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アーケード・アンチヘイター episode-57 (期間限

 そうして決勝戦まで勝ち進んだ私達を待っていたのは、蛇内君と鞠ちゃんの二人だった。
 大会開幕時には「決勝で会おうぜ!」とお決まりの台詞を言った蛇内君に対し
 それ会えない奴が言う台詞だからな、と笑っていた無利君だが、今はその表情に笑みは無い。
 どっちが負けても恨みっこ無し。それはお互いに十分わかっている。
 普段から十分に接しているのだから、調べる必要は殆ど無い。
 だから、これは全力をぶつけ合える――気持ちのいい試合。
 そう『なれたはずの試合』だった。
 しかし、無利君は幾つもの願いを乗り越えている。
 相手の願いを全て知った上でここまで登ってきている。
 信頼関係を分析した上で、それを壊しに行った試合もあった。
 ――人が思うように動いたら、さぞ楽しいんでしょうね。 
 かつて母が私の仕事を管理している人に呟いた言葉だったが、現実は違った。
 試合が終わった後の相方への罵詈雑言。
 目標に届かなかった事への恨み辛みのやり取りを背に、無利君は自分の思う通りに相手が動いた事を確認する。
 ――楽しめるわけがない。
 表情はいつも暗く――途中からは暗い表情すら浮かべなくなった。
 例えば相手に勝って勝者が笑ったとする。それを見て相手はどう思うだろうか?
 今大会では……煽られたと感じた男の子が、相手に殴りかかったケースもあった。
 それだけ大会に賭けていたのだろう。願うべき何かがあったのだろう。
 だからこそ、それら全て失った自分を嗤われたと考えてしまった結果――男は拳を振り上げた。
 勝ちを喜ぶ事で、相手を追い詰める事もある。
 その試合に拘っていた人程、その色は濃くなっていく。
 なら、笑わなければいいのだろうか。
 勝った後に表情を曇らせればいいのだろうか。
 ……違う、と思う。
 きっと無利君は、だから沈んだ表情を見せないようにしたのだろう。
 どんな理由があろうと、結果として私達は勝つ事で敗者を作った。
 それも――相手の事を、隅から隅まで調べた上で。
 私は無利君のようになりたかった。
 相手の考えている事をおぼろげに察せる。私ができなかったものを持っている男の子に、憧れていた。
 無利君のような人なら、お母さんともきっと上手くやっていけただろうと。
 運命を呪いそうになった私を、ただ関わるだけで掬い上げてくれた。
 でも今の無利君やこの大会の参加者を見ていると――その果てにあるものはきっといいものではないのだと、強く感じた。
 昔読んだ漫画に
『オレ頭悪ぃからよくわかんねーけど……これだけはわかるぜ』
 といった決め台詞を毎話言い続ける主人公がいたけれど、あれは確かに「正しい」のだろう。
 だってその方が遥かに簡単だ。
 私達が途中までただの大会として、上を目指す事だけを考えていられたのは。
 ――相手のことを、見られずにいられたからだ。
 かつて私が、自分の夢に夢中になれていた頃と同じように。
 それが心地良くて、簡単だからそうしていた。
 頭はそんなに良くないから、人の何倍も頑張らないといけない――そう言い続けて真っ直ぐに進んでいた。
 でもそれは、例えば。
 その道を目指していた人にとって、どうだったのだろうか。
 夢破れた子から見て――どうだったのだろうか。
 それは暗に
 才能は全然ないけれど、貴方達より沢山努力したから夢が叶いました――と。
 そう言ってる事に、ならないだろうか。
「……考え過ぎ。自意識過剰」
 呟くような答えが帰って来る。
 でも、可能性はゼロじゃない。 
 ただそんな事を言い始めたら、人はあらゆる可能性に怯え続け、何も言えなくなってしまうだろう。
 だから、こう言うのだ。

