アーケード・アンチヘイター episode-63 (期間限
連れて来られたのはとても大きい船の中。
何やら特殊なシステムをテストする為、普通の施設では駄目とのことらしい。
体育館のように巨大なスペースの真ん中には仕切りがあり、対戦相手の姿を見る事はできない。
まだ到着していないか準備ができていないのだろう。私は息を吐き、クォーターヘルメットを横に
(まさか船の上でゲームをする時が来るとは思わなかった)
昔何もかもが上手く行かなかった時――お母さんに船に乗せてもらった時。
それはもう全力ではしゃいだものだ。見慣れない景色に、安定しない足場に新選さを感じて。
何故あそこまで度を過ぎたはしゃぎ方をしていたのか。それは多分、普段陸で暮らす私達にとって海は一種の非日常だからだろう。
(……なんて事を思うのは、準決勝での無利君へのインタビューを聞いたからなんだろうなぁ)
我ながら影響を受けやすいなと苦笑い。でもそれはきっと無利君だからであって、誰でもホイホイ影響を受けるわけではない。そう考えると苦笑いから苦味が消え、紅みが増して行く。
幻想的な世界観も、海も、ゲームも。根本的には変わらない。
普段知覚しているものではなく、未知に手を伸ばす人間は、きっと居場所を探している。
だから私はもう、海の上にいることではしゃいだりはしない。
やっと見つける事ができた居場所と、大切な――。
(……今すぐ、話したいな)
ふと、そう思ってしまう自分に気付く。
携帯端末を取り上げられている為、今無利君と言葉を交わすことはできない。
帰ったら話したい事が沢山ある。
二人で勝ち残ったこと。
その為に無利君に無理をさせてしまったこと。
決勝で理不尽な対戦を強いられたこと。
(……私は聞くよ。無利君)
大会中に無利君に言われた言葉を思い出す。
敗者に勝者がかける言葉なんか無い。
それはきっと正しくて、本来なら何も言うべきではないのかもしれない。
でも、伝えたい。
彼がもし、対戦を楽しめなくなってしまったとしても。
わたしはあの決勝が楽しかったのだと。生きていて――一番の瞬間であったのだと、伝えたい。
もし無利君が一欠片でも、私と同じ思いを共有してくれていたのだとしたら。
――それは、結果になれたということだ。
人は急に変わったりはしない。
人間の悩みは、高い洗剤を使っても食器の汚れのように急にキレイに落ちたりはしない。
だから、今は一つの結果からはじめよう。
いつかこのゲームの楽しさを、出会った当初の素敵な笑顔を、思い出してもらえるように。
私の試合が最初の一歩になってくれたなら、それはとても嬉しい事だと。
(その為にはもっと、強くならなくちゃ)
気合を拳に入れ直していると、対戦準備完了を知らせるのアラーム音が鳴る。
私は慌ててクォーターヘルメットを装着し、意識をゲーム画面に没入させる。
(――無利君は、きっともっともっと強くなる。置いて行かれない為には――)
どんな試合にも全力で挑んで、吸収していくしかない。
特長さんの言いぶりからするに対戦相手は決して弱くはないだろう。だけど望むところだ。相手が強ければ強い程、私も学べることが多いのだから。
「君は強くなりたいのかい?」
耳元で急に特長さんの声が響いてくる。どこかでこの試合をモニターしているのかもしれない。
私が頷くと、特長さんは「そうかそれはよかった」と嬉しそうに笑い、断言した。
「――君はこの試合の後、絶対に強くなれるよ」
その言葉に、疑問を抱く間もなく。
クォーターヘルメット越しに見る景色が、地面から巻き上がるように変わっていく。
(すごい……)
まるで現実世界を映画館のスクリーンとして映したかのような臨場感。
手を伸ばせば触れてしまえそうな高水準の映像は、十分に高いクオリティを誇っていた飛翔幻機の映像を遥かに凌いでいる。もしかすると大会後の新規アップデートでこの映像が主流になるのかもしれない。
(無利君に報告するの、楽しみだなぁ)
真っ先にそう考えてしまう自分に若干呆れながら、私は目の前に出現した映像――愛機である『ヴェリク・パラディン』に注視する。操作に若干の違和感はあるが問題無い。1分もすれば慣れる事ができそうだ。
さて、戦闘準備が完了したということは、対戦相手の機体も出現したという事だ。
中央に設置された『しきり』が駆動音と共に、ゆっくりと天井へと吸い込まれていく。
――足を見た時点で、わかった。
天幕から現れる機体の全容を見るまでもない。何故なら、とても見慣れた機体だったから。
あの機体は弾幕特化型の蛇内君の愛機 ≪シュライバ≫ だ。
(蛇内君……!?)
