シューティングラーヴェ(はてな)

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アーケード・アンチヘイター episode-46 (期間限

「だから、つい殺しちゃったんだって」
 カッとなってやった。今は反省している
 不謹慎な程気軽さを匂わせる――学生同士が冗談でニュースでの生き死にを論じてるような、そんな口調。
 最高の冗談を言った時のような自信に満ち溢れた笑顔は、俺の意識を深く沈ませる。
 誰かに操られていたり、狂っているのであれば、本当の蛇内を取り戻す――等と陳腐な解決法が望めたかもしれない。
 しかし、蛇内は蛇内のままで植実を殺したと言う。
「蛇内――!!」
「なんだい。親友!」
 二人の声が交錯すると同時に、再び蛇内の機体からミサイルが上空へと射出される。
 しかしその量は先程とは比べ物にならない。まるで局所的な豪雨か何かだ。
 芯が熱くなる頭を必死に動かし、この状況を打破するにはどうするかを考える。
 飛翔残量――回復済み、全開の機動が可能。
 武装――カスタムシールドは回収済み。西洋剣も使用可能。
 相手の武装――ミサイル。形状は先程と……。
「……いや、形状が違う!」
 弾幕を回避しつつ、手元でカスタムシールドの項目を操作しを、新たな形態に変化させる。
 その名も《レーザー・シールド》 盾から光粒子レーザーを撃てるようになる優れた形態。
 前回タクトと戦った時に遠距離兵装が皆無な事の辛さを嫌という程味わったので、試合後に追加したのだ。
 だがその威力は非常に微量で、相手にダメージは殆ど与えられない。むしろ相手の装甲が少し厚ければ確実にノーダメージに終わってしまう武装だ。
 《水準容量》を考えると仕方がない事ではあるが、この威力では普通に使っていては役に立たない。しかし。
「ミサイルを誘爆させる事ぐらいなら、この威力でも……!」
 天を覆うように降り注ぐミサイルの一つに銃口――いや 《盾口》 を合わせ、狙いを定める。
 残念ながら移動しながら当てる程の武装性能も、タクトのような狙撃の腕も無い為、一度完全に足を止める。
 当然長くは足を止めていられない。すぐに狙いを定めを一射目。
 薄い色素で構成された微弱なレーザーが真っ直ぐ飛んでくるミサイルに直進して行き――なんとか命中。
 しかし、次の瞬間。
 ――空が、削り取られた。
 現実には存在し得ない黒点が突如空間に出現し、その景色ごと全てを消し去ったのだ。こちらの《シールド・レーザー》は勿論、周囲にあった数個のミサイルも消失している。
「つまりあれに当たったら即死、なのか……?」
 余りに馬鹿馬鹿しい話だが試す気にもなれない。仮にそれが事実だとすると――。
「明らかに《水準容量》オーバーだ。近距離の超極太半実体大剣を装備した機体に、遠距離即死ミサイルなんて付けられるはずがない!」
「そりゃそうだ。オマエ忘れてんじゃないか? これは形式上は補修試験なんだぞ。送った資料には目を通せよ」
 補修試験。
 俺はふと我に返り、うる覚えの資料よりも昔行った試験の事を思い出す。
 相方を連れて来い、と指示された場合の相手試験官の機体は――。

