シューティングラーヴェ(はてな)

シューティングラーヴェの移行先

アーケード・アンチヘイター episode-43 (期間限

 背景にノイズが走り、景色が移り変わる。
 でも、関係ない。
 蛇内の乗っている機体は見慣れない機種だ。恐らく形状から察するに遠距離タイプ。
 それも、関係ない。
 意識が人間から機械に乗り移り、視野がプロトナイトからの景色になった。
 頭がチリチリして、罅が入る程の痛みを発している。
 ありがたい痛みだった。この痛みが無ければ、俺は思考していただろうから。
 喜びや怒りは時間が経てば薄れていく物。今抱いてる感情を、余計な思考で鈍らせるわけにはいかない。
 ――前方に飛来するミサイルらしき物体を確認
 丁度いい。心中で呟く同時にその物体に正面から突撃する。
 当然、激しい爆音。
 開幕から決して軽くはないダメージを受け、先程以上に激しい痛みをヘルメットを通じて実感する。
「へぇ、避けようとしないなんてな!」
 好敵手の独特の行動を褒めているかのような口振りをする蛇内。俺は僅かに目を細める。
「必要なんてない」
 同時に、立ち昇った爆煙を切り裂くようにプロトナイトが現れ、再び猛進する。
 蛇内の機体との距離がみるみる縮まり、変わり行く景色を後方へ置き去りにして行く。
 被弾。被弾。被弾。
 俺は身体中に痛みを覚え、薄ら笑いを浮かべる。
「《衝撃連動システム》のレベルは通常より高く設定されてるみたいだな」
「それにしちゃ嬉しそーだな?」
「そりゃそうだろ。今感じてるこの激痛を、ソイツを殴れば――お前に与えられるんだからな」
 それが例え、植実が感じた痛みの何億分の一だとしても。
 一欠けらでも、一粒でもいい。その痛みを味あわせ、そして願わくば。

 ――同じ結果を。

 ドクンと心臓が高鳴り、今描き出した明確な意思に制止を呼びかける自分が生まれる前に立ち消える。
 通常のダメージ設定でも極稀に不幸な事故が起こる事はある。殆どは本人の健康状態等の積み重ねで起こると言われているが、実の所健康な人間を《その結果》に導く事は不可能ではない。
 耐久値を極めて零に近い数値に追い詰めた相手に、無傷の敵を倒せかねない程多量のダメージを叩き込む――それをする事で、それが起こる可能性がようやく現実的な数値として発生するのだ。
 逆に言えば、そこまでしてでさえ《結果》に導かれる確率は僅かしかない。
 しかしこの通常の数倍のダメージ設定ならば。
 またしてもその思考を止めようとする何かがノイズのように頭に走り、それを振り払うかのように盾を振りかぶる。肉薄した蛇内の機体頭部に狙いを付け、思い切り叩き付ける。
 蛇内の機体はそれを片腕で受け止めた。衝撃が走り、周囲の空間がビリビリと震える。
 更に盾に力を込め、少しずつ相手を押し込んでいく。
「顔を殴るのは勘弁してくれよ――笑うのが難しくなるだろ?」
「ッ――」
 頭の奥が熱くなる感覚に任せるまま、思い切り相手を蹴り飛ばしバランスを崩させる。
 上げた足を思い切り地面に叩き付け地面を擦ると、深く腰を落とし盾を水平に構える。
 《ロケット・シールド》クナイ投げのようなモーションで盾を投擲し、内臓されたバーニアを点火させ突撃。敵を串刺しにする《プロトナイト》の必殺技。 
「最近無利が戦った《紫電》を倒した奴か。悪いけど通じないぜ?」
 そう言って、蛇内は投擲されたシールドにミサイルを直撃させる。
 カスタムシールドはプロトの《水準容量》の大部分を費やした特別製だ。ウィザンダの《光粒子極杖》やデルタホークの《出現する光》ならともかく、ただのミサイルで破壊する事はできない。
 爆発――予想通り盾は健在。だが軌道を変えられた。
 プロトナイトは爆風を突き破り、蛇内の機体に向かって拳を振り上げる。
 《ロケット・シールド》との波状攻撃。並の相手であれば対処は難しい――いや違う、今は当てるんだ。あの笑いを殺し尽して、それで――。
「だーから、それじゃ通じないって!」
 ――何事もないように、受け止められた。
 思わず歯ぎしりし、更に感情と共に力を込める。しかし接近戦仕様のはずの《プロトナイト》ですら、相手の機体はビクともしない。
「なんでだよ――」
 思わず声が出る。出てしまう。何故かを問うているのは、挌闘の競り合いに対してではない。
「なんで殺した? お前は、植実の事……俺は……」
「好きだった? 愛していた? 必要としてもらえていた? それこそ笑わせんなよ無利」
 呆れ笑いを浮かべながら、プロトナイトの拳を悠々と受け止めながら、蛇内は言う。

「思い出せって。お前はそもそもその植実に、決勝で裏切られたんだからさ」

 かつて起こった事実を、淡々と。