シューティングラーヴェ(はてな)

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なりたかった人 中編

「で、なんだよ話って」
「……」

 屋上に来てから、木咲は一言も喋ろうとしない。
 普段でかい声出してる癖に、こういう面もあるんだなー等と、失礼な事を考えてしまう。

 木咲は本来凄い明るい奴で、声もでかい。背は小さい。
 容姿もそこそこ悪くないし、歌も上手いし、大好きだと言っていた。
 休み時間に度々俺を起こして一方的に話すのは、つまりはそういう事だ。

 ……俺の大嫌いな『夢』の話を、いつも楽しそうに話してくる。
 今日は声域が少し伸びただの、ボイストレーニングの先生に褒められただの。
 とにかく、毎日のように俺の大嫌いな話をしてきていた。
 いや、話の好き嫌い以前に、正直俺は辛くて仕方なかった。
 実際に夢を目指している人の話を聞くのが、俺には辛くてたまらない。

 なんだか
 夢を目指していない。
 何にも成ろうとしていない自分の事を、責められているような気分になるからだ。

 でも同時に、悪意の欠片も無い木咲の話を聞いている内に、俺は自覚するようになっていった。
 俺が夢が嫌いだったのは、押し付けられているだとか、そういう話ではなくて……

「……時枝君、私ね」
「うん?」

 ――夢を見れていない自分が、死ぬ程嫌いなだけなんだ。
 そう自覚した時、俺は木咲の話がそこまで嫌いではなくなった。
 勿論まだまだ嫌いではあるが、『そこまで』嫌いではなくなったのだ。

 だからだろうか?
 俺はこの言葉が

「私、夢……諦めようと思うんだ」

 この言葉が
 木咲の口から出た瞬間、凄く悲しい気分になったんだ。

















普通の小説 『なりたかった人』中編


「は……?」
 今まで、木咲から聞いた話を思い出す。
 誰かに褒められた事。
 新しい曲を作ったと自慢してきた事。
 今日は好感触だったんだよと報告してきた事。

「なんでだよ」
 俺は、以前程ではないが、夢が嫌いだ。
 でも、それとこれとは話が違う……!

「お前頑張ってたろ。才能もあんだろ。みんなに期待されてんだろ」
 先生達や友人達にも注目されてて、業界からも認められてきてる木咲。

「俺なんかと違って、あんなに夢、目指してたじゃねぇか。目指せるんじゃねぇか!」
 目指す物も、目指せる才能も無い俺とは何もかも違う。――なのに。

「ありがとう。わたし、時枝君にそう言ってもらえるの、凄く嬉しいよ」
 木咲はそう言った後
 殆ど一方的に話してたし、内心嫌われてるんじゃないかってビクビクだったしね――と続けた。

「違う、俺が今話したいのは、そんな事じゃなくて……」
 そう言葉を続けようとした俺を、木咲遮る。

「私ね、わかってきちゃったんだ。『私らしさ』っていうのが、どういう事か」
「……?」
「いわゆる『個性』って奴。私は、私らしい歌い方が大好きだったんだよ」

 木咲は長い髪を揺らして、時枝に対して後ろを向く。
 当然ながら、これで表情はわからない。

「1次オーディションに受かった時、私はそれが認められたんだと思った。でも違った」
「違った?」
「うん、個性……自分らしさって、最初から作られてるものだったんだよ」

 ふぅ、と息を吐き、木咲の話は続いていく。

「時枝君が好きなゲームとかで例えるとわかりやすいかな。赤とか緑とか、白とか黒とかあるゲーム持ってるよね?」
「あぁ、携帯ゲームの奴か……今はもうやってないけどな」
「あれが爆発的にヒットしたのは『個性』を作れるからだって私は思う」
「……私らしさって奴か?」
「うん。色の違い二種類のソフトを作る事で『私は赤が好き!』『僕は緑が好き!』っていう一種の個性を出せるじゃない?モンスターが100種類いるのだって……」
「『私はこのモンスターが好き!』『僕はこのモンスターが好き』そうやって個人が個性を出しやすいって事か」

 木咲はゆっくり振り返ると「うん」と、なんともいえないような表情で笑った。

「つまり、『私らしい』って一時的にでも思えるような商品は売れるって事。だからそれを作ってる人は個性を私達に『提供』してるの。そうした方が売れるからね」
「……歌も同じだっていうのか?そりゃ幾らなんでも」
「ううん、同じだった」

