シューティングラーヴェ(はてな)

シューティングラーヴェの移行先

将棋擬人化みたいな短編

「廃駒、って呼ばれてんだよな。俺達の場合は」
 妙な言い回しにハテナマークを浮かべていると、薙刀を携えた男が口元を歪める。
「いや、だって捨て駒って言ったら紛らわしいだろ。俺達は今まで駒兵(くへい)だったんだからな」
 クヘイ。
 その言葉を聞いたアユムは、頭の中が泥で埋まったかのような感覚に囚われる。
 沈黙を疑問と解した薙刀男は困惑気味に、言う。
「おいおいまさか捨て駒も知らないってんじゃ……」
「……知ってますよ。僕は、捨て駒になりたかったから」
 捨て駒とは敵に敢えて倒されることで、事を有利に運ぶ戦術の事を指す。
「廃駒ではなく、僕は捨て駒になりたかった」
「――変な奴だな。死にたがるなんてどうかしてるぜ、お前」
「歩兵が死に恐怖する方がどうかしてます」
「それは一理あるけどなぁ……俺達はもう正規の駒兵じゃない。もう死んだら生き返れないんだぜ? 捨てるどころの騒ぎじゃない。死に駒になっちまう」
「相手に殺されても死なない方がそもそもおかしいんですよ。幾らでも生き返れます。だから捨て駒としてどんどん使ってください――そんなの、覚悟でも何でも無い」
 それは実際にアユムが見てきた光景だった。
 自分と同じ沢山の歩兵候補生と生活を共にしていたが、自らが決して死ぬ事は無いという駒兵の恩恵に甘え、やれ自分は何回名誉の戦死をしただのと小さな戦果を自慢するばかりで、正直尊敬とは真逆に位置する連中だ。
 目の前の薙刀の男――ショウヒはアユムの思考を察したかのように、笑みを浮かべる。
「成程な。お前が廃駈としてここに送られてくるわけだ」
「……馬鹿にしてるんですか?」
「そういうんじゃねぇよ。ただ、他の歩兵とは上手くやれねぇだろうなってな」
「……」
 歩兵しての資質は、他の補正と如何に円滑にコミュニケーションを取れるかも重要になる。
 ――つまりはショウヒの言葉は図星だった。アユムは不貞腐れた風に顔を横に背ける。
「貴方とも上手くやれそうにないですけどね」
「手厳しいね。俺はオマエのこと嫌いじゃねぇけどな」
 屈託なく笑うショウヒの顔を見ていると自分が矮小な態度を取っているのが浮き彫りになるような気がして、アユムはゆっくりと息を吐く。
「――で、廃駒というのは?」
「ああ、話が随分逸れちまったな――要は正規の駒兵としての資質を疑問視された奴等の吹き溜まりだよ。単純に能力寿命が来た奴。資質や能力適正が無い奴。後は性格に問題がある奴なんかが送られてくる」
「成程。つまり貴方は後者が理由だと」
「余り褒めるなって」
 即答され、この人に嫌味は通じないな――とアユムはため息を吐く。
 とはいえ単なる嫌味というわけでもない。彼の適正字装の 『飛』 の薙刀――現存する字装の中で最強と称されている代物――に視線を向ける。
 字装とは中心点に文字通り『字』の刻印が刻まれた装備品で、駒兵は基本的に一種の字装しか操る事ができない。これを字装との『適正』と言われている。
 様々な種類があるが―― 『角』 そして最強の字装と言われる 『飛』 の字装の適合者は稀有だ。
 多少能力が落ちた程度で廃駒入りするとは考え難い。
「話が少しずれたな。つまるところ廃駒は、正規の駒兵最大の特権である不死性が失われるって事だ」
「逆に言えば相手に殺されても利用されない――結構な事じゃないですか」
 正規の駒兵は死ぬ事は無いが、殺された駒兵は相手の戦力として一時的に利用される。
 『局』という区切りを終えれば元の陣営に自動的に戻されるが、それ故に周りの歩兵は倒される事を名誉とする程に落ちぶれてしまった。
「おまえ、そんなに死にたいのか? 二度と生き返りができない状態だろうと、そんなに捨て駒になりたいのか? 死にたいなんてのはな、死を美しいものと信じ込まされていた俺達の祖先――カミカゼを是としていた時代の遺伝。DNAに刻まれた錯覚だぜ? 死は美しいものじゃねぇ。ただ消えて、ただ死ぬだけだ」
「別に俺だって死にたいわけじゃないですよ。そんなわけないじゃないですか。ただ、死を恐れて何も成すことができないくらいなら、その方がマシってだけです」
 自分の覚悟が「遺伝」なんていう曖昧な物に定義されて苛立っていたのだろう。アユムは不機嫌そうに息を吐き、横を向く。
 それを聞いたショウヒは目を細める。
「なら何かを成すまでは捨てるなよ。何も成せない、無意味な捨て駒なんざ四流のやることだ」
「生きているだけで価値があるとでも?」
「んな素敵な考えはさすがに持ち合わせてねぇよ。ただな、後が無いからこそ、俺達は無為に消えるべきじゃない。せっかくなら意味のある消え方をするべきなんだよ」
「さっきから黙って聞いてれば――いきなり説教なんて流行りませんよ」
「ん? お前は流行とか、そういうものに流されるのが好きなのか?」
「……そういうわけでは、ないですけど」
「ならいいじゃねぇか」
 頭をポンと叩かれると、不思議と暖かさを感じ――アユムにはそれが、どうにも悔しかった。
 ショウヒは最強の『飛』を冠した字装の持ち主だ。
 後が無い『廃駒』になったとしても、彼の強さは本物だ。あるいは長く生きれるかもしれない。
 だが、最弱の『歩』である自分はどうか。
 相手がその気になれば、倒す事は本当に容易だ。戦略的価値も少ない為、味方に守られる事も無い駒だ。
 そんないつ死ぬかもわからない駒だからこそ、ショウヒは言いたい事を全て言う事にしたのだろう。
 出会ってから信頼関係の構築。
 心の距離を測って少しずつ親密になる――そういった前提を全て踏み飛ばして彼は伝えた。そういうことなのかもしれない。
 出会ったその日が、今生の別れになるかもしれないから。


