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アーケード・アンチヘイター episode-53 (期間限

結論から言えば。
 私の願いとは裏腹に、相方の幻機は高水準なサポートを維持していった。
 相手との距離を接近させる事で《ヴェリク・パラディン》と私の得意な土俵で戦う事ができたし、距離を取ろうとすればあのリモコンのようなシールドで退路を塞ぐ。
 相手からすれば疑似的な籠を作られているようなものだ。しかし――そんな事が可能なのか、とも思う。
(あのシールドが自在に動かせると言っても、ズバ抜けて高起動というわけじゃない。遠ざかろうとするニ機を近距離に釘付けにするなんて、普通ならできないはずなのに!)
 籠と言ってもスカスカなのだ。遮蔽物があるならともかくここは平地。全方向をシールドだけで進路妨害するのは絶対に不可能――そのはずなのに、現にそれが成立してしまっている。
 私もその『籠』に意識して協力すれば、あるいは可能かもしれない。
 だが今私は好き勝手に動いているだけだ。自分の動きたいように動き、やりたように戦っているだけ。
 なのに、私の自分本位な動きをまるでわかっているかのように盾は動き、相手の目論見を潰すかのように相方の幻機は動く。
(負ける気が……しない)
 発声を何度も練習していた時。
 自分の欠点を直す為、何度も何度も練習していたあの頃は、その厳しい練習の末、長い時間をかけてようやくその欠点を一つ一つ埋めて行き、形にして行った。
 でも今は違う。
 私の努力とは関係なく、自分の弱点を相方が埋めてくれる。こんな気分は初めてだった。
(負ける気が……しない!)
 本来なら喜ぶべき事なのだろう。心地よく思うべきなのだろう。
 でもそれは、認めるということだ。
 一度も会話せずとも、面識が全く無くとも。
 ここまで、私の考えている事や、狙いがわかるのであれば。

(毎日顔を、合わせていれば)

 苛立ちとは違う。嫉妬とも、違う。
 私は、その可能性を見せられ――。
 ただ悔しかった。情けなかった――悲しかった。
 私があの時、こう在れなかった事を。
 わかってる。過去にはどうあっても戻れない。
 起きてしまった事は、私が今から何をしようと戻せない。
 ただ、この戦闘を経て――私は思ってしまったのだ。
 
 例え過去に戻れなくても、この人のように在りたいと。
 この人の事を、深く知りたいと。

 だから私は戦闘に勝利した後。、特区に来て初めて――自発的に他人に話しかけた。
 少し強引に愛用のチャットアプリをインストールさせ、一番聞きたい事を質問する。
『なんで私の――』
 心がわかったの、と打とうとして、すぐに削除する。
 一言めがこれじゃ、変な女の子だと思われかねない。自然な内容に打ち直す。
『なんで、私の動きに合わせられたの?』
 その人の携帯が震え、文字を見る――それだけで少し緊張が走り、固唾を飲んで見守る。
 すると、その値は口を開き、こう言った。

「そういうキャラ付けなのか……? 面と向かって話せない内気キャラとか」

 結局変な女の子に見られてしまっていたようだ。かなしい。
 私は真っ赤にした顔をぶんぶんと振り 『違うよ!!』 と否定した。
 私に今声があったなら、相当素っ頓狂な声が出ていたように思う。
 それを否定する為に、私は私の事を話した。
 後天的に声を失った事。二度と声が戻らないとお医者さんに言われた事。
 お母さんの事は――さすがに話さなかった。
「――それで特区送りか。親を憎んだりしなかったのか?」
 だと言うのに、余りに核心に迫った事を言われドキリとする。
 本当に予知能力でも持っているのではないかと疑ったが――冷静に考えると、違う。
 特区に送られた子供の大多数は、親に強制的に送られた人間だ。
 親に「いらない」と宣告された人間だ。
 当然、親を憎んでいない子供の方が珍しい。
(憎む……か)
 私はどうなんだろう。
 お母さんに飲まされた液体で、夢も自分の価値も全て奪われて。
 本当なら私は、お母さんを憎むべきなんだろうか。
 憎んでも許されるのだろうか。
(ううん、違う)
 私は心の中で、その想いを否定する。
 お母さんがいなければ私は生まれてきていない。
 お母さんが示してくれた夢だった。二人で一緒に見ていた夢だった。
 それを一人で見ていると思い込んでいたのが全ての原因。だから。
『迷惑かけずに生きられるなら、此処の方がいいよ』
 特区でならゲームをしているだけで――最悪薬漬けになることで、お母さんにお金を送れる。
 お母さんにまた迷惑をかけるぐらいなら、その方がずっといい。
 それを聞いた彼はしばらくの間黙考すると。
「アンタ、名前は?」
『小河植実』
「俺は――」

 道乃瀬無利。
 シールドを巧みに操る変わった幻機
 『プロトナイト』を駆る彼は、そう名乗った。
 道乃瀬君――と、少し覚えにくい苗字を、何度も何度も心の中で反芻する。
 だから。

「俺達はいらない人間なんかじゃない。――だからまずは、俺と一番にならないか?」

 その言葉の意味を理解するまでに、ほんの少し時間を要した。