シューティングラーヴェ(はてな)

シューティングラーヴェの移行先

アーケード・アンチヘイター episode-50 (期間限

心が、羽のように軽い。
 それは生まれてから初めての感覚だった。
 先程の反動なのか視界は覚束ないが、手先は一つのミスも無く機体を操作し、迫り来る半実体剣を捌き続ける。
 それもそのはず、蛇内からの攻めの手は非常に少なくなっていた。
 アイツの目的はあくまで俺を成長させる事。
 本気で戦い、俺に勝つ事を狙ったとしても、俺が死ぬ事だけは絶対に避けなければならない。
 ――そこに勝機はある。
 相手がこちらを撃破しようと攻撃を繰り出した瞬間に、全力で攻撃に飛び込みながら《空間削り》を爆発させる。
 先程の《二重の即死攻撃》に比べると確率は劣るが、可能性が消えるわけじゃない。
 確率がゼロでない以上、蛇内は回避に専念せざる負えなくなる。
 攻撃は最大の防御――言葉の通り、攻撃が封じられた相手は最大の防御を失い、その結果こちらの攻撃は確実に当たるようになる。
 当然、この戦法にも懸念はある。
 一つ目は大前提である 『通常の数倍高く設定されたダメージレベル』 を下げられる事。
 ゲーム内での即死攻撃だろうと、その衝撃を低く設定されてはただの 『ゲーム内で威力の高い武装』 以外の何物ではない。こちらの目論見はそれ以降使えなくなる。
 二つ目は《飛翔幻機》を無理やり中断させられる事。
 この試合そのものを無効にされてしまえば、当然目論見どころの騒ぎではなくなる。
 だがその二つの《ゲーム外からの干渉》が可能であるなら、この状況に持ち込まれた時点ですぐに仕掛けているはずだ。よって恐らく蛇内にそこまでの権限は無いと考えるのが自然だろう。
 だから懸念はある意味無いようなものだ。強いて言えば俺が死ぬ可能性が高い事だが――。
「なぁ、蛇内」
 思わず笑みが零れる。口元が釣り上がる。
「お前も、こんな気分だったんだな」
 笑う門には福来たる――そんな言葉がある。
 確かに幸せな気分だった。
 死んでもいい、と思う事が――こんなにも幸福感を与えてくれるなんて、思ってもみなかった。
 満面の笑みと共に突撃し、それを向かい打つ蛇内の顔を視認する。
 アイツもまた、この状況で笑みを浮かべていた。
「はは――その戦術はあんまりだぜ。無利!」
 そう言った蛇内は操作球を動かし<シュライバ>に命令を送り込む。
 次の瞬間<シュライバ>は鋭い駆動音を響かせ、肩口を大きく震わせた。
「空間削り……!」
「こんな距離で撃っても当たらない――そう言いたいんだろ?」
 確かに蛇内の言う通り――これまでの動きから鑑みるに、あの武装は自動で遠方に飛んでしまう性質がある。そうでなければインファイトで一度も使用して来ないのは明らかにおかしいからだ。
 それが遠近両方の即死攻撃を持たせたが故の欠点なのだろう。あのミサイルは恐らく――自分で炸裂する距離を選ぶ事はできない。
 ならば何故、この距離であの武装を使ったのか。
「なるほど、撃ってしまえば肩口にある空間削りを『一時的に空にする』ことができる」
「そーいうことだ。リチャージ時間になったら自動的に弾は補充されちまうけど、それだけの時間があれば――」
 そう言いながら蛇内のシュライバは剣を構える。 
 半実体大剣。確かにあの威力があれば、一瞬でプロトナイトの耐久を全損させる事も可能だろう。 
 だが。
「――それがどうした? 全部わかっていた展開だ」
「……おいおい、今更強がりを――」
 蛇内の返答を待たずに、俺はプロトナイトをその場から全力で打ち出す。
 狙いは、その速度でここから距離を取る――ではなく、逆に距離を詰めること。
「なぁその武装って、最終的には自動で拡散するみたいだけど……」
 俺は飛翔ゲージをフルに活用し、プロトナイトをシュライバの真上に配置させ、言った。

「――最初は固まって、真上に飛ぶよな?」
 
 誰でも思いつく簡単な発想だ。
 空間削りをここで吐き出されたら俺は敗北する。
 シールドが手元に無い今、空間削りによる自殺を封じられた状態で半実体大剣を凌ぐ術は無いからだ。
 なら――吐き出された瞬間終わればいい。
 全機と言えども<水準容量>はある。二つの即死攻撃を持たせた結果――<シュライバ>には様々な制約があるのだ。
 最大の制約は――空間削りの機動が、常に一定だという事。
 肩上部から真上に飛ぶ。遠距離になると拡散する。
 空間削りを全部を吐き出すとなると、当然相当な量を射出する必要がある。
 つまり機体の真上――しかも可能な限り近くに留まっていれば、その無数の弾が広域に拡散する前に。

 ――打ちだされる全ての<空間削り>が、一機に全て直撃する。

 蛇内の顔が青くなるのを感じる。俺はそれを見て、薄く笑う。
 空間削りを打ち出しながら移動――は恐らく<シュライバ>には不可能だろう。
 だとしたらもう、これを止める術は無い。
「どうした? 笑えよ。蛇内」
 言ってから、我ながら酷い男だな――と自嘲する。
 笑って何でも乗り越えられると言うのであれば、自分の頭上で親友を殺されても笑って乗り越えてみろ――そんな子供じみた、最悪の感情を込めた台詞だ。
 死ぬ寸前には皆走馬灯を見る――そんな説があったが、あれは一部嘘だな、と俺は思う。
 伊勢島さんの説を借りるのであれば、あれは人が生きる為に本能的に脳に見せている幻覚なのだろう。
 昔の良かった事を幻覚として目の前に映し出して、死にたくないと強く思わせる。
 ――走馬灯とは、死のうとする人を生きようとさせる、脳の最後の足掻きなのかもしれない。
「だから見えないんだろうな――俺の脳は利口だよ」
 次の瞬間。全ての空間削りが、シュライバから解放される。
 十数個にも登る即死攻撃が同時にヒットする。生々しい音が辺りに響き渡った。