シューティングラーヴェ(はてな)

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アーケード・アンチヘイター episode-39  (期間限


 こうして俺と植実は特区大会のタッグを組む事になった。
 植実は動体視力や脳の反射速度が優れているようで、並大抵の攻撃を視認してから回避する事ができる。
 といっても、逃げている時に攻撃を視認して避ける事は決して難しい事ではない。 距離を取るように動いているわけだから、必然的に避けるまでの猶予がその距離だけ多く生まれる。
 しかし植実は、敵に高速で接近している最中でもそれができる。
 どれだけの近距離であろうと、相手の攻撃モーションの出だしを見てからそれに対応した動きが出せる。
「言うが易しだ。そんなのは……」
 そう、言うが易し。 
 それは機体の性能や身体がそれについていければ等の外的要因を排除すれば『近距離戦で負けない』と言っているのと同義なのだ。
 そんなのは近接戦闘の否定だ。対応までの時間がコンマの世界だからこそ経験からの先読みが生きる世界なのに、植実は相手の出す隙の少ない小技に、外すとリスクのある無敵技を常に合わせられるのだから。
「完全に足引っ張ってるよなぁ……」
 一番にならないか――等と言ってみた相手が実は自分より滅茶苦茶強いなんていうのは笑い話にもならない。嬉しい事ではあるはずなのだが、それ以上に自分に不甲斐なさを感じざる負えない。
「なーにやってるの。こんなとこで」
 屋上でため息をついている俺の背中から声をかけられる。
 聞き覚えのある声なので振り返らなくてもわかる、その声は――。
「蛇内か。随分声が高くなったな」
「鞠よ鞠! 普通男と女の声間違えるフツー!?」
「冗談だよ。それに、別に間違いじゃないだろ」
「そうだけどさぁ……」
 兄蛇内翔矢、妹蛇内鞠なのだからなんの問題も無い。しかし鞠は不満そうに。
「紛らわしいし一緒にされてるみたいでなんか嫌。鞠って呼んでよ!」
 こう言った。正直耳タコになる程聞いている言葉だ。
「百も承知してる。百も承知しているからこそ言ってる」
 そう言ってしまった次の瞬間、怒り狂った鞠にポカポカ叩かれたのは言うまでもない。
 いや、どちらかといえばその擬音は相応しくない。半濁点よりも濁点と言う方が相応しい――つまりはマジで痛い打撃を背中を受け、割と冗談で済まない痛みを発していた。
「……やめてくださいお願いします」
「ん。わかればよろし」
 鞠は何故か自慢気な様子で、口をオメガにひん曲げながらそう言う。
「で、何やってたの」
「相方への劣等感を噛み砕いてたとこ」
「あー、植実……ちゃんだっけ」
 植実の事は蛇内にも鞠にも一度紹介してある。二人とも――特に鞠は凄まじく驚愕していたものだ。そんなに俺が誰かを連れて来たのが珍しいのだろうかちくしょう。
「無利は弱くはないけど秀でてるって感じじゃないもんねぇ」
「残念ながら仰る通りだ……」
 そう、本当に仰る通り、俺は何かに秀でてる部分があるわけではない。
 格闘戦や瞬発力、回避技能では運動神経が優れている鞠には遠く及ばないし、蛇内のような詰め方ができるわけではない。
 ましてやその二人に対しても特定距離で勝ち目無しとまで言わしめた植実とは、比べるまでもない。

「……声の出せない子なら、必要としてくれるとでも思った?」

 ――そんなネガティブな感情を、吹き飛ばすように。
 容赦なく躊躇なく、鞠は言った。
「どういう意味だ。それ」
「言葉通りよ。相方になってくれって持ちかけた時無利は――この子なら必要としてくれるって、どっかで思ったんじゃないの? 声の出ない子に進んで関わる人なんてここにはいない。 だからただ声をかけるだけで、無利はあの子にとって特別になる。なんの努力もしないで、無利はあの子に必要としてもらえる」
「……やめろ」
「でも実際は、助けてあげる立場だった自分よりもあの子は数段も強かった――それじゃ、必要とされている実感が沸かない。満足感も得られない」
「やめろ! 何をわかったようなことを……!」
「じゃあ無利がわかってよ!!」
 気付けば、鞠の瞳は少し潤んでいた。
 それでいて、吠えるように怒っていた。
「別に色んな人に必要とされなくたっていいじゃない! 色んな人にいらないって言われても、私とお兄ちゃんが無利を必要だって思ってる。大事だって思ってる! 昨日だって色んな人助けて回ってたけど……危ないよあんなの! 命が幾つあったって足りないよ!?」
 熱くなりかけた思考が、少しずつ落ち着いてくる。
 昨日は学校から飛び降りようとした子を止めようとした結果自分が落ちてしまったり、椅子を譲ろうと立ち上がったら床が抜けて骨を折ってしまったりしたが……。
「あれは俺の不始末であり助けて回ったのが原因ではない気がする」
「だったら何もしなきゃいいじゃん! そういうことしたら酷い事になる星の元生まれて来たって言ってたじゃん!」
「それで周りが被害及んだことって殆ど無いし、昨日の人達だって喜んでくれたろ?」
「アンタが危ないって言ってんのよこのスットコドッコイ! 殴るよ!?」
「殴られるのも十分危ないよなぁ!?」
「……とにかく! あの子も絶対ワケ有りなんだからさ……必要とされる為に必死になんか、ならなくたっていいよ。それとも、私達だけじゃ不満なの?」
「……」
 真っ直ぐな視線だった。
 これ以上茶化すのも悪い気がした俺は、息を吐く。
「別に不満じゃない。俺だって二人にそう思ってもらえてるのなら、それはすんげぇ嬉しい」
「なら……!」
 今鞠はきっと、嬉しそうな顔をしているだろう。
 だから俺は視線を外に向けたまま、続ける。

