アーケード・アンチヘイター episode-44 (期間限
「決勝戦は――相方との一騎打ち?」
準決勝を辛くも勝ち上がった俺と植実が聞いたのは、到底納得できない事実だった。
特区大会はニ対ニのチーム戦という形式で行われた大会だ。その為に腕を磨き、連携を煮詰め、状況を想定して練習してきたというのに、その決勝戦が突然一騎打ちの決闘モードだと言われても納得できない。
だが、目の前にその不平を漏らすべき相手は存在せず、伝達の為に使われた用紙を睨み返す事ぐらいしかできない。現に運営の人間がこの場にいたとしても、反抗すれば特区ですら生きていけなくなるだけだ。
――俺達はいらない人間なんかじゃない。だからまず、二人で一番になろう。
そう決意してここまで進んできたのに、二人用の道を用意した運営は、ここから先は一人用だと言う。
ふざけるなと言いたかった。
何を馬鹿なと糾弾したかった。
でも結局、俺達がいてもいなくても変わらない 『いらない人間』 である以上。
価値のある人間になる可能性が僅かにあるだけの存在である以上。
運営に直接文句を言う事も、怒りをぶつけることも許されない。
自分が望んで来たわけではないとはいえ、此処に生活を守られているのだから、表向きだけでも従順でなくてはならない。もしかすると価値があるかもしれない程度の人間の反抗を笑って許す程、特区は甘くない。
特区にとっての良い人間であり続けなくてはいけない。
ふと、蛇内と鞠に言われた事を思い出す。
――植実ちゃんは、今時珍しいくらい良い子だよね。
言われた時は当然同意した。今も植実の人の良さを疑う気はない。
ただ少し、思う。
単にいらないと烙印を押された俺達とは比較にならないぐらい、アイツは 『良い子でしかいられなかった』 のではないか、と。
声が届くのは一瞬だ。思った事をすぐに言葉にして、伝えたい事を瞬時に相手に伝えられる。
だが、植実には 『溜め』 がある。声が使えないから手打ちで文章を打ち、間隔が空いてから相手にようやく言葉が伝わる。
つまり声と文字の通話は、声が主導権を握ってしまうのだ。速度的なハンデを握った状態で、会話を先導したり、新しい会話を提供するのは難しい。
現に俺は、出会って間も無い頃、植実との会話に安堵感を覚えていた。
こちらが会話を先導しがちになる故に、会話をするというよりも 『してあげている』 といった形にどうしてもなってしまうから――鞠の言う通り 『この子に必要とされている』 と勘違いしてしまうのだ。俺はそんな自分の内面に気付いた時、酷く自己嫌悪したことを覚えている。
しかし、それは逆に言えば植実は常に会話を 『してもらっている』 ような負い目を抱えているという事になる。 ――何かが欠けているという事は、誰かに迷惑をかける事なんだよ。
いつか植実はそんなことを言っていた。
それを聞いた俺は、人間は誰かに迷惑をかけて生きていく……なんて言葉で慰める気にはなれなかった。
確かに人間は迷惑をかけずに生きていく事はできない。しかし現実は言葉のように1か100の両極でなく、1から99まで数字が存在するのだ。迷惑度が1と99の知人を選べと言われれば、大多数の人が1を取る。ましてや余裕のない人間なら尚更だ。
だから何かが欠けている人間は、良い子で有り続けなければならない。
植実には他の選択なんて、最初から無かったのだ。
『仕方ないよね』
だから。
『戦おっか。道乃瀬君』
一切の葛藤もなく、こんな理不尽な変更点を受け入れてしまっても。
何も、不自然じゃない。
「――あれを裏切りだとは、俺は思ってない」
言葉と同様に機体に力を乗せ、剣で思い切り蛇内の機体を弾き飛ばす。
「あの場面で俺達が反抗したところで、決定は絶対に覆せなかった。だから植実は……!」
「かもな。でも、お前は逡巡して欲しかったんじゃないのか?」
構えて追撃を仕掛けようとした機体が、ほんの一瞬硬直する。
「悩んで、辛そうにして欲しかったんじゃないのか? それがどんな無意味な行動でも、戦いたくないって駄々をこねて欲しかったんじゃないのか?」
「……かもな」
だがそれは一瞬だ。すぐに機体を前傾姿勢に移し、放たれる前の矢のように全身を引き絞る。
後部のバーニアが篭もった音と共に輝きを増し、そして。
「でも生きていて欲しかった――そんな事よりも何倍も、生きていて欲しかったんだよ!」
閃光は生物のように。
音は咆哮のように、周囲一帯を食い荒らし暴れまわる。
その暴力的な加速は、明らかに《プロトナイト》の限界を超えていて、その反動はリアルの人体にも影響を及ぼしていく。
痛い、痛い、痛い。
装甲に罅が入ると同時に、骨に激しい鈍痛が発生する。本来ならばのたうち回っても仕方ない程の痛みを感じ、俺は更に速度を上げる。
痛みとは、生きる為に必要なモノ。
それが植実と今の俺を隔てる、絶対的な壁だった。