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アーケード・アンチヘイター episode-36 (期間限


 会いたくない人間に会った。
 そう思ったのは、客観的に見ればお互い様だったはずだ。
「よ、久し振りだなー元気だったか?!」
 カラカラと笑う目の前の男は他でもない、俺の親友である割斗《わりと》だ。
 同時に俺が死なせてしまった鞠《まり》の兄でもある。
 鞠の夢を見たせいもあり、俺がどう接していいかわからないでいると――。
「なんだよ、まだ妹のこと気にしてんのか?」
「……」
「いつも言ってるだろ。悲しい事やどうにもならない事は、笑って乗り越えろって」
 これなのだ。俺の親友である蛇内の座右の銘――どんな物事も笑い飛ばせ。嫌いな考え方ではないし、むしろ尊敬できぶ部分も多々ある。だが――。
「……鞠の死のこと、お前は笑い飛ばせるのか?」
「ああ」
 即答だった。一瞬たりとも逡巡も躊躇いもない、迷いのない即答。
 あの事件の直後、俺が蛇内に謝りに行った時も――コイツは笑い飛ばしたのだ。俺の事を悪くないと言い、同時に妹の死も、ただ笑い飛ばした。
 ある種狂気すら感じてしまったが、俺にそれを疑う権利も、糾弾する資格も無い。
「あの事件で無利に責任はねーよ。火事の中に一緒に突っ込ませたわけでも、銃で狙撃されることがわかってたわけでもねー。原因の一端が無利にあったのは確かかもしれねーけど、悪いのは撃った奴であって、状況をたたまたま作っただけの奴は悪くねー」
 愉快そうというわけでもなく、ただ事実を笑うように、蛇内は笑う。
「ソイツがわからねー以上、笑うしかねーだろ! 無利みたく俯いて過ごす事を鞠は絶対に認めねーし、それを良しとするとも思わねー」 
「……悪い」
「……押し付けもしねーよ。俺が俺は笑うべきだと思ってるから、笑ってるだけだ。オマエは好きにすりゃいい」
 その考えを眩しく思うと同時に――強いと思う。
 仮に俺が自分の大切な人を、友人が原因で失ったとしたら。
 恨まずにいられないはずだ。憎しみを覚えずにはいられないはずだ。
 それなのに何故気さくに話しかけるのか。友人として有り続けようとできるのか、俺にはわからない。
「ただまー、最近は俯きデフォってわけでもないみたいだな」
「?」
「対人戦、最近ちょいちょいやるよーになってるだろ。 あれ以来対機しかやらなくなったのに」
 履歴でも調べたのだろうか? 俺は戸惑いつつも短く頷く。
「なんだ、心境の変化でもあったのかー?」
「別に、CPU戦……対機だけじゃ単位が稼げなくなっただけだ」
「フツーに授業受けろよそこまでするんなら!」
「少し前までは行ってたさ……対機と通常の授業受けても、現状の単位維持するのは難しい」
 特区はゲームをすれば単位を稼げる狂った地域だが、別に勉強の場が無いというわけではない。 通常の授業でもそれなりの単位はもらえるし、大まかの時間を学業に捧げれば最低限の生活はできる。
 だからウィナと会うまでは授業と対機戦闘の両方を適当にこなしていたのだ。
「現状維持、ね?」
「なんだよ」
 にんまわりと笑う蛇内に俺は訝しげに顔を向ける。
「いやー別に? ただ無利が現状維持なんて事に拘ってるとは思わなくてなー」
「……」
「お前ならそうだな。ランクが底辺になろうが人権を失おうが、それは罰だ! とか思ってそう」
「……そんなんで罰になるとか思ってるならそれこそ駄目だろ」
「即答できるって事は一度は考えたことあるってことだよな?」
「……ぬ」
 油断するとすぐこれだ。蛇内とは付き合いが長いせいで、会話の間の置き方一つですぐに何かしらを悟られてしまう。表情には出していないつもりなのだが、コイツから見たら変わっているのかもしれない。
「事実対機専門の時は補修ですら殆どやる気なかったみたいだしな。でも急に対人戦闘を少しずつやり始めた。無利は生活を維持したいからとか、そういう理由で急に単位を稼ぎ始めるとは考えにくい。よって答えは」
「……」
「女か!?」
 俺は反射的に吹き出し「違う!」と答えようとするが、我に返る。
 確かに最初に《紫電》との戦った理由も、タクトと戦った理由もそれぞれいきさつがあったが、今単位走りに奔走しているのは間違いなくウィナが家にいるからであり、ウィナは実は女の子なのであった。
「あ、図星だなその間は」
「今急いでるんだよ。補修に間に合わない」
「少しぐらい許してくれるって」
「そんな保証は無い」
「俺が保証する!」
「オマエに保証されても意味ないんだよ!」
「いーや、あるね!」
 俺は片手で頭を抱える。いつもこうだ。蛇内と話すとすぐペースに乗せられてしまう。
 本来なら普通に話す事すら許されない間柄のはずなのに。
 過去にわだかりのない、普通の友人のように会話してしまう。
 許された気に、一瞬でもなってしまう。
「……植実の事、まだ探してるんだって?」
 そんな思考に割り込むように、蛇内は少し遠くに響くような声で、そう言った。
 俺は少し意表を突かれ、頷く。
「タク……いや、外部の人に聞いてもわからなかった」
「よく聞けたなーそんな情報」
「色々あったんだよ」
 軽々しく話していい事件ではなかったので、そう短く答える。
「そうかー。でも安心した」
「安心……?」
「そりゃそうさ。新しい女ができたって――無利はまだ、植実を気にしてる。安心しないわけがあるか」
 だからそういうのじゃない女じゃないと反論するより前に。
 俺は寂しそうに笑う蛇内の顔を見て、何も言えなくなる。
「名前だけしか知らないけど、今の相方はウィナとか言ったか? その子が誰かは知らない。いや、知らないからこそ言う。植実には無利しかいない」
「おまえだって――」
「俺じゃ駄目だっつの。わかってないな無利は!」
 心底愉快そうに、蛇内は笑う。
 そして笑いながら、本当に楽しそうに笑いながら

「だから、今日は伝える為に来たんだ。植実の居場所を」

 予想だにしない台詞を、言い放った。