私は驚愕した。彼は鞠ちゃんと一緒に決勝戦を見ていたはずで、今は三人で居るとばかり思っていたからだ。
「わりーな。対戦相手がオレで」
クォーターヘルメットから聞こえて来た声も、蛇内君そのものだ。
既に戦闘中の為今の私は返事もジェスチャーもできない。なので機体の首を傾げてアピールする。
「俺も植実ちゃんと一緒だよ。新システムのテストに付き合って欲しいって駆り出された。そんな面白そうな話、俺がスルーするわけねーだろ?」
言いながら笑う蛇内君は本当に楽しそうで、私はそれに釣られて少し笑ってしまう。
――本当は、拒否権なんて無い。
特区から利用価値が無いと判断されて無事いられる保証が無い以上、それを断る事が何を意味するか、蛇内君はちゃんとわかっているはずだ。
わかっている上で、彼は楽しそうだから来たと笑う。
それはとても、強い事だと思った。
「――それに、やっぱ最後に戦っておきたかったしな」
(……最後?)
蛇内君の言葉に、訝しげに首を傾げる。
私はこの大会での優勝賞品である『特区の外に出る権利』を使って外に移り住むつもりは全く無い。
だって私の居場所はここしかない。他の居場所なんてもう考えられない。
(端末返してもらったら、誤解を解こう)
またあらぬ事態を招かないよう、そう心に誓った。
「準備はいいかな? では――勝負開始だ」
どこかでモニターしているであろう特長さんの宣言と共に、私を意識を戦闘へと切り替える。
蛇内君の愛機≪シュライバ≫と私の機体の相性は最悪だ。
私が剣一本なのに対し、彼は大量の弾幕兵装を機体に詰め込んでいる。
近距離戦でどんな攻撃にも反応できる――そんなスキルがあっても、近づけなければ意味を成さない。
(まずは接近しないと――その前に機動性をやられたら、話にならない!)
準決勝の際には無利君が全力で抑えてくれていたので何とかなったが、今私の隣には無利君は居ない。一人でどうにかするしかないのだ――この弾幕を。
そう認識し、接近しようとした瞬間。
大中小のミサイルが≪ヴェリク・パラディン≫の進行方向を防ぐように降り注いでくる。
(回避が困難なわけじゃない――けど――)
言葉通り回避に成功するが、喜んでいる暇はない。
蛇内君が厄介なのはその弾幕量ではなく 『わざと避けさせてくる』 ところにある。
(来た――!)
これこそが弾幕戦の恐ろしいところだ。一つの弾を注意して避けるだけでは足りない。
その攻撃を避けた先にも再び弾幕が展開されており、また回避を強要される。
弾のリロード時間を除き、常に気を張っていなければ無傷で相手を倒す事も可能な為、非常に使用人口の多いタイプの機体だったりする。
でも蛇内君は他の弾幕機乗りとは違う点がある。それは逃げる方向にのみ、確実に弾を撒いてくることだ。
方向だけではなく爆風の形。弾の誘導や性質を事細かく設定し 『この方向にしか逃げられない』 弾幕を狙って作り出し続けられる為、弾の消費量が他の弾幕機使いに比べ極端に少ないのだ。 故に弾幕機の致命的な弱点であるリロード時間を補填する事に成功している。
(だから、避け続けていても勝てない)
なら、と。
私は≪ヴェリク・パラディン≫を前進させる。
私の進む方向が、誘導されていても構わない。
――全て避ければいい。
バズーカであろうが弾丸であろうがミサイルであろうが光刃であろうがなんでもいい。
(仮に相手に行動がバレバレでも関係無い――私は、無利君との試合に勝ったんだから!)
操作球に力を籠め、目の前のミサイルへ向かって飛翔する。
機体をバレルロールさせて縫うように回避――した先には既に弾幕。回避。
煙を抜けた後に多数の光刃――装甲を掠めるが、回避。
その、次の瞬間に。
(……?)
