シューティングラーヴェ(はてな)

シューティングラーヴェの移行先

アーケード・アンチヘイター episode-40 (期間限

「へぇ、鞠の奴とそういう話してたのか」
 目的の遊肢船に向かいながら、懐かしそうに蛇内は目を細め、笑う。
 俺はそんな蛇内を眩しそうに見る。
「蛇内の事は、昔から凄いと思ってた」
「へ、俺?」
「蛇内は、誰かにいらないと思われようが笑っていた。ああ、そういうこともあるよなって、笑えていた」
「鞠には人間っぽくないって不気味に思われてたけどなー」
 いじけた風を装い、蛇内は笑う。 俺はそれにつられて苦笑いを浮かべながら。
「俺はそこまで強くなれない」
「強い、ね。どーなんだろうな。オレの座右の銘ではあるが、笑える事は強さなのかねー?」
「?」
「オレ自身の生き方が『強い』とは、オレ自身思ってないってことだな。もし本気で自分の生き方に強さを感じてるなら、オレはオマエにも笑う事を押し付けてるっての」
 意外な言葉だった。俺が蛇内だったら間違いなく自分に誇りを持っていたであろうと思っていたからだ。
「みんな自分以外の誰かの事は強く思えるもんなんだろ、多分!」
 多分、と曖昧な言葉を選んでいるのにも関わらず。
 蛇内の言葉には確信に似た響きが含まれていて――しかし俺は頷く事ができなかった。
 それが顔が出てにしまったのか、蛇内は笑う。
「オレはお前のが強いと思うけどなー」
「へ?」
「おっと勘違いするなよ。今流行の『褒め合い』を仕掛けたいわけじゃない。俺は単純にすげーと思ってたんだよ」
「それ結局褒めてないか?」
「だって無利は色んな人に必要とされるような人間になりたかったんだろ? でーもそれってさ」
 一瞬の間を置いて。

「やろうとして、誰もがなれる事じゃないだろ? なれなかったらどうするんだ?」

 その、一言。
 ただの当たり前の事実を語ったその一言に、全てを持っていかれそうになった。
「俺は笑い飛ばし、鞠は自分のされた事に耐え続けてきた。 お前は目指す事で『いらない』とされた事を乗り越えてきた。でも、無利のだけステージ難易度が高いだろ。誰これ構わず助けてた無利のことを、相手は本当に必要だと思ってくれてたか?」
「……」
「オレには自分が辛い時だけ縋る藁としか思っていないような奴が大勢いたように思えた――つまりあれを続けても、おまえは」
「……昔の話だろ。今は目指しちゃいないし、その資格もない」
 本当に必要だと思ってくれていた奴を死なせておいて、何が『多くに必要とされる人間を目指す』だ。
 俺は手を広げる前に、もっと掴むべき相手がいたはずなのに。
「でも、無利は諦めてないだろ? 諦めてる奴が、火事の中にまた飛び込んだりするわけだろ」
「それは……ってちょっと待て、どこまで知ってるんだ?」
 ここまで聞いて、ようやく違和感を覚えた。
 幾らなんでも俺の周囲の事を知り過ぎてる。
 『気になっていたから調べていた』の域は、超えているように思えた。
「聞いたんだよ。無利に詳しい人に」
「詳しい人……?」
 笑いながら言う蛇内の言葉を聞いて、俺は思案する。
 俺が火事に関わったことを知っている人――伊勢島さんを初めとした施設の人達? タクト? どれも俺に詳しい人という表現は相応しくないように思える。
 首を傾げそうになるが、その過程で施設の人達や――佐藤さんやタクトの事を思い出した。
『歳を重ねた人達の維持にはお金がかかる。 君達はゲームをすることで特区の上層部にデータを提供しているけれど、ああいう施設に入っている人達はそうはいかないんだ』
 仮に特区で利用される存在だけでなく、誰もに必要とされる存在になれたなら。
 二人目のタクトや入居者の人達を生み出さずに済む力が手に入るのであれば、それはどんなに。
「どーした?」
「いや、なんでもない。それで、詳しい人って一体」
「お、見えてきた!」
 蛇内が促した方向を見ると、巨大な船である《遊肢船》が確かに視認できた。
 とにかく高さがあり、甲板の位置もマンションの二桁階層と遜色ない程高い。
 なんでそんなトンデモな大きさを誇っているかと言うと、中に大型の体育館のようなエリアを詰め込んでいるからだ。そこには全ゲーム対応の――専用の拡張現実投影施設も備わっている。
 簡単に言ってしまえばゲームの機体やキャラが実際にいるように映し出せることのできる夢のような機能なのだが、まだ特区全体には浸透しておらず、こういった一部の施設のみで使われているのだ。
 当然生身で見えるようになるわけでなく、専用のクォーターヘルメットは必要なので、俺は好きではない。
 あのヘルメットがあるのであれば《憎染機構》も使えるからだ。
「そういえば《憎染機構》女の子助ける時にも使わなかったんだろ? まだ使えないのか?」
「そんなことまで知ってるのか……」
 恐らくウィナと四宮達に乱入した試合の事を言っているのだろう。俺は溜息を吐く。
「確かに使えないけど、使えたとしても俺はアレは使いたくない」
 そう、俺は実装直後に行われた《憎染機構》の適正判定でいわゆる無適性の烙印を押された。
 つまり、使おうとしても使えないのだ。もしタクトが使いこなしていたとしたら、結果は間違いなくあちらの勝ちだったはずだ。
「おまえなぁ、いい加減アレ使えないと無利の目的だって達成できないぜ? 今年こそ優勝するんだろ」
「……」
「その女の子を助けに乱入した時だってそうだ。もし使えていればもっと確実に助けられたかもしれない。仮に助ける事に失敗して、その子が酷い目にあっても『使えないままでいい』って言えるのか?」
 ウィナがそうなってしまった場面を想像しそうになって、慌てて頭から振り払う。
「そもそも前提からしておかしい。好き嫌い以前に適性が無いんだから仕方ないだろ」
「オレはそう思ってないんだって! 無利はやればできる子だ!」
「と言われても」
「……っとまぁ、そう駄々をこねると思って考えたんだよ」
「……考えた?」
「無利が憎染機構を使えるようになるにはどうしたらいいのかをさ! だから先生に、運営側になった」
 一瞬、蛇内が何を言ってるのかわからなかった。
 プレイヤーではなく運営になった。確かに蛇内はそう言ったのだ。
「そんな簡単になれるものなのか……?」
「簡単じゃなかったけど、大会の成績自体は悪くなかったしなー。努力はしたけど、なれた」
「……鞠が死んだ時、お前言ってたよな? 無利は恨まないけど、事件を揉み消してロクに捜査しなかった運営は許さないって。それなのに何故」
 何故。
 何故その恨んでいた『運営』になり、その為の努力までしたのか。
 俺には蛇内が考えている事が、全くわからなかった。
 そんな心情を知ってか知らずか、蛇内は船の前で手を広げて、大仰に言い放つ。

「遊肢船へようこそ道乃瀬無利! 実技補修の相手はこのオレ、蛇内翔矢だ!」