シューティングラーヴェ(はてな)

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アーケード・アンチヘイター episode-59 (期間限

 真昼であるはずの室内に夜の帳が落とされ、ステージが構築されていく。
 舞台は荒野。
 幾多あるステージの中でも遮蔽物が極端に少なく設定されているシンプルなステージだ。
 オブジェクトやギミックが少ない分実力が出やすく、故に上級者に好まれるステージでもある。
 だが、今から戦うのはあの『無利君』だ。
(無利君の強さは意外性や不意打ちに異常に長けている事――ステージのギミックや遮蔽物は利用される恐れの方がずっと高い)
 勿論条件は同じだ。ギミックやステージの遮蔽物は私も利用できる。弾避けや身を隠す為に使ったり――建物に向かって敵を吹き飛ばして倒壊による追加ダメージを与えるような、一般的な利用法は心得ている。
 でも、私にはわかる。
 無利君は絶対に、その何十倍も上手く――誰にも予想できない形で、ステージを利用してくると。
 それがわかっていたからこそ、準決勝で蛇内君は開幕から圧倒的な弾幕を作り出し、ステージ上の障害物全てを吹き飛ばした。
 あの発想には驚かされたけれど、奇しくもこの『荒野』ステージはそれと同じ状況を作り出してくれている。
(無利君ではなく、私に有利なステージ――)
 それは間違いない。だけど、油断をする余裕は一切無い。
 試合開始のサウンドが鳴り響くと同時に、飛翔残量を振り絞った末の莫大な推進力を用いて、無利君の駆る≪プロトナイト》へ接近する。
 光粒子銃などの基本的な遠距離兵装を≪プロトナイト≫は所持していない為、直線的で単調な接近だろうとそれを咎める手段は限られている。あの多機能改造盾≪カスタムシールド≫の投擲だ。
 無利君は距離を取る為に後方へと機体を飛翔させる。恐らく盾をこちらに投げつけるタイミングを見計らっているのだ。
(右かな、左かな……それとも)
 脳裏で盾の軌道を推測しようとした、次の瞬間。
(?!)
 甲高い音が空気を切り裂くように轟き、頭部の僅か横を紙一重で通過した。
(カスタムシールドの投擲モーションを見逃した!? でも、これは……)
 有り得ない。ともう機能を失った口元がマスクの中で呆然と開いてしまう。
 今までどんな敵とも近距離で戦ってきた。
 どんな相手だろうとインファイトに持ち込みさえすれば全ての攻撃を反応した上で回避できたし、近接攻撃に当たる事など有り得なかった。
 なのに、無利君はどうして。
 どうして装甲が擦れ合うような、私の一番の得意距離に突進して来た……!?
(本気じゃない? もしかしてわざと負け――)
「本気だ」
 私が眉を顰めると同時、いやそれよりも僅かに速く、相手の音声通信が私に届く。
 人の心なんてわからない。
 そう断じたはずの人が、心が読めなければ有り得ないはずのタイミングで、音が無い心の声に返答する。
「手抜きなんてしない。する理由が無い――だから破ってやる。この距離で、お前を!」
(……)
 本当に。
 本当に、無利君って人は。
 今まで戦った人は、決して私の得意距離で戦おうとはしなかった。
 私を知る人は苦手な遠距離戦や弾幕戦を仕掛け、距離を詰められた際には水準容量を多少に割いた離脱武装を行使し、再び距離を取り直していた。
 そしてその相手の長所を封殺する戦術は、無利君が得意とする領分だろう。
 なのに、彼はそれをせずに敢えて私の得意距離に突っ込んできた。
 しかもそれは手抜きではなく、本気故の行動と豪語して。
 私はそれが、無性に嬉しかった。
 本気の無利君と戦えること。
 私から逃げないでくれたこと。
 そして少し――無利君が。
 ほんの少しだけ、楽しそうな声を出してくれたこと。
(鞠ちゃんに言われたこと。答えなんてまだ出せてない……けど)
 言っちゃいけない言葉なんて無い。
 ――それで起こってしまった事全てを、受け入れる覚悟があるのなら。
 でも、私にとって、そうまでして伝えるべき言葉――簡単には出てこない。
 だけど無利君は少し、楽しそうな声を出してくれた。
 私と戦う事で――ほんの少しでも、昔のような姿を見せてくれるのであれば、私は。
(私は――全力で戦う!)
 その気迫に応えるように≪ヴェリク・パラディン≫が彷徨を上げ、周囲の空気が振動した。

