シューティングラーヴェ(はてな)

シューティングラーヴェの移行先

オリジナルstage 【EP-10~19 サイドS】

「つまり、かづなと純也は俺たちとは別の世界から来たってことか。ぶっ飛んだ話だとは思うけど、そう考えるとつじつまが合いそうだな。お、このカレーパン美味い。具は少し辛めだけど、生地が分厚いからバランス取れてるな」
「私たちの世界では、サイコデュエリストが変異した形――『ペイン』の存在は一般常識と言っても過言ではないです。『ペイン』に襲われることを避けるために外出を控えるようセキュリティから注意が呼びかけられましたし。私たちの世界で『ペイン』という単語を知らないのは、よっぽどの箱入り娘さんだけだと思います」
「セキュリティ、って組織は共通してるっぽいんだがな」
「はい。でも、私はネオ童実野シティなんて街聞いたことないですし……うーん、このアンドーナツ不思議な食感ですね。どうやって作ってるんでしょうか?」
「とにかく、優先するべきは一緒に飛ばされた仲間の捜索じゃ。創志と一緒にいたのはティト、神楽屋、リソナ、それにバイト先の店長じゃったな? かづなたちは、『しちみ』という女の子に、<スクラップ・ドラゴン>の精霊とはぐれてしまったと」
「ええ……スドちゃんは心配いらないですけど、もし七水ちゃんが1人ぼっちだとしたら、きっと不安になってると思うんです」
「こっちも一般人が交じってるからな。さっきのようなヤツに絡まれでもしてたら危険だ」
「そうじゃな。準備ができ次第、すぐにでも捜索に向かおうかの。しかし、たまにはパンというのも乙なものじゃな! 握り飯一択だった今までの自分を叱ってやりたいの!」
「ここのパンは特別美味い気がするけどな。今度萌子さんに手伝ってもらってパン作りでも挑戦してみるかな……」
「創志君料理するんですか? 何だか意外です」
「そりゃどういう意味だ」

 

「……………………皆さん、何やってるんですか?」

 

 懸命に怒りをこらえた純也の冷ややかな声が響き渡る。
 木特有の温かさを最大限に醸し出した、木造の店構え。狭い店内には、少ないスペースを上手に活用し、多種多様なパンが並んでおり、食欲をそそるようなかぐわしい香りを漂わせている。
「「「何って……」」」
 今まで和気あいあいと会話を続けていた創志、かづな、切の3人が声を揃えて首をかしげる
「見て分かんねえか?」
「分かります。けど、理解したくないんです」
 純也がわざとらしくため息を吐いた。
 ペインとのデュエルを終えたあと、怪我を負った創志はかづなの手当てを受けた。出血は派手だったものの、幸い傷自体は深くはなく、適切(?)な応急処置のおかげで大事に至ることはなかった。
 純也はかづなの手伝い。手が空いてしまった切が、1人で周辺の探索に向かったのだが――
 兼ねてから空腹を訴えていた切は、とある木造の建物を発見した。
 荒廃した他の建物と違い、目立った損傷も無くひっそりと佇んでいたその建物からは、香ばしい小麦の香りがぷんぷんと漂ってきていたのだ。
 早い話が、「街の小さなパン屋さん」がそこに在ったのである。
 正面にあるガラス戸から覗ける店内は、綺麗に並べられた無数のトレーの上に、様々なパンが所狭しと並んでいた。嗅覚だけでなく視覚からも空っぽの胃を刺激された切は、残った理性を振り絞って仲間の元へ戻り、パン屋の存在を伝えた。
 切ほどではないものの、ちょうど腹を空かせていた創志とかづなは、何の疑いも無くパン屋へと足を運び、何のためらいもなく食事タイムに突入したというわけだ。
「だって明らかにおかしいでしょう!? 他の建物はみんな荒れ果ててるのに、ここだけ無事でなおかつ焼きたてのパンが並んでるなんて! 店員もいないし、どう考えても罠ですよ!」
「まあそうカリカリすんな、純也。あんぱんでも食って落ち着いたらどうだ?」
「いりませんよ! 毒でも入ってたらどうするんですか!?」
 正しいはずなのに自分が間違っているような空気に耐えられず、純也はこの空間の異常性を訴える。
「まだここがどんな世界も分かっていないのに……軽率な行動は控えるべきだと思いますけど!」
「大丈夫ですよ、純也君」
 すると、柔和な笑みを浮かべたかづなが、諭すような声色で口を開く。
「お金はちゃんと払っておきましたから!」
「そういう問題じゃありません!」
「はっ、そうか。このお店は円が使えるかどうか分かりませんね……これじゃパン屋さんが生活できません。どうしましょう?」
「ペソならあるぞ」
「じゃあ安心!」
「じゃな! 存分に食べまくるのじゃ! むぐむぐ!」
「そんなわけないでしょ!!」
 ひとしきりツッコミを入れてから、純也は頭を抱える。
(全然話が進まない……治輝さんは適度にツッコミ入れてくれてたけど、創志のヤツはさっぱりだ)
 ペインとのデュエルで緊張感を使いはたしてしまったかのように、のほほんとした空気が漂っている。これは非常にまずい。何しろ――

 

「いつまたペインに襲われるか分からないんですよ?」

 

 純也の言葉に、手当たり次第にパンを口の中に放り込んでいた切の手が止まる。頬がパンパンに膨れるまでパンを詰めこんでおり、ハムスターのようだ。
「……そうじゃな」
 状況が把握できていない以上、ここは敵地のど真ん中と言っても差し支えない。
 ペインは、サイコデュエリストの変異した形。先程のようにわざわざデュエルを介さなくても、カードの効果を実体化させることで遠距離から攻撃を行うことなどたやすい。ロクな遮蔽物も無く、身を隠すにも反撃にも転じるにも不利な狭い店内からは、一刻も早く立ち去るべきだ。
「……ごめんなさい、純也君。ちょっとはしゃぎすぎてたかもしれません」
「だな。腹も膨れたし、そろそろ出るか」
 ようやく純也の訴えが実を結んだようで、創志とかづなは神妙な顔つきになる。
「創志、怪我は大丈夫かの?」
「大丈夫だって言ってるだろ。傷は深くないのに派手に出血しただけだ」
 創志の額に巻かれた包帯には、未だに血が滲んでいる。それでも、本人がこう言っているのだから、これ以上の休息は不要だろう。
「あ、それじゃあこれからに備えて少しお持ち帰りさせてもらいましょう」
 いいことを思いついたと言わんばかりに手を叩いたかづなが、空のトレーとプラスチック製のトングを持って、持ち帰るパンを選び始める。
「……かづな、ひとつ訊いていいかの?」
 そんな彼女に、ようやく口の中のパンを全て飲みこんだ切が声をかける。
「何ですか?」
「お主は、サイコデュエリストではないんじゃろう? しかし、ペインと戦っている」
「そうです。スドちゃんのサポートがなかったら、満足に戦えないですけどね」
 そう言って、かづなは自嘲気味に苦笑いを浮かべる。

 

「怖くは、ないのかの?」
 
 
 
 切の問いが、弛緩していた場の雰囲気を一気に引き締めた。
 力を持たぬ者が、圧倒的な「暴力」に立ち向かう。それはどれほどの恐怖を伴うものなのか。気付いた時には力を振るえるようになっていた切には、知りえない感情だった。
 それを知りたいと思ったのは、かつて、かづなと同じように特別な力を持っていないにも関わらず、自分に手を貸したがためにサイコデュエリストと真っ向から渡り合うことになった「ある男」の気持ちに少しでも近づきたかったからだ。その男に問いを投げかけても、答えが返ってこないことは容易に想像できた。
「……怖くない、なんて胸を張って言えません。怖いです」
「かづなおねえさん……」
「なら、どうして戦えるのじゃ?」
 切は問いを重ねる。
 恐怖を跳ね除けるほどの何か。それをかづなは持っているということだ。

「――頼まれちゃいましたから。あの人が帰ってくるまでは、私、負けられません」

 かづなは視線を上げ、ガラス戸の向こう側に広がる曇天を見つめながら、はっきりと告げた。
「それに、もっと怖い事もありますから。それに比べれば、ペインなんてへっちゃらです!」
「……そうか」
 かづなの答えは、ある意味曖昧だった。彼女の言う「あの人」が誰なのか、切にはさっぱり分からない。純也はそれを知っているのか、羨望と寂しさが入り混じったような複雑な表情を浮かべている。
「答えてくれて感謝じゃ。すまんの、おかしなことを聞いて」
 それでも、切には何か得るものがあった。知りたかったものが何となく理解できた。そんな気がするのだ。
「別におかしなことじゃないと思うぜ。俺も聞けてよかった」
「創志君……」
 今まで会話に耳を傾けていた創志が、満足げに頷く。

「約束ってのは、守るためにあるもんだ。そうだろ?」
「――はい!」

 元気よく返事をしたかづなは、視線を棚に戻し、パン選びを再開する。
(創志にも、何か通じるものがあったのじゃろうな)
 自分のことよりも、他人のことの方が力を発揮する創志のことだ。かづなの言葉は、胸を打つものがあったのだろう。
「えーと、できれば長持ちするパンがいいかな……どれにしよう……」
「……僕も手伝います」
 迷っている様子のかづなを見るに見かねたのか、純也がトングを持っておさげの少女の隣に並ぶ――

 その時、襲撃は来た。

「――伏せろッ!」
 創志が鋭い叫びを発すると同時、ガシャァァァンと盛大な音を立ててガラス戸が砕け散る。
 砕かれたガラスの破片は、ひとつひとつが鋭利な刃物と姿を変え、店内にいた4人に襲いかかる。曇天から差し込むささやかな光がガラスの破片に乱反射し、幻想的な光景を作り出していたが、それに見入る者は皆無だった。
 創志は近くにいたかづなを引き寄せると、その身をかばうように覆いかぶさりながら身を低くする。その2人の前に立った純也は、大型の手甲としても機能するデュエルディスクを盾のように構え、降り注ぐ破片を弾き返した。
 奇襲を受けたリアクションとしては、及第点と言える反応だった。
 唯一、切だけが反撃に転じていた。
 礫のように降り注ぐ破片から脅威度が高いものだけを見定め、器用に避けつつ強引に外へと躍り出る。
 サテライトの各地を練り歩き、弱者を助け強者をくじく切の行動は、多くの人間を救う一方で、強者から疎まれても仕方のないものだった。結果、身の程知らずの若者の命を狩り取らんとする脅威に晒されることになったのである。
 奇襲など日常茶飯事――そんな世界を、友永切は生き抜いてきた。
 ゆえに、切たちを襲った攻撃が遠距離から放たれる火器の類ではないことを見抜いていた。おそらく、棍棒のような鈍器でガラスを殴りつけたのだろう。それはすなわち、襲撃者はすぐ近くにいることを示している。
 腰に提げた刀を抜き放ち、素早く周囲を見回す。
(――いた!)
 切から見て、右斜め前方10メートルほどの位置に、悠々と直立している影がある。
 2メートルに届こうかという長躯は、頭からすっぽりと黒装束に覆われており、その全貌を窺い知ることはできない。
 ザリ、と小さな音を立てて、切のわらじが砂を踏む。
 相手の真意を問おうと切が口を開く前に、
「――――ッ!」
 影が、動いた。
 明確な敵意。夕陽を受けて伸びる影をそのまま具現化したかのような存在は、脇目も振らずに切目がけて突進してくる。
(危険じゃが――前に出る!)
 対し、両手で刀の柄を握り、下段に構えた切も大地を蹴る。
 進む方向は、前。回避ではなく、こちらからも影との距離を詰めにかかる。相手の得物が分からない段階では危険な判断だが、まずは先手を取って気勢を削ぐ、というのが切の狙いだった。下手に攻撃を回避したことによって、かづなや純也、そして怪我人である創志が標的になるのは避けなければならない。
 影が切の間合いに入る直前、黒装束の中からギラリと光る刃が顕わになる。
 刃渡り10センチメートルほどのナイフだ。
 影が左足を踏みこみ、ナイフを握った右腕を振り上げる。
 その動作から剣閃がなぞる範囲を見極めた切は、ギリギリのところでナイフを回避したあと、すぐさま黒装束を斬り伏せる覚悟を固める。
 刃が煌めき、ナイフが振り下ろされる。
 切は疾駆していた身体に急ブレーキをかけると、刃をすんでのところで避ける――
 はずだった。
「なっ!?」
 瞬間、切は信じられないものを視界に捉える。
 黒装束が振り上げた右腕が、あろうことか「伸びた」のだ。
 幻や錯覚などではない。ギリギリギリと歯車が回るような音と共に、肘のあたりが強引に引き延ばされていく。
 結果、放たれた刃は切の予想よりも前へと食いこみ、その左肩を抉らんと迫る。
「くっ――!」
 全身の筋肉が悲鳴を上げることにも構わず、切は攻撃を避けたあと反撃に転じるために前のめりになっていた体を、その場に押し止める。
 下段に構えていた刀を即座に構え直し、迫る刃の進行上へと置く。
 激突。
 防御が間にあったのは奇跡に近い。
 白刃がぶつかり合い、独特の音を鳴らす。
 両者の力が拮抗し、鍔迫り合いと呼ばれる状況を作り出す。
 だが、それは一瞬のことだった。
 
「――――」
 全く予期していなかった攻撃。
 黒装束の腹の部分を突き破り、ガラスを砕いたと思われる棍棒が飛び出て来たのだ。
 両手で刀を支えている切には、当然それを防ぐ手段はない。
「ぐうっ!?」
 重い一撃を腹に受けた切は、そのまま後方に吹き飛ばされる――
 いや、あえて吹き飛ばれた。
 そのまま場に留まれば、ナイフで切り裂かれかねない。
 しかし、その代償として、無様に地面を転がる羽目になってしまった。腹部に受けたダメージも深刻で、すぐには立ち上がれそうにない。
(何なのじゃ、こいつは……)
 腹から飛び出してきた棍棒。その不可解な攻撃に疑問を覚えながら、切は改めて黒装束を纏った影へと視線を向ける。サイコパワーを使ったのか、それとも……
 ちょうどその時、吹き抜けた突風が破れた黒装束の一部を剥ぎ取っていった。ナイフを握った右腕と、胴体が顕わになる。
「…………!?」
 明らかになった襲撃者の体に、切は息を呑んだ。
 それは、人間のものとは思えなかった。
 黒装束の下にあったのは、職人の技で丁寧に磨き上げられたであろう、木材だ。木目をはっきりと残したこげ茶色の木材が、あろうことか襲撃者の胴体と右腕を構成している。先程切を襲った棍棒は、腹に開いた扉の奥へと収納されていくところだった。
 その姿は、巨大なからくり人形、と表すのが的確だろう。
「切! 大丈夫か!?」
 創志の切迫した声が響く。3人分の足音が聞こえることから、全員で切を追ってきたようだ。
 そして、3人とも切と同じように息を呑んだ。

「あーあ、これじゃ暗殺は無理かな。気付かれないよう1人ずつ殺っていくつもりだったのに」

 最初、その声がどこから響いたものなのか分からなかった。
 目の前のからくり人形が発しているとは思えないほど、流暢な言葉だったからだ。
「間近で見るとよく分かるねぇ。雑魚、雑魚、雑魚、雑魚。どいつもこいつも主様に捧げる価値もない貧弱な力しか持ち合わせてない。1人に至っては、全くの無能力だし」
 そう言って、襲撃者は木で作られた右腕を動かし、かづなを指差す。
 男にしてはやや高めの声だが、女性のものとは思えない。黒装束に隠れたままの上半身と両脚がどうなっているかは分からないが、人間だとするなら男だろう。
「わざわざデュエルして力を吸い上げるなんて、時間の無駄だと思うんだよね。だからさ、即刻ここで自殺してくれない? それか、大人しくそこで棒立ちしててくれれば、すぐに殺してあげるからさ」
「何だと……!」
 真っ先に反応したのは創志だった。雑魚、貧弱、殺す……どれも彼を怒らせるには十分なワードだ。
「あーあーあー、ペインくずれごときに大怪我してる弱者は引っ込んでなよ。虚勢張ったってみっともないだけだよ?」
「てめえ!」
 今にも殴りかからんとする勢いで吠える創志。以前の彼だったら、勢いだけでなくそのまま殴りに行っていたに違いない。そういう意味では、挑発に対して少しは耐性ができているのかもしれない。
「ホラ、弱い奴ほど過敏に反応するのさ。挑発にね」
 襲撃者の表情は未だ黒装束に覆われ見ることが叶わないが、下衆な笑みを浮かべていることは容易に想像できた。
(しかし……奴は何と言った?)
 腰に提げた鞘を引き抜き、それを杖代わりにして切はようやく立ち上がる。
 それに気付いたかづなが、「大丈夫ですか?」と駆け寄ってきて、切の体を支えてくれた。
「主に力を捧げる、デュエルで力を吸い上げる、ペインくずれ……どうやら奴は、先程のペインよりも多くの情報を有しているようじゃな」
 たった二、三言の中に、気になるキーワードが盛りだくさんだ。何とかしてこの襲撃者から情報を絞り取るしかあるまい。
「僕としてはさっさと全員始末して、他の連中のところに行きたいところだけど、『一応』主様が選んだデュエリストだ。君たちにその気があるなら、デュエルしてあげても構わないよ?」
 どこまでも上から目線の態度に、切もカチンと来る。先刻の攻防と腹部の鈍痛がなければ、創志を焚きつけて一緒に斬りかかっていたかもしれない。
「上等じゃねえか! なら俺が――」
「待ってください。僕が行きます」
 腕まくりをして前に出ようとした創志を制止し、代わりに進み出たのは純也だった。
「あの程度の挑発に乗ってるようじゃ、きっとこのデュエルには勝てません。怪我もしてますしね」
「けど……」
「ここは譲りませんよ」
 そう言って、純也は切とかづなの方に視線を向けてくる。今の言葉は、創志だけに向けたものではない、というメッセージだろう。
 このメンバーの中で一番幼い純也を戦いに送りだすのは、やはり気が引ける。しかし、創志と切が負傷している今、ペインに対抗できる力を持つのは純也だけなのだ。
「ま、誰から来ても同じだけどね。雑魚は雑魚。弱いものはさっさと淘汰するに限る」
「確かに、僕の力はそれほど強いものじゃない。けど――」
 黒装束の言葉に動じることも無く、堂々とした態度で純也は言い放つ。

「その雑魚に負けるお前は、もっと弱いってことだ」

「へぇ……言うじゃないか」
 声に喜色を滲ませた黒装束は、顕わになった腹部から上――上半身の装束を乱暴に剥ぎ取った。
 その姿を見て、全員が確信する。
 彼は、人間ではない。
 木材で構成された、鎧のように重厚で角ばった体。頭部はフルフェイスのヘルメットのような形をしており、本来2つの目があるはずの部分には、不気味に赤く光るモノアイが見えた。
 まさに、からくり人形。
「なら、君の自信を、死を持って砕いてあげよう。人間をやめた『からくり技師』、僕こと比良牙(ひらが)がね」
 
 
「じゃ、ちゃっちゃと始めようか。時は金なり。人の枠から外れた僕にとって時間は無限にあると同義だけれど、それでも貴重なものであることに変わりはないんだ。君のような雑魚に割いている時間が惜しいんだよ」
 そう言って、体を小刻みに揺らしながら、頭部のモノアイを点滅させる襲撃者――比良牙。笑っている、のだろうか。どこかの量産型戦闘ロボットの頭部によく似た顔には表情がないため、相手の感情を読み取ることはできない。
 それでも、口の部分に当たるマイクから発せられる声は、機械のものとは思えないほど滑らかだった。
「そんなに時間が惜しいなら、まずはその減らず口を閉じるといいと思いますけど!」
 対し、純也も強気の言葉を放つ。左腕に装着されていた大型の手甲が展開し、カードをセットするディスク部分が顕わになる。
「じゃ、始めようか。先攻は君に譲ってあげるよ」
「いいんですか? すぐに後悔させてあげます……ドロー!」
 まずは、比良牙の余裕綽々の姿勢を打ち破らなければならない。どんなデッキを使ってくるのかも分からないし、精神面で相手にペースを握られるのは絶対に避けたいところだ。
「モンスターをセットして、ターンエンドです」
「まずは様子見、ってところかな。凡人の発想だね」
 モンスターをセットしただけでこの言われよう。比良牙は自分の実力に相当自信を持っているのだろう。
(けど、僕だって負けるわけにはいかない。こんなところでつまずいていたら、いつまで経っても兄さんに追いつけない!)
 行方不明になってしまった兄。その強さは、今も純也の憧れであり――支えでもある。

【純也LP4000】 手札5枚
場:裏守備モンスター
【比良牙LP4000】 手札5枚
場:なし

「僕のターンだ。まずは、定石で思考停止してしまっている雑魚に、強者の洗礼を浴びせてあげるよ……<カラクリ小町 弐弐四>を召喚!」
 比良牙のフィールドに現れたのは、色鮮やかな着物を纏い、日本髪に結った――木製のカラクリ人形だった。

<カラクリ小町 弐弐四>
チューナー(効果モンスター)
星3/地属性/機械族/攻   0/守1900
このカードは攻撃可能な場合には攻撃しなければならない。
フィールド上に表側表示で存在するこのカードが攻撃対象に選択された時、
このカードの表示形式を変更する。
このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
自分のメインフェイズ時に1度だけ、
自分は通常召喚に加えて「カラクリ」と名のついたモンスター1体を召喚する事ができる。

