シューティングラーヴェ(はてな)

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アーケード・アンチヘイター episode-41 (期間限




運営。
 ゲームを作ってる側や調整する側の人間を差して言う言葉だったが、ここではもう少し広義的に使われる。
 学業を含めた指導員――所謂『先生』という意味合いも含まれている。
 特区で起こった事項を伝えるか否かを決めるのも運営。新聞の内容を決めるのも運営。
 一言で言えばこの特区そのものの運営だ。当然それに憧れる者も多いし、逆に嫌う者も多い。
 蛇内も運営を嫌っていた一人だった。鞠の死因を追及しなかった運営を心底嫌っていた。
 そのはずだったはずなのに、なんで。
「補修の相手――? お前が、運営?」
 足音がやけに響く冷たい金属の床を歩きながら、俺は蛇内に問いかける。
 そうせざる負えなかった。
「そーだ。笑えるだろ?」
「笑えるわけないだろ」
「無利ならそうだろな。でも、俺は鞠の件も笑い飛ばすって決めたんだよ」
 そう言いながら本当に笑い始める蛇内に、俺は狂気を感じた。
 コイツは本当に、鞠を失った事に何も感じていないのか……?
 蛇内は無理やり現実を笑う事で、全てを乗り切る強さを持った奴だと思っていた。
 でも、本当は。
「蛇内。お前本当は俺の事も、運営の事も恨んでるんじゃないのか? それで運営を中から破壊してやろうって、俺を叩きのめしてやりたいって。そうなんだろ?!」
「だから違うって」
「なら俺はお前の考えてる事がわからない! お前は何を考え、お前がそうしたのかわからない!」
「だろーな。でも、俺にはわかるぜ? 無利の考えてる事」
 何を……そう言い返そうとしたのに、息が詰まった。
 振り返った蛇内の表情が。
 余りにも、寂しそうな笑みを浮かべていたから。
「妹が死んだのにその原因を作った俺と友人を続けようとするのはおかしい。俺にはその資格がない。俺はもう目標を目指さない。俺には資格がない……そんなとこだろ? オレには植実の考えている事はお前にみたいにわかることはできなかったけど、無利の事はよくわかってる」
「……」
「鞠を失った事は悲しいさ。でも」
 蛇内は笑みを浮かべながら、俺を正面から見据えた上で。