 そんなつもりじゃなかった。
 知らなかった――と。

 悩み苦しんでいる事実を知らなければ、忙しくてそんな可能性を考える余裕が無いのであれば。
 気付きようがない。知らなかったなら仕方ないと世界に判断され、きっと知らない人は許される。
 だから。
『もし私が無利君のように、お母さんの心を知れていたとして――それでも同じ結末になったとしたら、きっと罪は大きくなる気がする』
 知らなかったのではなく、知っていたのだから。
 知った上で母親を蔑ろにしていたのだから、自業自得ではないのか――と。
 無利君が今回使ったのは、それに近い。
 長所は目を逸らせていられた部分に目を向ける事での予測の補足。
 短所は――今まで目を瞑れていた部分を見る事での、精神の摩耗。
 当然。大会参加者であれば誰かに勝つ事もあれば、負ける事もある。
 相手の事を調べなくとも、ひょんなことから相手を知り、踏み躙る不快感を覚える人も中にはいるだろう。
 何も無利君が特別なわけではない。違うのは――意図的に知り、それを利用している事。
『無利君は多分、以前からやろうと思えばできたんじゃないかな……でも、可能であればやりたくなかった』
「使ったらどうなるか――無利がわからないわけないし、そうだろうね」
 目の前の女の子――鞠ちゃんが真面目な顔でコクンと頷く。
 無利君の変化を問い詰めようと決勝戦の後、控え室に嵐のように押し入って来たのだ。
 事情を一通り聞いた鞠ちゃんがため息を吐くと、私は一発ぐーで殴られた。
 曰く
「あなたが殴って欲しそうだったから」 
 との事で、その通りかもしれないな、と力なく笑った。
「私も一発殴っていいよ。一発は一発」
『ううん大丈夫。ありがとう』
「……そっか。 ……で、やめるように言ったの? 言っても聞かないか、あの様子じゃ」
『……』
「無利は本気で優勝目指してる。次のシークレットマッチだってあらゆる手を使って勝ちに行くに決まってる」
『……私は、無利君が間違ってるかどうかなんて、気にしないよ』
 確かに、無利君がやった事は褒められた行為ではないのかもしれない。
 でも、だからといって負けていれば良かったのかと問われれば、違う。
 人は全ての人を助ける事はできない。
 誰かに勝つという事は、誰かが負けるという事――それを受け入れる覚悟くらいは、ある。
 ただ。
『ただ私は――無利君に、あんな辛そうに飛翔幻機をして欲しくない』
 私と出会うことで。
 私と大会に出たことで、無利君が辛い表情ばかりを浮かべるようになってしまったのであれば。
 きっと私は無利君がまた笑ってくれる為に――それこそ、あらゆることをしなくちゃいけないのだと、そう思った。
『でも……それはもしかしたら、無利君の夢の邪魔になってしまうかもしれない。あと一試合だけ待って、それから行動した方がいいのかなって――そうも思うんだ』
 無利君にどんな言葉をかけていいか、私にはわからない。
 かつての私のように、気付かない内に誰かを傷付けてしまうかもしれない――そう考えたら、動かない方が正解ではないかと、弱い自分が囁いてくる。
 そんな私に鞠ちゃんはやれやれと息を吐くと――人指し指を一本立ててこう言った。
「植実ちゃんに一ついい言葉を教えてあげる」
 私は顔を上げて鞠ちゃんの顔を見る。するとニッコリと笑って、こう続けた。
「誰かに、言っちゃいけない言葉なんてないんだよ」
『えっ』
「そんな無茶苦茶な、って思ったでしょ。確かに迂闊な事を言って、言葉にして――それで相手が傷付いちゃう事はある。それで関係が壊れてしまう事だって沢山ある」
『そうだよ。だから――』
「でも、それは避けようがないんだよ。無利だってそう。確かに少し鋭いけれど……どんなにその鋭さで気を付けたところで、吐いてもいい言葉しか吐かないなんて事はできない」 
『……』
「人は誰かを傷付けずには生きていけない、とか。そういう極端な台詞は言い訳になりそうだから言わないけどさ。誰も傷を付けずに生きていける人間がいるかと言われたら――それは絶対に否だ思う。だから、責任を取るしかない」
『責任……?』
「うん、言葉の責任」
『言葉の、責任』
 その響きは鉛よりも重く、鋼のような質量があるように感じられた。
「例えば無利に今余計な事を言って、それが原因で二人が次の『シークレットマッチ』に敗北。特長にも会えず、二人の夢が叶わなくなったとする」
『う……』
「今まで無利が手段を選ばずやってきた事は全部無駄。貴方達は負かせて来た色んな人の願いを踏み越えていながら、何の願いも叶られるずに終わるの」
『うう……』
 加虐的な笑みを浮かべている気がする鞠ちゃんの言葉責めに耐久をゴリゴリ削られていく。
 すると、鞠ちゃんは表情を変え、小さく微笑んだ。
「誰かに何かを言って、何かを変えたいと思うなら――そんな結果になる可能性を背負う必要があるってことだよ。植実ちゃんは、そうしてまで無利君に笑って欲しいと思える?」
『私は――』
 少しの逡巡も無かったかと言われると、嘘になる。l
 でも私は少しの間を置いて頷き、自分の中の願いを書き換えた。
 無利君のようになるのではない。
 無利君を支えられるような――そんな人間になりたいと。



「――あーあ」
 植実ちゃんが放送で呼び出された後、私は廊下で一つ息を吐く。
「敵わない……や、叶わないなぁ――ホント」
 私も無利に何歩も踏み込んだことはあった。
 学校の屋上で、怒らせるような事を言って――それでも、何も変える事はできなかった。
 むしろ、切っ掛けを与えてしまった。
 人の心に機敏なのが長所だと、あの時言ってしまったのは私だ。
 それを最大限磨いた結果が、あの戦闘スタイル。
 植実ちゃんは何も悪くない。悪いのはあの時その先の事を想像できなかった私のせいだ。
 ――だから植実ちゃんが殴って欲しがっていた事がわかった。
 何よりも私が、誰かに殴られたい気分で――似たような表情をしていたから。
「言葉の責任なんて、私が一番背負いたくないのにね。それを植実ちゃんに押し付けちゃって――ホントどうしようもないや、私」
 もうこれ以上何かを言って、無利を壊してしまうかもしれない恐怖には耐えられそうになかった。
 だから託した。私よりも無利の近くに行ける、あの子に。
「負けちゃったなぁ、試合でも……その他でも」
 視界が万華鏡のように滲んでくる。ここまで情けない気分になったのは……初めてだった。
「悔しい――なぁ……」
 私があの子より勝っているところはきっと、この体……は語弊がある。そう、身体能力くらいのもので。
 だから、もし無利がこの大会が終わっても自分を削ろうとするのであれば。
「物理的――物理的に守ればいいんだよね。うん」
 今回の大会で無利がやった事を知る人はいないし、知ったとしても運営が問題視するようなことではない。
 でも恨みを持たれる可能性は十分にある。あるいは、暴力に訴えてくるかもしれない。
 そういうものからなら、きっとあの子よりも守れると、そう思って思考を前向きにした。
 思わなければ、やっていられなかった。