 <カラクリ小町 弐弐四>は、精巧に作られた5本の指で着物の裾をつまんで引っ張り、片足を上げてポーズを決めてみせる。カラクリ人形というと過去の遺物というイメージが強いが、召喚されたモンスターはアンドロイドと比べても遜色ないほど人間らしい動きをしてみせた。
「<カラクリ>じゃと?」
「知ってるのか? 切」
「いや、知らん。じゃが、あやつ……比良牙といったかの。あやつの容姿と無関係とは思えん」
 彼は言っていた。自分は人間を辞めた「からくり技師」だと。
「ってことは、あいつは自分で自分を改造して――」
「おいおい! 外野は黙っててくれよ! どうせ、僕の研究の偉大さなんて理解できないんだろうし!」
「んだと!?」
「まあまあ創志君落ち着いて。もしかしたら、かぶり物をしてるだけかもしれませんよ?」
「それはないと思うがの……」
 ……外野が騒がしいが、とりあえず自分はデュエルに集中しよう。比良牙の正体なんて、全く興味がないわけだし。
「まったく、雑魚は人の邪魔するのだけは得意だよね。デュエルに戻るよ。<小町>が表側表示で存在するとき、メインフェイズ時にもう一度だけ<カラクリ>と名のついたモンスターを召喚することができる」
「<二重召喚>内蔵のモンスター、ってとこですか」
「まあそう思ってもらって構わないよ。僕は<カラクリ無双 八壱八>を召喚する」
 <カラクリ小町 弐弐四>に続いて現れたのは、かの有名な武将「武蔵坊弁慶」を思わせるような僧衣を纏ったカラクリ人形だ。三又の槍を構え、フィールドに仁王立ちしている。

<カラクリ無双 八壱八>
効果モンスター
星4/地属性/機械族/攻2100/守1100
このカードは攻撃可能な場合には攻撃しなければならない。
フィールド上に表側攻撃表示で存在するこのカードが攻撃対象に選択された時、 
このカードの表示形式を守備表示にする。
このカードは攻撃した場合、バトルフェイズ終了時に守備表示になる。

「さて、それじゃ2体のモンスターをチューニングだ」
 2体の<カラクリ>モンスターが、シンクロ召喚のエフェクトを引き起こす。
 合計レベルは7。<カラクリ>のシンクロモンスターが出てくるのは確実だろう。
「此度の戦場は我が主の狩場なり! 機械仕掛けの将よ、その威光を示せ! シンクロ召喚――出陣せよ、<カラクリ将軍 無零>!」
 シンクロ召喚のエフェクト光が、内側から出でる巨大な質量によって弾き飛ばされ、霧散する。
 ズズズ……と地響きに似た音を響かせながら巨体をゆっくりと起こす、<カラクリ>の将軍。
 煤けた色の甲冑は戦いの年季の深さを漂わせ、兜に拵えられた二本の角の間で鈍く輝く「零」の飾りが、将の威厳を示している。
 携えた軍配と悠々と構え、召喚と同時に出現した座椅子にどっしりと腰掛ける。ただ座っているだけだというのに、4つの瞳――4つのレンズから発せられる眼光は、見る者を畏怖させるほどの迫力があった。

<カラクリ将軍 無零>
シンクロ・効果モンスター
星7/地属性/機械族/攻2600/守1900
チューナー+チューナー以外の機械族モンスター1体以上
このカードがシンクロ召喚に成功した時、
自分のデッキから「カラクリ」と名のついたモンスター1体を
特殊召喚する事ができる。
1ターンに1度、フィールド上に存在するモンスター1体を選択し、
表示形式を変更する事ができる。
 
「<カラクリ将軍 無零>……」
「圧倒されたかい? けど、ここからが本番だ。<無零>がシンクロ召喚に成功した時、自分のデッキから<カラクリ>と名のついたモンスターを1体特殊召喚できる。僕は<カラクリ忍者 七七四九>を攻撃表示で特殊召喚するよ」
 <カラクリ将軍 無零>が手にしていた軍配を振るうと、新たに紫色の頭巾を被ったカラクリ人形が現れる。右手には獲物を素早く仕留めるための短刀、左手には歯車によく似た投擲武器――手裏剣が握られている。

<カラクリ忍者 七七四九>
効果モンスター
星5/地属性/機械族/攻2200/守1800
このカードは攻撃可能な場合には攻撃しなければならない。
フィールド上に表側表示で存在するこのカードが攻撃対象に選択された時、
このカードの表示形式を変更する。
このカードが召喚に成功した時、
自分フィールド上に表側守備表示で存在する「カラクリ」と名のついたモンスターの数だけ、
自分のデッキからカードをドローする事ができる。

「レベル5のモンスターを特殊召喚ですか」
「<無零>の効果にはレベル制限がないからね。加えて、<無零>にはもう1つ効果がある」
 そう言った比良牙がスッと右手を挙げると、<カラクリ将軍 無零>はその場で軍配を薙ぎ払い、風を起こす。
 純也がその行為の意図を探ろうとした瞬間、答えが先に訪れた。
「な……!?」
 カラクリの将軍が巻き起こした風が純也のフィールドまで届き、裏守備表示でセットされていたモンスターを、強引に表側攻撃表示へと変えたのだ。
 姿を暴かれた純也のモンスター――紅色の鎧を纏った女騎士、<コマンド・ナイト>。

<コマンド・ナイト>
効果モンスター
星4/炎属性/戦士族/攻1200/守1900
このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
自分フィールド上に表側表示で存在する戦士族モンスターの攻撃力は400ポイントアップする。
また、自分フィールド上に他のモンスターが存在する場合、
相手は表側表示で存在するこのカードを攻撃対象に選択する事はできない。

「ふうん、守備力1900か。壁モンスターとしては及第点だけど……目論見が外れて残念だったね。<無零>には、モンスターの表示形式を変更する効果があるのさ」
「…………」
 遠慮なく純也を嘲笑ってくる比良牙に、しかし純也は言葉を返さない。
 それは、動揺を悟られたくないという強がりだったが――それと同じくらい、純也は自分の未熟さに嫌気が差していた。
 比良牙が言葉通りの実力者だとすれば、例えブラフだったとしても伏せカードを警戒するはずだ。少し考えればそれくらいのことは分かったはずなのに、純也はそれをしなかった。
(創志さんにはああ言ったけど……僕も熱くなってたんだ)
 比良牙は純也のことを「雑魚」と罵った。デュエルで負かす時間すら惜しい弱者だと。
 純也にとって、雑魚呼ばわりされるのはこれが初めてではない。
 かつて、自分が尊敬する兄を「馬鹿」と罵った、サイコ決闘者の女性。
 どうしてもその言葉を否定してやりたくて、純也は持てる力の全てを使ってその女性に勝とうとした。
 でも、届かなかった。
 純也は彼女に敗北した。兄のデュエルの凄さを、素晴らしさを、そして強さを……認めさせることはできなかった。
 それは、兄のデュエルが劣っていたわけではない。
 自分が弱かったから――
 兄のデュエルを再現できるほどの実力が自分に備わっていなかったから、純也は負けてしまったのだ。
 思えば、純也は本当の意味での「強者」に勝ったことがない。
 圧倒的な実力を持つ決闘者に対しては、食らいつくくらいが関の山で、勝利をもぎ取ることはできなかった。
 その事実を、純也は認めたくなかった。
「おや、随分と意気消沈しているようだね。もう勝負を諦めたのかな? だとしたら、僕としては好都合だ。バトルフェイズに入るよ」
 比良牙の軽やかな声が、フィールドに響き渡る。
「まずは<七七四九>で攻撃。<コマンド・ナイト>は自身の効果で攻撃力が上がっているけど、<七七四九>には及ばないね」
 カラクリ忍者が姿を消したかと思うと、一瞬で女騎士の背後に回り込む。
 反応が遅れた女騎士は、さしたる抵抗も出来ずに、心臓を貫かれて絶命する。

【純也LP4000→3400】

「続いて<無零>で攻撃だ。直接攻撃を防ぐカードは多々あるけど……まあ君のような雑魚は何も持っていないだろうし。あ、サレンダーするならいつでもどうぞ」
「……しません」
 さすがにこれには反論した。比良牙はやれやれといった感じで首を振ると、脇に控えるカラクリの将に顎で合図する。
 <カラクリ将軍 無零>は座椅子から腰を上げることなく、無造作に軍配を振るう。
 巻き起こった風が純也の体へ襲いかかり、少年は為す術も無く後方へ吹っ飛ばされた。

【純也LP3400→800】

「純也君!」
 受け身もろくに取らずに倒れた純也を見て、心配そうな声色で名前を呼びながらかづなが駆け寄ってくる。
「感謝してくれよ? 君のような雑魚からでも少しは力を搾取できるだろうから、あえて力をセーブしてるんだ。殺してしまっては元も子もないからね。せっかくデュエルすることにしたんだから、取れるモノは取っておかないと」
 本来なら、<カラクリ将軍 無零>が起こした風は、カマイタチのように相手を切り刻むものだった。その攻撃がサイコパワーによって実体化していたら、純也は今頃血まみれになっていたはずだ。
 かづなの手を借りながら、純也はかろうじて身を起こす。
 残りLPはわずか800。デュエルが始まってからまだ2ターンしか経過していないというのに、一気に崖っぷちまで追い込まれた。
「メインフェイズ2に<カラクリ解体新書>を発動。カードを1枚セットして、ターンエンド。……後悔することになったのは君のほうだったね」

<カラクリ解体新書>
永続魔法
「カラクリ」と名のついたモンスターの表示形式が変更される度に、
このカードにカラクリカウンターを1つ置く(最大2つまで)。
また、フィールド上に存在するこのカードを墓地へ送る事で、
このカードに乗っているカラクリカウンターの数だけ
自分のデッキからカードをドローする。

【純也LP800】 手札5枚
場:なし
【比良牙LP4000】 手札2枚
場:カラクリ将軍 無零(攻撃)、カラクリ忍者 七七四九(攻撃)、カラクリ解体新書、伏せ1枚
 
「……僕のターン」
 すっかり勢いを失くしたまま、純也はカードをドローする。
 ライフアドバンテージは大幅に失ったものの、純也の手札はかなり恵まれていた。いつも通り強気にガンガン攻めていける手札だ。
 だが。
(……それで、僕は勝てるのか?)
 今の自分にできる最大限を尽くしたとして。
 この状況を逆転できるのか? 比良牙に勝てるのか?
 以前の純也なら、こんな迷いは抱かなかっただろう。ただ自分の力を信じ、ぶつかっていったはずだ。
 しかし、今は自分の力を信じ切れない。信じようとすればするほど、あの敗戦の光景が……龍の餌食となる絵札の騎士の姿が、脳裏に蘇ってしまう。
 七水と一緒にペインと戦っていたときは、何とか誤魔化せていたのに。
「くそう……」
 思わず、声が漏れた。相手にリードを握られただけでこのザマとは、自分の弱さを目の当たりにして、惨めな気持ちでいっぱいになった。
「……おい、早く進めてくれないか? 時間が惜しいって何度も言ってる――」

「何やってるんだよ純也! ボーっとすんな!」

 苛立ちを顕わにした比良牙の声を遮って、創志の叫び声が木霊する。
「あんだけ大口叩いたんだぜ。俺に見せてくれよ、お前のデュエルを!」
 その言葉に、純也はハッとなって後ろを振り返る。
「まだ俺は何にも見せてもらってねえぞ! まだまだこれからだろ? そんな人形野郎、さっさとぶっ飛ばしちまえよ!」
 見れば、そこには勝気な笑顔を浮かべて拳を振りかざす、皆本創志の姿があった。
(――そうだ。あの人も、ボロボロになりながら劣勢を覆してみせた)
 彼は、どんなに追い込まれても決して諦めたりしなかった。
 純也は、まだ皆本創志という男に関して、深く知っているわけではない。
 けれどもあの時見た背中は、何度も激戦をくぐり抜けてきたような風格を漂わせていた。
 そんな男を押しのけて、純也はこのデュエルに挑んだのだ。
 怯えるな。
 敗戦から学んだのは、恐怖だけではなかったはずだ。
 そして、手札には最も信頼を寄せる相棒がいる。
 自分の力を、
「――信じるんだ!」
 純也は顔を上げ、自らが打倒すべき敵の姿を目に焼き付ける。
 まだ、勝負は始まったばかりだ。
「行きます! 魔法カード<ワン・フォー・ワン>を発動! 手札から<チューン・ウォリアー>を墓地に送って、デッキからレベル1のモンスター、<レベル・スティーラー>を特殊召喚!」

<ワン・フォー・ワン>
通常魔法(制限カード)
手札からモンスター1体を墓地へ送って発動する。
手札またはデッキからレベル1モンスター1体を
自分フィールド上に特殊召喚する。

 現れたのは、背中に星型の模様を描いたてんとう虫だ。

<レベル・スティーラー>
効果モンスター
星1/闇属性/昆虫族/攻 600/守   0
このカードが墓地に存在する場合、自分フィールド上に表側表示で存在する
レベル5以上のモンスター1体を選択して発動する。
選択したモンスターのレベルを1つ下げ、このカードを墓地から特殊召喚する。
このカードはアドバンス召喚以外のためにはリリースできない。

「そして、<レベル・スティーラー>をリリース……」
「へぇ。アドバンス召喚か」
 <レベル・スティーラー>が光の粒子となって消えたと同時、純也の手札から炎が迸る。
 猛々しくうねる炎は、天空を目指して駆け上る。
 その光景は、炎の獣が険しい崖を駆けあがっていくようだった。
 崖の頂点に達した獣は音無き咆哮を上げると、純也目がけて急降下してくる。
 そのまま激突し、爆発。
 純也が炎のカーテンに包まれる。

「――一緒に戦おう! <紅蓮魔闘士>!」

 カーテンの内側から、相棒を呼ぶ声が響いた。
 瞬間、炎が真っ二つに切り裂かれ、漆黒の鎧を纏った赤髪の剣士が姿を現す。
 紅蓮を統べるための魔を宿し、胸に闘志を漲らせる男。
 その名は、<紅蓮魔闘士>。

<紅蓮魔闘士>
効果モンスター
星6/炎属性/戦士族/攻2100/守1800
自分の墓地に存在する通常モンスターが3体のみの場合、
このカードは自分の墓地に存在する通常モンスター2体をゲームから除外し、
手札から特殊召喚する事ができる。
1ターンに1度、自分の墓地に存在する
レベル4以下の通常モンスター1体を選択して特殊召喚する事ができる。
 
「来ましたよ! 純也君のエースモンスターです!」
「<紅蓮魔闘士>……」
 あのモンスターを召喚したことによって、消えかけていた純也の気迫が蘇っていくのを、創志は感じていた。
 前に立つ純也の背中はまだ幼く、小さい。
 その小さな背中に、どれだけのものを背負っているのか――創志には想像もできない。
(でも……あいつなら大丈夫。そんな気がする)
 明確な根拠はないのに、不思議と確信できた。
「さあ――こっからだぜ! 純也!」



「<紅蓮魔闘士>の効果発動! 1ターンに1度、自分の墓地に存在するレベル4以下の通常モンスターを選択し、特殊召喚することができる! 蘇れ、<チューン・ウォリアー>!」
 赤髪の剣士が、手にしていた剣を空に向けて掲げる。その剣は、鎌のような刃をいくつも並べてノコギリのように「引いて斬る」ことを目的とした、特異な形をしていた。
 剣が振り下ろされると、純也のフィールドに炎で描かれた魔法陣が出現する。そこから現れたのは、先程<ワン・フォー・ワン>の効果で手札から墓地に送られた通常モンスター、<チューン・ウォリアー>だ。

<チューン・ウォリアー>
チューナー(通常モンスター)
星3/地属性/戦士族/攻1600/守 200
あらゆるものをチューニングしてしまう電波系戦士。
常にアンテナを張ってはいるものの、感度はそう高くない。

「さらに墓地の<レベル・スティーラー>の効果を発動! <紅蓮魔闘士>のレベルを1つ下げて、墓地から特殊召喚する!」
 <紅蓮魔闘士>のレベルを5に下げることによって、星型の模様を持つてんとう虫がフィールドに舞い戻る。

<レベル・スティーラー>
効果モンスター
星1/闇属性/昆虫族/攻 600/守   0
このカードが墓地に存在する場合、自分フィールド上に表側表示で存在する
レベル5以上のモンスター1体を選択して発動する。
選択したモンスターのレベルを1つ下げ、このカードを墓地から特殊召喚する。
このカードはアドバンス召喚以外のためにはリリースできない。

「合計レベルは9、か。なるほど、素材を2体以上必要とするシンクロモンスターを召喚するつもりかな?」
「外れだよ。レベル1の<スティーラー>に、レベル3の<チューン・ウォリアー>をチューニングだ!」
 赤髪の剣士をフィールドに残し、2体のモンスターが光の柱に包まれる。
「レベル4のシンクロモンスターだって……?」
「右手が駄目なら左手を、それでも駄目なら両手を突き出す!」
 純也が紡ぐ口上が、高らかに響き渡る。
 右の手の平を開き、左前方に目一杯伸ばした右腕を、ゆっくりと流していく。
「全ての壁を壊す為、全ての苦難を越える為! 殴って殴って殴り通る!」
 そして、拳を強く握り、自らの眼前に引き寄せる。

「それが――シンクロ召喚! <アァァァムズ・エイドォォォォォ>!!」

 純也がその名を叫ぶと、光が四散し、白金の装具が現出した。

<アームズ・エイド>
シンクロ・効果モンスター
星4/光属性/機械族/攻1800/守1200
チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上
1ターンに1度、自分のメインフェイズ時に装備カード扱いとしてモンスターに装備、
または装備を解除して表側攻撃表示で特殊召喚する事ができる。
この効果で装備カード扱いになっている場合のみ、
装備モンスターの攻撃力は1000ポイントアップする。
装備モンスターが戦闘によってモンスターを破壊し墓地へ送った時、
破壊したモンスターの攻撃力分のダメージを相手ライフに与える。

「……なんだい? そのシンクロモンスターは? というか、それはモンスターなのか?」
 比良牙が訝しげな声を出す。装備品にしか見えない<アームズ・エイド>の姿を見て、疑問を覚えたのだろう。
 5本の赤い爪に、黒のプロテクター。ガントレットと形容するのがしっくりする姿だ。
 その疑問は、あながち的外れでもない。
「れっきとしたモンスターだよ。けど、<アームズ・エイド>には装備カードとして装備できる効果がある! <アームズ・エイド>を<紅蓮魔闘士>に装備!」
 白金の装具が、赤髪の剣士の左腕へと装着される。新たな武器の具合を確かめるように、<紅蓮魔闘士>は左拳を強く握った。
「<アームズ・エイド>を装備したモンスターは、攻撃力が1000ポイント上昇する」
「攻撃力3100……<カラクリ将軍 無零>を上回ったのじゃ!」
「行くぞ、バトルだ! <紅蓮魔闘士>で<無零>を攻撃!」
 純也が右拳を突き出すと、それに呼応するように赤髪の剣士が疾走する。
 大地を蹴り、カラクリの将目がけて飛ぶと同時。手にした剣を振るい、剣閃にて炎の鞭を生みだす。
 燃え滾る炎の鞭が、<カラクリ将軍 無零>を薙ぎ払う。
 降りかかる火の粉を払うために、<カラクリ将軍 無零>が軍配を振るう。巻き起こった風が、炎の鞭を霧散させた。
 その動作は、<紅蓮魔闘士>が懐に飛び込むための隙を生む。
ガントレット・ナッコォ!!」
 白金の装具を纏った拳が、くすんだ甲冑を捉える直前――
 突如、<紅蓮魔闘士>の体がふわりと宙に浮かんだ。
「え……!?」
 <紅蓮魔闘士>だけではない。<カラクリ将軍 無零>の巨体も、その隣にいた<カラクリ忍者 七七四九>の体も、同じように宙に浮かんでいる。
 まるでシャボン玉のようにふわふわと浮かぶその光景は、
無重力!?」
 驚いた純也は、比良牙のフィールドで表になっているリバースカードに視線を向ける。
「攻撃力を上げて殴ってくる。単純な攻撃だね。猿のやることだよ」
 未だ余裕たっぷりの声を発する比良牙は、肩をすくめてみせる。からくり人形とは思えないほど、人間臭い動作だった。
「僕が発動したのは<重力解除>。フィールド上に存在する表側表示モンスターの表示形式を変更する罠カードさ」

