アーケード・アンチヘイター episode-56 (期間限
話し合った戦術をお互いに実行。
想定外が発生すると、それを打開する為に《ヴェリク・パラディン》を突撃させる。
私の意図をいち早く無利君が察し、実行した行動の空白を埋めてくれる。
初めて会った時よりも何倍も緻密な連携が取れるようになった私たちは、大会で怒涛の連勝を続けていった。
でも、当然タダでは済まない相手はいる。
無利君は経験こそ豊富だったが、反射速度が突出しているわけではない。
先読みでカバーしていても、どうしても安定性に欠ける部分があり――連携や人に合わせる事は得意だが、対戦相手との純粋な実力勝負に関しては不利を背負う事が多い。
結果としてなんとか勝利はできたが、危ない試合だった。
勿論特区大会は純粋な大会であって 『負けたら死んでしまう』 なんて厄介な試合ではない。
衝撃体感システムがあるせいで痛みは伴う時はあるが、傷が付いたりはしないのだ。
だけど、無利君も私も負けるわけにはいかなかった。
優勝すれば私も無利君も確かな物が手に入る。
一つが特区の外に行ける権利。もう一つは――この特区を運営しているトップである 『特長』 との謁見。
謁見等というと「何を大袈裟な」と思うかもしれないけれど、特長は会おうと思って会える人ではない。
余りに姿が露呈されないので、存在そのものが疑われている程だ。
ただ噂ではこう囁かれている。
私達特区の人間が『いらない人間』だとするのであれば――彼は誰からも『必要な人間』であると。
それは無利君が目指している一つの完成系だ。
いつか無利君は言っていた。いらないままの人間に、同じ境遇の人間を守り続ける事はできないと。
私から出来る事は何もないけれど、この人には手を出さないで下さい。
私がこの場所にいることでここは滅ばずに済みます。代わりにこの人には手を出さないで下さい。
――どちらがより誰かを守れるかなんて、火を見るより明らかだ。
これはさすがに極端だとしても、飼っていても何も得にならない人間の面倒を見る程、特区は甘くない。
成果を出せなければ待遇は悪化し、ポイントがゼロになれば人権を奪われる。こんなシステムを作った事から見てもそれは明白だ。
だからまず一歩。特長に会い、何故彼が『誰からも必要な人間』とされているかを確かめなくてはいけない。
その為には優勝する必要がある。しかしこのままでは、それは難しい。
無利君はそう判断して、一つの答えに辿り着いた。
今までの無利君は、味方と言葉を交わさずに連携できるのが何よりの強みだった。
私はそれに随分助けられていたし、そのままでも私が頑張ればいい――そう思っていた。
「――相手にも、それを使えばいいんだ」
だけど無利君は焦っていたのだろう。確実に優勝する為に、一つの可能性に手を伸ばした。
『相手の理解と誘導』
相手の理解といっても、今までのように相手の試合を何度も見直すわけではない。
対戦相手の性格。境遇。大会に出た理由――周りの人間からの評判。
それら全てを洗い出し、対戦相手を情報によって理解。その全てを攻防の読み合いの材料にする。
例えば性格。
強気な性格であればマークを厳しくし、気付かれないように確固撃破を狙う。
自信家であれば、読み合いに置いて強気な択を上位に警戒し、逆に安定択の可能性を少な目に判断する。
平静な時ならば恐ろしい強さを持つが、一度精神がネガティブになると調子を崩すタイプが相手ならば、誤射や斜線による事故を狙って誘発させ、故意的にネガティブな状態を作り出す。
過去と現在の境遇。
ここぞという場面で自分を信じるか。味方を信じるか。弱点を突いてくるか等の判断材料にできる。
人間関係や過去に起きたトラブル等を調べ、相手の深層心理を推測し、相手が次何をしてくるかを判断する材料にする。
大会に出た理由。
特区から必要とされるだけの順位を得る事で、病気の家族への仕送りをしたい。
そんな「負けられない理由」を抱えている人程、一戦一戦に慎重になる。
逆に言えば強気な択を取る事が通常の試合より極端に少なくなる為、過去の試合閲覧の参考度を微細に落とすし『強気な択を使わなければ辛い行動や戦術』が有効に通り続ける。
逆に「まだ優勝は無理だろうけどとりあえず出てみるか」等の気楽な腕試しの場合、強気に突っ込んでくるような択を過分に警戒する。
そんな無利君の話を聞いた時、私は「凄い」としか思えなかったけれど――それを続ける内に、無利君から笑顔が消えていった。
勝負には勝者と敗者がいる。
私と無利君はその為に尽して、優勝を狙う。
それに対し、今までは目を瞑れていたのだ。
でも、向き合ってしまった。
勝たなければならない理由。性格。境遇――それら全てを知った上で、相手の目標を踏みにじっていく。
さっき戦った相手の家族の仕送りは止まってしまうかもしれない。
弱味を徹底的に突いた相手のチームは、その後互いを信用できなくなり、解散してしまうかもしれない。
そんな事を考えながら戦うゲームを――果たして「楽しい」と言えるのか。
無利君には無理だった。勝利への喜びすら、彼からは消えて行った。
その勝利の後の笑顔すら、相手から見れば不快なのかもしれないのだと。
何度止めても頑なにその『アーケード・プロファイリング』とでも言える戦法を続けた理由は、結局教えてはもらえなかったけれど。
その理由の一つにきっと、私が入っていてくれていて。
その為に無利君の『対人戦』への喜びや楽しさを奪ってしまっている事実は、本当に辛かった。
だから「わたし」はあの時、泣いてしまったのだと思う。