シューティングラーヴェ(はてな)

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アーケード・アンチヘイター episode-61 (期間限


 無利君が踵を返し剣を取りに戻る。
 私はそれを咎める為に前進――する瞬間に《プロトナイト》は半身を反らしながら盾を投擲。
 ――来ると思った。私の弱点を正しく認識している無利君ならそうしてくる。
 脳の反射に、生まれ持った技能に頼っていた故の弊害。
 生まれつき身体が弱いが故に、身体的反射が脳の反射に追い付いていない故に起こる空白。
 でも、私は無利君の事を知っている。
 貴方が知っている以上に、私は貴方の事を知っている。
 とぼけた声も、寝不足のだるそうな声も。
 文字を打つペースに合わせる為に、ゆっくりと喋る時があることも。
 普段は冗談も嘘も言わない癖に。大事な事ですら嘘も吐けない癖に。
 相手が落ち込んでいる時だけ――くだらない嘘を言う事も。
 だから、攻撃がまるでスローモーションのように見えた。
 脳の指令を身体が受け取る速度は変わらない。でも、遅延は一切無い。
 全ての景色が滑らかに動き、それを受け入れ操作を入力する。
 《カスタムシールド》の投擲を紙一重で回避――否。狙って最小限の動きで避ける。
 だって、そこに投げてくるってわかったから。
 息を吐く音が通信越しに聞こえてくる。
 私にはそれが、思わず出してしまった笑みから出たものだと知っている。
 『絶対笑わない』
 大真面目でそう言った彼が、不覚にも少し笑みを浮かべしまった独特の息遣い。
 今一瞬の事でもその声は、私にとって祝福だ。
 最短距離で接近する事に成功し、発生の速い突きを繰り出す。
 《プロトナイト》はそれに合わせてバク宙。本来無利君が反射では間に合わないタイミングでの回避。
 ――私は笑う。そうだよね。無利君は私の戦闘を何度も何度も見返してくれた。
 だからプロファイリングなんて使わなくても、私の動きは全部わかってくれている。だからこそ此処まで来れた。
 回転し戻ってくる盾を空中でキャッチし、落下の慣性に乗せて《カスタムシールド》の刃部分を振り下ろす。
 «ヴェリク・パラディン≫は振り向き様に剣で受け止める。水準容量同士の武器同士の鍔迫り合い――相手が上を取っている分こちらは不利だけど、彼はこの状態を良しとしない事も知っている。
 «カスタム・シールド»は多機能で攻撃力も高いが、耐久性は特別高くない。並以上の耐久力はあるが、水準容量の殆どを費やしている盾を失う事はすなわち負けを意味するので、必要以上の力と力の激突は避けるはず。だから、これは『らしくない』戦法。
 そう感じた次の瞬間。
 鍔迫り合いを続けながら、盾が上下左右に広がり、光を発し始める。
(電気による攻撃――? いや――)
 私は思考のギアを限界まで上げ、無利君が狙ってきた予想外による反射のタイミングを僅かにずらす。
 そして間髪入れずに力強く剣を盾から引き剥がすと機体の半身を横に反らす。
 ――目と鼻の先を通過する。無利君の西洋剣。
 あのままの体勢であれば、私はこの剣に貫かれていただろう。
 驚愕するように息を呑む音が通信越しで聞こえるが、私は然程驚いていなかった。
 ≪カスタムシールド≫が発した光は攻撃ではなく――恐らく一時的に電磁石を作る為のものだ。
 私の剣が吸い寄せられるような感覚がしたのもその為だろう。盾から引き剥がすのに必要以上に力を入れる必要があった。
 西洋剣の材質より磁石に吸い寄せられやすい材質に変えていたのかもしれない。いつも以上に強度があるように感じたのも恐らくその為――。
 無利君は盾の光を解除すると、西洋剣を再び装着。構えを取る姿を見ると、私は苦笑いを浮かべる。
(あの時剣を受け取ろうとしたら負けてたってことだよね。ホント無利君は……)
 きっと瞬間的に『剣を空中で受け取る為にどうしたらいいか』を思考した瞬間に西洋剣を吸い寄せられ、隙だらけになった私を両断したに違いない。
(こわいなぁ)
 でも、楽しいなあ。
 私は笑い声が出せない事をもどかしく思いながら、再び接近する。
 接近に合わせて剣を振り下ろして来る≪プロトナイト≫
 剣を構え受け止める。衝撃がこちらまで僅かに伝わって来る。
 だが痺れる程ではない。残った力と共に刃を流し、その隙に。
 剣の持ち手で殴りつけるような乱暴さで頭部の僅か右方に剣を突き入れる。
 直接突きを狙ったわけではない。本命は素早く引き戻す事で、盾に阻害されない後方から首を切り裂く事。
 無利君はそれを知っていたかのように屈んで避け、その行動のバネを利用してサマーソルトを繰り出す。
 剣を握ったマニピュレーターに激しい衝撃。
 剣を取り零さんと必死に握り締める――と、そう意識を集中したら負ける。そう確信した私は、敢えて抗わずに剣を放し、宙に舞う剣をもう片方の手でキャッチする。
 その勢いを殺さぬまま切り払い。
 ≪カスタムシールド≫でガードされるが、何かが軋む音が聞こえる。
 この戦いはつまり、お互いのことを知る者同士しか実現できない戦闘だった。
 もし互いに会った事もなく、互いの戦いに関わった事も無ければ。 こんな戦闘にはならない。
 そもそも無利君は本来、私に勝てるタイプのプレイヤーではない。
 それは自画自賛や慢心等ではなく、単純な相性の問題だ。
 どんな奇襲、奇策……小細工を弄したところで、その奇を衒った行動を見てから潰せる「反射」が可能であれば、それはもはや奇襲ではなくただの攻撃だ。
 反射から瞬時に思考を巡らせる。
 その無意識下に限りなく近い思考開始の一瞬に、予想外の攻撃を叩き込む。
 タイミングが難しい等と、そんな生易しいレベルではない。
 友人がハムスターを見て「可愛い」と思うのにどの程度の時間を要するか小数点以下まで求めよ、なんて問題を出されて正解できる人間などいない。
 そんなことは無利君以外にはできないだろう。
 無利君にも、私以外を相手にしてもできないだろう。
 私の動きをいつも見て、戦いを何度も見直してくれた無利君でなければ、絶対にできない芸当。
 言わば、私にしか使えない、対私専用の戦闘プラン。
 ――もっともっと戦っていたい。
 ずっと、彼と剣戟を合わせていたい。
 そんな思いが自然と≪ヴェリク・パラディン≫に前傾姿勢を取らせ、私は再度の突撃を選ぶ。
 そして――。