<重力解除>
通常罠
自分と相手フィールド上に表側表示で存在する全てのモンスターの表示形式を変更する。

 重力が消えた戦場で彷徨っていた<紅蓮魔闘士>が、強制的に純也のフィールドに戻され、守備表示となる。比良牙の<カラクリ>モンスター2体も同様だ。
「<アームズ・エイド>の効果で上昇するのは攻撃力のみだ。守備力は上がらない。加えて、<紅蓮魔闘士>の守備力は最初にやられた<コマンド・ナイト>よりも低い……勢いだけの猪をいなすことなんて、僕にとっては造作もないのさ」
 饒舌になった比良牙は、さらに言葉を続ける。
「それだけじゃない。<カラクリ>モンスターの表示形式が変更されたため、<カラクリ解体新書>にカウンターが2つ乗るよ。今の内に<サイクロン>とかで破壊しておいたほうがいいんじゃない?」
 そう言って、比良牙はくぐもった笑い声を漏らす。純也が<サイクロン>か、それに準ずる魔法・罠破壊カードを持っていないと確信した上で言っているのは間違いなかった。
 先のターン、比良牙はメインフェイズ2に<カラクリ解体新書>を発動し、カウンターを乗せることなくターンを終了した。相手のターンで破壊される危険性を考慮した上で、あえて発動したのだ。
 と、いうことは、相手――純也のターンで、<カラクリ>モンスターの表示形式を変更しつつ、攻撃を防ぐカードを伏せたはず。事実、その推測は当たっていた。
 純也は、先に述べた推測に至らなかったわけではない。
 正確に言えば、どんな推測に至ろうとも、攻撃を躊躇うつもりはなかった。
 なぜなら。
(殴って殴って殴り通す。それが兄さんの……僕のデュエルだからだ!)
「……気に入らないな。随分生意気な目をしてるね」
「なら、僕を倒して目玉を抉り取ればいい。カードを2枚伏せて、ターンエンドだ」
 比良牙の圧力に怯むことなく、純也はターンの終了を宣言した。

【純也LP800】 手札1枚
場:紅蓮魔闘士(守備:アームズ・エイド装備)、伏せ2枚
【比良牙LP4000】 手札2枚
場:カラクリ将軍 無零(守備)、カラクリ忍者 七七四九(守備)、カラクリ解体新書(カウンター2)
 
 
「僕のターン。ドロー……<カラクリ解体新書>を墓地に送って、さらに2枚ドロー」

<カラクリ解体新書>
永続魔法
「カラクリ」と名のついたモンスターの表示形式が変更される度に、
このカードにカラクリカウンターを1つ置く(最大2つまで)。
また、フィールド上に存在するこのカードを墓地へ送る事で、
このカードに乗っているカラクリカウンターの数だけ
自分のデッキからカードをドローする。

 これで、比良牙の手札は5枚。先のターンで消費した手札を一気に補充した。
「<カラクリ参謀 弐四八>を召喚。このカードが召喚に成功した時、フィールド上に存在するモンスターの表示形式を変更するんだけど……わざわざ守備表示にした<紅蓮魔闘士>を攻撃表示に戻す道理はないね。ここは<弐四八>自身を守備表示に変更するよ」
 商人のような格好をしたカラクリ人形……<カラクリ参謀 弐四八>は、その場でうずくまり守りを固める。

<カラクリ参謀 弐四八>
チューナー(効果モンスター)
星3/地属性/機械族/攻 500/守1600
このカードは攻撃可能な場合には攻撃しなければならない。
フィールド上に表側攻撃表示で存在するこのカードが攻撃対象に選択された時、
このカードの表示形式を守備表示にする。
このカードが召喚・特殊召喚に成功した時、フィールド上に存在するモンスター
1体の表示形式を変更する。

「ま、チューニングするんだけどね。レベル5の<七七四九>にレベル3の<弐四八>をチューニング」
 カラクリ忍者が5つの光球へと変化し、カラクリ参謀がそれらを包み込むリングへと姿を変える。
「此度の戦場は主様の狩り場なり! 怒れるカラクリの大将よ! 憤怒を刃に込め、仇敵へと叩きつけろ! シンクロ召喚――出陣せよ! <カラクリ大将軍 無零怒>!」
 光が四散し――<カラクリ将軍 無零>を凌ぐほどの巨体が、戦場へ両足を踏み下ろす。
 憤怒の形相を現した赤き面。甲冑には鋭い棘が無数に張り付いており、両手にはそれぞれ巨大な刀が握られている。
 赤の陣羽織を風になびかせながら、カラクリの軍勢を率いる大将軍――<カラクリ大将軍 無零怒>は雷鳴と共に現れた。

<カラクリ大将軍 無零怒>
シンクロ・効果モンスター
星8/地属性/機械族/攻2800/守1700
チューナー+チューナー以外の機械族モンスター1体以上
このカードがシンクロ召喚に成功した時、
自分のデッキから「カラクリ」と名のついたモンスター1体を
特殊召喚する事ができる。
1ターンに1度、自分フィールド上に表側表示で存在する
「カラクリ」と名のついたモンスターの表示形式が変更された時、
自分のデッキからカードを1枚ドローする。

「まさか、<無零>よりも上の将軍がいるとはの……」
「大将軍、ときたか。こいつは強そうだぜ」
 デュエルの行方を見守る切と創志がそれぞれ感想をこぼすが、言葉に反して悲観的な雰囲気はまるでない。
 どんなモンスターが出てこようが、純也のやることは変わらない。
 殴って倒す。それだけだ。
「<無零怒>も<無零>と同じく、シンクロ召喚に成功した時にデッキから<カラクリ>と名のついたモンスターを特殊召喚できる効果がある。僕は<カラクリ武者 六参壱八>を特殊召喚するよ。そして、<無零>を攻撃表示に変更」
 2体のカラクリ将軍と比べてしまうと見劣りするが、それでも十分な殺気を放つカラクリの武者が、<カラクリ大将軍 無零怒>の隣に立つ。

<カラクリ武者 六参壱八>
効果モンスター
星4/地属性/機械族/攻1800/守 600
このカードは攻撃可能な場合には攻撃しなければならない。
フィールド上に表側攻撃表示で存在するこのカードが攻撃対象に選択された時、
このカードの表示形式を守備表示にする。
フィールド上に存在する「カラクリ」と名のついたモンスターが破壊された場合、
このカードの攻撃力は400ポイントアップする。

「バトルフェイズに入るよ。<無零>で<紅蓮魔闘士>を――」
「させない! 罠カード<威嚇する咆哮>を発動!」
 純也がリバースカードをオープンさせると、獣の咆哮がフィールドに響き渡る。

<威嚇する咆哮>
通常罠
このターン相手は攻撃宣言をする事ができない。

 その圧力に気圧されたカラクリたちは、攻撃態勢を解いてしまう。
「このターン、あなたは攻撃宣言できない」
「さすがに防いできたか。2枚も伏せカードがあるのにこのまま終わるようなら、雑魚以下だからね。それでも、攻撃を完全に封じられたのはちょっと予想外だったかな」
 そんなことを言っておきながら、比良牙に焦りは感じられない。
 相変わらず表情は読めないが、まだ余裕を失っていないのは雰囲気で分かった。
「なら、カードを2枚セットして、ターンエンドだ」
 比良牙の場に2枚の伏せカードが現れ、ターンが終了する。
「さあ、君のターンだ。これが最後のチャンスだと思ったほうがいい。次に僕のターンが回ってきたときは――君が敗北するときだ」

【純也LP800】 手札1枚
場:紅蓮魔闘士(守備:アームズ・エイド装備)、伏せ1枚
【比良牙LP4000】 手札2枚
場:カラクリ将軍 無零(攻撃)、カラクリ大将軍 無零怒(攻撃)、カラクリ武者 六参壱八(攻撃)、伏せ2枚
 
 
「僕のターン……ドロー!」
 その場の空気を切り払うようにして、純也はカードをドローする。
 わざわざ言われなくても分かっている。
 このターンで、決着をつける。
「<紅蓮魔闘士>の効果で墓地から<チューン・ウォリアー>を特殊召喚! さらに、<魔闘士>のレベルを4に下げて<スティーラー>を蘇生させる!」
 前のターンと同様の方法で、2体のモンスターを並べる。
「そして、特殊召喚した2体でシンクロだ……2体目の<アームズ・エイド>を召喚!」
 呼び出すモンスターも同じ、白金の装具だった。
「<アームズ・エイド>を<紅蓮魔闘士>に装備。これで、攻撃力は4100だ!」
 <紅蓮魔闘士>は手にしていた剣を地面に突き刺すと、右手に<アームズ・エイド>を装着する。得物が剣から拳に変わったことで、さらに闘志がみなぎっているようだった。
 攻撃力4100。それは、敗北の象徴とも言える<アルカナフォースEX>の攻撃力を上回ったことを意味している。
「さっきのターンと寸分変わらぬプレイングとは……馬鹿の一つ覚えもいいところだな!」
 比良牙の罵倒を、純也は聞き流す。
 今さら何を言われようと、攻め方を変えるつもりはない。
「僕は……僕の強さを証明してみせる!! 行くぞ! <紅蓮魔闘士>で<無零>を攻撃!」
 純也の攻撃宣言を受け、赤髪の闘士が疾駆する。
 狙うは、怒れる大将軍ではなく、ゆっくりと立ち上がろうとしているカラクリ将軍。
 攻撃が通れば、一撃で決まる。
「――いいだろう! 殴るしか脳のない雑魚に敬意を表して、君の土俵に上がってあげるよ!」
 愉悦を顕わにした声で、比良牙が叫ぶ。
「速攻魔法発動! <カラクリ粉>!!」
 伏せカードが発動した瞬間、<カラクリ将軍 無零>は構えていた軍配を投げ捨てた。
 そして、上空から降ってきた2本の刀を手にする。
 それは、<カラクリ大将軍 無零怒>の刀だった。

<カラクリ粉>
速攻魔法
フィールド上に表側攻撃表示で存在する「カラクリ」と名のついた
モンスター2体を選択して発動する。
選択したモンスター1体を守備表示にし、
もう1体のモンスターの攻撃力はエンドフェイズ時まで、
守備表示にしたモンスターの攻撃力分だけアップする。
この効果はバトルフェイズ時にのみ発動する事ができる。

「<無零怒>を守備表示にすることで、<無零>の攻撃力は<無零怒>の攻撃力分アップする! つまり、<無零>の攻撃力は5400だ!!」
 比良牙が勝ち誇ったような笑い声を上げる。
 <カラクリ将軍 無零>の攻撃力は、<紅蓮魔闘士>を遥かに上回っている。
 だが、<紅蓮魔闘士>は止まらない。止まれない。
 2体のモンスターの距離が詰まる。
 右拳が突き出される。
 左の刃が振り下ろされる。
 激突。
 2つの力がせめぎ合い、互いの得物が弾かれる。
 白金の装具が砕ける。
 しかし、刃はヒビ1つ入らない。
 再度の激突。
 今度は左拳と右の刃だ。
 結果は同じ。<アームズ・エイド>が砕け、<カラクリ将軍 無零>の刃は傷一つない。

「終わりだ――己の無力さを噛みしめながら果てるといい!!」

 思えば、あの時もそうだった。
 <アルカナフォースEX>の攻撃力を越えたとしても、愛城には勝てなかった。
 あの敗戦は、未だ純也の心に大きな影を落としている。
 だから。

 今度は、絶対に砕けない拳を。

「罠カード発動――!」
 瞬間。
 砕けた白金の装甲が、再び<紅蓮魔闘士>の両腕へと集まり、ガントレットを形成していく。
 その色は、元の白金ではない。
 銀。
 真実を映し出す鏡のように煌びやかに輝く、銀だ。
「な……に……!?」
 声だけで分かる。比良牙は、驚愕を顕わにしていた。
 純也が発動した罠カードは――

 <メタル化・魔法反射装甲>。


<メタル化・魔法反射装甲>
通常罠
発動後このカードは攻撃力・守備力300ポイントアップの装備カードとなり、
モンスター1体に装備する。
装備モンスターが攻撃を行う場合、そのダメージ計算時のみ
装備モンスターの攻撃力は攻撃対象モンスターの攻撃力の半分の数値分アップする。


 右手が駄目なら左手を。
 それでも駄目なら。
「――両手を突き出すッ!!」
 <紅蓮魔闘士>が放った両拳が、カラクリ将軍の刀を叩き折る。
「全ての壁を壊す為――」
 殴る。
 カラクリ将軍の巨体が揺らぎ、甲冑に亀裂が走る。
「全ての苦難を越える為――」
 殴る。
 甲冑が砕け、修復不可能な傷を穿つ。

「殴って殴って殴り通す! それが、僕の戦い方だッ!! メタル・ガントレット・ナッコオオオオオオオオオ!!」

 力を吸収した銀色の拳が、カラクリ将軍の胸に風穴を開ける。
 <紅蓮魔闘士>がその場を飛び退くと同時。
 <カラクリ将軍 無零>は、盛大に爆発した。

【比良牙LP4000→0】
 
 <紅蓮魔闘士>の攻撃が通った時点で、勝敗は決した。
 <アームズ・エイド>には、装備モンスターが戦闘によって相手モンスターを破壊し墓地に送った時、破壊したモンスターの攻撃力分のダメージを与える効果がある。
 それが、2体分も発動したのだ。ライフが満タンだろうとひとたまりもない。
「……僕の、勝ちだ」
 大きく息を吐いたあと、純也は比良牙に向かってはっきりと宣言する。
「やりましたね! 純也君!」
 駆け寄ってきたかづなが、喜びを抑えきれないといった感じで背中から抱きついてくる。
 かづなの温かな雰囲気を間近で感じることで、緊張が徐々にほぐれていくのが分かった。
「最初はどうなることかと思ったがの……よく持ち直したものじゃ」
 腕を組んだ切も、安堵のため息を吐く。
 そして。
「見せてもらったぜ。お前のデュエル」
 背後から聞こえてきた声に、純也はかづなに断ってから、振り向く。
 頭に巻いていた包帯を外した皆本創志は、白い歯を覗かせながら笑うと、

「頑張ったじゃねえか。カッコよかったぜ」

 そう言って、右の拳を真っ直ぐ突き出した。
「……はい!」
 純也は右拳を強く握り、創志のそれに突き合わせる。
 コツン、と拳と拳が軽くぶつかる音が鳴り、触れた部分から創志の体温が伝わってきた。
 熱かった。自分のデュエルを見て、血がたぎったせいだ――そう思いたかった。

「やれやれ。まさかこの僕が負けるとはね」

 デュエルディスクを収納状態に戻したカラクリ人形――比良牙がポツリと呟く。
「へっ、お喋りが過ぎたみてえだな。お前みたいに口の軽い悪役は、最後に逆転されて負けるって決まってんだよ」
「フィクションの世界に浸りすぎだよ、雑魚が。僕は負けたとしても君たちに対する認識を改める気はないし……それに、敗因はバトルマニアの猿の土俵に上がってしまったことだ。僕らしく戦えば、こんな結末はなかっただろうね」
「負け惜しみじゃな。何を言っても言い訳に聞こえるぞ? 比良牙とやら」
「ああ、負け惜しみだよ。それでも言わずにはいられないのさ。君たちは弱い、とね」
 デュエルに負けたというのに、比良牙の減らず口は相変わらずどころかさらに勢いを増していた。
「主様にも困ったもんだ。獲物の選別は、もうちょっと慎重にやってもらわないと」
「……貴様には聞きたいことが山ほどあるのじゃ。その主様というのは――」

「――伏せカード」

 切が詰問を始めようとしたところで、かづなが口を開いた。
「かづなおねえさん……?」
「あなたは、まだ伏せカードを1枚残していましたよね。あれはなんだったんですか? ブラフとは思えません」
「…………」
 かづなの真っ直ぐな視線が、比良牙の目――カラクリ人形の赤いモノアイを捉える。
 その視線に何かを感じたのか、比良牙はかづなから目を逸らすと、
「それに答えるわけにはいかないな」
 早口で呟いた。先程までベラベラと喋っていた男のものとは思えないほど、短い言葉だった。
 かづなの言うとおり、最後の攻防の時、比良牙はもう1枚伏せカードを残していた。
 もし、あの伏せカードが<紅蓮魔闘士>の攻撃を阻害するものだったとしたら?
 そんな考えが、純也の脳裏をよぎる。
 すると、ポン、と優しく頭を叩かれた。見れば、傍らに立った創志が自信ありげな表情を浮かべている。
「余計なこと考えんな。お前は勝ったんだ。胸張っていいんだぜ」
 創志の言葉が、影が差し始めていた心中に、再び晴れやかな光をもたらしてくれる。
(そうだ。僕は、勝ったんだ)
 もう、恐れない。
 この手には、戦う力があるのだから。

「……そうそう。負け惜しみついでにひとつ言っておくよ。実は僕はまだ人間で、今は別の場所にいるんだ。このカラクリ人形は、遠隔操作できるデュエルマシーンなんだけど……負けたら自爆するようにセットしておいた。負けた瞬間からカウントダウンが始まってるから、あと10秒くらいで大爆発かな」

「……は?」
 カラクリ人形のマイクから響いた声に、その場にいた全員が耳を疑う。
 あと10秒で、大爆発?
「それじゃ、また会えることを祈らないでおくよ。君たちのアホ面はもう二度と見たくないから」
 比良牙が最後の憎まれ口を吐くと、ブチッとマイクの電源を切ったような音が響く。
 そして、さっきまであれほど滑らかに動いていたカラクリ人形が、ピクリとも動かなくなった。
 静寂。
 爆発のリミットを告げるカウントダウンがないのが、逆に爆弾の存在に真実味を持たせていて不気味で仕方がなかった。

「あ、そっか。ロボットが自爆するのってお約束ですもんね!」

 ポンと手を叩いたかづなが呑気なことを言った瞬間――
「逃げるぞおおおおおおおおおおおお!!」
「合点承知じゃああああああああああ!!」
 4人は一斉に(かづなは切に手を引かれて)走り出した。
 とにかくカラクリ人形から距離を離す。創志や純也、切のサイコパワーでは、間近で起きた大爆発など防げるはずがない。
 走る。脇目も振らずに走り抜ける。
 もうとっくに10秒は経過しているはずだが……
 そう思った純也が、背後を振り返った途端。
 ドカァァァァァァァン! と。
 ハリウッド映画でしかお目にかかれないような大爆発が巻き起こった。
「くそっ! あの野郎マジで爆弾仕込んでやがった!!」
 創志が信じられないといった感じで呻く。
 何とか爆風の余波から逃げ切り、すっかり息の上がった4人は、もくもくと黒煙が上がる光景を眺める。
 ……結局、比良牙から情報を聞きだすことはできなかった。
 彼の言うことが真実なら、比良牙はまだ生きている。再戦の可能性もあるということだ。
 比良牙の言った「主様」。それは、純也たちをこの世界に飛ばした青年のことを指しているように思える。
 あの青年は、何故純也たちや創志たちをこの世界に連れてきたのか?
 疑問は解決されず、疲労感だけが募っていく。創志や切も似たような心境なのか、口を開こうとしなかった。
「とりあえず――」
 沈黙を破ったのは、またしてもかづなだった。

「お腹空きません? パンでも食べましょう!」
 
 

オリジナルstage 【EP-10~25】 サイドN

 リソナは興味津々といった様子。
 一方テルさんは若干の警戒を滲ませつつ、それぞれ機械竜に注視した。

 機械っぽいドラゴン。
 かつて人間に捨てられた物達の代表者だった<スクラップ・ドラゴン>
 その精霊が目の前にいる、通称スドだ。
 普段はその姿を小さくしていて、並の模型よりも数段細かいディテールが、相変わらず滑稽に見える。
 少し感慨深く思っていると、リソナはスドが気に入ったのか――そのボディをバシバシ平手で叩きまくり、激しいスキンシップを行っていた。

「何これカワイイですー」
「……小僧、なんだこの小娘は」
「ああ、紹介しよう。この子はリソナ……正式名称はリソナ・ディーバンク。趣味は輝きを吹き飛ばす程のドロップキックだ」
「いや、そういう事ではなく」
 スドはバシバシ叩かれるのを目を瞑り体を震わせながら堪えている。
 俺の説明を聞いていたテルさんは「リソナのフルネームそんなだったか……?」と首を傾げていた。
 ともかく、簡単な自己紹介くらいは済ませておくべきだろう。
 お互いの事に関しても、色々と情報を交換する必要がある。
 
「歩きながら話そう。俺達の事、スドの事――話す事は山積みだ」 
「そうだな、まずは動こう。情報交換と情報収集、同時にやるに越した事はねぇからな」

 テルさんもそれに同意してくれたので、俺達はその場から歩き出した。











「――つまりスド以外に、一緒にいた三人も飛ばされた可能性があるわけか」
「そうなるのぉ。ワシが目を覚ました周りにはいないようじゃったが……」
「三人、か」

 その単語を聞くだけで、自分の中のスイッチが入れ替わった。
 香辛料少女と、後輩のような存在の純也。
 そして、かづな。
 飛ばされた状況を聞く限り、相変わらず危険な事を繰り返しているらしい。
 それを聞き、スドに怒りをぶつけたくなったが、それはすぐに躊躇われた。

 ――俺が、頼んだからじゃないか。

 愛城は言った。
 サイコ決闘者、力有る者達に対しての迫害が減少していけば、組織はしばらく様子を見ると。
 だがこの先何も行動を起こさないとは、一言も言っていない。
 その為の努力を、俺は自分の世界でやらなければならなかった。
 でも、あの世界にいられない理由が、俺にはあった。
 どんなにあの場に居たくても留まれない理由が、俺にはあった。
 だから、俺は託した。
 決して軽くはない荷物を、かづなに託さなければならなかった。