チクッ、と。身体に痛みが走った。
針に刺されたような些細な痛みだ。衝撃体感システムとは違う。リアルな痛み。
(そういえば特長さんも、この試合は新しいシステムのテストも兼ねてるって言ってたっけ)
衝撃体感システムをよりリアルに設定したとか、そういう事なのかもしれない。
(痛いのは嫌だなぁ……余り痛くないようなシステムにしてくれれば良かったのに)
言いたい事は沢山あるが、文句を言っていても仕方ない。
今はそんな無駄な事を考えるよりも、相手に肉薄する事だけを――。
(……いや、無駄じゃない、かも)
装甲を掠めた程度でハッキリと痛みを感じた。それは私だけでなく、あちらも同じはずだ。
(私と同じように、被弾すれば痛みの質の違いに気付く。その瞬間なら、蛇内君にも隙が生まれるかも)
事前に知らされている可能性を考えたが、今までの特区運営を見るにその可能性は低い。
(考えている間にも、また光刃が正面から打ち出されてる。行こう、これ以上考える時間はない!)
隙を突く作戦が幾らあったところで。
目の前の『誘導弾幕』を攻略しなければ、蛇内君に近付く事すらままならない。
(思い込むんだ。これは遠距離戦なんかじゃない)
遠距離戦なんかじゃない。
その響きから無利君の言葉が連想される。
――植実の弱点は遠距離なんかじゃない。
脳内にその声がハッキリ響いたと同時に、剣を鋭く振り払った。
「なっ……!?」
蛇内君が驚愕する声が響き、正面に迫った光刃を斜め後方に弾き逸らした
光刃は本来、簡単に弾いたりできる物ではない。だが例外として『エフェクトの真芯』を捉えれば、可能だ。
私も以前はできなかった。私が反応できたのは遠距離戦ではなく、近距離戦だけだったから。
(でも無利君と戦ってわかった。私が遠距離武装を避けきれなかったのは、見てから考えていたからだ。私は無意識の思考を始めた瞬間に大きな空白ができる)
頭に異常がある――わけではないと思う。移動中に意識して引き起こしてみたけれど、あれは「脳に身体が追い付いていない感覚」がより的確な表現だった。伝達機構に障害があるのかもしれないけれど、素人の私には正確なところはわからない。
(だったら 『ただ見ればいい』 んだ! 刃の芯がどこかなんて、身体が覚えてる――そう信じれば、きっと!)
足に向かった光刃と腕に迫った光刃を一振りで切り払う。
視野を広くしろと教師に言われた事があったが、逆だ。
私にできるのはその逆、視野を狭くすること。
遠くにいる≪シュライバ≫は見ずに、考える暇の無い――自分の剣が届く挌闘射程圏内に入ってきた弾や光刃だけに意識を集中すれば、それは。
(遠距離攻撃全てを、近距離攻撃として対処できるはずッ!)
キュィン! と甲高い音が響きまた一つ、二つと光刃を叩き落としていく。
――不安感は一つも無い。
これらが全て近距離攻撃であるならば、反応できないはずがないのだから。
致命傷になるであろうモノは確実に弾き、外側にやり過ごせそうな攻撃は最小限の動きで回避。
光刃を正面から抜けられるのは想定外だったのだろう。それを避けて通っていたら当たっていたであろう他種類の弾幕が、見当違いの方向に炸裂していく。
(蛇内君は無利君じゃない――相手の行動を制限して先読みのような効果を得ているだけで、私の心がわかるわけじゃない。だから 『普通じゃない突破』 をしていけば絶対に裏をかけるし、近寄れる!)
言わば用意した曲がりくねったコースを、空中を飛んで直線に進んでいるようなもので、当然ゴールはどんどん近付いてくる。光刃の嵐を剣一本で切払いながら、最短の道を疾駆する。
斬る。走る。
斬る。走る。
斬る、斬る。
走る。走る。走る――!
≪シュライバ≫をゴールと定めた≪ヴェリク・パラディン≫は助走をつけて飛翔する。
相対速度の差異により、光刃の速度も上がっていく。
――それでも、何の問題も無い。
上下左右全ての方角からの弾幕を剣で薙ぎ払い、一直線へとゴールへと。
「……ッ!」
とどけ、とどけ、とどけ!
剣を正面に向け、飛翔残量を食いつくす勢いで最後の加速。
≪シュライバ≫が棒のような剣で応戦しようとするが、≪ヴェリク・パラディン≫の彷徨と共に放った剣撃により、空高く撃ち上げられ――返す刀でシュライバの腕を斬り落とした、次の瞬間。
――視界が明滅し、自分の身体が頭上にある事を認識した。