シューティングラーヴェ(はてな)

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アーケード・アンチヘイター episode-45 (期間限

 実体剣。
 それは《プロトナイト》の持つ西洋剣のような、光粒子を持たない実体のある剣の事を指す。
肉薄する寸前、蛇内の機体は《それ》を構えた。
 受け止める気だろうか? いや、違う。
 そう判断し、やや左に機体を猛進させると、瞬時に蛇内は右方向へと離脱する。
 しかし、甘い。
 リアルにダメージが反映されようと、この戦闘は《現実》ではない。
 車は急に止まれない――小学生でも知っている事実だが、ゲームの中ではその逆も有り得てしまう。
 何故ならば。
 飛翔残量を使用した一部の行動は、慣性を完全に無視できるからだ。
「――届く!」 
 左に向かったはずの機体を飛翔残量を使い右に飛ばし、剣を構えたまま回避動作を取る蛇内の機体へ突進。
 実体剣同士の金属と金属がぶつかり合い、その勢いで蛇内の機体の足部は地面を擦りながら後方へと押し出される。
 ――押し切れ、押し切れ、押し切れ!
 気迫を全て剣に乗せ、感情と共に力を込める。
 だけどそれでも、憎染機構は発動しない。機体の何処にも発光部分は一向に出現しない。
「なぁ無利」
 それを見透かしたかのように、何の躊躇いもなく。
「お前、本当に怒ってる?」
「黙れ――!」
 そんな事を言われてしまっては、もう後戻りはできない。
 意地でも憎染機構を発動する為にあらん限りの力で彷徨を上げ、更に力を――。
 込める寸前。悪寒を感じた。
 ゾクリと虫が這いよるような感触、とでも言い表せばいいのだろうか。
 とにかくこの場にいてはいけない。一度距離を取れと体全体が危険信号を発しているかのような……。
「馬鹿か。ゲームに第六感なんて存在しな……」
 いや。
 いや、違う。第六感等では断じていない。
 周囲一体の――少なくとも自分の持つ西洋剣の温度が、僅かだが上昇している。
 それは摩擦等で引き起きた現象ではなく、もっと別の……。
「まず――!? プロト!!」
「遅い!」
 異変に気付き飛び退いた、次の瞬間。
 相手の剣から、光が生えた。
 いや、生えるという表現すらある意味では生易しい。
 それは腸を食い破るかのような勢いで、外へ勢いよく光が飛び出した。
 ――あの剣は実体剣でなく、半実体剣だったのだ。あの剣はまだ本来の用途で使われてすらいなかった。
 纏う光粒子の量は尋常ではなく、もはや剣と呼称するより《大剣》と言った方が相応しい巨大さだ。
 あのまま鍔迫り合いを続けていたら、その鞘を抜くのと同義な動作――光の放出だけで剣ごと蒸発していた事だろう。そもそもプロトナイトの装備する西洋剣は耐久性が高くない。前回はその耐久性の低さ故に刺突吸着型小型鏡を刺す事ができたが、蛇内の機体の3倍近い長さを誇る 《半実体大剣》 の前では、その耐久性の低さはウィークポイントでしかない。
 そして、光の放出を避けきる事に成功したのもつかの間。
「初めて戦う機体なのによく対応できたな。けど――!」
 蛇内の機体は姿勢を僅かに沈み込ませ、半実体大剣を両手持ちにし、大きく後方へと引き絞る。
 それはまるで、限界まで全身を撓らせる発射前の弓矢のようで――次の瞬間。その巨大な凶器は、水平に孤を描いていく。得物の長さから考えられない振りの速度思わず目を剥くが、あの武器の本体はあくまで通常の剣と変わらない長さしかない。大剣でありながら通常の剣を扱うのと同程度の速度で振るえるのだろう。
「――行ける。ギリギリ回避でき――」
 全力で後退しながら、確信を伴った言葉を口にしかけた時点で、違和感を覚えた。
 蛇内は、アイツは 「けど」 と言った。
 それは不意打ちに近い形だった光の放出よりも、この一撃に自信を持っているという証明ではないだろうか?
 確かにこの凄まじい剣速と範囲であれば、同じ高度にいる敵を問答無用で切り伏せる事ができるだろう。
 ただ、本当にそうか?
 本当にこの剣速と範囲に確信を得て、アイツは 「けど」 と言ったのか?
『オレは、無利が無利を叶えるのが夢なんだよ』
 戦闘前にアイツは確かにこう言った。自分で行けない場所に、俺であれば行けると断言した。
 今思えば、あれは俺を騙す為の芝居だったのかもしれない。信じるべき言葉ではないのかもしれない。
 でももしも、もしもあの言葉が事実なのであれば。
 あそこまで俺を買い被った人間が、この一撃に確信を持つ事など有り得ない。
 ――それは、本当に一瞬の逡巡だった。
 思考を終えると同時に瞬時に入力を済ますと、目の前に剣先が迫って来る。
 回避できる――このままの速度で後退していれば。
 予定では、最初の応酬で《ロケットシールド》として飛ばした盾を、これを回避した後再び装備するつもりだった。既に《ロケット》ではなく《ブーメラン》に盾への指令を変更し、自機に向かって高速で戻ってきている。
 だが俺は、先程の入力でその速度を更に上昇させた。
 大剣の剣先とほぼ同時に辿り着くはずだった《ブーメラン・シールド》は、相手の剣先よりも早くこちらに到着する。しかし速度を上昇させた為、盾を受け取る事は叶わない。
 そして、剣先がプロトナイトがいた場所に到達した次の瞬間。