「――俺は妹と一緒に、夢と親友まで失いたくない」

 そう、言い切った。
 一点の曇りも、迷いも見られないその言葉に、俺は二の句を告ぐ事さえできない。
 だが辛うじて、浮かんだ疑問を表に出す。
「……夢……?」
「だけどこう言ったって 『そうだったのか!』 って納得しないよな無利は」
 蛇内は前に向き直り、船の中央部《巨大投影施設》に足を踏み入れる。
 促されるままに俺も踏み居り指定された位置に付くと、掌を乗せる新型の球状スティックの感触を確かめる。
 以前利用した事があるが、やはり好きになれない。昔ならではのスティックが一番だ。
「……ウィナの方が感触は好きだな」
「そうそう、ウィナって子。なんで連れて来なかったんだよ。相方一人連れて来いって資料に書いてあったろ?」
 投影施設の反対――いや、対面側に立つ蛇内が言う通り、送られて来た補修の資料には持ち物欄に《相方》と記載されていた。一人が基本のはずの補修としては異例だったが、観戦者としてならともかく、運営に個人情報を即座に割り出されるプレイヤーとしての参加はさせるつもりはない。それに――。
「ウィナは今風邪で寝込んでる。連れてくるわけないだろ」
「そりゃ残念だ。手伝ってもらいたかったのに」
「……手伝う? それよりも植実はいつ――」
 この船の中に来ると蛇内は言っていたはずだが、補修試合を先にするという事なのだろうか?
 もう来ているのであれば、久々に試合を見てもらいたかったのだが。
「ああ、もうこの船の中に配達されてるよ」
 妙な言い回しだった。俺は思わず眉を顰める。
「配達? 植実は物じゃないんだぞ。仮に植実でも配達物みたいに言うのは――」
「悪い悪い、そうだよな」
 そこまで言った所で、目の前の投影施設が突如音を上げで起動した。
 問答無用で戦闘開始かよ! と思い自分の機体を呼び出す為に投影施設専用のカードを取り出す。
 俺の自個幻機のデータはここに全て記録されている。リーダーに通し、機体認証を開始する。
 その間にクォーターヘルメットを着用し、目の前に自分の機体の映像が――。
「おい蛇内」
「どした」
「これは何の冗談だ――?」
 機体が目の前にまるで存在しているかのようなリアルなビジョンとして投影されている。
 それはいい。初体験の時こそ感動すべき事項の一つではあるが、既に経験済みなので感嘆すべき事であっても驚愕には至らない。
 だが同時に投影された、ステージの背景がおかしい。
 背景には巨大な透明カプセルが配置されていて、中には液体共に女性の裸体が保存されていた。
「アダルトビデオでも背景データに入力したのか? ……そういう趣味と幻機戦を混同するなよ蛇内……」
 若干ジト目になってヘルメット越しに蛇内を見る。それに対して蛇内は軽く笑う。
「んな事しねーよ。これはこの船の中に実際にある映像だ。顔、見て見ろよ」
「顔……?」
 映像は下から少しずつ表示されているので、まだ首までしか表示されていない。
 訝しげにそちらを注視し、表示されるのを待つ。 鈍い音と共に、瞬時に残り全ての映像が表示された。
 そこには。
「首が……無い?」
 生々しい切断面がそのままに、その裸体の首は存在していなかった。
 その切断面から肉やら血液が漏れる事はなく、時が止まったかのように凝固している。
「《憎染機構》の延長の技術なんだそうだ。特別な液体を作り出して、その中にいる物質は何があっても劣化しないらしい」
「憎染機構……? あれは単にゲームの」
「ゲームにだけ留まる技術なわけないだろ! あれはゲーム内での機体性能をアップするような物じゃない。人間の脳に影響を与えて集中力や反応速度を極限状態に持っていく代物だ。端的に言えば『機械が感情を糧にして人体に影響を及ぼす』程の何かを生み出してるんだぜ?」
 確かに《憎染機構》からは何か底知れない恐怖や嫌悪感を覚えていたが、その原因がようやくわかった気がする。だが、だとすれば――。
「唐突に実装された憎染機構はこういった液体を作り出す為の物だった……?」
「他にも色々用途はあるらしいけどな。この船もそれで動いてるらしいし」
 余りにも突拍子もない話だった。
 しかし特区の底知れない財源。一件無駄遣いにしか見えない資金の使いっぷりの二つにそれなら納得が行く。
「感情なんて物がエネルギーになるなら、それこそ際限なく吸い出せる。俺達みたいな奴が互いに憎み合えば尚更エネルギー回収にうってつけってわけか……おい蛇内」
「うん?」
「それを知った上でお前は言ってたのか? 憎染機構を使えるようになれって」
「言ったさ。嫌か?」
「蛇内は嫌じゃないのか!? 自分の感情が勝手に吸い出されて、誰かの食い物に――」
「そんなことはどうでもいいって! 俺にとって大事なのはお前がまた親友に戻ってくれる事と、お前がまた夢を目指してくれる事だ」
「どうでもいいって、お前――!」
 蛇内は笑いながら言い放つ。
「語気は荒いけど、無利まだ完全に怒ってなんかいないよな。お前ずっとそうなんだよ。俺が親に捨てられたことに憤慨してた時期に 『お前はどうなんだ』 って聞いたら 『俺がいらないって思われたのが悪い。仕方ない』 って諦めてたんだぞ? あん時の事を考えたら、無利に憎染機構を使えない理由なんて明白だ」
「……ッ」
「本気で誰かを憎んだことが殆ど無いんだ――無利には。でもそれじゃ、特区の上には登れないだろ? オレは無利が無利の夢を叶えるのが夢なんだよ」
 特区の上に登る。
 それは大会で結果を残し、運営の人間に近付く事を意味しているのだろうか。
 俺は歯を食い縛り、声を荒く吐き出す。
「……それならお前が十分既に近い位置にいるだろ! 上に!」
「オレにはこれ以上は無理だし、オレがここにいるのは無利の為だ。だから無利には、憎染機構を使えるようになってもらわなくちゃ困る」
「何を……」
 問答をしている間に、裸体を保存したカプセルから液体が抜けていた。
 それに気付いた蛇内がそちらに顔を向ける。
「コレは所謂スペアだったんだ。有望な人間が負傷した時の臓器や――何でも憎染機構の発達で、身体ごと移植する事も可能になったらしくてさ。そういう意味でのスペアとして保存されてたんだけど、どうやら不良品らしくて、この劣化を防ぐ液体の実験としてここまで身体を生かしてもらってた。でも実験も十分って事で、今日廃棄する事になった」
「……ホント、人間をなんだと思ってるんだろうな、ここは」
「人間じゃなくて『いらない人間』だろ」
 自嘲気味に笑う蛇内は、どのような気持ちで笑っているのだろうか。
 昔はよく見知っていたはずの蛇内が何を考えているのか、今の蛇内と話せば話す程わからなくなってくる。
「人間の骨からは宝石ができるらしいぜ? だから適温で焼却すれば死体は宝石――価値のある物に生まれ変わる。いらない人間が価値のあるモノに変わるんだ。なんかいいと思わないか?」
「……人が、光ってるだけの石になるのを素敵とは思わない」
「でも、何もしなくても輝ける。存在してるだけなのに大事にしてもらえる――それは素敵だろ、多分な」
 それは本来、人間に言われるべき言葉だった。
 貴方は生きているだけで価値があるのだと、存在する事に意味があるのだと。
 ――でも俺は、いや特区に送られた人間の大部分は、そんな言葉を信じないだろう。
 生きているだけで価値があるなんて、そんなのは嘘だ。
 だって自分は、現に此処にいるじゃないか――と。
 言葉に詰まった俺に苦笑いを向け、蛇内は言う。
「そういえば、顔は見えたか?」
「顔?」
 一瞬何のことかわからなかったが、この裸体の顔を指していることだと気付くと、表情を険しくする。
「顔も何も、首が」
「そっか。俺には見えるけど……やっぱ知らないと、見えないか」
 蛇内が寂しそうに笑うと、火葬の準備に入ったのだろう。液体を吐き出したカプセルが、再び密閉される。
「この身体が不良品扱いされたのはさ。身体が弱いってのもあるんだけど……」
 首の無い遺体の首が見える。最初はオカルト的な話だと思った。
 だが火が灯ると同時に。
 熱で裸体の肉が溶け出すと同時に。
 蛇内の声が、妙に透明に俺の頭に響いた途端。

「声が、出なかったんだよ」

 首のない遺体の顔が、鮮明に浮かび上がった。