 ペインから人を守る。
 ペインの被害が増えれば増えるだけ、人々は力の持つ者をより差別するようになる。
 一般人から見たサイコ決闘者は、ペインの種のようなものだ。
 いつか花開き人を襲う、邪悪な種子。
 その認識を少しでも抑えようと、被害を抑える為に、守り人になる。

 それ以外にも傲慢に力をふりかざしているサイコ決闘者を抑え、説得したり
 ペインの恐れが抜けなくなってしまった人の相談を聞いたり
 そんな大仕事を、俺はかづなに任せた。押し付けたと言ってもいい。

 ――その危険性を、今になって再認識させられた。
 現にこうやってかづなが違う世界に飛ばされたのも、俺があんな大事を頼んだせいだ。
 悔やんでいるわけではない。だがその怒りを誰かにぶつける事は、絶対にしてはいけない事。
 何の力も持たないかづなに重い荷物を託したのは、他でもない俺自身なのだから。
 尤も、精霊であるスドと連携できれば、並の攻撃が通る事は少ないが……

「今はここにスドがいる。かづながペインに襲われたら、ひとたまりもない」
「ペインはサイコ決闘者が進化し、理性を失ってしまった姿……だったか。ゾっとしない話だな」

 テルさんが神妙な表情を浮かべ、手を顎に当てる。
 こちらの状況を話した時、二人は随分と驚いていた。
 何でも二人は『ペイン』という単語すら聞いた事が無いらしい。
 だがこちらの世界では早期から全国的にニュースで広まり、有り触れた存在だ。
 それを知らないという事は、どこか違う世界の人間といった方が説明がつく。
 昔はこういったファンタジックな話は信じていなかったが、ここまで超常的な事態に関わり過ぎていると、当たり前の事のように感じるようになってしまった。

 それはテルさんも同じようで、こちらが説明した『異世界』や『ペイン』の事も簡単に受け入れていた。
 一方リソナは――

「わかりました! もしペインが来たら私がやっつけてやるです!」
「あ、あぁそうだな……」

 やけに張り切っていた。
 手を不自然に回しているリソナから、目を不自然に反らす。
 二人の事は信用している。悪い人じゃないって事は、わかっている。
 だけど、自分がその『ペイン』である事を打ち明ける気にはなれなかった。

(こんなザマで――)
 力ある者に対する差別を減らす、なんて事が……本当にできるのだろうか?
 二人に打ち明かす事ができない。
 それは
 
 ――ペインが人間とは違うと、心の底では思ってるからじゃないか、と。

「……小僧、何を考えてるかは知らんが」
「わかってる、急いで三人を探さないとな」

 気持ちを切り替える。
 純也は決闘の腕前こそ目を見張るものがあるが、サイコ決闘者としての力は弱い。
 七水はその逆で、かづなにはサイコ的な力が何も無い。
 それでもアイツなら何とかしてくれるような、不思議な感覚もあるが……それでも。

 俺は二人に振り返り、少し言葉を濁しながら、言った。
「……こっちの世界から飛ばされた奴を探したい。急いでもいいか?」
 二人の視線が集中する。
 特にテルさんは俺が振り返る以前からこちらに視線を向けているような……。
 視線が合った事に気付いたのか、神楽屋はすぐ飄々とした風を装う。

「構わないぜ、それはこっちも同じだしな」
「そうです。リソナ、もことティトも探さないといけないです!」
「……モコトティト?ともかく恩に着るよ」
「気にするな、こういう時は助け合わないとな」

 二人に礼を言う。モコトティト、というのは二人の知人の事だろうか?
 そうこうしている内に、テルさんが前方に走り出す。
 それに付いて行こうと、スドと俺……続けてリソナも軽快に走り、後に続く。
 だが、その行軍は長くは続かなかった。

「瓦礫か、これじゃ通れねぇな……」
 前方からテルさんの舌打ちが聞こえる。
 そこには通路を塞ぐように、巨大な瓦礫が存在していた。
 これでは進む事はできない。

「よし、なら少し離れててくれ」
「……?」

 邪魔なら、吹き飛ばせばいい。簡単な事だ。
 俺は決闘盤を展開させ、一枚のカードをセットする。

「来い、タイラント――」
「って馬鹿かおまえは!」

 <タイラント・ドラゴン>を召喚し、瓦礫を吹っ飛ばそうとした俺の頭を、割と強めにテルさんにはたかれた。
 地味に痛い。

「……俺、なんか間違った?」
「間違いだらけだよ……よく周りを見てみろ」
「周り?」

 テルさんに言われ、俺は周りの様子を再び見渡す。

「……あ」
「わかったか? <タイラント・ドラゴン>なんかで瓦礫を吹っ飛ばしてみろ、あれは間違いなくぶっ壊れる」

 『あれ』とは、上方にある橋の事だ。
 瓦礫の真上に位置するその橋は所々に罅のようなものが入っており、枯れ木のように酷く頼りない物に思える。
 
「あれが落ちてきたら俺達も危ない。そして何より……あの上に『人』が居たらどうする? おまえが探している友人が、俺達の探してる奴等が呑気に歩いていたらどうする?」
「……」
「急ぐのはわかる。俺だってアイツ等の無事を早く確認したい――だけどな」

 そう言うテルさんの表情は、言葉とは裏腹に怒りを滲ませてるようには見えない。
 その雰囲気に、言葉を失う。

「――間違えちゃ、いけねぇんだ」

 何を思って、その言葉を発したのか。
 掴み所の無い表情を浮かべ、テルさんはそう言った。
 確かに全面的に俺が悪い。探すのを焦るばかり、探し人を傷付けてしまったのでは本末転倒だ。

「ごめん。軽率だった……」
「わかりゃいいさ。リソナ、あれは使えるか?」
「やってみるです!」

 テルさんの言葉に元気よく答えると、リソナはいきなり後ろから飛び付く様に抱きついてきた。

 「!?」と驚く俺を気にせず、そのままの姿勢で俺の決闘盤に1枚のカードをセットする。
 すると置かれたカードが、眩い光を放ち始めた。
 リソナは自らが持っていた手札を治輝の場にひとまず置くと、元気な声で言った。

「出番です!<ライトロード・ドラゴン・グラゴニス>!!」
 
リソナが召喚したのは、棚引く金色のたてがみを持つ白き龍だった。
 純白の両翼はシルクのように美しく、その容姿は龍というよりも天馬に近い。

「さぁさ、みんな乗るです!」

 しばらくその端麗さに見惚れていると、いつの間に背中から降りたのか、リソナは天馬の如き白き龍<ライトロード・ドラゴン グラゴニス>の上に乗っていた。
 なるほど、これで空を飛べば瓦礫の一つや二つ飛び越せる。

「でも、大丈夫なのか? あの子にこんな大きなモンスターを具現させても」
「――ハッ、サイコ決闘者としての力で言うならリソナは俺よりよっぽど強いさ。余り認めたくはないが」
「その通りです! しかも決闘でも私の方が強いです!」
「……言うじゃねぇか、なんならここで白黒」
「そんな場合じゃないよな今!?」

 わかってるわかってる、と帽子に手を置きテルさんが答える。 冗談だったのだろうが、目が納得していない。
 とにかく、リソナの力に関しては心配しないで良さそうだ。
 しかし……体は小柄でも、内に秘める力は強いサイコ決闘者か。
「七水もそうだったし、背の大きさと反比例するようにできてるのかもしれない」
 グラゴニスの上に慎重に乗りながら、割と根拠の無い持論を展開してみる。
 いや、それだとチビなのに力が弱い純也のフォローができなくなる。持論は三秒で論破された。

 そうこうしている間に、グラゴニスはその翼を大きく広げ――しかし音は殆ど立てずに羽ばたき、少しくすんだ空へと舞い上がる。
 罅の入った橋を器用に避け、高みを目指す。
 フワリと内臓が浮くような錯覚が浮かび、恐怖を覚え――。
 すぐにその感情を抱いている余裕は、なくなった。
 
 空中に飛翔した事で見えるようになった……先程見た『橋』の奥。
 そこに、見覚えのある姿があった。
 青っぽい髪に、チェックのスカート。
 そこに、12歳前後であろう背格好の少女が拘束されている。
 表情は見えなかったが、あれは間違いなく探していた人物の一人。

「――七水だ!」
「しみち? ナオキのカノジョさんです?」
「いやそれは犯罪……じゃなくて、俺の探してる奴の一人だ!」

 リソナの言葉に緊張感を削がれるが、今はそんな場合じゃない。
 拘束されているという事は、七水は今何者かに捕まっているという事。
 そして何より、この場からでは

 ――彼女が生きているという事すら、判断できない。
 想像した最悪のヴィジョンを思い浮かべ、寒気がする。
 そんな中、テルさんが口を開いた。

「ここからだと詳しい状況が分からねえな……リソナ、まずは周辺の様子を把握できる高さまで降下してくれ。罠が張られてる可能性があるからな」
「……わかったです」
「くれぐれも迂闊な行動は避けろよ……時枝?」

 テルさんの言葉が耳に入って来る度、焦る思いは膨らんで行く。
 そんな悠長な事をしている時間はない。
 取り返しのつかない事になってからじゃ――遅いんだ。

「ごめん、先に行く」
「先に――って、おまえ」

 グラゴニスの背中に立ち、下を見下ろす。
 かなりの高度に、眩暈のような恐怖を覚える。
 だがその高所での恐怖は、先程の寒気によって打ち消される。
 いや違う、それは感情の上塗りだ。
 悲しみながら、心から喜ぶ事ができないように
 二つの心の動きは、色濃く浮かんだ一つの感情によって統一される。

「……悪い、後頼む」
「バッ――よせ!」

 テルさんの制止も耳に入らず、俺はグラゴニスから階段を一段飛ばすような気軽さで『降り』た。
 遥か高空にいる、この状態で。
 だが、悠長な事をしている時間はない。
 先程上空から見えたのは、七水だけではなかった。
 上空では黒い斑点のようにしか見えなかった、影のような物体。
 あれは、おそらく――








「くそっ! 後先考えずに突っ込みやがって。馬鹿野郎が……」
 グラゴニスから地上を見下ろし、神楽屋は軽く苛立ちを覚えつつ言い放った。
 焦る気持ちを抑えられない。
 それはまるで、かつての誰かを見ているようで――
「ナオキはこんな高い所からジャンプできるです? 凄いです!」
 リソナの能天気な声に、神楽屋は過去の幻想から引き戻される。
「馬鹿。サイコ決闘者といえどもこの高度を一気に落ちてタダで済むわけが……」
 神楽屋が言うと、スドは溜め息を吐く。
「いや、小僧ならば心配はいらんじゃろう――着地に関してはな」
「……?」
 治輝の今までやった事を考えれば、造作もない事だろう。
 まだ出会って間もない二人とスドとの温度差が大きいのは、恐らくその差だ。
 だが、とスドは小さく呟く。
 治輝はこの距離から、七水の事を視認した。

「あやつは、目が悪かったはずではなかったか――?」
 
 治輝は地上に接近するにしたがって、七水に接近する影をはっきりと視認する。
「やっぱりモンスターか――!」
 指の先から機械的な管のようなモノが伸びていて、グロテスクな形状をしている。
 あれはカードから実体化したモンスターというより、もっと違う何かだろう。
 周りにいる影は数匹、その内一匹は既に七水の真正面まで接近している。

 ――いつも通り<ドラグニティアームズ・ミスティル>を呼び出して、着地するわけにはいかなそうだ。
 ならば、と治輝はカードを2枚取り出した。そのうち1枚を決闘盤にセットする。

「――ミスティル!」

 カード名を叫び手に取ると、そのカードが形状を変えた。
 それは、一本の剣。
 <ドラグニティアームズ・ミスティル>が有する漆黒の剣が、治輝の手元に具現する。
 落下速度は弱めない。
 七水に近付いた化け物の指から発する管が、衣服へと入り込む。
 それとほぼ同時に治輝は伏せカードを発動し、剣を化け物の頭部に突き刺す。
 化け物は悲鳴も上げず霧のように消滅し、剣が地面に深々と突き刺さった。
「ぐっ……!」
 バキリ、という嫌な音が聞こえた。
 たまらなく剣から手を離し、そのまま足を地面に叩き付けられる。
 また音が聞こえた。
 痛みよりも溶岩のような熱さが体の芯を埋め尽くし、立っていられなくなる――が。

《超再生能力(ちょうさいせいのうりょく)/Super Rejuvenation》 †

速攻魔法
このカードを発動したターンのエンドフェイズ時、
このターン自分が手札から捨てたドラゴン族モンスター、
及びこのターン自分が手札・フィールド上からリリースした
ドラゴン族モンスターの枚数分だけ、
自分のデッキからカードをドローする。


 サイコ決闘者は、カードの力をある程度実体化する事ができる。
 治輝はその効果により無理やりボロボロになった体を一時的に再生し、剣を再び引き抜く。
 そして向かってくる化け物を、次々と切り伏せる。
「ラスト――!」
 最後の化け物――影に向かって、治輝は突進した。
 剣を思い切り袈裟に斬り降ろし、そして

 ガキィン!と、金属同士がぶつかった時のような甲高い音が聞こえた。

「な……」
「チカラ――酷く淀んだチカラ――」

 声が聞こえたかと思うと、見えない力で大きく吹き飛ばされた。
 集中が途切れた事で具現した剣は姿を消し、床に叩き付けらる。
 余りの衝撃に失神しそうになったが、なんとか堪える。

「おまえ――」
 目の前の化け物は、他の奴らとは何かが違った。
 紫色の光を発する影。
 ――そもそも、光る影という時点で既に異質だ。
 それに加え声を発し、力も強い。
 そして何よりも――

「ソイツはニエだ。邪魔をスルナ――!」
 ソイツ、とは七水の事だろうか。
 頭部に若干の痛みを感じたが、体を起こし目の前の影と対峙する。
 すると



「――ハッ。隙だらけだぜ、化け物」



 声と共に、真紅の豪槍が化け物を襲った。
 死角からの一撃にはさすがに対応できなかったのか、くぐもった声を上げる。
 その攻撃を行ったのは<ジェムナイト・ルビーズ>

「テルさん……!?」
「先走りやがって――追いつく身にもなってみろ」
 影の向こう側から神楽屋はそう言い放つ。
 槍を振り下ろされた事で、その影は霧のようだった輪郭を少しハッキリと明滅させた。
 毒毒しい黄色い爪と、怪しげな骨格が僅かに浮かび上がる。

「……コノ程度ォ!」
 影は眼光のようなものを輝かせ、衝撃波を発生させた。
 <ジェムナイト・ルビーズ>と神楽屋はたまらず治輝の方へと弾き飛ばされる。
 神楽屋は巧みに受身を取り、帽子に手をかけながらも上手く着地した。
 衝撃で数枚のカードが散らばったが、神楽屋は素早い動作でそのカード達をデッキに戻す。
 
「コイツはなんだ? 見た事のないタイプだが――」
「『ペイン』に近い感じはする。 ……でもそれ以上はなんとも」
「ペイン――コイツがか。如何にも化け物らしい容貌だ」
「……あぁ」

 治輝は一瞬顔を伏せ、神楽屋はそれを見ると帽子を深く被り直す。
 七水がいる方向とは逆に吹き飛ばされてしまった為、七水との距離は化け物の方が近い。
 七水を確実に救い出す為には――
 治輝は伏せた顔を上げ、相手をハッキリと睨み付ける。

「決闘だ化け物。勝ったら七水を返してもらう!」
「歪んだチカラと純然たるチカラ――いいだろう、二人マトメテ相手をしてやる」
「ハッ、俺達を同時に相手しようってか。いい度胸じゃねぇか」

 神楽屋と治輝は、同時に決闘盤を展開させた。
 治輝は場に展開していた全てのカードを、ディスクに収納する。
 影の化け物の腕には、煙が色濃くなった瞬間にディスクが装着される。
 治輝は改めて拘束されている七水に視線を向け、掠り切れそうな程低い声で、言った。

「助けてみせる――絶対に!」

 ――決闘!!
 三者三様の声が響き渡る。
 だが、互いが互いに視線をやるべきこの状況で、神楽屋は別の方向を向いていた。

 それは敵である影に向かっての物ではなく
 味方であるはずの、時枝治輝に。
 
 
変則タッグデュエルルール(オリジナル)

□フィールド・墓地はシングルと同じく個別だが、以下の事項は行うことができる。
・パートナーのモンスターをリリース、シンクロ素材にすること。
・「自分フィールド上の~」の記述がある効果を使用する際、パートナーのカードを対象に選ぶこと。
・パートナーの伏せカードは通常魔法、通常罠に限り発動する事が可能。
・パートナーへの直接攻撃を、自分のモンスターでかばうこと。
□最初のターン、全てのプレイヤーは攻撃ができない。
□ターンは 味方A→相手→味方B→相手の順番で処理する。
□初期ライフは4000 1人側は8000。
□バーンダメージ等は1人を対象にして通常通り処理する。
□召喚条件さえ揃えば、パートナーのEXデッキも使用できる。

「俺のターン!」

 治輝はカードをドローし、手札から一枚のカードを素早く抜き取る。
 七水に意識は無いようだが、呼吸はあるようだ。
 だが、また先程のモンスター達が沸いて出てくる可能性もある。一気に決着を付けるべきだ。

「カードを二枚伏せ、ターンエンド!」
「時枝――!?」

 神楽屋は考え事を止め、守備モンスターも出さずにターンを終えた治輝に驚愕する。
 タッグ決闘では1ターン目で攻撃ができない。
 それを考慮すれば、確かに何も召喚せず、相手に手の内を見せないプレイングは有りだろう。
 だが、これは変則タッグ決闘――先に攻撃を仕掛ける事ができるのは、こちら側ではなく相手側だ。
 もし神楽屋がモンスター出せなかった場合……治輝はダイレクトアタックを受ける事になる。
 

「モンスターを引けなかったヨウダナ――我ノターン! <サイコ・ウォールド>を召喚!」

《サイコ・ウォールド/Psychic Snail》 †

効果モンスター
星4/地属性/サイキック族/攻1900/守1200
800ライフポイントを払って発動する。
自分フィールド上に表側表示で存在するサイキック族モンスター1体は、
1度のバトルフェイズ中に2回攻撃する事ができる。
この効果を発動するターンこのカードは攻撃する事ができない。

 超能力者というよりは、カタツムリの様なモンスターが場に現れた。
 神楽屋はその種族を確認すると1人の決闘者を思い返し、気を引き締める。

「我はターンエンド、貴様のターンだ」
「――行くぜ、俺は<ジェムレシス>を召喚!」

《ジェムレシス/Gem-Armadillo》 †

効果モンスター
星4/地属性/岩石族/攻1700/守 500
このカードが召喚に成功した時、
自分のデッキから「ジェムナイト」と名のついた
モンスター1体を手札に加える事ができる。

 ドローするや否や、神楽屋はアリクイの様な姿をしたモンスターを召喚する。
 可愛げのある容姿をしているが、効果は強力だ。

「レシスの効果発動だ。手札に<ジェムナイト・オブシディア>を加えるぜ」
「サーチ効果持ちのモンスターで攻撃力1700――ナルホド、強力なモンスターの様だ」
「ハッ。この程度驚く事じゃねぇだろ。俺はカードを二枚伏せ、ターンエン……」



「ダガ、甘い」

 ゾクリ、と
 神楽屋はターンエンドを宣言した直後、目の前の化け物から圧力を感じ、寒気を覚えた。
 確かに<ジェムレシス>では<サイコ・ウォールド>の攻撃力には適わないが、神楽屋もそれは承知している。

《収縮(しゅうしゅく)/Shrink》 †

速攻魔法
フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択して発動する。
選択したモンスターの元々の攻撃力はエンドフェイズ時まで半分になる。

 <収縮>
 戦闘補助として非常に強力なこのカードを使用すれば、攻撃力3400以下のモンスターを<ジェムレシス>で返り討ちにする事ができる。
 決闘はまだ序盤。それを超えるモンスターが召喚されるとは考え辛い。
 
「我のターン……<サイココマンダー>を召喚」

《サイコ・コマンダー/Psychic Commander》 †

チューナー(効果モンスター)
星3/地属性/サイキック族/攻1400/守 800
自分フィールド上に存在するサイキック族モンスターが戦闘を行う場合、
そのダメージステップ時に100の倍数のライフポイントを払って
発動する事ができる(最大500まで)。
このターンのエンドフェイズ時まで、戦闘を行う相手モンスター1体の
攻撃力・守備力は払った数値分ダウンする。

「サラニ<シンクロヒーロー>を発動」

《シンクロ・ヒーロー/Synchro Boost》 †

装備魔法
装備モンスターのレベルを1つ上げ、攻撃力は500ポイントアップする。

「<サイコ・コマンダー>のレベルを4変更、サイコウォールドとチューニング」
「ハッ、いきなり全開ってわけかよ……!」

 化け物の目の前に光の輪が出現し、その中央に紫色の空間が生成された。
 そこから出現する何かを神楽屋は冷や汗を流しながら警戒し
 治輝は黙ってそれを睨み付け
 影の化け物は妖しく二人を嘲るように笑う

