シューティングラーヴェ(はてな)

シューティングラーヴェの移行先

アーケード・アンチヘイター episode-47 (期間限定

全能幻機――通称《全機》相手に飛翔残量での勝負を持ち込んだところで勝ち目はない。
 だが俺は飛んだ。飛んでしまった以上、やる事は一つ。
 殴ってやる。
 植実を殺したアイツを、今度こそ確実に。
 憎染機構が反応しなかろうと関係ない。集中力を最大限まで高めて、自分の限界を引き出せばいい。
 《空間削り》のミサイルを紙一重の距離で回避しながら、俺は《プロトナイト》を高空まで飛翔させ、蛇内が駆る《シュライバ》へと猛進する。
「翔ぶしかない――そうだよな。そうするしかないよな、無利!」
 だが当然、そんな行動は蛇内には読まれている。解られている。
 針の穴を通して弾幕を潜り抜けて来た機体に、黒いクレヨンを塗り潰すかのように。
 《書き込む者》は、通常のミサイルを大量に肩口から発射する。
 強引に突破するしかない。
 不可能だ。耐久値が持たない。
 避けるだけの飛翔残量も無い。
 冷静な自分が、頭でこの状況を打破することが不可能だと結論を出す。
 だから俺はふと、蛇内に聞かなくてはならない事を、この非常時に問い質した。
「……ウィナを呼んで、どうするつもりだったんだ?」
 首を傾げる動作をする《シュライバ》から、次いで蛇内の笑い声が木霊する。
「決まってるだろ? 能力に覚醒しない男が覚醒する切っ掛けなんてのは――」
 本当に。
 本当に、当たり前の事を笑うように。

「大事な女を、目の前で殺された時と相場が決まってる」

 そう言われて、今度こそ俺は、頭が真っ白になった。
 コイツはつまり、今こう言ったのだろうか。
 ――ウィナを殺す、と。

 ……ミサイルが、目の前に迫って来る。
 例えばこれに当たり、プロトナイトの耐久が消失したとしたら。
 俺は恐らく失神するだろう。蛇内は俺を殺したいわけではない――むしろ死んでは困るはずだ。
 この高い衝撃レベルであっても、殺しに来るような追い討ちを狙う事はしない。それはいい。
 だが、もし失神している間に。ウィナを呼ばれたら?
 事情を知らないウィナに「来なければコイツの命は無い」と言われたら?
 アイツは間違いなく此処に来てしまうだろう。風邪だろうと高熱だろうと、這ってでも来てしまうだろう。
 対戦をしろと言われれば、受けてしまうだろう。
 そして俺が目を覚ました瞬間を見計らって――。
「……」
 プロトナイトのツインアイの光が、消失する。
 吐き気がした。不快な酸味が口の中に広がり、その不快感すらも脳に吸い上げられていく。
 蛇内が植実を殺した事も、植実がもうこの世にいない事も全て。到底受け入れられない事実を水のように体に染み込ませ、受け入れ、認め、噛み砕き――吸い上げられていく。
 ――鞠を殺してしまった俺が、蛇内を恨む権利があるのか?
 怒りを抑制していたはずの深層心理。それすらも吸い上げて、後には何も残らない。
 植実を殺されたのは許せない。
 ウィナを殺す事は許さない。
 そんな怒りだけが頭を支配しようと激流が起きようとして――それすらも、すぐに吸い上げられる。
「……?」
 ミサイルが目の前に到達する。誘導パターンは――ランダムだろうか。
 どれも規則性の無い、読みの入る余地のない誘導パターン。
 これに当たれば続くミサイルにも直撃して、結果としてウィナが殺される。
 絶対に起こってはならないことだ。
 絶対に起こってはならないことだ。
 本来なら気合を入れ直し、ミスをしないように細心の注意を払うところだ。
 ……でも、なんだか実感が沸かない。
 西洋剣を構え、料理をする時のような気軽さで、小さく振る。
 すると。
「……え?」
 蛇内の呟きと同時に、直撃するはずだったミサイルが全て《プロトナイト》をすり抜け、後方で爆発した。
「ら、ランダム誘導だぜ? 読みじゃ何ともならなかったはずなのに……ははは、無利! オマエもしかして」
 やっと憎染機構が。
 そう言っている蛇内の笑いに対しての苛立ちも、今は感じられない。
 街乗りの様な気軽な加速で《シュライバ》に向かって前進する。
 殴らなきゃ。
 何故? と誰かが問いかける。
 怒っているから、殴らなきゃ気が済まない。
 そう答えてから、なんで怒っていたのかを忘れている事に気付く。
 いや、ちゃんと覚えていた。記憶はハッキリとしている。
 たいせつなひとを、ころされたからだ。
「……うん」
 怒りの炎が灯り、それはすぐに吸い上げられる。
 でも記憶はハッキリとしている。
 