 その言葉が現実に近付いたのは廃駒になってから3回目の――単騎での警戒任務の時だった。
「妹がその区域で救難信号を出してる。俺は生憎別の任務があってな――合流して連れ帰ってくれないか?」
「――ケイさんですか。なんであの人はこう……無茶をするかな」
 ショウヒからの字装通信を切ると、アユムは指定されたポイントへと歩みを進める。
 彼女の字装は『桂馬』であり、他の字装にはできない単距離での空間転移が可能だ。本来なら護衛の必要が薄いのだが、彼女はその字装の特性にかまけてよく敵側の視察に行ってしまうのだ。
「限りがあるんだから、余り無茶をしないで欲しい……」
 桂馬の字装は決して万能ではない。空間転移には限りがあるし、真っ直ぐ飛ぶ事もままらないのだ。
 そんな不安定な字装で。しかも単身で敵と遭遇すれば無事で帰ってこれるわけがない。
「お、いたいた。おーい」
「いたいた、じゃないですよ……」
 だというのに、ケイは何だかんだで帰ってきてしまうから不思議なものだ。
 とはいえ、怪我も無いし元気そうではある。ケイは笑顔でぶんぶん手を振って近付いてくると、アユムの頭を撫で始めた。
「うんうん、今日もアユム君はかわいいね。かわいいかわいい」
「かわいくないですしそんな場合でもないです。なんでそんな元気そうなのに字装通信を使わずに救難信号なんて……これ絶対問題になりますよ」
 無下に押しのけるわけにも行かないのでされるがままに撫でられながら、アユムは問いを投げかける。
「あー……うん。ちょっと通信が壊れちゃって」
「字装通信が? 壊れた?」
「っていうより字装そのものがちょっと、ね。実は偵察中に鉢合わせた白飛さんを助けに入った時に……」
 白飛(ビャクヒ)
 アユムは以前自分が所属していた『白の駒』の隊長の事だとすぐに理解する。
「あのプライドの高い白飛隊長が助けられた……? 廃駒のケイさんに?」
「アユム君。その言い方なーんか私に失礼だよ?」
「いえ、そういうわけではなく――」
 以前白飛に言われた言葉が脳裏によぎり、アユムは眉を顰める。
 不快な声を記憶から意識的に消そうと努めていると、その不快さがより強くなった。
 目の前から――地面とて我の物とでも言わんばかりの気取った足音と共に、直接目の前から『声』が聞こえてきたからだ。