シンクロ召喚――メンタル・スフィアデーモン!」

 そう高らかに宣言し、空間が弾けると
 二人の前に――異形の悪魔が降臨した。

【治輝LP4000】 手札4枚   
場:伏せカード2枚

【神楽屋LP4000】 手札4枚
場:ジェムレシス
伏せカード2枚


【影LP8000】 手札4枚
場:メンタルスフィア・デーモン
 
 
異形の悪魔は神楽屋と治輝を睨み付けた後、場に存在する<ジェムレシス>へと視線を移す。
 まるで本当の生物のような挙動だった。それを見た治輝は苦い顔を作る。

「我は更に最古式念動をハツドウ。キサマの伏せカードを破壊サセテもらおう」
 
《最古式念導(さいこしきねんどう)/Psychokinesis》 †

通常魔法
自分フィールド上にサイキック族モンスターが
表側表示で存在する場合のみ発動する事ができる。
フィールド上のカード1枚を破壊し、
自分は1000ポイントダメージを受ける。

【影LP】8000→7000

 そう言うと<メンタルスフィア・デーモン>の口から黒い球体が発射された。
 狙いは、神楽屋の伏せカード。
 だが中折れ帽子で表情を隠しながら、神楽屋は僅かに笑う。

「ハッ、悪いがハズレだな――速攻魔法、収縮!」

《収縮(しゅうしゅく)/Shrink》 †

速攻魔法
フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択して発動する。
選択したモンスターの元々の攻撃力はエンドフェイズ時まで半分になる。

「これで<メンタルスフィア・デーモン>の攻撃力は半減。返り討ちだ!」
「ソノヨウナ小細工は<メンタルスフィア・デーモン>には通用シナイ。効果発動――レジグ・ソウル! ライフを1000払う事で、対象マホウを無効にしハカイする!」
「な……!?」

《メンタルスフィア・デーモン/Thought Ruler Archfiend》 †

シンクロ・効果モンスター
星8/闇属性/サイキック族/攻2700/守2300
チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上
このカードが戦闘によってモンスターを破壊し墓地へ送った時、
破壊したモンスターの元々の攻撃力分だけ自分のライフポイントを回復する。
サイキック族モンスター1体を対象にする魔法または罠カードが発動された時、
1000ライフポイントを払う事でその発動を無効にし破壊する。

【影LP】7000→6000

 相手の力を奪う事のできる強力な魔法が、異形の悪魔によって弾き返された。
 それを見た神楽屋は焦りを覚える。これではレシスを守る手段がない。
 反射的に治輝を見るが……先程の決闘で治輝は攻撃を防ぐ類のカードを使っていない。
 全く入っていないわけではないと思うが、それでも極少数だろう。

「<メンタルスフィア・デーモン>で<ジェムレシス>を攻撃――レジグ・ヴォルケイノ!」

 異形の悪魔は両手で漆黒の火球を作り出し、それを<ジェムレシス>に向かい……放った。
 直撃し、レシスは跡形もなく消滅する。
 そして
 レシスを破壊した炎の余波――1000ポイントの超過ダメージを、神楽屋はその身に受ける。

【神楽屋LP】4000→3000

「ぐ……がああああああああああ!?」

 絶叫。
 まるで炎で炙った鉄筋を押し付けられたかような熱さと衝撃を、神楽屋はその身に受けた。
 声を堪えきる事などできるはずもない。周囲の温度が一気に上昇し、喉が焼き切れる様な錯覚を覚える。
 その痛みに神楽屋は、たまらず膝を付いた。
 更に<メンタルスフィア・デーモン>の効果が発動し、レシスの攻撃力分のライフを回復させてしまう。

【影LP6000→7700】

「――ッ、罠カード発動。命の綱!」

 ここで、治輝が動いた。
 味方のダメージを守る類のカードでなかったのが悔しかったのか、その表情には焦りと歯痒さを浮かばせている。

《命(いのち)の綱(つな)/Rope of Life》 †

通常罠
自分モンスターが戦闘によって墓地に送られた時に、手札を全て捨てて発動する。
そのモンスターの攻撃力を800ポイントアップさせて、フィールド上に特殊召喚する。

「手札を全て捨て、テルさんの場に破壊された<ジェムレシス>を強化復活させる!」
「この序盤で手札を全て捨てる!?おまえ、また早まった事――」
「いいから任せてくれ! 俺の手札を全て使い――蘇れ、ジェムレシス!」

《ジェムレシス/Gem-Armadillo》 †

効果モンスター
星4/地属性/岩石族/攻1700/守 500
このカードが召喚に成功した時、
自分のデッキから「ジェムナイト」と名のついた
モンスター1体を手札に加える事ができる。

【ジェムレシス】攻1700→攻2500

 何とか体を奮い立たせた神楽屋は、体の悲鳴を抑え込みながら治輝の方に視線を向ける。
 確かに場をガラ空きにする事は避けたいが、強化された<ジェムレシス>であっても<メンタルスフィア・デーモン>は倒せない。
 その場しのぎの為だけに<ジェムレシス>を復活させるのは、利口な手とは到底思えなかった。
 ……だが

「――速攻魔法、超再生能力!」

《超再生能力(ちょうさいせいのうりょく)/Super Rejuvenation》 †

速攻魔法
このカードを発動したターンのエンドフェイズ時、
このターン自分が手札から捨てたドラゴン族モンスター、
及びこのターン自分が手札・フィールド上からリリースした
ドラゴン族モンスターの枚数分だけ、
自分のデッキからカードをドローする。

 それでも治輝は、その不効率なプレイングをプラスへと変換させる。
 負けに誘う一手を、勝利への道に変える為に。

「手札からステタカードは全てドラゴン族――ナルホド、合計4枚のドローか」
「……おまえって本当、アドと無縁な奴だよな」
「人より少し多くドローできるだけさ。それに――急がないと」

 治輝はそう言い、化け物がカードを一枚伏せ、ターンをエンドすると同時に<超再生能力>の効果で4枚のカードをドローする。
 そして自分のターン、更にカードを1枚引き――治輝はその場で固まった。

「ちょ……」
「ん、どうした」
「そうか、あの時に……って事はあの2人大丈夫か……?」

 ぶつぶつと意味不明な独り言を始めた治輝を見て、神楽屋は訝しげに視線を送る。
 治輝は何か、心配事が増えたような表情を浮かべていた。

「こうなったらヤケだ――! 俺は墓地の<ミンゲイ・ドラゴン>の効果発動!」

《ミンゲイドラゴン/Totem Dragon》 †

効果モンスター
星2/地属性/ドラゴン族/攻 400/守 200
ドラゴン族モンスターをアドバンス召喚する場合、
このモンスター1体で2体分のリリースとする事ができる。
自分のスタンバイフェイズ時にこのカードが墓地に存在し、
自分フィールド上にモンスターが存在しない場合、
このカードを自分フィールド上に表側攻撃表示で特殊召喚する事ができる。
この効果は自分の墓地にドラゴン族以外のモンスターが存在する場合には発動できない。
この効果で特殊召喚されたこのカードは、フィールド上から離れた場合ゲームから除外される。

「ドラゴン族以外のモンスターが墓地に存在しない時、スタンバイフェイズに特殊召喚できる!」
「ホゥ、サキホドのカード効果で1枚墓地に送ってイタカ!」
「そういう事だ。そしてミンゲイ・ドラゴンをリリース!」

 神楽屋はそれを見て安心した。
 一度しか手合わせをしていないとはいえ、この先は大抵予想が付く。
 あのコンボを決めた後は、強力な上級ドラゴン族を召喚してくれるはずだ。

 予想通り、治輝の場を光が覆い、その中に白く美しいドラゴンのシルエットが浮かび上がる。
 先程の対決で使用した<青眼の白夜龍>か、それとも
 そんな風に、神楽屋は出てくるモンスターを注視し見守っていると

「――現れろ、ライトロードドラゴン・グラゴニス!!」
「おいぃ!?」

 出てきたのは最上級ドラゴンではなく
 先程まで2人が乗っていたはずの、棚引く金色のたてがみを持つ――誰かさんの白き龍だった。

【治輝LP4000】 手札4枚   
場:ライトロードドラゴン・グラゴニス

【神楽屋LP3000】 手札4枚
場:ジェムレシス(攻2500)
伏せカード1枚


【影LP7700】 手札3枚
場:メンタルスフィア・デーモン
伏せカード1枚
 
《ライトロード・ドラゴン グラゴニス/Gragonith, Lightsworn Dragon》 †

効果モンスター
星6/光属性/ドラゴン族/攻2000/守1600
このカードの攻撃力と守備力は、自分の墓地に存在する「ライトロード」
と名のついたモンスターカードの種類×300ポイントアップする。
このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、
その守備力を攻撃力が超えていれば、
その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。
このカードが自分フィールド上に表側表示で存在する場合、
自分のエンドフェイズ毎に、デッキの上からカードを3枚墓地に送る。

 神楽屋に盛大な突込みを受けながら、治輝は思い返していた。
 飛ぶ為にこのグラゴニスをリソナが召喚した時、誰のディスクを使用していたのかを。
 恐らくあの時から決闘盤にセットされ続け、決闘開始前にデッキに収納されてしまったのだろう。
 神楽屋もその時の事を思い出したのか、深いため息を吐いた。

「リソナの奴……だから自分の決闘盤使えって……」
「……考え様によってはコイツ以外に上級ドラゴンは手札に居なかったし、相性も悪くない。意外と強力な助っ人かもしれない」
「そうか……?」

 疑惑の眼差しを向けてくる神楽屋。だが治輝は本気でそう思っていた。
 墓地肥やしが重要な治輝のデッキにとって、デッキから3枚のカードを墓地に送ってくれるグラゴニスの効果はプラスに働くはずだ。
 問題は、攻撃力で<メンタルスフィア・デーモン>に勝てない事だが……

「<団結の力>を装備。これなら問題無いだろ!」

《団結(だんけつ)の力(ちから)/United We Stand》 †

装備魔法
装備モンスターの攻撃力・守備力は、自分フィールド上に表側表示で存在する
モンスター1体につき800ポイントアップする。

 これでグラゴニスの攻撃力は2800
 <メンタルスフィア・デーモン>の攻撃力を、100ポイント上回る事ができた。


「ホゥ――」
「<ライトロード・ドラゴン・グラゴニス>で<メンタルスフィア・デーモン>に攻撃。ホーリィ・スピア!」

 影の化け物が感心した様な声を上げるのを無視し、治輝は攻撃を宣言した。
 大きく開いた白金の龍の口に、黄金色の光が収束する。
 次の瞬間。
 収束した光は視認できない程の速さで打ち出され、異形の悪魔の胸部を貫通した。
 悪魔が消滅し、影の化け物のライフが削られる。

【影LP】7700→7600


「フン……この程度」

 だが、化け物は少しも怯まない。
 強力な僕である異形の悪魔を倒されても、全く動じていない様だった。

「……俺はカードを一枚伏せターンエンド。グラゴニスの効果でデッキから三枚のカードを墓地に送る」

【治輝LP4000】 手札3枚   
場:ライトロードドラゴン・グラゴニス
伏せカード1枚
【神楽屋LP3000】 手札4枚
場:ジェムレシス(攻2500)
伏せカード1枚


【影LP7600】 手札3枚
場:なし
伏せカード1枚

「我のターン。手札から永続魔法<フューチャー・グロウ>を発動」

《フューチャー・グロウ/Future Glow》 †

永続魔法
自分の墓地に存在するサイキック族モンスター1体をゲームから除外して発動する。
このカードがフィールド上に存在する限り、
自分フィールド上に表側表示で存在する全てのサイキック族モンスターの攻撃力は、
このカードを発動するために除外した
サイキック族モンスターのレベル×200ポイントアップする。

「レベル8である墓地の<メンタルスフィア・デーモン>をジョガイ、我の場に存在するサイキックモンスターは全てコウゲキリョクが1600ポイントアップする」 
「ハッ……冗談が過ぎるカードだな……」

 神楽屋はカード効果の説明を聞き、寒気がした。
 つまり、これから奴が再び低級モンスターである<サイコ・ウォールド>を召喚しようものなら、その攻撃力は3500――先程の<メンタルスフィア・デーモン>を軽々と超える攻撃力になるという事。
 治輝も同じ事を思っていたのだろう。冷や汗を一つ流す。

「低級モンスターでも強化されたグラゴニスを超える可能性があるって事か。確かにそれは――」
「テイキュウモンスター? 何を勘違いシテイル?」

 治輝の愚痴に近い呟きを聞き、影の化け物は怪しく笑う。
 そして一枚の罠カードを、2人の心を穿つような鋭さで発動した。

《ブレインハザード/Brain Hazard》 †

永続罠
ゲームから除外されている自分のサイキック族モンスター1体を選択し、
自分フィールド上に特殊召喚する。
このカードがフィールド上から離れた時、そのモンスターを破壊する。
そのモンスターが破壊された時このカードを破壊する。

「除外カードを帰還させるカード……!?」
「もう一度コイツのアイテをしてもらうぞ――マイモドレ、メンタルスフィア・デーモン!」

《メンタルスフィア・デーモン/Thought Ruler Archfiend》 †

シンクロ・効果モンスター
星8/闇属性/サイキック族/攻2700/守2300
チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上
このカードが戦闘によってモンスターを破壊し墓地へ送った時、
破壊したモンスターの元々の攻撃力分だけ自分のライフポイントを回復する。
サイキック族モンスター1体を対象にする魔法または罠カードが発動された時、
1000ライフポイントを払う事でその発動を無効にし破壊する。

 場に紫色の空間が出現し、再び異形の悪魔が姿を現す。
 だがその大きさは、その威圧感は――先程の比ではない。
 攻撃力は、4300。
 神や幻魔と呼ばれるカードのボーダーラインである4000を、軽々と超える数値。

「バトル。サキホドのリベンジだ――レジグ・ヴォルケイノ!」

 異形の悪魔は両手で漆黒の火球を作り出し、地面と水平に放つ。
 標的は<ライトロード・ドラゴン・グラゴニス>
 先程とは比べ物にならない大きさ、速度を誇る火球だ。
 避ける事など――耐える事などできるはずもなく、触れるだけで天馬のようなドラゴンは跡形もなく消滅する。
 そのまま地面を抉りながら直進していき、遥か遠くのビルを粉々に吹き飛ばした。
 治輝は苦痛に顔を歪ませ、後退する。

「くっ……!」
「大したダメージにはナラナカッタか……? だが<メンタルスフィア・デーモン>の効果発動。ライフをグラゴニスの元々の攻撃力分回復し、ターンエンドだ」

 治輝は認める。
 この相手は、急いで勝てるレベルの相手ではない。
 余計な事を考え油断した瞬間、殺される――と。
 
【治輝LP3600】 手札3枚   
場:
伏せカード1枚
【神楽屋LP3000】 手札4枚
場:ジェムレシス(攻2500)
伏せカード1枚


【影LP9600】 手札3枚
場:メンタルスフィア・デーモン(攻4300)
ブレイン・ハザード(メンタルスフィア対象) フューチャー・グロウ(攻1600UP)

「俺のターン。さてどうするか……」

 神楽屋はカードをドローし、場と手札の可能性を照らし合わせる。
 そして思案顔をした神楽屋の表情が、不敵な笑みへと変わっていく。

「ハッ。行くぜ化け物――俺は手札から <ジェムナイト・フュージョン>発動!」

《ジェムナイト・フュージョン/Gem-Knight Fusion》 †

通常魔法
手札・自分フィールド上から、融合モンスターカードによって
決められた融合素材モンスターを墓地へ送り、
「ジェムナイト」と名のついた融合モンスター1体を
融合召喚扱いとしてエクストラデッキから特殊召喚する。
また、このカードが墓地に存在する場合、
自分の墓地に存在する「ジェムナイト」と名のついた
モンスター1体をゲームから除外する事で、このカードを手札に加える。

 それを見た治輝は『よし』と心の中で呟く。
 <魂の綱>を発動したのは、自らの手札を交換する為だけではない。
 仮に強力なモンスターを召喚されても、それを穿つ槍が――彼には存在するからだ。
 それは先程の決闘で治輝自身も苦しめられた。真紅の騎士。

「手札の<ジェムナイト・オブシディア>と<ジェムナイト・ガネットを融合!」
 炎の戦士<ジェムナイト・ガネット>と黒曜の戦士<ジェムナイト・オブシディア>の姿が重なる
「真炎の輝きを焼きつけろ! 融合召喚――ジェムナイト・ルビーズ!!」


《ジェムナイト・ルビーズ/Gem-Knight Ruby》 †

融合・効果モンスター
星6/地属性/炎族/攻2500/守1300
「ジェムナイト・ガネット」+「ジェムナイト」と名のついたモンスター
このカードは上記のカードを融合素材にした融合召喚でのみ
エクストラデッキから特殊召喚する事ができる。
1ターンに1度、自分フィールド上に表側表示で存在する
「ジェム」と名のついたモンスター1体をリリースして発動する事ができる。
このカードの攻撃力はエンドフェイズ時まで
リリースしたモンスターの攻撃力分アップする。
また、このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、
その守備力を攻撃力が超えていれば、
その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。

 真紅の炎が、鎧の形を成す。
 深い青色のマントを翻し、紅蓮の槍を異形の悪魔に突きつける。
 荘厳な空気を纏った真紅の騎士が、フィールドに降臨した。
 だが、まだ終わらない。 

「素材となった<ジェムナイト・オブシディア>の効果発動! 墓地からレベル4以下の通常モンスターを特殊召喚できる!」

《ジェムナイト・オブシディア》 †

効果モンスター
星3/地属性/岩石族/攻1500/守1200
このカードが手札から墓地へ送られた場合、
自分の墓地に存在するレベル4以下の通常モンスター1体を
選択して特殊召喚する事ができる。

「舞い戻れ――ジェムナイト・ガネットォ!」

《ジェムナイト・ガネット/Gem-Knight Garnet》 †

通常モンスター
星4/地属性/炎族/攻1900/守   0
ガーネットの力を宿すジェムナイトの戦士。
炎の鉄拳はあらゆる敵を粉砕するぞ。

 三体のモンスターを従えた神楽屋を見て、影の化け物は人間のように僅かに笑う。
 まるで出来の悪い生徒を見下ろすかのような、余裕の笑みだ。

「幾らモンスターを並べヨウト、コエルコトがデキナケレバ意味は無いぞ」
「ハッ、とんだ鈍さだな。俺が無駄にモンスター並べて悦に浸るような男に見えてんなら、目玉の交換を勧めるぜ――ルビーズの効果発動!」

 フィールドにはルビーズの他には
 <ジェムレシス><ジェムナイト・ガネット>の2体。
 本来なら攻撃力の高いガネットをリリースしその攻撃力を4400に上昇させるのが、強敵を打ち倒す時の神楽屋の常套手段だ。
 しかし、今は――

「使わせてもらうぜ、時枝!」
 治輝は頷き、その様子を見守る。
 その視線の先には、強化された<ジェムレシス>

「ルビーズの効果――ブレイズカット! レシスを墓地に送る事で攻撃力を2500ポイントアップさせる!」

1ターンに1度、自分フィールド上に表側表示で存在する
「ジェム」と名のついたモンスター1体をリリースして発動する事ができる。
このカードの攻撃力はエンドフェイズ時まで
リリースしたモンスターの攻撃力分アップする。

 <ジェムレシス>に集った力が、真紅の騎士が持つ槍へと収束していく。
 そして強すぎる力を抑えきれなくなったのか。
 ゴウ! と槍を包む炎が激しく燃え上がった。
 その紅蓮の炎は、相手を焼く為にその勢いを増して行く。

「最大火力、とまでは行かねえが……そいつを葬るには十分だ。派手にいかせてもらうぜ。バトルだ――攻撃力5000の<ジェムナイト・ルビーズ>で、メンタルスフィアデーモンに攻撃」

 そう言うと、ルビーズの槍に宿った螺旋状の炎が異形の悪魔を包み込んだ。
 雄叫びを上げる悪魔に向かって、自身が起こした螺旋の炎の渦中に向かって、真紅の騎士は跳ぶ。
 そして

「クリムゾン――トライデントォ!」

 神楽屋の声とほぼ同時。
 槍が、強靭な皮膚を貫通する音が聞こえた。
 槍の先端から三本に枝分かれした炎が生まれ、槍を引き抜く。

【影LP】9600→8900

 ――爆音。
 
 真紅の騎士が飛び退くと同時に、凄まじい爆発が起こり――
 強大な悪魔は、今度こそ死滅した。


【治輝LP3600】 手札3枚   
場:
伏せカード1枚
【神楽屋LP3000】 手札2枚
場:ジェムナイトルビーズ(攻撃済) ジェムナイト・ガネット
伏せカード1枚


【影LP8900】 手札3枚
場:なし
フューチャー・グロウ(攻1600UP)
「ジェムナイトガネットでダイレクトアタック――!」

【影LP】8900→7000

 <ジェムナイト・ガネット>が炎の拳を化け物に叩き込み、僅かに影が身じろぐ。
 場には神楽屋が操る2体のモンスターのみ。
 ライフこそ劣っていても、状況は圧倒的に優位だった。 


【治輝LP3600】 手札3枚   
場:
伏せカード1枚
【神楽屋LP3000】 手札2枚
場:ジェムナイトルビーズ(攻撃済) ジェムナイト・ガネット
伏せカード1枚


【影LP7000】 手札3枚
場:なし
フューチャー・グロウ(攻1600UP)

「俺はこれでターンエンドだ」
 神楽屋は中折れ帽子を深く被り直し、ターンをエンドする。
 それを見た化け物は、神楽屋の召喚した融合モンスター<ジェムナイト・ルビーズ>を見つめる。

