シューティングラーヴェ(はてな)

シューティングラーヴェの移行先

アーケード・アンチヘイター episode-52 (期間限

 それから。
 現場を発見したスタッフに取り押さえられ、母親は警察に連れて行かれた。
 今回の事件は社会問題にもなっていた「虐待」と判断され、それに幾つもの罪状が加わり、母親は十年以上の懲役を課せられた。
 全ての原因は、私が母親の事をちゃんと見れていなかったから。
 そんな私に罰を与えるかのように――私の声は、完全に失われた。
 通常の濃塩酸なら声帯が蘇る可能性があるらしいが、この液体では治りようがないと断言された。
 最初こそ悲劇のヒロインかのように報道されたが、周りがそれに飽きると――母親の言った通り、周りの人間はどんどん離れて行った。
 皆は私を必要としていたのではなく、利用価値のある私の声が大切だったのだろう。
 私は私である価値を、全て失った。私がしてきた事は、全て無駄に終わった。
 そんな、からっぽになった私の元に一通の封筒が送られて来た。
 考えてみれば当然の話だ。頼れる肉親が逮捕された今、成人していない私にこれを拒む権利などない。
 私は特区への片道切符を受け入れた。
 ここではないどこかへ連れて行ってくれるなら、どこでも良かった。


 ゲームで単位がもらえる夢のような場所――特区。
 そこでの専攻種目にロボット対戦ゲームである《飛翔幻機》を選んだ理由は、至極単純だ。
 殆どの戦闘曲がインスト――ヴォーカル無しの曲で占められていたから。
 他人の声を――特にプロの声を聞くのは、どうしても耐えられなかったからだ。どうしてもあの時の事を思い出して、平静ではいられなくなってしまう。
 出だしで挫くと即人権が消失するシステムな以上、懸念材料はなるべく排除したかった。
 実際始めてみると――皮肉な事に、リズム感等を代表とした私にとっての 『逃げたい過去の副産物』 が、私の実力を急速に伸ばしていった。
 特に近接戦での伸びは過去に例を見ない上達速度らしい。
「過去に例を見ない反応速度だな! これで身体が丈夫なら――本当に敵無しだっただろうね」
『そうですか……』
 運営の人との面接でも、気の無い返事をメールの文面で書き、軽く会釈し退室する。
 本来ならもっと舞い上がるべきなのかもしれない。
 だけどまた一つの事に頑張って――また奪われるのは耐えられない。
 《飛翔幻機》は嫌いではなかったけれど、好きにはならないようにしていた。いつ奪われてもいいように。
 
 ――ただ、自分の新しい居場所である以上、嫌いにもなりたくなかったんだと思う。
 《飛翔幻機》は当時、自らのランクを上昇、維持する為に二人で一人に乱入し、勝ち数を稼ぐプレイヤーが蔓延していた。当然見ていて気分の良い物ではない。
 ゲームのものを嫌いになりかねないその行為に嫌悪感を抱いた私は、それを見かける度に途中乱入を繰り返し、二人側のプレイヤーに挑み続けた。
 敗北する事も覚悟していたが、そもそもそういった非道を行うペアは真っ当な方法で勝ち続けられない相手が殆どだ。苦しい戦いも多かったが、なんとか勝ち続けることができた。
 暴言をぶつけられることもあった。直接威圧された事もあった。
 ――でも、感謝を言われる事もあった。
 努力したことが他の人に認められ、感謝される。それはあの時感じていた思いと少しだけ似ていて。
 だから私は、過去を忘れる為にこの飛翔幻機にのめり込み。
 同時に過去に感じていた暖かさに浸る為に、乱入を繰り返して行った。
 
 だが、知り合いや仲間ができたかと問われればそうではなく――元々常にマスクを付けていた事も相まって、声の出せない私と深く関わり合おうとする人は、 誰もいなかった。
 声が出せないという事は、自分が何者なのか相手に伝えられないということだ。
 人は得体の知れない人間と自ら関わろうとは思わない。特区に飛ばされた人間の大多数が相手を信用していない以上、このハンデは大きかった。 
 ――今の私が誰かに話しかけてもらえるのは、感謝の言葉だけ。
 だから私は沢山練習し、沢山の戦闘を経験した。
 もし仮に私が弱者に属するプレイヤーになってしまったら――唯一もらえる言葉すら聞けなくなってしまうから。