「助ける? 間違っているな。それは誤用だ」

 できれば二度と聞きたくなかった声が、知ったモノかと脳に響きわたる。
 自らの不快感を顔に出さないように努めた後、アユムは顔をゆっくりと上げた。
 長身で細身。煌びやかな白の鎧を纏った憎き姿を見上げると、なんとか声を絞り出す。
「――白飛隊長。ご無事でしたか」
「それも間違っているな歩兵。『ご無事でしたか』 と確認されるべきは、安否を気遣われる必要がある弱者のみだ。例えば貴様や、そこにいる――余計な真似をした屑馬のような輩に発せられるべき下らない言葉だ」
「屑、馬……?」
「助けるとはな歩兵。危害から別の誰かを解放する事だ。決して高名な我の進路を無能な輩が妨害する事ではない。言葉を正しく扱わず、事実を歪曲し、自身の手柄にしようだとは――さすがに恐れ入る。廃駒とはこんな程度の低い女が務まるものなのか?」
「ちょっと、さっきから黙って聞いてれば――」
 ケイが一欠けらの迷いもなく、白飛に掴みかかろうとする。
 ケイは女性だが、か弱い女の子では決してない――と数日の付き合いで、アユムは半ば確信している。その容姿とは裏腹に、割とキツイ事も黒い事も吐き出す。仲間にも兄妹にも遠慮は一切ない。そんな子だ。
 『なんでも吐き出すけど陰口は吐かない』とは彼女の弁で、左右の銘らしい。
 それはアユムにとっても嫌いな信条ではないし、見習いたいとまで思ったものだが――この相手には、まずい。
「……何の真似だ? 歩兵」
「……」
 気付いたら、アユムは手でケイを遮っていた。
 庇うように前に出て、かつての隊長を睨み付ける。
「……白飛隊長を庇ってケイさんは字装を破損させた。なのにその言い草はなんですか?」
「必要無いと言っている。我はあの程度の射撃単独なら避ける事ができた――ならば無用な損害だ。遭遇した敵は単独。であれば、我が負ける道理は無い。そこの屑馬ような足手纏いがいなければな」
「――撤回してください」
「……歩兵、今何と言った? よく聞こえなかったのだが」
「ケイさんは足手纏いでもなければ屑馬でもない――少しじゃじゃ馬なだけです。撤回してください」 
「ちょっとアユム君?」
「それも間違っているな歩兵。撤回とは格上の――次元の違う存在に向けていい言葉ではない」
「そうですね。僕もそう思います」
「ならば――」
 アユムは白飛の言葉を遮るように、自らの字装を抜き放った。
 震える指に無理やり力を込め、逸らしそうになる威圧的な目を睨み付け、アユムは言う。
「もう一度言います。撤回してください。それを言う事が許されない程――貴方は次元の違う存在じゃない」
「――よく言った歩兵。言葉通り、異なる次元へと堕としてやろう」
 訓練以外の名目で先に字装を味方に向ける事は立派な反逆罪だ。そして処刑されれば最後――正規の駒兵でない廃駒は、文字通り死ぬ事になる。
 だけど、それがどうした。

(その為に心を曲げて進める程、僕は器用には進めない――!)

 アユムは心中で喝を入れ、最強の駒に向かって疾駆する。
 自身の言った言葉と信念を、偽りにしない為に。