「オレが乗ってるのは多対一を前提とした全能幻機だ。その名も《ステジ・シュライバ》!」

 全能幻機。俺はその言葉に驚愕する。
 ニ倍以上の《水準容量》を有している――無双を可能としてしまう機体。
 試験官の少ない特区の問題を解決する為創られた。一人で複数人を相手取る為に生まれた機体。
 殆どの試験官には腕が伴っていない為、全能幻機相手でも何とか一人で倒す事ができていたが――今乗っているのは他でもない蛇内だ。操者の実力に差が無いのであれば、通常の幻機に勝ち目はない。
「ま、実際卑怯だとは思うけどしゃーないだろ。お前が相方を連れて来ないのが悪い。俺はコイツで戦えって指示されたし、その方が無利が強くなるって言われた。ならそーするしかないだろ」
「……ッ」
「なんなら今から呼んでもいいんだぜ? ウィナちゃんとやらをさ」
 補修試合であろうと、相手が格上の機体に乗っていようと、この勝負を諦めるわけにはいかない。
 アイツは植実を殺した。そんな相手に負けを認めるのは許されないし、そんな自分も許す事はできない。
 だが――朝のウィナの様子を思い返す。
「アイツは今日酷い熱だ。呼ぶわけにはいかない」
「おいおい、そんな事言ってられる状況じゃないだろ!」
「だとしてもだ」
「……残念。コイツが全能幻機と知れば、呼んでくれると思ったんだけどな」
 まるでこの場にウィナがいた方が都合がいいと言わんばかりの言い回しだった。
 全能幻機を使う以上、こちらが二人でないとフェアではない――そういう思惑なのか。他に理由があるのか。
 そうこう思案してる間にも。ミサイルがバラバラに地表に衝突し、その一つ一つが黒く空間を削り取っていく。
 絶対的な機体性能差という物は、時として人を萎えさせる。
 明らかに総合力で負けている――そういう不平感が自分を満たした時、人は容易に自分の中に言い訳を作り出す事が可能になるからだ。機体のせいで負けたのであって、自分のせいで負けたわけではないのだと。
 だが今目の前の相手に勝つ事を優先するなら、それは余計な感情だ。必要の無い回り道だ。
 事実がどうあれ、真実がどうあれ、負けた時の言い訳を考えながら戦う者に、勝利など舞い込んでくるはずがない。
 ……避ける事だけに集中するんだ。黒点に巻き込まれない事を第一に考えながら。
 全開でプロトナイトを飛翔させて気付いた事だが、あのミサイルは威力や範囲こそ優秀でも誘導性能が皆無と言っていい程無い。全能幻機と言えども《水準容量》に限りがある証明だ。一度上空まで舞い上がった後は、それぞれバラバラになって真上にから真下に降りてくる単純な軌道。
 よって、黒点が発生する範囲やタイミングを把握するのは不可能ではない。言ってしまえば範囲型の弾幕シューティングゲームのようなものだ。相手の攻撃パターンから安置をどこか判断し、後は目視で微調整して行けば――。
 そう思考を進めながら何個か目の《空間削り》を回避すると、何か胸中に違和感を覚えた。
 確かに回避は成功しているが、これは回避をしているというよりも、むしろ。
「それは迂闊だな、無利!」
「……!?」
 突如。
 空間削りを避けた先に蛇内の機体――《ステジ・シュライバ》が唐突に、目の前に現れた。
 驚愕と悪寒で冷え切る心臓を無理矢理意識で抑えながら、剣を振り抜くシュライバの攻撃を機体を仰け反らせる事でギリギリで回避――いや、避けきれていない。直撃こそ免れたが装甲を確かに削られ、心臓部に確かな鈍痛が発生する。
 《空間削り》を避ける事に意識を削いでいた為、シュライバの接近を許してしまった――否、接近させられてしまった。ミサイルから広がる空間削りに極力当たらないよう動けば、シュライバ本体に近寄ってしまうように始めから計算されていたのだ。俺は西洋剣で再び切り結び、鍔迫り合いに入る。
「そういえばお前はシューティングとのダブルホルダーだったな……!」
 蛇内は飛翔幻機の他にもシューティングゲームを専攻している。
 この詰め方はそれ故のもので、以前の機体でも似た戦術を好んでいた。
「不安定な読みに頼らなくても、こうすれば相手がどこに来ざる負えないか限定されてくるって奴だ。オレがいつも言ってた事だろ?」
「不安定で悪かったな……! さっきの大剣はどうした。また単なる実体剣に戻ってるみたいだが」