「でもごめん。やっぱどこか不安なんだ」

 それは、微笑んでいたかもしれない顔を曇らせる言葉だったかもしれない。
 だけど今の俺の、嘘偽りない本心だった。
「信頼してる人間に『いらない』って言われた人間はさ。きっとその何倍もの人間に『必要だ』って言われないと、不安から抜け出せないんだ。表ではこの人に必要とされてるから大丈夫、大丈夫って言い聞かせても、どこかで引き摺り続ける」
 鞠が唾を飲み込む音が聞こえて、俺は少し声のトーンを変えて話を続ける。
「……二人の気持ちを不安に思ってるわけじゃない。でもここは『特区』だ。俺達がお互いを必要だと思っていても、ここの上の連中に『いらない』と判断されたら、問答無用に人権をはく奪される――俺達が誰かを必要だと思う気持ちは、力が無ければ他人に奪われる」
「だから――人助けなの? そうすれば力が手に入るの?」
「少なくとも俺は、誰かに必要とされる事は力だと思ってる」
「……そうだね。そうかもしれないね」
 有能な人程対価を――お金をもらえる。
 そして本来、お金が無ければ生きていくことはできない。
 それはつまり、この世界に必要とされる人間であれば生きていてもいい、ということだ。
 その必要とされる度合いが高ければ、誰かを生かす事だってできる。
 間違いなく、それは力と呼ぶべき物だ。
「その為に植実ちゃんに必要とされたいの?」
「一欠片も無いと言ったら嘘になるけど……単に、アイツも同じだと思ったんだ」
「目指しているのが――?」
「ああ」
 植実の境遇を見て、だけではない。
 なんとなく、同じ方向を向いてると思った――相方に誘った理由は、多分それだけだった。
 それを聞いた鞠は、でっかいため息をわざとらしく吐きながら、やれやれと首を振る。
「……わかった。でも身体は大事にしてよ。無利に替わりなんてないんだから」
「ここに来た人間にとっちゃ殺し文句だぞ、それ」
 俺は悪戯っぽく笑うと、鞠は顔を真っ赤にして
「別に口説きとかじゃないからね!? 単に無利が無理しないように」
「はいはい」
「もー! 人がせっかく真面目なのに!!」
 じたばたと怒りの矛先を求めて拳が空を切る。
 俺は内心冷や汗を流しながら苦笑いを浮かべた。
「その為にはまず優勝……特区外にも行けるようになるみたいだし、優勝を目指す。でもその為には」
「植実ちゃんの足を引っ張らないような武器を手に入れないといけない、と」
「……ふりだしにもどる」
 再び頭を抱えて考える。まだ飛翔幻機の戦術を考える方が易しい議題だ。
「まぁその内見つかるんじゃない? 無利にも長所はあるしさ」
「長所……例えば?」
 本来なら「俺の長所ってどこ?」等と真顔で聞くのは死ぬ程恥ずかしいのだが、今は藁をも掴みたい心境なので聞いてみる。鞠はそういうところでは正直なので、決して嘘はつかないはずだ。
「えーと……」
「……」
「回避も私より下手だし……運動能力も私の方が高いし……多分近接戦闘も私の方が……」
「泣くぞ?」
「えーとえーと、そうだ。ほら、さっきの!」
 既にどんよりマークが自分の周囲に漂っているが、ジト目で聞いてみる。
「私の方チラリとも見てないのに声、優しくしたよね。 私声も出してなかったのに」
「……」
「後ろに目でもあるんじゃないかって思っちゃったよ」
「そりゃそろそろ鞠とも長い付き合いだからな。これを言ってしまったらショックで寝込んでしまうだろうな、とかそのぐらいは俺にも――」
「いや、そこまでではないよ?」
「っていうかそもそも飛翔幻機と何の関係も――」
 そこまで、思考を進めた所で。
 俺はようやく、一つの答えに辿り着いた。