 笑いながら即答する木咲は、何処か疲れているような声を出す。
 反論したくても、俺には反論する資格が無いような、そんな気分にさせられた。

「私らしいと思ってた曲は、私が心から歌いたい曲は、歌っちゃ駄目なんだって。貴方のキャラとは合わないから、もっと違う曲にしましょう……だって」
「……」
「商品にならない『私らしさ』は、いらないんだってさ」

 何か言ってやりたい。
 何かを言ってやりたいのに、言葉にするのを、躊躇してしまう。

 ――好きな事を仕事にできるんだから、それくらいは我慢しろ。
 ――そんなのはおまえの気のせいだから、深く考えるな。

 どれも違うな、と思う。
 それは、ただの一般論だ。俺自身が思っている事じゃない。
 だから、とりあえず……

「なぁ、木咲の夢って、なんだ?」
「私の、夢?時枝君になら、今更言わなくても……」
「今聞きたいんだ。もう一度」
「……」

 足の向きを真っ直ぐにして、正面から木咲と向かい合う。
 木咲はその視線を受け流すように、少し横を向いた。

「私らしく歌い続けていたい。それが私の夢だよ」

 視線は横を向いていても、その瞳は揺るがない。
 その夢を話す時のコイツは、これからも揺るいで欲しくない。そう俺は思う。
 だから

「で、それは業界のお偉方に認めてもらわなきゃ、絶対に出来ない事なのか?」
「……それは」
「確かに、歌で稼げるようにならなきゃ、歌だけじゃ生きていけないかもしれない。だから答えろ」
「……」


「木咲らしく歌えなくても歌い続ける方と、歌以外も頑張りながら木咲らしく歌い続けていく方――どっちがおまえの夢に近いんだ?」



 沈黙。
 木咲の表情は俯いていて見えないし、読み取れない。
 知ったような口を聞くな、と嫌われてしまうかもしれない。
 だから、言うべき事は言っておこう。

「俺も夢、見つけたかもしれない」

 その言葉に反応して、木咲は顔をあげた。かなり驚いている。
 意外性を多分に含んでいる台詞だったから、当然かもしれない。

「……え、今?」
「あぁ、今見つけた」
「どんな夢?」
「卑怯な夢」

 木咲の頭に?マークが沢山浮かぶ。そりゃそうだ。

「お前みたいな奴を、ぶん殴る人間になりたい」
 ――呆然。
 木咲はしばらく経った後「えっ」と返すのが精一杯だった。


「確かに、木咲の言う通り。個性なんて作られた物で、全部嘘っぱちなのかもしれない」

 俺には業界の話はわからない。アイツだけが知ってしまった事実も、何かあったのかもしれない。
 だけど、普通の生活でだってそうだ。
 あのアイドルが好きだとか、どの色が好きだとか。
 そういう事を声高に叫ぶ事で、周りは自分の個性を認めてくれるような気になって。
 その事が気持ち良くて、何度も何度も繰り返していく。
 思い返せば、クラスの奴らもそういう奴等ばかりだ。
 そしてそれは確かに、本当の個性とは言えないのかもしれない。

「でも、もしこういう人がいたらどうする?」
「……どんな人?」
「木咲らしい歌に心底惚れて、その『らしさ』を本物だと疑わない人」
「そんな人、居るわけないと思う」
「俺は一人知ってるんだな、これが」


 やけに自信満々な俺の言葉に対し、木咲は目をぱちくりしてこっちを見てくる。
 驚きというよりも、不思議そうな顔だった。

「お前はそいつの目の前で言えるのか?貴方の見てきた私らしさは、全部偽者です!って」
「そんなこと……」







「言えないのなら、黙って前見てろ。偽者だと心の底で思っていても、全力で騙し通せ」

 そして言えるのなら、そんな夢さっさと辞めちまえ――。
 相手を傷つけるのも辞さずに、俺はそう言葉を続けた。

 ……キーンコーンカーンコーン。
 鐘の音が鳴ったのは、確かこのタイミングだったはずだ。
 俺は俯いた木咲の顔を見る事ができずに、足早に教室へと戻っていった。