「……この方が取り回しがいいんだよ!」
「嘘だな。あれは永続して出せるタイプの物じゃない。全能が聞いて呆れるな。出力を上げ過ぎて回転率が悪いんだろう?!」
「半分正解だけど、半分ハズレだぜ無利……!」
 言うと同時に、再び僅かな熱を手の先に感じる。
 確かに永続的に出せる代物ではないようだが、ミサイルを避け、鍔迫り合いの間に既にリチャージ時間は大方完了していたようだ。俺は思わず舌打ちし、強引にシュライバを突き放す。
「シールドスキル……モード《バーニア》!」
 だが、今は先程と違い手元に《カスタムシールド》がある。
 盾を再び変形させ、自前のバーニアとは別に盾の噴射能力を加え、莫大な推進能力で大剣の射程から全力で距離を取る。要はロケットシールドの応用なので真っ直ぐしか飛べなくなるのが難点だが、今は四の五の言ってる場合ではない。まずは大剣の距離から全力で離脱して――そこまで今後の行動を組み立てた所で、視界に映るシュライバに違和感を覚え、その違和感は驚愕へと変わる。
「――剣を、構えていない!?」
「不安定な読みでもそれを通し続けるのが無利の凄いとこだよな。そんなのはわかってる……でもな」
 蛇内はニヤリと楽しそうに口許を吊り上げ、笑う
「そもそも一つしか攻撃を回避する方法がなければ、読みに頼らなくたって相手の行動は『解る』んだよ!」
 蛇内が選んだのは剣ではなく、ミサイルである《空間削り》
 カスタムシールドの《モードバーニア》は速度こそ優秀だが、所詮ロケットシールドの応用だ。ロケットにブレーキは付いていないので、急に止まる事は叶わない。それを理解しているからこそ剣という択をチラつかせ、本命の《空間削り》がより当たりやすい位置へと誘導されつつある。
「放すしかないか……!」
 カスタムシールドから手を離し、プロトナイトを減速させる。
 時間をかければ手元に戻す事は可能だが、今はその時間が無い。
 完全に停止できた頃には全てのミサイルは上空に打ち上げられた後で、《空間削り》の回避がこのままでは不可能な事を示していた。
 盾が手元に無いのでレーザーは撃てない。
 盾が手元に無いので自傷ノックバックでの回避も不可能。
 仮に盾を手にしたままの場合でも《モードバーニア》は途中で切り替える事が不可能な為、状況が更に悪くなっていただけだろう。
 正に 『書き込む者』 の名に相応しい空間制圧力。戦場という名の絵画に、落書きのように黒点を生み出し、絵の中に存在する兵士の行く先を意のままに操ってしまう。
 しかし、回避する方法が無いわけではない。
「翔ぶしか――無いか」
 《空間削り》が出現するのは、物体に当たらない限りミサイルが地面に当たった直後。
 つまりは地表一帯が黒点に飲み込まれるだけで、高空まで行けば《空間削り》に巻き込まれる事はない。誘導も存在しない為、ミサイル自体を回避して上空へと飛翔する事はきっと可能だ。確実に凌げる事だろう。
 ……そんな事はとっく承知済みだ。《空間削り》も《半実体大剣》も、上に飛べば確かに避けれる。それをしなかった理由はただ一つ。
 ――飛翔残量切れを起こし、確実に着地を射抜かれる。
 言ってしまえば思考停止の延命措置のようなものだ。
 変わるのは今倒されるか、後で倒されるのかの違いだけ。
 だが、それでも。
 
 ――夢が叶わなかったら、どうするんだ?

 ふと。
 戦闘前の蛇内に……いや、随分前に蛇内と鞠の二人に言われた言葉を思い出す。
 自分が必要の無い人間だという事実。
 それを蛇内は笑い飛ばす事で乗り越え。
 鞠は耐え忍び、事実をやり過ごした。
 無利もそうした方がいいと、何度も言われた。
 誰を助けようと、その為に命を懸けようと、それは必ずしも誰かに必要とされる事にはならないのだと。
 俺が首を横に振ると、鞠は「無利は強いね」と言った。
 でも、それは違う。
 俺は鞠のように耐えられなかっただけだ。
 蛇内のように笑えなかっただけだ。
 ただ何もせずに、このまま止まっている事が、たまらなく怖かっただけだ。

「翔べ――プロト!」

 だから。
 万人に現実逃避と罵られようと。
 結果の変わらない時間稼ぎだと思われようと。
 臆病者の俺は、迷わず動く事を選んだ。