「それがキサマのチカラか。確かに凄まじいモノだな、純然たるモノよ」
「ハッ、もう敗者の弁か? ならさっさとその子を解放して――」

 それを聞いた化け物は、影の中から表情のような物を光で浮かび上がらせる。
 そして怪しく、ケタケタと笑い 




「ダカラコソ慢心し驕った結果、何かをキズツケル」




 その一言で、場の空気を凍らせた。
 治輝はその感覚だけは感じる事ができても、その言葉の意味がわからない。
 化け物の妄言なのか、それとも。

「守り切れなかったキサマに、間違えをオカシたキサマに、ナニカを守る資格などナイ。チカラを奮う資格などナイ」

 影の化け物が妙な言葉を喋り始めてから、神楽屋の様子が明らかにおかしくなる。
 飄々としていたいつもの彼とはまるで違う。何処か無表情で、何か遠いものを見てるような――

「テルさん――!? どうしたんだ、テルさん!」
「……」

 返事がない。
 治輝は敵である化け物に向き直り、血管が千切れる程の怒気を込め、叫ぶ。

「おまえ、テルさんに何をしたんだ……!」
「煩わしいな歪みし者よ。キサマに用はナイ」
「な……」
「ワタシは1枚カードを伏せ、ターンを終了する。キサマは好きに攻撃スルガイイ」

 そう言うと、化け物は本当に特にアクションを起こさず、ターンをエンドした。
 ナメやがって――
 治輝の中に黒い感情が渦巻くが、ここは堪える。
 
「……俺のターン、ドラグニティ・ブランディストックを召喚し墓地に送る事で――」

 その言葉と同時に旋風が巻き起こり、その中心部に小さな木が出現した。
 黄色みを帯びた緑色の葉は1組ずつ対をなし、鮮やかに輝いてその存在を主張している。
 だが次の瞬間、その鮮やかな葉は四散し、木は鋭利な刃物へと姿を変えていき……。
 1本の、剣となった。

「手札から<ドラグニティアームズ・ミスティル>を特殊召喚!」

《ドラグニティアームズ-ミスティル/Dragunity Arma Mistletainn》 †

効果モンスター
星6/風属性/ドラゴン族/攻2100/守1500
このカードは自分フィールド上に表側表示で存在する
「ドラグニティ」と名のついたモンスター1体を墓地へ送り、
手札から特殊召喚する事ができる。
このカードが手札から召喚・特殊召喚に成功した時、
自分の墓地に存在する「ドラグニティ」と名のついた
ドラゴン族モンスター1体を選択し、
装備カード扱いとしてこのカードに装備する事ができる。

 四散した葉は一つに集まっていき、巨大なモンスターへと変貌していく。
 強固な鱗は黄色みを帯び、剣を手にしたそのモンスターは、その剣と同じように鋭い咆哮を上げた。

「効果で墓地のブランディストックを装備し、そのままミスティルを除外。現れろ――」

 次の瞬間、ミスティルが場から消えた。
 コンクリートから無数の枝が出現し、辺り一面を覆い尽くす。
 枝が侵食していく勢いで、辺りにある建物が小刻みに震え出す。
 次第に細かい枝は一つになる事で大きくなり、その中心から閃光が零れ出る。
 その輝きは剣の形を象り、輝きの中から出現した巨大な竜がそれを握った。

《ドラグニティアームズ-レヴァテイン/Dragunity Arma Leyvaten》 †

効果モンスター
星8/風属性/ドラゴン族/攻2600/守1200
このカードは自分フィールド上に表側表示で存在する
「ドラグニティ」と名のついたカードを装備したモンスター1体をゲームから除外し、
手札または墓地から特殊召喚する事ができる。
このカードが召喚・特殊召喚に成功した時、
「ドラグニティアームズ-レヴァテイン」以外の
自分の墓地に存在するドラゴン族モンスター1体を選択し、
装備カード扱いとしてこのカードに装備する事ができる。
このカードが相手のカードの効果によって墓地へ送られた時、
装備カード扱いとしてこのカードに装備されたモンスター1体を特殊召喚する事ができる。

「効果でブランディストックを装備し、バトルフェイズ! レヴァテインでダイレクトアタック――ブランディ・ウィンザー!」

 激情に任せる事はしない。それで勝てる相手ではない。
 治輝はそう思いつつも、握る拳の力を抑える事はできない。
 主人の感情を汲み取ったのか、斧のように力強い剣撃が影の化け物を襲う。

【影LP】7000→4400

 たまらず苦悶の表情を浮かべたたらを踏む化け物だが、すぐに元の姿勢に戻る。
 この機を逃す手はない。
 
「もう一撃――!」
 ザクリ、と。
 レヴァテインが放つ渾身の突きが影の身を貫き、それを引き抜く。
 細身の剣に影が纏わりつくが、一振りするとそれは四散した。

【影LP】4400→1800

 ダメージは十分に与える事ができたので、治輝はターンを終了する。
 だが、次に化け物が発したのは苦悶の声ではない。

「――ドウヤラ、本当にキサマにはキコエナイようだな」
「聞こえない……?」

 影の声は、先程からハッキリと聞こえている。
 だが、そういった単純な事というわけでもなさそうだ。

「マァイイ、我のターン――!」
 怪しい影は治輝から興味を失ったのか、カードを1枚ドローした。


【治輝LP3600】 手札3枚   
場:ドラグニティアームズ・レヴァテイン
伏せカード1枚 ドラグニティ・ブランディストック(装備)
【神楽屋LP3000】 手札2枚
場:ジェムナイト・ルビーズ ジェムナイト・ガネット
伏せカード1枚


【影LP1800】 手札3枚
場:伏せカード1枚 フューチャー・グロウ(攻1600UP)
 
「迷ってるんだよね」
 
 声が聞こえる。
 これはそう、ミカドの声だ。
 俺が正義の味方をやっていたせいで、その報復でミカドは歩けなくなった。

「ボク聞いてたよ? 『間違えちゃいけねぇんだ』だっけ――やっぱりテル兄ちゃんはカッコいいね!」

 いや、違う。
 ミカドがこんな所にいるはずがない。
 
「でも、それって少しおかしいよ。だって――」

 ミカドは満面の笑顔を浮かべて






「テル兄ちゃん。もう……間違えちゃってるもん!」

 こんな事を、言うわけがない。
 




 ――本当に?







【治輝LP3600】 手札3枚   
場:ドラグニティアームズ・レヴァテイン
伏せカード1枚 ドラグニティ・ブランディストック(装備)
【神楽屋LP3000】 手札2枚
場:ジェムナイト・ルビーズ ジェムナイト・ガネット
伏せカード1枚


【影LP1800】 手札3枚
場:伏せカード1枚 フューチャー・グロウ(攻1600UP)

 化け物はドローカードを確認するや否や、不適に笑い出した。
 
「ソロソロ本気で行かせてモラオウか。ミラクル・シンクロフュージョンをハツドウ!」
「な……」

 墓地融合カード。
 治輝は掲げられたそのカードを見て、戦慄する。
 あの手のカードから出てくるモンスターは、大抵強力なモンスターと相場が決まっている。

 ――強力?
 あの、異形の悪魔よりも?

「墓地にソンザイする<メンタルスフィア・デーモン>と<サイコウォールド>のタマシイを融合
――」

 素材が『あの』悪魔だとすれば、それよりも強いモンスターなのは確定だ。
 そして永続魔法<フューチャー・グロウ>が存在する以上、攻撃力も恐らく――
 
 そんな治輝の逡巡を断ち切るように、場に紫色の空間が広がっていく。
 その巨大な空間の中で、二つの妖しい目が光輝く。
 
「現れろ――アルティメット・サイキッカー!」

 獣のような獰猛さと
 悪魔のような狡猾さ
 その二つを掛け合わせたかのような、この世の物とは思えない程残忍な表情を浮かべ
 究極の名を冠する化け物が、今降臨した。

《アルティメットサイキッカー/Ultimate Axon Kicker》 †

融合・効果モンスター
星10/光属性/サイキック族/攻2900/守1700
サイキック族シンクロモンスター+サイキック族モンスター 
このカードは融合召喚でのみエクストラデッキから特殊召喚する事ができる。
このカードはカードの効果では破壊されない。
このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、
その守備力を攻撃力が超えていれば、
その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。
また、このカードが戦闘によってモンスターを破壊し墓地へ送った時、
破壊したモンスターの攻撃力分だけ自分のライフポイントを回復する。

 治輝はその威圧感を目の当たりにし、僅かに後退する。
 骸骨のような顔はおぞましく、まるで狂気の塊のような化け物だ。

「フューチャーグロウの効果で攻撃力は4500――究極の名にフワサシイ数値だ」
「何を……」
「ダガまだ終わりデハナイ。カードを1枚フセ、ブレインハザードをハツドウ!」

《ブレインハザード/Brain Hazard》 †

永続罠
ゲームから除外されている自分のサイキック族モンスター1体を選択し、
自分フィールド上に特殊召喚する。
このカードがフィールド上から離れた時、そのモンスターを破壊する。
そのモンスターが破壊された時このカードを破壊する。


「再び<メンタルスフィア・デーモン>を特殊ショウカン!」
「ッ……」

 異形の悪魔が刺すような咆哮と共に再び墓地から姿を現し、更に状況は悪化した。
 攻撃力4000以上のモンスターが2体。それに強力な耐性もある。
 もはや治輝の切り札である<エレメンタル・バースト>等のカードを用いても、何も解決できない。
 治輝の絶望を感じ取ったのか、影の化け物は不適に笑う。

「バトル。メンタルスフィアはレヴァテイン。アルティメットサイキッカーはルビーズを攻撃」

 指示を聞き、龍剣士と真紅の槍騎士にユラリと視線を向ける二体の化け物。
 酷く緩慢な動きだったが、それ故に言い知れぬ恐怖が染み渡る。
 そして

「レジグ・ヴォルケイノ。レジグ――」

 <メンタルスフィア・デーモン>が放った紅の球体と
 <アルティメット・サイキッカー>が放った蒼の球体が
 妖しげな影を纏いつつ進んでいき、場の中央でぶつかり合った。
 2つの『色』は混ざり合い――

 マジェンタ、と。
 そう薄く影が呟くと同時に、目を焼くほどの菫色の極光が、辺りを包んだ。

 <ドラグニティ・レヴァテイン>と<ジェムナイト・ルビーズ>は
 その光を受けると突然苦しみ出し、まるで内部に爆弾を仕掛けられたかのように、内側から爆発を起こした。
 その衝撃は、当然プレイヤーをも襲う。

「な――!?」
「……」

【治輝LP】3600→1900
【神楽屋LP】3000→1000

 
 突然の出来事で反応が遅れ、治輝と神楽屋は爆発の衝撃で吹き飛ばされる。
 治輝は何とか受身を取れたが、地面に付いた手の甲が大きく擦り切れ、痛みに顔を歪ませる。
 神楽屋は未だ茫然自失したままで、そのまま無抵抗にコンクリートの壁に叩き付けられた。

「――ッ、テルさん!?」

 叩き付けられた衝撃で白煙が上がり、治輝は神楽屋に向かって叫ぶ。
 だが、返事は無い。
 ほぼ無抵抗な状態であの一撃を食らったのだ。恐らくタダでは済まない。

「フン、クタバッタか……あの程度の感応でこのザマとはな」
「感応……? そんなんで勝って、おまえは嬉しいのか!?」

 治輝はかつての戎斗との決闘を思い返し、顔を歪める。
 『あれ』と似たような事を対戦相手に引き起こせるなら、相手に勝つ事などたやすいだろう。
 だが

「何か勘違いをシテイルようだな。我にとって、勝利ナド何の価値も無い」
「なんだと……?」

 これほどの強さを持っておきながら、勝つ事に価値は無い?
 相手の言葉の意味がわからず、治輝が二の句を告げられずにいると

「我とあのお方の目的はタダ一つ『奪う事』だけダ――!」

 影から浮き出る赤い目が、より色濃く輝き出した。




【治輝LP1900】 手札3枚   
場:
伏せカード1枚 
【神楽屋LP1000】 手札2枚
場:ジェムナイト・ガネット
伏せカード1枚


【影LP1800】 手札2枚
場:アルティメットサイキッカー(攻4500) メンタルスフィアデーモン(攻4300)
ブレインハザード(メンタルスフィア対象) フューチャー・グロウ(攻1600UP)
伏せカード1枚
 
 
 意識が、少しずつ浮かび上がっていく。
 手首に若干の痛みを感じるが、多分気のせいだろう。

 ――凄い音が聞こえた

 これは多分気のせいではない。それ程大きい音。
 意識はまだまだ靄がかかったような状態だけど、ゆっくりと瞼を開く。

(あぁ、やっぱりか)

 こうなって欲しくない、と思っていた
 こうなってしまうかもしれないとも、思っていた

 でも、目の前の現実を見てからだと、それは全部言い訳だ。
(もう、放っておいて欲しい)

 そう思っても、そんな人ではない事を、私は知っていた。
 私の尊敬する人が敬っているあの人は、絶対にそんな選択を選ばない。
 なら、今の私の選択は――




    遊戯王オリジナルstage 【EP-19 サイドN】


 勝つ事ではなく、奪う事が目的。
 目の前にいる『影』は確かに、そう言った。
 
「我の目的は『特別な能力を持つ決闘者』のチカラを奪う事。勝利ナド一片の価値もナイ」
「力を奪う? そんな事できるわけが――」
「我にはデキル。先程そこの帽子男にオコナッタ感応も、そのツウカギレイに過ぎない」
「まさか、七水にも……」
「シチミ――この贄の事か。当然同じ事をサセテもらった」
「……」

 治輝は柱に括り付けられている七水に、視線を向ける。
 活力の無い、光の灯らない目。
 酷く見覚えのある……陰に覆われた瞳。
 治輝は視線に怒りを込め、影を睨み付ける。

「小さい少女を無理やり――か。どうしようもなく外道だな、化け物」
「化け物――ハタシテ、それはドチラかな?」
「何?」
「帽子男と贄は、間違いをオカシタ。チカラを行使し、取替えしの不可能なマチガイを」
「……」
「チカラを行使して間違いをオカシタ貴様等コソ『化け物』の烙印を押されるベキ。我はそれを奪い、管理し、献上するだけの管理者なのだよ」

 力で、間違いを犯す。
 それを聞いた治輝は一瞬目を伏せ、今までの神楽屋の事を思い返す。
 あの言葉や、あの視線の理由は――もしかして

「それにムリヤリと言うのは語弊がある。贄は自ら奪われるコトを望み、我はそれを肯定したダケだ」
「……おい、嘘を突くのならもっと真実味のある嘘にしろよ。七水がそんな馬鹿な事」






「本当だよ。治輝さん」




 

 か細い声が聞こえた。
 治輝は驚き、声のする方に視線を向ける。
 柱に括り付けられていた七水の瞳に、ハッキリと光が灯っている。

「気が付いたのか七水!? よかった。一時はどうなる事かと――」
「治輝さん、いいよ」
「待ってろ。今コイツを助けて、そしたら――」
「治輝さん!」

 七水が芯の通った声で叫び、治輝の中の明るい感情が吹き消される。
 そして、冷静になった。
 光が灯り、意思の篭った瞳。
 これは洗脳の類等ではなく――

「勘違いをシテイルようだが、我は精神を操る事はデキナイ。我の感応は対象が心の底で思っているコトを膨らませるダケだ」
「……なるほどな」

 つまり七水自身が、選んだ事だと。
 確かに今までも、七水は自分の力を忌み嫌っていた。
 自分の力を失くす事ができると言われれば、あるいは。

 ……チカラを奪われるだけでは済まないかもしれない。

 賢い七水の事だ、そんな事は百も承知だろう。
 それでも、彼女は選んだ。
 死と同義かもしれない道を選んだ。
 それはかつての自分の姿と、何も変わらない。

「――なんなら今降参をすれば見逃してヤルゾ、帽子男も、今手当てをシテヤレバ助かるかもしれない」

 声が響く。
 知り合った友人を犠牲にしてまで、七水を本気の望みを奪ってまで。
 ……本当に、これ以上戦うべきなのか?
 そう、治輝が逡巡していると








「勝手に話進めんなよ――クソ野郎」






 ゴゥ!と炎の塊が影の化け物に迫り、頭部のすぐ横を通り過ぎた。
 治輝は声のした方を振り返る。
 立ち上る白煙から姿を現したのは――

「――テルさん!?」
「礼を言うぜ化け物。お陰で目が覚めた」

 神楽屋輝彦
 中折れ帽子についた汚れを払いながら、神楽屋は佇んでいた。
 その傍らには先程の炎を作り出したであろう<ジェムナイト・ガネット>
 視線は化け物から、治輝に移り変わる。
 駆け寄ろうとした治輝はその鋭い眼差しを見ると、その足を止めた。

「時枝。俺はお前に黙ってた事がある」
「……黙ってた事?」

 よく見ると、神楽屋はあちこちに怪我を負っていた。
 頭から血が一筋流れ落ち、足も注意深く見ると細かく震えている。

「そいつの言うとおり、俺は取り返しのつかない事をした。俺は自分を慕う奴を助ける事ができず、ソイツは歩けなくなっちまった。俺を恨んだ連中に誘拐されて、両脚の骨を砕かれてな」
「な……」
「そうさ。俺は俺に『間違えるな』なんて事はもう言えない。人助けをする資格なんて、もう無いのかもしれない」

 立っている事すら辛い状態のはずだ。
 呼吸を荒げず息をする事すら、難しい状態のはずだ。
 なのに、神楽屋の視線は揺るがない。
 治輝の事を射抜くように見つめ、そして


 

「だから――おまえは間違えるな。時枝」




 そう、表情を少し和らげながら神楽屋は言った。
 微笑むわけでもなく、ただ少し力を抜いただけの表情で

「俺は助けられなかった。 ――おまえは勝って、あの子を助けろ」
「死に損ないが何を言い出すのかと思えば――コノ状況でキサマに勝ち目がアルトデモ?」

 影の化け物が神楽屋を見下ろし、嘲笑う。
 対して神楽屋は飄々とした様子で、不敵に笑った。

「ハッ。確かに、俺に勝ち目は無いだろうな……だが」

 中折れ帽子を被り、その奥から神楽屋は影の化け物を眼光で威圧する。
 その足の震えは収まり、頭部の出血で染まった紅い目をしっかりと見開き

「突破口は、俺が作ってやる――!」

 その瞳には
 確固たる信念や覚悟が、篭っているように見えた。



【治輝LP1900】 手札3枚   
場:
伏せカード1枚 
【神楽屋LP1000】 手札2枚
場:ジェムナイト・ガネット
伏せカード1枚


【影LP】1800→6900 手札2枚
場:アルティメットサイキッカー(効果発動) メンタルスフィアデーモン(効果発動)
ブレインハザード(メンタルスフィア対象) フューチャー・グロウ(攻1600UP)
伏せカード1枚
 
「突破口――面白い。この状況を打破デキルと言うのなら、ヤッテみせろ!」
「ハッ。いくぜ……俺のターン!」

 チャキリと決闘盤の構えると、神楽屋はカードをドローした。
 その動作は力強く、その視線は揺るがない。
 治輝はそんな神楽屋の様子を見て、ある種の覚悟の様な物を感じ取っていた。

「墓地の<ジェムナイト・オブシディア>を除外する事で<ジェムナイト・フュージョン>を手札に戻し――そのまま発動!」

 神楽屋が叫ぶと、場に存在する赤の力――<ジェムナイト・ガネット>
 手札に存在する青の力――<ジェムナイト・サフィア>が混ざり合い、輝く藍玉が出現する。
 それを中心にして場に出現するのは<ルビーズ>とは対極を成す、蒼の騎士。

「頼むぜ――融合召喚! <ジェムナイト・アクアマリナ>!!」

 
《ジェムナイト・アクアマリナ/Gem-Knight Aquamarine》 †

融合・効果モンスター
星6/地属性/水族/攻1400/守2600
「ジェムナイト・サフィア」+「ジェムナイト」と名のついたモンスター
このカードは上記のカードを融合素材にした融合召喚でのみ
エクストラデッキから特殊召喚する事ができる。
このカードは攻撃した場合、バトルフェイズ終了時に守備表示になる。
このカードがフィールド上から墓地へ送られた時、
相手フィールド上に存在するカード1枚を選択して持ち主の手札に戻す。

 守備表示で召喚された<ジェムナイト・アクアマリナ>は右腕に装備した円形の盾で、守りの姿勢を取る。
 それを見た影は落胆とも嘲笑とも取れぬ表情を浮かべる。

「この状況で守備表示とは興醒めもイイトコロ。打破すると言ったのはタダの虚勢だったヨウダナ」
「ハッ、勝手に言ってろ。俺はカードを伏せ、ターンエンド!」

【治輝LP1900】 手札3枚   
場:
伏せカード1枚 
【神楽屋LP1000】 手札1枚
場:ジェムナイト・アクアマリナ(守備表示)
伏せカード2枚


【影LP】1800→6900 手札3枚
場:アルティメットサイキッカー(攻4500) メンタルスフィアデーモン(攻撃
ブレインハザード(メンタルスフィア対象) フューチャー・グロウ(攻1600UP)