 恐怖感に追い立てられるように、必死に対戦を重ねていく毎日。
 対戦相手も当然強くなる。しかしそれだけではなく――相手は『連携』も上手くなる。
 毎回違う他人と組む私は1+1を2にすることすら四苦八苦しているのに、相手は連携で実力を数倍にも引き上げてくる。今回の相手も、その類の手強い敵だった。
(ただのカップルだと思って油断した……かな)
 見たところ二人で一人を狩って勝率を稼ぐようなタイプではなく、近々開催される『特区大会』に向けて連携を調整しているペアだったようだ。
(そんなペアが何故一人の男の子と戦っていたのかはわからないけど……)
 今はそんな事を考えていられる余裕はない。
 私の幻機《ヴェリク・パラディン》は速度や近接戦闘能力は優秀だ。
 しかし、単機で連携の取れた二機を崩すのは難しい。
 ――声の出せない私には初めて組む人と連携を組むことが、絶対に不可能だからだ。
(だからといってこのまま手をこまねいていても勝てないし……一か八か突っ込むしか!)
 近距離戦まで持ち込む事ができれば相手の攻撃を全て凌ぐ事も可能かもしれない。相方の機体の耐久値も余裕が無いし、他に選択の余地はない。
 意を決して私は《ヴェリク・パラディン》を相手前衛に突撃させる。驚愕した様子だったが――さすがに手馴れている。光粒子剣を構え、こちらの突撃を受け止められた。
 本来ならこの時点で詰みだ。相手後衛に射撃を打ち込まれ、まずダメージは避けられない。
 だが、今は不可能を可能にしなければならないのだ。相手の剣を受け止めながら、相手の弾道を予測し回避。その後相手前衛を弾き後衛の耐久を全損させればいい。
 そんな「我ながらそんなの無理だよなぁ」と思うぐらいの無茶を思い描き、その賭けを実行する直前に。

