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アーケード・アンチヘイター episode-54 (期間限


貴方の願いはなんですか?
 こんな質問をいきなりされたら、誰だって怪しい宗教の勧誘を疑うに決まっている。
 だけど、私が記入している用紙には――間違いなくそんな冗談みたいな項目が存在していて。
(これ空白のままじゃ駄目なのかなぁ……)
 必須事項――そう記載された文面を、恨めしそうに睨み続けた。


 道乃瀬君と特区大会に出る事になった私は、朝起きてからエントリー用紙の記入に取り掛かり……一時間唸った挙句、こうして逃避気味に学校へ登校している。
 勉強や考え事に詰まった時は、足裏を刺激するといい発想が出るというお母さんの教えだ。
「よっす植実ちゃん!」
『おはよう。今日もテンション高いね蛇内君』
 携帯に文字を打ち、返事をする。
 声をかけてくれたのは蛇内翔矢君。道乃瀬君の親友で、知り合ってからはよくお話をしてくれるようになった。
「兄貴と植実ちゃんが話してるとさ。兄貴が一方的に言い寄ってるようにしか見えなくて面白いよね」
「おい鞠。サラっと毒吐くな毒を」
「事実でしょ事実」
 言い難い事をズバズバ切り込んでくるのは蛇内君の妹さんで、鞠ちゃん。
 私と体格は殆ど変らないのに運動が得意で、蛇内君や無利君より体力もある凄い子だ。
 二人は男としての立つ瀬がないとぼやいていたが、身体の弱い私は羨ましくもあり、憧れでもある。
「植実ちゃんも嫌なら嫌って言っていいからね。兄貴はしつこい上に拒否してもニヤニヤしてるから……」
『大丈夫だよ。蛇内君いい人だし』
「聞いたか我が妹よ! 兄貴はイイ人らしいぞ!」
「絶対そういう意味のイイ人って意味じゃないから」
「まじか……良い人の方だったか」
「良い人でもないから」
「まじかよ」
「まじです」
 笑顔のままショックを受け立ち止まる蛇内君に、なんと言葉をかけていいかわからず苦笑いを浮かべていると、視界の先にバス停が見えてくる。
 そこには道乃瀬君が立っていた。ただ直立していたわけではなく、死んだような表情を浮かべて。
 私は急いで『おはよう道乃瀬君どうしたの体調でも悪いの?』などと打ち込んでいると。
「おはよう無利! どうしたの体調でも悪いの?」
 殆ど同じ内容を先に言われてしまい、私は少し俯くと、その文字を慌てて削除する。
「どうせ徹夜でもしたんだろ? さてはAV……」
「兄貴はAアニマルにVバイオレンスされたいみたいだね? ライオンの檻とかどうかな?」
「うぇ……おまえ目が笑ってないぞ。笑うならちゃんと目でも笑え!」
「朝からうるさいなお前等――植実。おはよう」
 顔面蒼白で耐久がミリしか残っていないような顔でもしっかり話しかけてくれるのは、やっぱり心が少なからずわかるからなのだろうか――等と思いつつ、慌てて『おはよう』を短く打ち直して送信する。
 続けて改めて『その顔どうしたの?』と尋ねると、彼は口を開いて。