 ――半実体大剣を大剣たらしめていた光刃が、更に巨大になった。

 そう、あの半実体大剣の出力が全開である保証は何処にも無かったのだ。
 十分に凄まじい殺傷能力を持つ。十分に反則的なリーチを有している。
 だからこそ。その先がある事までは、最初は想像もつかなかった。
 しかしアイツが俺の事を買い被っているのなら起こり得る状況だ。起こるべき状況だ。
 巨大化した光刃は装甲を焦がし、プロトナイトを消滅させようと牙を剥く。
 絶体絶命。確定的な敗北。大きな衝撃がプロトナイトを襲い、そして。
 ――後方へ、大きく吹き飛ばされる。
 しかしそれは大剣の毒牙にかかり、装甲を貫かれたわけではない。こちらに戻って来ていた《ブーメランモード》のシールドに直撃し、その大き過ぎるノックバックを受けたのだ。
 端的に言えば自分の投擲した盾を受け取れず直撃した間抜けな絵面なわけだが、ブーメランシールドの圧倒的なノックバック速度はプロトナイトの後退速度よりも更に速い。膨大なリーチを誇る半実体大剣の射程範囲から瞬時に離脱し、バレルロールしながら体制を建て直す。
 敢えて受け取る事ができない速度に設定し、ノックバックを高め自身に当てる事で危険域から離脱したのだ。
「やっぱり凄いぜ無利は。初見で今のも避けるかよ!」
「……」
 嬉しそうな声を出す蛇内。しかし俺は諸手を上げては喜べない。
 今の択は 『蛇内が俺を評価している』 という大前提があったからこそ取れた択であり、本来なら自傷ダメージを負ってまで使う択ではない。
 しかし俺はそれを根拠にした択を取り、その択は結果から見れば最良の択だった。
 つまりあの攻撃を避けれた事実は、前提が正しかった事を意味する。
「演技じゃない……のか……?」
 俺を上に行かせる。夢を叶えて欲しい。
 先程言われた言葉は、俺を絶望に叩き落とす為に吐いた嘘や甘い罠等ではなく。

『俺は妹と一緒に、親友まで失いたくない』

 あの時の寂しそうな笑顔が、鮮明に浮かび上がる。
 渾身の力で右手を握り、やり場のない何かを痛みとして発散する。
「蛇内」
「うん?」
 狂ってしまったのだと思っていた。
 復讐心を抱いているのだと考えていた。
 俺が鞠を巻き込んで死なせてしまったから。それは無理なからぬ事であると。
 人として、当然の感情なのかもしれないと。
 でも。

「お前は――お前のまま、植実を殺したんだな」

 狂ってなんかいなかった。
 復讐に囚われてもいなかった。
 今のアイツは俺の知っている蛇内翔矢であり、その親友で有り続けて尚。
 ――植実を殺したのだと、理解した。