 更に操作レバーを操り、正面に見据えた≪プロトナイト≫を打ち払う。
 先程視認できなかった攻撃の正体はわからないが、剣撃である事は間違いない。
 ≪カスタムシールド≫は未だに手元に装備されているし、風切り音が西洋剣のものであった以上ほぼ確定的だ。私は打ち払った≪プロトナイト≫への追い討ちを狙いながら、思案を続ける。
(そういえば大会中に機体ステータスを大量にいじった時があったっけ……)
 水準容量の許す限りステータスを自由に変えられる≪自個幻機≫は、戦闘中でなければいつでもパラメーターを変更できる。
 相手が分析やデータを重視して戦うチームだった際、無利君は≪プロトナイト≫のパラメーターや≪カスタムシールド≫の内部武装を全て別物に変更して本番に挑み、見事相手の不意を突き勝利したのだ。
(あの時と同じようにステータスを攻撃速度に全部振った……とか? でもそれは)
 そう思案したのとほぼ同時。
 またしても相手から見えない速度の攻撃が繰り出され、胸部装甲の一部を掠め取る。
(ッ!?)
 寸でのところで反応し飛び退いたが、間に合わなければ致命傷だった。
 冷や汗が流れる。近距離で私に視認できない攻撃なんて、あの鞠ちゃんですら繰り出したことはない。
 体勢をお互い建て直すと、再び剣と剣で激しく切り結ぶ。
 ≪プロトナイト≫は二の太刀を繰り出そうとするが、この距離であれば十分反応可能。初動の時点で打ち払う。
 ノックバックした相手に再び距離を詰める為に≪ヴェリク・パラディン≫を飛翔させ――そこでようやく気が付いた。
 いや、思い出したと言った方が正しい。
 初動を打ち払って追撃――これは、鞠ちゃん達との準決勝で何度か行われた展開だったからだ。
 鞠ちゃんの機体と反射速度は群を抜いてた。
 大会や野試合でも鞠ちゃん以上に速度を持つ機体は存在しなかった。
 そしてその速度最高峰であるはずの鞠ちゃんの攻撃でも、速くて見えないなんてことはなかった。
(だとすると、これは)
 思案を進めるのと同時。またも『見えない攻撃』が頬を掠める。
 もう確定的だ。これは機体の速度で引き起こしてるわけじゃない。
 ≪プロトナイト≫だからできること――ではなく。
 無利君だからこそ、可能な攻撃。
「来ないのか。なら――」
 無利君の声が響き、再び≪プロトナイト≫が西洋剣での剣撃を打ち込んでくる。
 緩慢ではないが特別な速度でもない。十分に対応できる速度。
 だけど、ここで攻撃に対応して――また見えない攻撃が飛んでくるとしたら?
 次は致命傷を受けるかもしれない。そう考えると、幾ら相手の攻撃の軌道に反応できても、攻勢に転ずることができない。
(でも、攻撃を防いでいるだけじゃ勝てない――どこかで勝負にいかなきゃ)
 剣撃を全て受け止めながら、得物を握る拳に力を込める。
 ≪プロトナイト≫はそれを一瞬見据え、再び連撃を狙いに剣を構えた。
 集中しよう。集中――。
 目を閉じ、すぐに開く。
 視界には≪プロトナイト≫の攻撃モーション。その初動がハッキリと捉えられる。
(今だ。ここで――え?)
 その瞬間。私は自分の耳を疑った。
 私が今心の中で言い放った言葉を、驚愕以外一字一句違わずに無利君が代弁したのだ。
 機体がガクンと揺れる。
 攻撃モーションの初動を狩るはずだった私の剣が、くるくると宙に舞っている。
(初動狩りの初動を――食われた!?)
 どんなに高速なモーションだろうと、相手のモーションの初動を見てから潰す――それは自分が得意距離にいる時のみに発現できる、特権だと何処かで思っていた。
 でも今私が無利君にされた事は、間違いなく――。
「俺が何で遠距離戦を選ばなかったのか。単純な話さ」
 思案を塗り潰すタイミングで声が響き、私はその声に聞き入ってしまう。
 弾かれた剣が地面に刺さり、荒野ステージ特有の風が強く吹く。

「――植実の弱点は、遠距離なんかじゃない」

 それを証明するかのように、再び猛進してくる≪プロトナイト≫
 見えない攻撃。
 無利君の言った言葉。
 その正体が、私には未だ見当も付かない。
 月をバックにした≪プロトナイト≫は影で黒く染まり、古びた装甲が僅かな光を拾い反射する。
 どこか不気味なその姿に、私は一歩後ずさった。