「いや、昨日徹夜で植実をずっと見ててさ……」

 ――トンでもない事を、口にし始めた。
「は!?」
「ええ!?」
 素っ頓狂な声を出したのは勿論私ではなく蛇内君と鞠ちゃんだ。私にもし声が出せていたなら二人よりも遥かに大きい声を出した自信がある。それ程の爆弾発言である。
 私の顔はオーバーヒートしたエンジンよりも真っ赤に燃え、蛇内君は思わず道乃瀬君に掴みかかる。
「おい無利! 一体いつから植実ちゃんとそういう仲に――」
「いつからって――出会った時からだけど」
「出会った時ィ!? お前会って即……ええ!?」
 鞠ちゃんが「そうなの……?」と真剣な顔で視線を向けてくるので、私としては首を左右に振りまくるしかない。
「俺もいきなり過ぎるとは思ったんだけどさ。なんとなく、受けてもらえる気がしたんだ。相性も良かったし」
「相性!? 相性つったか今!!」
「……相性、悪くはなかったよな?」
 こちらを見てそう言ってくるが、全力で言いたい。
 『そこで私に振らないで』 と。
「そもそも蛇内には妹がいるだろ。とっくにそういう関係だってお前が言ってたんじゃないか」
「え……兄貴私のことそういう風に見てたの……?」
 本気でドン引きする鞠ちゃん。文字通り三歩くらい下がって携帯を素早く取り出す。
「おい誤解だ! 後生だから通報するのはやめろ!」
「……蛇内お前何したの?」
「お前のせいだろォ!? いきなりまだやってもない事実捏造しやがって!」
「まだ……? 将来には予定があるの……?」
 言いながらジトっとした半眼で蛇内を睨む鞠ちゃん。
「無いってーの! ああくそ、一体なんでこんな話に……」
「蛇内お前何したの?」
「だーかーら! 何かしたのは俺じゃなくてお前だろ無利! 植実ちゃんに……その…・・」
「いや、厳密に言うと接触してきたのは植実の方からだったような」
「まじかよ!?」
 お願い今すぐ黙ってと言いたいけれど、そんな危機的状況であろうと失った声が出てくれるはずもなく――私はこの場から逃げ出したい衝動でいっぱいになる。何故か顔も更に沸騰していく。
 私と道乃瀬君はそんな関係では断じてないし、今道乃瀬君が言っているのは間違いなくあの時の事――私が無利君と話す為にチャットに誘った事を指しているのだ。
(ずっと私を見てた――っていうのはわからないけど……)
 とにかくこの状況をすぐに打破――誤解を解く文面を考えなくてはいけない。
 幸いこの四人は同じグループとして登録しているので、四人全員にメッセージを送るのは可能だ。
 ただし丁寧に考えている時間はない。道乃瀬君が次から次へと極めて威力の高い爆弾的な発言を連投している以上、さっき行った発言を迅速に否定する必要がある。
(短く、簡潔に! 事実だけを伝えよう!)
 私は息を吸い込み、今までの人生の中で一番気合を入れて携帯に文字を撃ち込む。
 変換ミスを気にしてる余裕はないけれど、誤字は滅多にしない自信がある。
 声を使わない分普通の人より文字を打つ機会は圧倒的に増え、入力精度は格段に増しているのだ。
 漢字を間違えて意図しない結果になることは絶対に無い――そう考え、私は考えた通りの文面をそのまま瞬時に打ち込み、流れるように送信ボタンを押す。
 全員の携帯が微細に震えた。次の話題に移る前に見事に送れた、完璧なタイミングだった。
 話題の中心であろう人からのメールだ。蛇内君は藁でも掴む思いでその文面を見る。
 すると――。
「……」
 蛇内君は何かを悟ったような表情で顔を上げ、一筋の液体を目から流した。
 というか、涙だった。
 なんで泣く程嬉しかったのかはわからないけれど、とりあえず誤解は解けたようなのでホッと胸を撫で下ろす。
 そうしていると、隣にいた道乃瀬君からトントンと肩を叩かれ、少しドキリとしながら顔を見上げる。
 『何?』と言いたげに顔を傾げる仕草をすると、彼は口を開いて。
「この文面は誤解されるんじゃないか……?」
『……』
 私は全力で『お前が言うな』 と反論したかったが、グッと我慢する。
 きっと徹夜で疲れているのだろう――そう溜息を吐き、念の為先程送った私の文章を見直してみると。

『私は誘っただけだから!』

 私が。
 ちっとも道乃瀬君の発言に負けていなかった事を――理解した。