シューティングラーヴェ(はてな)

シューティングラーヴェの移行先

7巻のキリトさん成分が不足していたので書いてみた 後編【SAO】

 左の聖剣で二人目のメイジを倒し、そのまま三人目に猛進しようとしたところでキリトは驚愕の表情を浮かべた。
「……ッ!?」
 体を寸でのところで捻らせ、正体不明の攻撃を回避する。
 完全に死角からの攻撃だったので、一瞬でも反応が遅れたら直撃していた。
 <鈍器>
 攻撃の正体は、メイジのフォローに入った騎士然とした格好の前衛が繰り出した、凄まじい速度の鈍器による神速の突き攻撃だった。
 金属の鎧と不釣合いな武器だが、あの突き――バッシュと称したほうが正しいであろうスキル攻撃――は、まずい。
 それは威力が高いからでもなく、深刻な状態異常を孕んでいるわけでもない。恐らくALO全体のスキルから見れば弱スキルに分類され、モンスターとの戦闘では使う者は極少数だろう。
 しかし今の状況において 『今のキリト』 にとって、あの攻撃に当たるのはまずいのだ。
 その理由は、長距離のノックバック属性にある。
 威力が少なくとも、あの攻撃に当たったプレイヤーは遥か遠くまで吹き飛ばされる。仮に今の攻撃に当たっていたら、壁面まで押し戻されていただろう。
 何とか不意打ち気味に乱戦に持ち込めはしたが、もう一度メイジ隊から距離を離されるのはまずい。
「くっ……!」
 当たっても問題ない攻撃を避け続けるのと、当たってはいけない攻撃を避け続けるのでは感覚がまるで違う。精神的な余裕が消え、それが思わぬミスへと繋がることさえある。
 どこかあの男との決闘を思い出す攻撃だが、金属鎧の鈍器装備は現在四人。一瞬でも気を抜けばノックバック攻撃に当たってしまう。
「メイジ隊今だ!撃てぇ!」
 その声を聞き、キリトは更に戦慄した。
 遂に残りのメイジ隊の魔法の詠唱がついに完了してしまったのだ。こちらには欠片も余裕は残っていない。
 確認できるだけで<多焦点追尾>スペルが三つに<広範囲曲弾道>スペルが四つ以上。全て直撃すれば一瞬で残り火コースだ。
 しかしメイジ隊を先程のように叩くにも、四人の突き攻撃を回避し続けるだけでも手一杯な上に、回避を諦め、無理やり一人倒したところで他のスペルに焼かれてしまう。
 回避も不可能。<魔法破壊>も望めない。しかし現状を維持すれば倒される。特攻しても残りの魔法に……
「……そうか、なら!」
 キリトは浅く呼吸すると、前衛の一人をソードスキルを使い跳ね飛ばした。
 それを見て、幾人かは笑う。この状況で硬直のあるソードスキルを使えば、スキル硬直に直撃は避けられない。
 だがその油断が一瞬の合間を作り、金属鎧の防壁を抜け一番手近にいたメイジに全力で斬りかかる。
 同時に全てのスペルが解き放たれた。<広範囲曲弾道>と<多焦点追尾>スペルの光弾がキリトを囲い込むように中空へと打ち出され、メイジへの攻撃の隙を突こうと金属鎧が<鈍器>
での突き攻撃を仕掛けに行く。
 キリトの攻撃は確かに一人のメイジを仕留めた。
 しかし先程のようにエフェクトが消滅するのは一割程度のもので、残りの魔法は全てキリトへ降り注ぐ。
「キリトォ!!」
 クラインが声を張り上げるが、その声との距離は遠い。フォローは確実に間に合わない。
 そこでキリトはまたしてもソードスキルの硬直を<剣技連携>にて無理やり上書きし、後ろから襲い掛かる金属鎧へ回り込みながら剣撃を叩き込もうとする。
 だが、先にモーションに入っていた相手の動きの方が僅かに速い。
 器用に回りこんだキリトの腹部に、鈍器によるバッシュ攻撃が直撃した。
「もらったぁ!」
 威勢のいい声と同時に、キリトの体が宙に浮かぶ。
 真上には光弾の雨に降り注ぐ火炎の渦。
 キリトは予想以上の弾幕を見据えながら、予想通りの衝撃に笑みを浮かべた。
 強烈なバッシュ攻撃は、掠めただけで強烈なノックバックを生む。
 