「我のターン――バトルフェイズ!」

 ――来る!
 治輝は、躊躇いもなく攻撃に移行した影を見て、戦慄した。
 アイツは今の布陣に絶対の信頼を置いている。
 この速攻は、その証明だと。

「<アルティメット・サイキッカー>は貫通能力を有してイル。これでオワリだ」
「来てみろよ究極。てめぇに風穴を空けてやるよ」
「――<アルティメット・サイキッカー>で<ジェムナイト・アクアマリナ>に攻撃――レジグ・マジェンタァ!」
 
 言動と行動が一致しないプレイングをする神楽屋に業を煮やしたのか。
 影の化け物は怒気を込めた声を上げ、藍玉の騎士に攻撃を仕掛ける。
 神楽屋のライフは1000
 これが通れば貫通ダメージで、確実に負ける。
 だが、神楽屋は不適に笑い、1枚のカードを発動した。

「罠カード発動!」

 次の瞬間。
 構えた盾に攻撃が炸裂する寸前――<ジェムナイト・アクアマリナ>が、爆発した。
 突然攻撃対象が自壊した事により、アルティメットサイキッカーは対象を見失う。 

「ナ……!?」
「<デストラクポーション>を発動させてもらった。俺は<アクアマリナ>を破壊する事で、1400ポイントのライフを回復させてもらう!」

《デストラクト・ポーション/Destruct Potion》 †

通常罠
自分フィールド上に存在するモンスター1体を選択して発動する。
選択したモンスターを破壊し、破壊したモンスターの
攻撃力分だけ自分のライフポイントを回復する。

【神楽屋LP】1000→2400

 先程まで構えていた盾は粉々に散らばり、雪の様に周囲に降り注ぐ。
 影はそれを見て、高笑いを上げた。

「何をスルカと思えば――この期にオヨンデ自身のライフの為にモンスターを犠牲にするトハ!  2体のダレイクトアタックで貴様らはオワリだ!」
「ソイツはどうかな――ご自慢の究極をよく見てみろよ」

 刹那。
 周囲に雪の様に降り注いでた藍の破片が、意思を持ったかのように動き始めた。
 高速で移動する小さな破片を避ける術など無い。
 <アルティメット・サイキッカー>は無数に散らばった破片に囲まれ、咆哮を上げる。

「<ジェムナイト・アクアマリナ>は墓地に行ってこそ真価を発揮する。そしてその効果はバウンス! 貴様の究極はデッキに戻ってもらうぜ――!」
「グォォォォ!?」

このカードがフィールド上から墓地へ送られた時、
相手フィールド上に存在するカード1枚を選択して持ち主の手札に戻す。

 治輝は神楽屋のプレイングを見て、感嘆よりも驚きを隠せなかった。
 確かに、これで<アルティメット・サイキッカー>は倒せるかもしれない。
 だが、残った<メンタルスフィア・デーモン>はどうする?
 恐らく究極を失った<アルティメット・サイキッカー>は、怒りに任せ神楽屋を襲うだろう。
 それを守る手段を彼は持っているのだろうか、と。
 心配気な視線を向けていると、神楽屋はそれに気付き――だが視線は前を向いたまま、口を開く。
 
「……守る手段はないぜ。これで終わりだ」
「な――」

 絶句した。
 そして治輝は思い知った。
 神楽屋から感じられていたある種の覚悟は、気のせいではなかったと。
 
「俺の手札はもう殆ど残っちゃいない。だがオマエにはある。そしてオマエには、助けなきゃならない奴もいる」
 そう言って、神楽屋は柱に括り付けられている七水に視線を向ける。
 七水は今、何を思って見ているのだろうか。
 それは当然神楽屋にも、治輝にすらわからない。
 治輝が顔を伏せていると、神楽屋は「ハッ」と不適に笑い、中折れ帽子を外し、手に取った。

「全部聞こえてたぜ。 あの子は自分から望んだ結果、あそこにいるんだってな」
「……」
「俺はあの子の事は何も知らない、ただの部外者だ。だけどな」

 神楽屋は少し間を置いて、小さい声で言った。



「本当に、そうなのか?」

 治輝は一瞬、何を言われたのかわからなかった。
 呆然としてしまった治輝に、神楽屋は溜め息を出し、少し笑う。

「――え?」
「聞いてるのはこっちだ。本当にあの子は、そう思ってるのか?」

 神楽屋の言葉が何を指しているのかわからず、治輝は困惑する。
 さっきの七水が嘘を付いてるようには、とても見えなかったからだ。
 
「あの子が自ら望んで捕まった。だがあの子の目的は『捕まる』事じゃない――他に理由があるはずだ。違うか?」

 神楽屋に言われ治輝はその意味を考え、ハッとした。
 七水は力を奪われる事を望み、その為なら生を捨てても構わない――そんな悲壮な覚悟を治輝は感じた。
 そしてそれは多分、事実なのだろう。
 だがそれは着地点に過ぎない。
 七水は力を失いたいと心から思っている。願っている。
 それは、何の為に?

「……周りの人を、傷付けてしまうから」

 言った答えに対し神楽屋は小さく笑うと、被っていた中折れ帽子を治輝に被せた。
 そして藍の欠片に包まれた<アルティメット・サイキッカー>を見やる。
 しばらくすれば、あのモンスターは場から消える。 
 そして、次に狙われるのは――

「……テルさん」
「そんな顔すんなって。自分が助けられなかったから、おまえは助けろ――そういうちっぽけな、俺の我侭さ」

 神楽屋は、自分の身を守る事を考えていなかった。
 治輝のデッキに、攻撃力4000を超えるモンスターを戦闘破壊するモンスターは入っていない。
 先程の決闘の様子からそう考えた神楽屋は、『全ての破壊効果が通用しない』という、最強の耐性を持ったモンスターを退かせ……治輝に賭ける事だけを、狙っていた。
 必要以上の挑発も、最後に自分を倒させる――ただそれだけの為に。
  
「さぁ終いにしようぜ究極――! アクアマリナの、効果発動!」

 <アルティメット・サイキッカー>に纏わりついた欠片が一斉に、太陽の様に眩い光を放つ。
 全ての希望を、治輝へと繋げる為に。


 
《ジェムナイト・アクアマリナ/Gem-Knight Aquamarine》 †

融合・効果モンスター
星6/地属性/水族/攻1400/守2600
「ジェムナイト・サフィア」+「ジェムナイト」と名のついたモンスター
このカードは上記のカードを融合素材にした融合召喚でのみ
エクストラデッキから特殊召喚する事ができる。
このカードは攻撃した場合、バトルフェイズ終了時に守備表示になる。
このカードがフィールド上から墓地へ送られた時、
相手フィールド上に存在するカード1枚を選択して持ち主の手札に戻す。
 
 <アルティメット・サイキッカー>は、確かに消えた。
 <ジェムナイト・アクアマリナ>が墓地放った――藍の破片に包まれて。
 フィールド上に佇むのは<メンタルスフィア・デーモン>のみ。
 ……だが

「な……?!」
 治輝は、何が起こったのか把握できずにいた。
 神楽屋の表情は青褪めていた。冷や汗を流し、心の動揺を隠せない。
「<アルティメット・サイキッカー>は、確かにデッキ戻したはずだ……なのに」
 決闘盤に表示されている情報は、それとは違うもの。
「なのに、何故<アルティメット・サイキッカー>が 『除外』 されてるんだ……!?」

 有り得ない事だった。
 相手に伏せカードは存在していなかったはずなのに、こんな現象が起こるわけがない。
 そんな2人を見下ろし、影は不敵に笑った。

「<亜空間物質転送装置>」

 影は墓地にある1枚のカードを手に取り、見せ付ける。
 そのカードが、全ての元凶だとでも言うように。

《亜空間物質転送装置(あくうかんぶっしつてんそうそうち)/Interdimensional Matter Transporter》 †

通常罠
自分フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択し、
発動ターンのエンドフェイズ時までゲームから除外する。

「このカードをハツドウすれば、スキなタイミングで場のモンスターを除外する事ができる――」
「……」
「大方火力の足りない相方をフォローする意味での、賭けの戦術ダッタのだろうが……残念だったな?帽子男」
「て……めぇ……!」

 神楽屋は怒りを込め、悔しさを滲ませた声を出す。 
 当然だ。あれは――本当の意味で最後の賭けだった。
 治輝が希望を託す為の、捨て身の戦法だった。
 それをいとも簡単に、破られた。

「望み通りキサマを始末してヤロウ。目障りなチョウハツの思惑通りにな――!」
「ちく……しょう……!」

 フィールドに残った異形の悪魔。
 <メンタルスフィア・デーモン>が、神楽屋へと狙いを付ける。
 
「終わりだ――レジグ・ヴォルケイノォ!」

 神楽屋は異形の悪魔を睨み付け、悔しさに手を奮わせる。
 悪魔は力を収束させて、それを火球という形に作り上げる。
 そしてその一撃を、神楽屋にぶつけようと――












「罠カード発動――威嚇する、咆哮ォ!」

《威嚇(いかく)する咆哮(ほうこう)/Threatening Roar》 †

通常罠
このターン相手は攻撃宣言をする事ができない。

 その瞬間、治輝が動いた。
 倒されたはずの<ドラグニティアームズ・レヴァテイン>の幻影が場に出現し、刃物の様に鋭い咆哮を上げる。
 その凄まじい咆哮に異形の悪魔は怯み、作り上げた火球を霧散させた。
 それを見た神楽屋は、驚きの余り治輝の方を振り返る。

「な……馬鹿野郎、なんで俺を助けた!?」

 神楽屋の手札は1枚。場には伏せカードが1枚のみ。
 これから先<アルティメット・サイキッカー>と<メンタルスフィア・デーモン>と戦える状態ではない。
 ならばそれは、神楽屋を助ける為ではなく――治輝を守る為に使われるべきだ。
 だが、時枝は神楽屋の叫びを流し、少し笑う。
 それは神楽屋が治輝に会ってから、初めて見せるような表情だった。 

「――テルさん、実は俺も黙ってた事があるんだ」
「……?」
「テルさんは『間違えるな』って言ってくれたけど――」


「俺、とっくに間違ってる」


 咆哮が鳴り止み、辺りは静かだ。
 ただ、治輝の言葉だけが周囲に木霊する。
 先程の様に小さな声でなく、少し遠くにまで、聞こえるように。

「俺は色んな事を間違えてた。色んな人を傷付けてた。 ……そうだな、俺も力なんて欲しくなかったよ。普通の人間でいたかった」
「え……」

 七水の声が、僅かに響く。
 七水は治輝のこういった話を聞くのは、初めてだったのかもしれない。

「テルさんの言葉を借りるなら、俺も俺に『間違えるな』なんて事は言えない」
「時枝――」
「でも」

 言葉を選ぶように呟いた神楽屋を遮り、治輝は笑う。

「俺が俺に言えなくても――誰かに言う事はできる」

 それは、神楽屋自身が示した言葉でもあった。
 そして、自分勝手な理屈でもあった。
 整合性の無い、説得力なんて欠片も無い。独りよがりの考え方かもしれない。
 それでも

「テルさんは俺に『間違えるな』と言ってくれた。それが誰かを助ける資格になるって言うなら――」

 間違えてしまったこんな自分でも
 こんな自分だからこそできる事があるのだと、闇雲に信じながら

「――間違えないでくれテルさん。俺達は一緒にアイツを倒して――七水を助けるんだ!」

 治輝は視線に力を込め、再び敵である影と――再び場に戻ってきた<アルティメット・サイキッカー>と<メンタルスフィア・デーモン>の2体を睨み付ける。
 だが、もう恐怖感はない。
 視線の端には、柱に括り付けられた七水が鮮明に映る。
 その表情には、迷いが見られた。
 先程のまでの達観した、全てを諦めたような表情はしていない。

 それだけで、治輝にとっては十分だった。

【治輝LP1900】 手札3枚   
場:
伏せカード1枚 
【神楽屋LP2400】 手札1枚
場:伏せカード1枚


【影LP6900】 手札2枚
場:アルティメットサイキッカー(攻4500) メンタルスフィアデーモン(攻4300)
ブレインハザード(メンタルスフィア対象) フューチャー・グロウ(攻1600UP)
 
 
「――イマの会話を聞いて確信したぞ」

 それまで傍観に徹していた影が、妖しく喋りだした。
 それには明らかな嘲りが含まれている。

「貴様等は人間にチカラは相応しくナイ。管理され、主に献上されるべきモノ」
「……主?」
「貴様等がチカラを持っている事は危険スギル。赤子に刃物を持たセルようなモノだ」

 そう断言する影には、先程までとは違った何かが含まれていた。
 それが何であるか、2人にはわからない。
 治輝は影を睨みながら、一歩前に進む。

「なら、お偉い貴方様は――主とか言う奴は力を正しく使えるのか?」
「無論。貴様等よりズットな」
「そうか……だけどな」

 影は断言する。それ程までに主に心酔しているのか。絶対の自信があるのか。
 治輝はそれを聞き、中折れ帽子を深く被り――
 その奥で目を細くし、睨みつけ



「それを決めるのは俺達だ。おまえなんかじゃない――!」

 渾身の力を込めて、ドローした。






    遊戯王オリジナルstage 【サイドN】


 


 状況は劣勢だ。
 場には攻撃力4000を超えたサイキックモンスターが2体。
 そして治輝と神楽屋の場にはモンスターが存在していない。
 その意味をよく理解しているのだろう。影は妖しく笑った。

「威勢がイイのは結構、ダガこの状況をドウ覆す?」
「……」
「キサマのデータは幾らか持ってイルぞ時枝治輝。キサマのデッキは致命的に攻撃力がカケている――攻撃力4000を越える事すらデキナイ欠陥品だ!」
「……そうか」

 だが、治輝は影の言葉を聞いていないようだった。
 その視線はドローしたカードを注視している。

「ドローカードが悪カッタか? やはり貴様等にそのチカラは相応しく――」
「存在する時――このカードは特殊召喚する事ができる、か」
「……?」

 治輝は心底おかしそうな顔をしながら、視線をカードから目の前に影へと移す。
 そして1枚のカードを、手に掲げた。
 すると

「なら、コイツにお前が正しいか――判断してもらおうぜ!」

 光が。
 広大な空間を余すことなく照らし出す光が、天上から降り注ぐ。
 その光は、治輝の墓地をも白に染め――

 バサリ、と両翼が広がる。
 赤い爪が、大地を噛む。
 戦場に漂うあらゆる罪を裁くべく。
 汚れ無き白を纏った龍が、降臨した。

<裁きの龍>
効果モンスター(準制限カード)
星8/光属性/ドラゴン族/攻3000/守2600
このカードは通常召喚できない。
自分の墓地に「ライトロード」と名のついた
モンスターが4種類以上存在する場合のみ特殊召喚する事ができる。
1000ライフポイントを払う事で、
このカード以外のフィールド上に存在するカードを全て破壊する。
このカードが自分フィールド上に表側表示で存在する限り、
自分のエンドフェイズ毎に、自分のデッキの上からカードを4枚墓地へ送る。

 

「な……!?」

 影は余りの事態に、驚きを隠せない。
 情報では、時枝治輝の使用デッキは純粋なドラゴンデッキのはず――!

「貴様は、ドラゴンデッキの使い手ではナカッタのか――!?」
「いやコイツもドラゴンだし」
「ソウイウ事を言ってイルノでは――!」
「墓地には該当のカードが4種類存在してる。 ……なんなら確認してみるか?」

 影は言われるがまま、治輝の墓地を確認した。
 確かに<ライトロード・グラゴニス>以外にも、ライトロード系モンスターが3種類墓地に落ちている。
 治輝が影に対して更に前に踏み出す。

「俺のデータを取る事にご執心だったのは、感応が効かないからか? 何にせよ、お前はミスを犯した」
「グゥ……!」
「これは俺達とお前の戦いだ。俺1人の戦いじゃない――!」

 治輝が声を上げると
 フィールドに降り立った白銀の龍が、重々しい咆哮を上げた。
 そして、限界まで開かれた翼に、破壊をもたらす光が集っていく。

【治輝LP】1900→900

 治輝は七水に視線を向け、続けて神楽屋に目配せをした。
 神楽屋もまた、驚いていたのだろう。
 その視線を受け、覚悟を決める。



「裁きの龍の効果発動――リヒト、レクイエム!」



 ――極光。
 圧倒的な量の光弾が、龍の翼から一斉に放たれる。
 その一つ一つの輝きはまるで太陽のように激しく、その場を真っ白に染め上げていく。

「きゃっ……」
「……ッ」

 神楽屋と七水もまた、眩い光に目を細め、瞑る。
 その破壊の光が染め上げるのは、相手の場だけではない。
 全ての場に等しく――究極の破壊をもたらす、最強の力。

「グ……!?ガアアアアアアアアアア!?」

 光弾の1つが<メンタルスフィア・デーモン>着弾すると、天に向かって光の柱が立ち昇る。
 途端、廃墟を光で埋め尽くすように、光の柱が無数に出現する。
 異形の悪魔はそれに耐えられず、灰となって四散した。

 だが

 その最強の破壊を受け止める。1つの影
 そのモンスターの名前は――<アルティメット・サイキッカー

《アルティメットサイキッカー/Ultimate Axon Kicker》 †

融合・効果モンスター
星10/光属性/サイキック族/攻2900/守1700
サイキック族シンクロモンスター+サイキック族モンスター 
このカードは融合召喚でのみエクストラデッキから特殊召喚する事ができる。
このカードはカードの効果では破壊されない。
このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、
その守備力を攻撃力が超えていれば、
その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。
また、このカードが戦闘によってモンスターを破壊し墓地へ送った時、
破壊したモンスターの攻撃力分だけ自分のライフポイントを回復する。

「ふ……フハハハ!」
 その雄姿を称えるように、影の化け物は声を荒げる。
 
「これが最強のハカイのチカラ! だが、ソレスラも我の『究極』には通じぬ」
「……」
「そして墓地の<サイコ・コマンダー>を除外し、ワレは速攻魔法をハツドウ――!」

《イージーチューニング/Battle Tuned》 †

速攻魔法
自分の墓地に存在するチューナー1体をゲームから除外して発動する。
自分フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体の攻撃力は、
発動時にゲームから除外したチューナーの攻撃力分アップする。

 ここに来ての、攻撃力増強カード。
 この破壊の奔流を終えれば最強の攻撃力増強カードだった<フューチャー・グロウ>は無くなり、アルティメットサイキッカーの攻撃力は2900に戻る。
 対する<裁きの龍>の攻撃力は3000――効果が効かずとも、戦闘ならば倒せるはずだ。
 だが、イージーチューニングの効果を受けた<アルティメット・サイキッカー>の攻撃力は4300
 <裁きの龍>では、もう敵わない。

 奔流が、場の全てのカードを洗い流す。
 神楽屋が表にした罠カードも、異形の悪魔も。
 残ったのは

 最強の破壊を司る 『裁きの龍』
 究極異能の力を冠した 『アルティメットサイキッカー

 だが、その攻撃力の違いは明らかだった。
 影は高らかに笑う。勝利を確なものにした、歓喜の笑い。

「裁きは終わったヨウダナ! 罪人はヤハリお前達――罪人の攻撃は、我には届かない!」


【治輝LP900】 手札3枚   
場:裁きの龍
 
【神楽屋LP2400】 手札1枚
場:


【影LP6900】 手札2枚
場:アルティメットサイキッカー(攻4300)

 だが、それを聞いて――
 不適に笑う男が、1人いた。
 その男の名は、神楽屋輝彦。

「……何がオカシイ?」
「それは俺の台詞だっての。てめぇのご自慢のモンスター、よく見てみろ」
「……?」

 影は言われるがまま、自身の従えた究極のモンスターに視線をやる。
 その皮膚に付着している物があった。
 それは見覚えのある。蒼の欠片。
 雪のように小さな欠片が、アルティメットサイキッカーを取り囲んでいる。

「な……コレハ!?」
「俺は<裁きの龍>の効果にカードを1枚発動してたんだよ――破壊に耐える自身のモンスターに見惚れて見逃してたか?」

 そう言って、神楽屋が指し示した墓地のカードは――

《リビングデッドの呼(よ)び声(ごえ)/Call of the Haunted》 †

永続罠
自分の墓地からモンスター1体を選択し、攻撃表示で特殊召喚する。
このカードがフィールド上に存在しなくなった時、そのモンスターを破壊する。
そのモンスターが破壊された時このカードを破壊する。

 <リビングデッド>の呼び声。
 自身のモンスターの蘇生を、可能とするカード。

「対象は当然アクアマリナ。一瞬場に出現したアクアマリナは再び破壊され――その効果を発動する」
「バ……バカナ……」

 美しい蒼色の粒が、眩い光を放ち始める。
 もはや、究極が逃げる道は存在しない。

「――在るべき所に帰りな、究極」

 次の瞬間。
 一度は一笑に伏した、蒼の宝石の力を浴び……
 『究極』は今度こそ場から――灰となって消えていった。
 
【治輝LP900】 手札3枚   
場:裁きの龍
 
【神楽屋LP2400】 手札1枚
場:なし


【影LP6900】 手札2枚
場:なし


 影は究極の消滅する様を、ただ見つめている。
 これで裁きの龍の攻撃を妨げる者は、いない。

「……俺は更に<ブリザード・ドラゴン>を召喚!」

《ブリザード・ドラゴン/Blizzard Dragon》 †

効果モンスター
星4/水属性/ドラゴン族/攻1800/守1000
相手フィールド上に存在するモンスター1体を選択する。
選択したモンスターは次の相手ターンのエンドフェイズ時まで、
表示形式の変更と攻撃宣言ができなくなる。
この効果は1ターンに1度しか使用できない。


