アーケード・アンチヘイター episode-58 (期間限
『シークレットマッチ』
特区の大会を最後まで勝ち残った者のみ挑む事が許される戦いで、ふざけた事にその内容は秘密である。
過去には秘密裏に敗者復活戦を行い、それを優勝者の最後の相手として仕向けた例もあるが――それならまだ良かった。それに勝てば、二人とも望みが叶う。
今回のシークレットマッチの相手は、ここまで苦楽を共に乗り越え、一緒にここまで登ってくれた相方。
――すなわち無利君が最後の相手。勝った方だけが特長に会う事ができ、願いを伝える事ができる。
私は「ふざけるな!」と叫びたかった。二人一組を原則とした大会で、最後は一対一。しかもその勝者――どちらか一人しか優勝できないなんて、そんなのは絶対におかしい。
私は――無利君は、二人で優勝する為にここまで勝ちあがって来たのに。
そう憤った後に、私はようやく理解した気がした。
無利君が心を削ってでも、特区大会での優勝に拘った理由。
彼はわかっていたのだ。この大会で「それなりに優秀な成績残した程度」で、特区にとって「それなりに必要な存在」にすらなれないと。
確かにふざけた話だ。いきなりルールの根底から覆されて、私達は――他の参加者だって、大会を見てる人だって文句の一つも出ているだろう。
だけど当然なのだ。
いつ切り捨ててもいい存在に礼儀や敬意を払うわけがない。
いつ切り捨てられるかわからない私達に、本気で反抗できるわけがない。
ゲームをすれば単位をもらえ、一定の金額を与えられ、生きる事ができる――その前提を作っているのは特区であり、私達ではない。
言わば私達は依存者だ。依存者がその意向に少しでも歯向かえば、当然バッサリと切り捨てられる。
なら歯向かわなければこのままでいられるのか?
答えは否。そんな保証は誰もしてくれないし、できっこない。
特区運営にこれ以上の利用価値無しと判断されれば、彼等に私達の生活を守る理由が存在しないのだ。
しかも私達には、それを知る事すらできない。
単位というとりあえずの指標を維持して、平均より上だからきっと利用価値はあるのだと、自分を慰める事ぐらいしかできない。
――合宿を盾に、エプロンを持って無利君の男子寮に突撃した時は舞い上がって気付かなかったが、改めて考えるとおかしい。
あんなに男子寮を出入りしたのに誰ともすれ違う事は無かった。無利君には「人の少ない時間を教えるからその時間なら多分大丈夫」と言われていたが、それにしたって限度がある。
無利君の隣にも更にお隣さんにも、きちんと名札や生徒№は記されていた。
でも会った事が無い。生活音が聞こえた事も無い。
思えば無利君のマンションの最寄りのバス停に来る生徒の数も、会ってから時間が経てば経つ程人数が減っていて――。
『戦おっか。無利君』
頭によぎった憶測を振り払うように、私は言い放――いや、打ち放つ。
無利君は驚き、私の心を見透かすような透明な瞳をこちらを向けてくる。
でもここまで一緒に来た私は知っている。あの瞳は――決して心を見透かせるわけではないことを。
無利君に笑って欲しい。
何も言ってでも、常識から外れたことを言ってでも――そう心に決めて私は控え室に戻って来た。
でも、前提を間違えてはいけない。死んでしまった人間は笑えない。生きていないと、人間は笑えない。
特長に会い、願いを伝えられるのは一人だけ。次の戦いの勝者だけだ。
私は無利君を信じている。だからわざと負けて、託すべきだと本気で考えた。
だけどそれは駄目なのだ。何故なら無利君が、自分の為の願いをするとは限らないから。
『無利君。私はね。今が一番大切なんだよ』
色んな人に必要だともてはやされていたあの時期は、確かに幸せだったかもしれない。
しかし――声を亡くした瞬間に、それは花火のように塵となって消えた。
『鞠ちゃんがいて、蛇内君がいて――無利君がいて、そんな皆とずっと一緒にいたい。それが私の望み』
そう言っても、無利君から答えない。
『私は、そう伝えるつもりだよ』
藁にも縋る思いで、最後にもう一度。
それでも返事が無かったから、私は少し困った顔で笑う。
ただ一言。
願いは一緒だと言ってくれるだけで、私はそれを信じるのに
彼はこういう時――どうしようもなく正直なのだ。