 一瞬で 『壁まで押し出される』 ほどの

「ぐ、おおおおおおおおおおおお!」
 ジェットコースターの非ではない浮遊感と恐怖を脳内パルスに直接送られる感覚に耐えながら、キリトは飛翔不可能領域で猛スピードで飛ばされた。
 いや 『飛んだ』 と呼称した方が正しい。キリトは先程の攻撃を、飛ばされる角度を調整し、わざと当たりに行ったのだ。
 その凄まじいまでのノックバック速度で景色が流れ、頭上から降り注ぐ光弾を首の皮一枚で回避し、爪先を焦がしながら壁へと進んでいく。
 余りの回避方法に一瞬周囲がざわつくが、すぐにそれは笑みへと変わる。
 半数以上のスペルは確かに回避されたが、残ったスペルはその急速的なターゲットの移動に対しても、しっかりと誘導されている。
 その殆どが誘導性の高い上位スペル……威力も当然高いため、さすがの<黒ずくめ>のHPも空になるはずだ。
 対するキリトは追ってくる光弾を視認すらできない状態で飛翔、もとい吹っ飛ばされていく。
 そして、背中から壁に激突。
 破壊不能オブジェクトに強烈に叩きつけられ、キリトは呻き声を上げた。
 同時に、正面から迫る<多焦点追尾>型スペルの無数の光弾。
 手こずらせやがって、という声が聞こえた。
 もう十分頑張ったよお前は、という同情めいた声も聞こえた。
 しかしキリトはその声でなく、全神経を左手に集中させる。
 黄金色の刀身を持つ剣の名称と、その意味を噛み締める。
 キャリバー
「<聖剣>……!」

 左手の新しい相棒を光らせ、ソードスキルが具現する。 
 無理な体勢からの、不恰好な状態での挑戦。
 視界も少し怪しい。だが感覚の赴くままでいい、使い慣れたスキルで構わない。

「<ヴォーパル・ストライク>!!」

 ジェットエンジンのような効果音と共に、キリトは赤い光芒の演出と共に剣による強力な突きを繰り出す。 
 突きは所謂点による攻撃なので、同じく魔法攻撃の一点を捉えなければ成功しない<魔法破壊>との相性は本来悪い。
 その上<多焦点追尾>や<広範囲弾道>のスペルは対象を囲むように展開するため<魔法破壊>自体が不可能。
 しかし、この状況においては違う。複数のスペルは既に、キリトに直撃する寸前に展開していたのだ。
 それをノックバックで急速回避した今。キリトが動かない限りその魔法は<単焦点追尾>も同然。
       スペルブラスト
「よって、<魔法破壊>は可能……!」
                                 
 声と共に、敵ギルドにとっては忌々しい存在である<黒づくめ>の渾身の一撃が、光弾を散らした。
 昇天していく光を背景に、ゆっくりと突き出した剣を下に下ろす。
 さすがに全てを防ぎ切ったわけではなかったのか、当のキリトはぐったりと両肩を落とした。
 「今の攻撃全部耐えんのかよ?」「あの体勢から魔法斬ったぞ」「これだから…・・・」
 敵陣営が明らかにざわつき始め、呆れや諦観にも似た何とも言えない声が聞こえてくるが、キリトはそれに耳を傾ける精神的な余裕はない。
 腹の底から搾り出すように、ノックバックによって距離が近くなったであろうクラインに声を上げる。
「クライン。これで何秒立った?」
「そうだなぁ……三十秒って所じゃねぇ? あと十倍はがんばらんと」
「いやさすがに三十秒って事は無いだろ……」
 それに三十秒の十倍は三分じゃない、と心中で突っ込みながらも、キリトは両手を握る感覚を確かめる。
 HPゲージは四割を下回った。クラインのゲージはここからでは確認できないが、似たようなものだろう。
 メイジとの距離も詰め直しだ。先程と同じ回避方法が通用するとは思えないので、また別の手段で接近する必要がある。
 とりあえずアスナがボス部屋入る時にVサインを送る余裕ぐらいは残しておかないとな、と無茶な軽口を叩きつつ、再びキリトは戦闘の渦中へと身を躍らせた。