シューティングラーヴェ(はてな)

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アーケード・アンチヘイター episode-55 (期間限

「――つまり植実ちゃんは出会った直後。チャットに誘う為に『接触』しただけだったと」
『うんうん』
「まじかよ良かった……俺てっきり無利に先行かれちゃったもんかと」
 涙を流しながら失神していた蛇内君だったが、携帯画面を抉るように見せ誤解を解くと、無事復活してくれた。
『……でも、先って?』
「先は先だ! 俺は無利のライバルだからな!」
 答えにはなっていなかったが、そう宣言する蛇内君はとても楽しそうだ。
 それを聞いていた道乃瀬君もまんざらでも無さそうで、薄く笑みを浮かべる。
「そう言うからには勿論蛇内も狙うんだろうな? 優勝」
「へっ当然だろ? 俺の妹の力を見せてやる!」
「植実は強いぞ。そう簡単に行くかな……?」
 そこ他力本願じゃ締まらないんじゃないかなぁと目を閉じ頭を抑えていると、鞠さんがその通りの言葉を代弁してくれた後に蹴りを入れてくれた。感謝です。

 ややあってようやく停留所にバスが来たので、蛇内君と鞠さんとは違う二人席に座る。
 当然二人席は広いわけではない。つまり密着――体と体がごっつんこ。端的に言えば密着状態にならざる負えないわけだけれど、この際しょうがない。少し。ほんの少し恥ずかしいだけである。
 しかし横に座る道乃瀬君は徹夜でそれどころではないのか――それとも手馴れているのか。動揺した素振りは感じられない。なんだか不公平に感じたので、私も努めて平静を努める事にした。
 ひとまず疑問を聞いてみよう――そう思ってメールの内容を打っていると、そうもいかなくなるのだが。
『さっきの……一晩中見ていたって、どういう意味だったの?』
 無論蛇内君が誤解したように……一晩中……一緒にいたわけではない。
 出会って間も無い状況でそんな事は有り得ないし、そもそもそんな予定も目論見も決してない。
 でも、道乃瀬君は言った 『一晩中植実を見ていた』 と。
 徹夜で寝惚けているだけでなければ、その理由を知りたいと思った。
「ん――言葉通りだけど」
『え』
「ずっと見ていた、植実の――」
 熱っぽい息遣いに、私の顔の温度が急上昇する。
 もしかして私の部屋にいつの間にか侵入していて、寝顔をずっと見られていたのかもしれない――等と、特区の犯罪リスクを考えると割に合うはずがない妄想が走りそうになった瞬間。

「――戦闘の動きを、100回見続けた」

 ゾワッと。
 その言葉によって、自分の中の湯気が吹き消された。
 100回? 私の戦闘を?
『え、100回って……昨日の試合を?』
「いや、一試合につき100回」
『一試合!?』
 有り得ない――そう思った。
 単純な話。
 100回戦闘を見直せる時間があれば、新たに100回戦闘ができる。
 どちらが上達するか、比べるべくもない。
 アクションゲームをクリアした人間と、その人がクリアする様子を後ろから眺めていただけの人間――どちらがそのゲームが上手いかなんて明白だ。
 それに気付いていない道乃瀬君ではないだろう。
 なら何故、一試合百回なんて無茶をしているのか――そう聞こうと思った矢先。

 コトン、と。
 私の肩に頭がゆっくりと乗せられた。
『!?』
「……」
『!?!?』
 なんと肩に頭を乗せてきたのは道乃瀬君だった。余りの事態に私の思考回路がスパークする。
 私達相方にはなったけどまだそういう仲じゃないというかあのあのとしばらくあたふたしてると、それが彼の意志によるものでなく、単に睡魔に負けてしまって手近な私に寄りかかってしまっているだけだと数分後に気付いて、何だか更に恥ずかしさに拍車がかかる。
 一目惚れ――というわけではない。これが恋愛感情なのも正直、私にはわからない。
 でも何だか寄りかかってくる道乃瀬君の寝顔が微笑ましくて、ついつい頭を撫でたくなる衝動に駆られる。
 勿論バスの車内で、しかも蛇内君と鞠さんがいる中でそんな事をしたら完全に学校中に変な噂が回る事は必至だ。私は顔を沸騰したまま、やり場を失った手で鞄をギュッと抱えながら、道乃瀬君の体温を感じていた。



 ――それからしばらく私は道乃瀬君と一緒に行動を共にする内に、幾つかの事実を知る。
 初めて会った時。
 彼が私の動きに同調できたのは超能力の類ではなく、彼が懸命に戦闘を観察した結果だった事。
 力不足を感じた彼が、私との連携を声無しでも可能にする為に過去の戦闘を擦り切れるまで見続けていた事。
 そして。
 
 「なら俺が言葉無しで植実を理解できるようになればいいんだ。それで優勝できる」
 
 道乃瀬君のこの言葉を聞いて、私は沸き上がる感情に堪え切れなかった。
 私はお母さんの事をわかってあげられなかった。
 声が使えても、言葉を交わしても。
 あんなことを考えて自分を追い詰めている事なんて――知らなかった。
 それは私が駄目な子だったからだと、わかりようがなかったのだと――心の底ではそう思っていた。
 でも私は、お母さんの事をずっと見ていたわけではない。
 映像を撮って、100回見直していたわけではない。
『私が今何考えてるか、わかる?』
 わかりっこない。道乃瀬君は超能力ではないのだから。
 だけど、彼はいつか辿り着いてくれると言ってくれた。
 こんな私を理解してくれると、そう言ってくれた。
 どうせ無理だったと。状況のせいにしてしまいそうになる私の弱い心に、光を見せてくれた。
 どんな状況でも私を理解をしてみせると、そう言ってくれた。

 ――そんなの、嬉しくないわけがないじゃないか。

 泣くのは嫌いだった。
 女性は泣けばなんとかなると思ってるんだろと言われるのも。
 武器にする同性の子を見るのも。
 ――為の涙じゃないんでしょ、と言われたあの時の事を思い出すのも。
 でもその日だけは止まらなくて、どうやっても止められなくて。
 私は伝えたかった5文字と共に、道乃瀬君の背中に突撃した。
 手を前に回して、思い切り締め付けた。
 これで後ろは向けない。だから、泣いてるかどうかもわからない。
 だから私は泣いてなんかいない――そう心に言い聞かせて、私は『無利君』の背中を濡らしていく。
 
 ――無利君のような人になりたい。
 エントリー用紙の空白に、後日私はハッキリと書き記した。
 
 あんなことに、なるとも知らずに。