
「うん。なんかその気になれば……一部? わかるようになってきた……と思う」
「なるほど……その結果が、この料理か」
「うん。これはね、告白みたいなもので」
「……告白!?」
「あ、いや、そうじゃなくてね!?」
突然の流れに心を持っていかれそうになったが、ウィナの否定の言葉に現実に引き戻される。
「記憶が戻りかけてるかもって、告白。言葉で伝えようかとも思ったけど、なんか改めて言うのって恥ずかしくて」
照れ笑いを浮かべるウィナは、同時にどこか困った顔を浮かべる。
「そうか……」
俺はそれを聞いて、無意識にネガティブな響きで返答してしまった。
すぐに気付きそう返してしまった自分に戸惑う。ウィナの記憶が戻りそうなのは喜ぶべき事のはずなのに、何故ネガティブになる必要があるのか。 俺はすぐに声調を戻すべき息を整えようとすると。
「えへへー」
「うぇ!?」
ウィナは突然満面の笑顔を浮かべると、背中から抱き付いてきた。
何がなんだかわからない。 俺は失礼な対応をしたのに、何故抱き付かれたのかわけがわからない。
そう俺が本気で慌てていると。
「残念がってくれて、うれしい」
本当に。
本当に嬉しそうな声を、ウィナは出した。
「それって今までのわたしが。 《多分ウィナ》が、嫌いじゃなかった……ってことだもんね」
そう言われて、俺は自分の気持ちに初めて気付いた。
俺はウィナが嫌いじゃなかった。むしろ――。
「記憶が戻ったら、今の私ってどうなっちゃうのかな」
その先の思考を塗り潰すように。ウィナの明るい声が響き渡る。
「私を思い出したら、わたしは私になるのかなぁ?」
凄く楽しそうな声。
心底幸せそうな声がしているのに、背中はどんどん湿って行く。
そしてウィナの体温は、有り得ない程暖かくて……。
しばらく俺が動けずにいると、ウィナが突然崩れ落ちる。
慌てて触れたウィナの額は、通常の体温では有り得ない程熱かった。
「……熱があるんなら先に言えよ」
「えへへ、ごめんなさい」
「えへへじゃないぞ全く……ほら、氷枕」
「んっ、冷たい」
「そりゃ氷だし」
布団まで運んで寝かせると、ウィナは少し気分が良くなってきたようだった。
熱は当然収まっていないが、先程までしていた激しい動悸は楽になっている。
「でも、今日の対戦のお呼び出し……」
「その体調で連れて行けるわけないだろ、馬鹿」
そう、今日はいわゆる単位不足による補修の日だった。
対人戦闘を避けてきた俺は自分のランクに相応しい単位を稼げていないので、その分の帳尻に学校側が用意したプレイヤーとの対戦を定期的に行なわなければいけない。
「残念だなぁ。無利君の試合、また見たかったのに」
「今日もさっき見ただろ。今度リプレイで見れるって」
「……そうだね。今度、一緒に見れるよね」
不安そうに言うウィナに視線を向けると、俺は顔を掴み、その視線を至近距離で真っ直ぐ見つめる。
「ふぇ!?」
「記憶が戻ったってウィナはウィナだ。急に別人になったりはしない」
「……」
「だから、ちゃんと寝てろ」
ぶっきらぼうにそう言い放つと、ずれて落ちた濡れタオルをもう一度額に掛ける。
ウィナは更に顔を赤くして、布団をたくしあげた。
「余計に熱上がっちゃうよ、そんなことされたら……」
「……いいからちゃんと寝てろ。体調やばいならやっぱりさぼって――」
「ううん。そこまで迷惑かけるわけには行かないし、ダイジョブだよ。風邪ってわけでもないんだし」
正直かなり心配だが、補修をさぼったらここの部屋に学校関係者が合鍵を持って突入しかねない。とても心配だが、ひとまずはウィナの言う事を信じるしかない。
俺はもう一度出かける前に念を押しながら、背中を引かれる思いで家から出た。
「わかった。絶対外に出るなよ? フリじゃないからな?」
「わかってるってば。いってらっしゃい、無利君」
私は苦笑いを浮かべながら、無利君を布団から見送る。
そしてやっぱり、改めて思う。
――わたしは、無利君が好きだ。
熱のせいだけじゃない。今の自分の想いは、心は間違いなくそう思っている。
いや、そう――思えていた。
思い出さなければ――このまま、好きでいられたのに。