 相手後衛が構えようとしていた光粒子銃が、飛来した何かに叩き飛ばされた。

 その、一同を絶句させた飛来物体の正体は「盾」だった。盾とは本来自分の身を守る装備のはずなので、なんて無茶苦茶な! と思わずにはいられない。
(――いや、そんなことよりも……)
 孤を描いて飛翔するシールドを視線で追いかけたくなる衝動に駆られるが、今はそんな事をよりもやるべき事を優先する事がある。
 目の前の前衛機も驚愕していたようだが――想定外の事態に作戦を瞬時に変更したのだろう。受け止めた剣を弾くようにバックステップすると、即座に地面を蹴りこちらに再突撃してくる。
 相手の攻撃モーションから察するに、次の攻撃は上段か左右の三択だ。本来なら、どの攻撃が来るか、大よその見当を付けるべきなのだろうけど……。
(私には、必要無い)
 見るのは自分の機体では無く。手元でも無く。読みによる不確定な未来でも無い。
 ――相手の機体の一挙一動を見る事。そのことだけに、持てる全神経を注ぎ込む。
「うおおおおおおお!」
 相手の勇ましそうな雄叫びが聞こえるが、そんな『音』はいらない。
 幻機の駆動音、そして目の前に迫って来る相手の視覚情報。
 それさえあれば、私は相手が――動いてから反応できる。
「なっ……」
「……」
 再突撃してきた相手の特攻――上段と見せかけての左方からの袈裟斬り――を確認してから私は最小限の動きで回避すると、下から上に掬い上げるように一閃した。
 相手前衛機から驚愕の呻きが聞こえてくるが、私は攻防の成功に何の感慨も沸かなかった。
(こんなこと。人の心に比べたら――)
 私の配慮が足りなかった。
 私の思慮が浅かった。
 結果、お母さんは一人で自分を追い込み――あんな凶行に走ってしまった。
 私も、声を永遠に失った。
 お母さんがあんな風に私を思っているなんて知らなかった。
 それは多分、必死に隠していたからだ。私に心配をかけないように。
 そんなお母さんの事を私は悟ってあげられなかった。
 だけど。
(そんなの……わかりっこ……ないよ……)
 全部自分が悪い。
 お母さんの心をわかってあげられなかった、私が悪い。
 それが逃れようもない。純然たる事実でも。
(隠してたら……言ってくれなかったら……わかりっこ……ないよ……!)
 もしかしたら、何か明確なサインを出していたのかもしれない。
 でも、私にはそのサインを読み取ることができなかった。
 「できっこなかった」という私の弱音が、私を正当化しようと暴れ回る。
 それはきっと、これからも。
 難しくて見え難い人の心に比べたら。
 相手が明確なモーションを取ってくれる事が――なんと幸せで、わかりやすい事だろう。
 ゲームの攻撃は、確かに意思表示してくれるのだ。
 今からその場所を攻撃するよ。準備はいいかい――と。
 猶予時間がコンマ何秒だろうが、こんなに楽な事はない。
(どうってことない。比べたら、どうってことない!)
 私は目を細めて、相手後衛に突撃する。
 相手後衛機は謎盾に弾き飛ばされた光粒子銃を拾い直し、再び狙いをこちらに向けているようだ。
(ヴェリク・パラディンは装甲が凄い薄いから、当たったらそれだけで致命傷。でも……来た瞬間に避ければいいだけ!)
 とはいえ、その可能性は確実ではない。私が見てから確実に反応できるのは精々近距離戦までで、距離が遠ざかれば遠ざかるほどその成功率は落ちて行く。
 目の前の射撃だけでなく、仮に致命傷を負わせた相手前衛機が体勢を立て直し、射撃兵装を使ってきた場合――ただでさえ確実でない遠距離攻撃への回避を、後方に対して行わなくてはいけなくなる。
 でも、それはあくまで最悪の可能性だ。今は確実に放たれる目の前の攻撃を対処するのが優先。
 一人で二人を相手するのだ。最悪の可能性ばかりに囚われていたら……勝てっこない。
「当たって!」
 可愛らしい女性の声が相手後衛機から響く。なんか凄く、意地でも当たりたくない。
 《ヴェリク・パラディン》を横に大きく動かし、予想よりも正確な射撃を紙一重のところで避けると――私は水平に剣を構えると同時に、後方を確認し――溜息を吐いた。
(悪い勘に限って、よく当たるもんだよね……)
 ――前衛機が、射撃兵装を構えていた。
 遠くなのでその種類までは判別できないが、それ故に回避方法の的が絞れない。
(ひとまず目の前の敵と刺し違えるしかない……かな)
 そんな後ろ向きな考えが脳裏によぎった、次の瞬間。

 気のせいだろうか。
 相手前衛機が射撃を構えたまま。凄い速度で近付いてく来てるような気がする。

(え……っと?)
 これで希望が見えて来たし、わざわざ得意距離に入ってきてくれるのはありがたい。
 でも、先程近接戦で迎撃された相手に、わざわざ近接してくるなんて事が有り得るだろうか?
 何か不自然だぞ、と警戒を強めていると――。
 敵前衛機の丁度真後ろ。
 そこにはあの謎の盾と――その持ち主らしき幻機が、飛翔残量を使い切らんとばかりの速度で、敵前衛機をこちらに押し出している姿があった。その幻機は既にボロボロで、殆ど耐久は残っていない。
(あのシールドも、この幻機のウェポンだった……フォローしてくれた……?)
 敵後衛に射撃を撃たれそうになった瞬間に投擲した盾で銃を弾き、苦手な遠距離戦に持ち込まれそうになれば、敵をこちらの得意距離まで運搬してくる。
 一度も会った事はないはずだ。
 一度も肩を並べた事もないはずだ。
 それなのに。

 ――まるで私のやりたい事が、わかっているかのようで。

 私は後方を見るのを辞めた。あの幻機の操者を、強く知りたくなったからだ。
 信用したわけではない。しかし私は信じてみた。
 そしてその出来合いの信用は――裏切られて欲しいと、強く願った。