 ――自分の意思でそれをする自分が当然だとは、思いたくないんです。

 そんなことも言っていたなと思い返しながら、どこで言っていた言葉かがわからない。
 でも記憶はハッキリとしている。
 ならこれを避けてみろ――そんな声が聞こえるが、それを呑み込む事に意味は無い。
 蛇内の言葉と同時に振り上げられる半実体大剣。チャージは既に完了している、当然だ。
 敵との距離は幸い近い。相手が気付いているかは知らないが、先程破壊したミサイルの爆発は僅かにこちらの推力として接近速度を上昇させている。その勢いのまま、俺は振り回される大剣の懐に入り込んだ。
 襲い来る巨大なビーム刃。まともに受けたら耐久は欠片も残らない。回避は――。
 豪胆な風切り音が鳴り、装甲の紙一重を半実体大剣が通過。
 その際構えていた西洋剣が二つに裂かれる。
「被害無し、回避成功」
 飛翔残量はもう僅か。続く攻撃を回避するだけの量は無い。
 俺は予定通り斬り飛ばされた西洋剣を空中で掴み、素早く投擲する。
 予想外の攻撃だったのだろう。一瞬反応が遅れ、それによりこちらの耐久を刈り取るはずの大剣を振うのが僅かに遅れる。
 その一瞬で十分だ。
 消失したツインアイのライトエフェクトが再び灯る。その光の色は、眩い漆黒。
 黒い光――矛盾した煌めきは残光を成し、折れた剣を構え一点を目指し突き進む。
「相打ち狙いか――? 一撃の威力と残耐久が違い過ぎるぞ、無利!」
 折れた剣と巨大な半実体大剣。
 耐久半分以下まで削られたこちらと、ほぼ損傷を受けていない相手。
 結果は火を見るより明らかだった。
 この折れた剣に、いや仮に完璧な剣の体を成していたとしても、相手の耐久を一撃でゼロにできるなんて事はできないだろう。
 だから、狙いは最初から一点のみ。
 今しがたリロードされたであろう黒点を生み出す即死級ミサイル。
 《空間削り》 が搭載された、肩上部の射出口――!
「な――!?」
「……」
 狙いに気付いた蛇内の顔色が変わる。
 幻機の武装は、全機にとっては取るに足らない事が多い。
 だが《全機》の武装であれば話は別だ。
 《空間削り》が仮に機体内部で展開されれば、全機と言えどタダでは済まない。空間を丸ごと削り取るあの規格外の攻撃は、装甲等という概念では防ぎ切れないからだ。
 しかし、問題は――重要なのは、そこではない。
 蛇内がこのまま大剣を振えば 『ほぼ同時に』 こちらの攻撃が刺さる。
 つまり、相打ちには成り得ない。
 半実体大剣がプロトナイトに直撃すれば、この時点で耐久が削り取られこちらが敗北する。
 同時に《空間削り》を起爆する事ができても、その一瞬の差でゲームはあちらの勝利を宣言するだろう。
 だが――重ねて言う。重要なのはそこじゃない。
 空間削り。
 半実体大剣。
 この二つの武装は、それぞれが即死級の威力を持っているのが特徴であり、強みだ。
 恐らくあの二つに直撃すれば現実にもたらす衝撃度は想像以上だろう。
 この高い体感衝撃設定だ。耐久ミリで直撃すれば、死んでしまう事もあるかもしれない。
 だがそれは僅かな確率であり、ましてや耐久値が半分近く残っている現状ではその可能性は無いだろう。
 しかし、仮にあちらがこのまま半実体大剣を振った場合。 
 突撃している《プロトナイト》は確実に一撃で耐久を吹き飛ばされ。
 同時に空間削りが起爆し《プロトナイト》は――。

 ――耐久がゼロの状態で即死級の攻撃を受ける事になる。
 確実に、死ぬ事ができるのだ。

「無利、オマエ――!」 
「どうする? 全能」

 最強の剣は震え、折れた最弱の剣は迷いなく、自分の死へと手を伸ばす。
 二つの剣が交錯し、全ての音が消え去った。