 <裁きの龍>に寄り添う様に、氷龍が姿を表す。
 白銀の龍から放たれる光を反射するその透明な皮膚は、より美麗に見える。

「バトルだ。 <ブリザード・ドラゴン>でダイレクトアタック――ブリザード・ストーム!」
 治輝の指示に呼応し、ブリザードドラゴンは名前の通り嵐のような氷風を巻き起こし、影の化け物に向かっていく。

「……!?」
「続けて<裁きの龍>でダイレクトアタック――ジャッジメント・レイ!」

 裁きの光が、究極を従えていた影の化け物を照らし出す。
 時折姿を現していた角のような物がかき消え――
 凄まじい光の奔流が、影の地面から巻き起こった。
 それと同時に、氷の嵐が影を飲み込んでいく。

【影LP】6900→2100

「ガアアアアアアアアアアアアアアア!?」

 この攻撃を受け、尋常ではない痛みを感じ、影は悟った。
 このままでは、負ける。
 力を奪う事もできず、主に貢献する事もできず。
 この時この瞬間。勝利に価値はない名言した化け物は――
 確かに、敗北を恐れた。
 そして、1つの結論を導き出す。

「――奪う。ソウカ、奪えばいいのダ!」

 影は名案を思いついたのか。くるりと振り返る。
 その視線の先にいるのは、青瀬七水。
 拘束は殆ど先程の極光で解かれていたが、まだ自由に体を動かせる状態ではない。

「えっ……」
「キサマのチカラを奪えば、決闘に勝てずとも主に貢献デキル――!」
「な……お前!」
「さぁ頂くゾ、キサマの――」

 影が七水に手を伸ばし、七水の顔が恐怖に染まる。
 だが、治輝は反応が遅れた。
 そのまま影は、七水に触れようとし――








 光が、奔った。

 灰色の光線が影に直撃し、白煙が立ち昇る。
 治輝が呆気に取られていると、小柄の金髪の少女が――七水を後ろに乗せ、機械仕掛けの龍と共に、白煙を切り裂きながら現れる。
 神楽屋はその少女の姿を確認するや否や、呆れと安堵が混じったような顔をした。

「ハッ。予定より少し遅いぞ。リソナ」
「こっちも色々大変だったんです! いきなりお空にダイブは予想外です!」

 元気そうな金髪の少女、リソナは頬を膨らませ、少しむくれたような表情をする。
 お空にダイブとやらの原因はそもそもリソナにあるのだが、本人は欠片もそうは思ってないようだ。
 リソナは助けた少女、七水に振り返り、笑う。

「大丈夫ですか、七水ちゃん? リソナが来たからにはもう安心です! 百人力です!」
「え……あ、うん……」

 七水は安堵自己嫌悪の混じったような声を出し、眩しそうに金髪の少女――リソナを見つめる。
 あの化け物に奪われる直前になって、結局自分は恐怖してしまった。
 自分から望んだ事のはずなのに。力を失いたいから、選んだ事だったのに。
 結局私は助けられる事を望んで、助けてもらって――誰かに迷惑をかけてしまった。
 だから、聞かなくてはいられなくなる。
 この巨大な機械龍を巧みに操り、心からの笑顔を振りまいているこの子に。

「リソナちゃんは、力なんて無い方がいいって――思った事はないの?」
「力って、サイコパワーのことです?」
「うん……」
「むむむ……サイコパワーのないリソナ……それはすごく想像し辛いです。まるで、リソナが違うリソナになっちゃうみたいです」
「えっ」

 リソナが予想外の返答をしてきたので、七水は戸惑う。
 でも言われてみれば、そうなのかもしれない。
 
「ご、ごめんね。初対面なのに変な事言って」

 目を線にして「うーんです」と考え込むリソナに対し、七水はパタパタと手を振って謝る。
 リソナは途中で考える事を諦め、すぐに朗らかな笑顔を七水に向けた。

「……でも、リソナは今のリソナのことが大好きです!」
「今の自分が、好き?」
「はいです! もこやティト、皆本兄や皆本弟。ナオキやみんなと会えて、リソナは今のリソナが大好きです!」

 その顔には、一欠けらの翳りも無い――太陽のような笑顔が浮かんでいた。
 眩しいと思った。目を開けているのが、辛いと思った。
 でも

「だからリソナは今のリソナがいいです! リソナじゃないリソナなんて嫌です!」

 心からこう言えるのが物凄く、羨ましいと思った。
 こうなりたいな――と、心から思った。
 そう思ったら、目尻が少し潤んで来る。

「って、泣いてるです!? リソナ何か悪い事言いましたか!?」
「あーあ、助けに来たのに何泣かせてんだリソナ。こりゃティトに報告だな」
「バカテルは黙ってるです! ティトに言い付けるなんて卑怯です! あとで覚えてろですー!!」

 上空にいるリソナに神楽屋がため息混じりにそう言うと、リソナはプンスカ怒る。
 それを見守っていた機械仕掛けの精霊――スドは、溜め息を吐いた。

「力も強いし前向きないい子じゃ、小僧よりもこの子を主人にしようかの」
「おいスド」
「冗談じゃよ」

 スドはそ知らぬ顔で治輝のジトっとした目を受け流す。
 治輝もため息を吐き視線を逸らすと――何かに気付いた。
 決闘盤を構え直し、帽子をやり過ぎなくらいに深く被り直す。

「――さて、俺は<裁きの龍>の効果発動。デッキから5枚のカードを墓地送ってターンエンドだ。降参は許さないぜ」

 そう治輝が言うと、白煙が上がっていた空間が僅かに歪み――再び影が具現化する。
 怒りと焦りが混ざった様な表情を浮かべると、こちらを睨み付けた。

「降参だと? 奪うコトすらデキズ、このまま負けるワケにはイカヌ――!」

 そう言って、影はカードをドローした。
 そしてドローしたカードを一瞥すると、そのまま場をセットし、口を開く。

「――我はこのまま、ターンをエンドする」


【治輝LP900】 手札2枚   
場:裁きの龍 ブリザード・ドラゴン
【神楽屋LP2400】 手札1枚
場:なし


【影LP2100】 手札2枚
場:伏せカード


 モンスターを出せずにターンをエンドした影に、もはや成す術はない様に見える。
 だが、影はまだ諦めてはいない。
 何故なら、今伏せたカードは

《フューチャー・グロウ/Future Glow》 †

永続魔法
自分の墓地に存在するサイキック族モンスター1体をゲームから除外して発動する。
このカードがフィールド上に存在する限り、
自分フィールド上に表側表示で存在する全てのサイキック族モンスターの攻撃力は、
このカードを発動するために除外した
サイキック族モンスターのレベル×200ポイントアップする。

 サイキックの超強化カード<フューチャー・グロウ>
 次の帽子男の攻撃さえ凌ぎ、モンスターをドローする事ができれば――勝機は十分にある。
 そして、奴の手札は1枚。こちらのライフは2100。
 耐え切れる確率は、高い。
 
 
 
【治輝LP900】 手札2枚   
場:裁きの龍 ブリザード・ドラゴン
 
【神楽屋LP2400】 手札1枚
場:なし


【影LP2100】 手札2枚
場:伏せカード

「さぁ終わりにするぜ――俺のターン!」

 神楽屋はデッキに手をかけ、墓地と相手の場を見渡す。
 モンスターは存在せず、伏せカードが1枚のみ。状況は圧倒的にこちらが優位だ。
 だがあのカードが強力な罠カードだった場合――これを覆される恐れはある。
 しかしだからと言って攻撃を躊躇っていたら、再び先程のように強力なモンスターを呼ばれてしまうかもしれない。

(――倒すなら、今だ)

 何であれ攻撃できる状況なら、仕掛けるべきだ。
 そう思い、神楽屋はカードを――弧を描く様にドローする。
 すると


「……ッ!?」

 言葉にならないような声を上げ、神楽屋の表情が変わる。
 七水はそれに反応し、瞳を潤ませたまま、空から神楽屋の手札を覗き――絶望した。

《悪魂邪苦止(おたまじゃくし)/T.A.D.P.O.L.E.》 †

効果モンスター
星1/水属性/水族/攻   0/守   0
自分フィールド上に存在するこのカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、
自分のデッキから「悪魂邪苦止」を手札に加える事ができる。
その後デッキをシャッフルする。

 神楽屋のデッキに入っているはずのないカード。
 それは間違いなく、七水のデッキに入っていたカードだった。
 恐らく地面に散らばっていたデッキの一部が、何かの間違いで彼のデッキに混入してしまったのだろう。

「私のせいで――」

 七水の目尻に涙が貯まって行く。
 こんな危険に巻き込んだあげく、重要な場面で足を引っ張ってしまうなんて。
 相手を倒しきれるかもしれない場面で、これは致命的だ。
 相手は次のターン、何を仕掛けてくるかわからない。
 神楽屋は不機嫌そうな顔をして、斜め上にいる七水に振り返る。

「――これ、お前のカードか?」
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
「そうか……」

 謝って許される事だとは思わなかった。でも、そうしなくてはいられなかった。
 そんな七水に対して、神楽屋は「ハッ」と呟き



「七水とか言ったか。礼を言うぜ――!」
「……え?」 

 そのまま、不適に笑った。
 神楽屋は治輝に視線を向け、治輝は何かを察したのかそれに頷く。
 治輝は被っていた帽子を脱ぎ、神楽屋に投げた。
 片手でキャッチし、手馴れた手つきで帽子を被り、そのまま笑いながらカードを手に取る。
 
「俺は<悪魂邪苦止>を召喚!」


《悪魂邪苦止(おたまじゃくし)/T.A.D.P.O.L.E.》 †

効果モンスター
星1/水属性/水族/攻   0/守   0
自分フィールド上に存在するこのカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、
自分のデッキから「悪魂邪苦止」を手札に加える事ができる。
その後デッキをシャッフルする。

「更に<黙する死者>を発動!」

《黙(もく)する死者(ししゃ)/Silent Doom》 †

通常魔法
自分の墓地に存在する通常モンスター1体を選択して発動する。
選択したモンスターを表側守備表示で特殊召喚する。
この効果で特殊召喚したモンスターは
フィールド上に表側表示で存在する限り攻撃する事ができない。

「墓地から<ジェムナイト・サフィア>を特殊召喚!」
「攻撃力0のモンスターを2体――どうやら運に見放されたヨウダナ!」
「ソイツはどうかな――七水!」

 影の嘲笑を受け流し、神楽屋は七水に叫ぶ。
 視線は敵を見つめたまま、空に届くような声を張り上げる。

「力がいらないとか言ってたな。だったら――俺の『力』を貸してやる」
「え……?」
「悪いが返品も拒否も不可だ。 大人しく受け取りな――!」

 神楽屋の叫びに呼応するように、墓地の中から1枚のカードが飛び出してきた。
 それは光となり、神楽屋の手札に収まる。

《ジェムナイト・フュージョン/Gem-Knight Fusion》 †

通常魔法
手札・自分フィールド上から、融合モンスターカードによって
決められた融合素材モンスターを墓地へ送り、
「ジェムナイト」と名のついた融合モンスター1体を
融合召喚扱いとしてエクストラデッキから特殊召喚する。
また、このカードが墓地に存在する場合、
自分の墓地に存在する「ジェムナイト」と名のついた
モンスター1体をゲームから除外する事で、このカードを手札に加える。

 
「――俺は墓地のジェムナイトを除外し<ジェムナイト・フュージョン>を再び回収。そして発動!」

 墓地の鉱石が除外という形で消滅していく。
 だが、それは勝つ為の犠牲ではない。
 新たな輝きを作る為の、未来への架け橋。

「バカな、キサマの手札は0。融合できる<ジェムナイト>は1体しかいないハズ!」
「ハッ<ジェムナイト>が<ジェムナイト>としか融合できないとでも思ってたのか――? <ジェムナイト>の真価は、あらゆる種族と『力』を合わす事ができる事!」

 悪魂邪苦止が空色の光へと変化し、宙に浮かんだ。
 その光が蒼の鉱石を包み込み、新たな輝きへと変化させる。
 
 次の瞬間
 輝きは四散し、欠片が地面に降り注ぐ。――やがて積もった欠片が、1人の騎士を具現させた。

 吸い込まれるような藍色の鎧。
 透き通るような美しい盾と、細身の剣。
 そして、海のように深い青のマント。

「これがその力、融合だ! 行くぞ――ジェムナイト、アメジスッ!」

《ジェムナイト・アメジス》 †

融合・効果モンスター
星7/地属性/水族/攻1950/守2450
「ジェムナイト」と名のついたモンスター+水族モンスター
このカードは融合召喚でのみエクストラデッキから特殊召喚する事ができる。
このカードがフィールド上から墓地へ送られた時、
フィールド上にセットされた魔法・罠カードを全て持ち主の手札に戻す。

 水晶の騎士が、フィールドへ降臨した。
 影の化け物は驚愕したが、その攻撃力を見て表情を歪める。

「我のライフは2100。どうやらその『力』では我を倒すにはイタラナイようだな!」
「……」
「異なる者同士が交わったチカラナド所詮はソレが限界。キサマラは――」
「しっかり見てな。七水」

 影の化け物を遮るように、神楽屋は言う。
 七水は、改めて周りを見渡した。
 裁きを司る白銀の龍が見下ろす場に、治輝が従える氷の竜。
 そして、二つの水が重なり合った事で生まれた――水晶の騎士。

「――うん!」
「いい返事だ。行くぞ、ジェムナイト・アメジスで攻撃――!」

 七水の頷きと、神楽屋の攻撃宣言が重なる。
 武器を構え、水のように滑らかな動きで敵に接近していく<ジェムナイト・アメジス>
 水晶の騎士の美しい鎧はそれぞれの表情をその身に映し、映った者の想いを背負う。
 影は警戒し、水晶の騎士の攻撃を待ち構え――
 
レディアンス――レイピア!」

 ――ガキィィィン!
 甲高い音が、辺りに響き渡った。

「グ……グゴォォォォォォ!」

 影の化け物に、確かに攻撃は当たった。
 細身の剣は確かにその身を貫いていて、影は苦悶の表情を浮かべる。
 だが、その真なる部分には届かない。
 神楽屋と七水がどれだけ願おうと、その剣は後僅かな距離を進まない。

「――ッ!」

 その時
 <裁きの龍>が、言葉にならないような、重々しい咆哮を上げた。
 その咆哮は大地を震わせ、まるで突風が起きたかのようにその場に居た者全てを震撼させる。
 そして、次の瞬間――

 アメジスの持っていた細身の剣の、形状が変わっていく。
 その剣を覆っていた氷が大きくなり、粉々に砕けた。
 中から現れたのは

 漆黒の大剣――レヴァテイン。

「ナ――!?」
「……何が起こってるか、知りたいか?」

 驚愕した影に対し、口元を歪ませて笑ったのは、時枝治輝だった。
 視線を向けられた治輝は<裁きの龍>を自慢気に見上げる。

「コイツの効果のお陰さ。墓地に送ったカードの中に、罠カードがあった」
「罠カードだと――」
「和訳だと『受け継ぐ』って意味らしいぜ?」

 そう言って治輝は、墓地の一番上のカードを指し示す。

《スキル・サクセサー/Skill Successor》

通常罠
自分フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択して発動する。
このターンのエンドフェイズ時まで、
選択したモンスターの攻撃力は400ポイントアップする。
また、墓地に存在するこのカードをゲームから除外する事で、
自分フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体の
攻撃力はこのターンのエンドフェイズ時まで800ポイントアップする。
この効果はこのカードが墓地へ送られたターンには発動する事ができず、
自分のターンのみ発動する事ができる。

 
「バ、バカな――」

 影の化け物がうめくと、アメジスの持った剣が少しずつ前へと進んでいく。
 今のアメジスの攻撃力は2750
 そして影のライフは2100
 影は嗚咽のような声を交えながら、霞んでいく視界を焼き付ける。

「このような間違ったチカラ、我は――!」
「随分力を危険視してるみたいだが……誰かを信じたり、誰かを頼ったり――そういう『繋がり』も、きっと力なんだ。だから……」

 そう言って治輝は少し間を置き、薄れていく影を睨み付ける。




「その繋がりが間違いかはどうかは、俺達自身が決める――!」




 次の瞬間。
 アメジスが突き立てた剣が影を――完全に貫いた。
 言葉にならない断末魔の声が響き。
 影の化け物は、粉々に四散した。




【影LP】2100→0
 
 
 
「……」

 ――戦いは、終わった。
 そして、四散していった影の化け物の後を追うように

 漆黒の剣を持った<ジェムナイト・アメジス>
 鏡のように透き通る肌を煌かせる<ブリザード・ドラゴン>
 白銀の鱗を持ち、重々しく唸る<裁きの龍>
 
 それぞれのモンスターもまた――光に包まれて消えていく。
 治輝が感慨深くそれを眺めていると、神楽屋が体重を預けるように、肩に手を乗せた。

「俺達の勝ち、だな。最後まで足掻いてみるもんだ」

 その声を聞き、治輝は小さく頷く。
 浮かない顔をしている治輝を見て、神楽屋は言葉を続ける。

「……素直に喜べる状況じゃねえか。それでも勝ちは勝ちだ。お前のおかげで俺達は間違えずに済んだんだ。もうちょい胸張れって」

 神楽屋の疲労と優しさが混じったような声に、治輝が何かしらの返事をしようと思った所で、音が聞こえてきた。
 注意深く聞かないと気付かない様な、僅かな駆動音。
 顔を上に向けると、スドが低空まで降りてきていた。
 ゆっくりと接地すると、その影響で砂埃が舞い上がる。
 その中から飛び込んでくる、一つの影。

「バカテルー!!」
「おおリソナ――ってどぅわあああああ!?」

 次の瞬間、金髪の少女――リソナが神楽屋にドロップキックをお見舞いした。
 砂埃によって視界が不自由な状態での、死角からの一撃。
 立っているのも辛い状態だったのか、その衝撃をまともに食らった神楽屋は地面に叩き付けられる。
 リソナはひれ伏す神楽屋に指を刺し、勝利宣言のようなポーズを取った。

「覚えてろって言った傍から油断するとはざまぁみろです! ざまぁテルですー!」
「てめぇ……色々台無しにしやがって――」

 神楽屋は足を震わせながらも再び立ち上がり、リソナと向き合う。
 リソナはそんな神楽屋をエセ拳法のような構えを取って、牽制していた。
 治輝はそれを見て「なんだこれ」と思いつつ、目を線にしていると――


「あの――治輝さん」


 後ろから、声が聞こえてきた。
 振り返るとそこには七水がいた。スドからゆっくりと降りて来たのだろう。
 治輝は深呼吸して、それから――言った。

「――久し振り」
「え……あ、うん」

 少しの沈黙。
 それに耐えられなくなったのか、七水が先に声を開く。
 俯きながら、か細い声を絞り出すように。

「……ごめんなさい。怒ってる……よね」
「……」

 だが治輝は黙ったまま、何も喋らない。
 喧騒(主に2人の)が、やけに大きく聞こえてくる。
 気まずい空気の中、時間だけが流れて行く。
 七水は余計に俯き、何を言おうか迷っていると――
 ようやく、治輝の口が開いた。

「――なんて言って怒られると思った?」
「……え? そ、それは色々――……」
「いや、別に言わなくていい」
「えっ……」

 治輝の意味のよくわからない予想外の返答に、七水は困惑した。
 そんな七水を見て、治輝はいらずらっ子のような表情をして、笑う。

「それが思い浮かぶんならそれでいいって。想像上の俺にたっぷり折檻されてくれ」
「えぇ……で、でもっ!」
「俺もあんま偉そうな事言えないしな。いやマジで」

 七水は気が済まないようだったが、治輝はこれでいい――と思う。
 彼女は今日、もう十分に苦しんだはずだ。
 そして――何かを見つける事が、きっとできたはずだ。

 そんな風に思考を進めていると、喧騒(主に2人の)がより大きく聞こえて来る。
 治輝は閃いた。 

「――じゃ、そうだな。あの喧嘩止めて来てくれ。10秒以内」
「えっ」
「ほらダッシュ! 夕日は待ってくれないぞ!」
「ええっ!?」

 治輝は七水の背中を叩き、無理やり2人の喧騒の中に突き飛ばした。
 「七水も参戦です? 相手になるですー!」 ……等とぶっ飛んだ勘違いをしたリソナの声が聞こえた気がするが、治輝は聞こえなかった事にした。
 




 ――改めて、治輝は影がいなくなった場所を見つめる。

 あの影は、一体なんだったんだろうか。
 『ペイン』ともサイコ能力者とも違う。同時にそれらと酷似した何か。
 心の闇を感じ、それを相手の心に具現させ、能力を奪う事の可能な化け物。
 ……それは逆に言えば、心の闇だけに触れ続けたという事でもある。
 一体それに耐えられる人間が、どれ程存在するというのか。

 ふと、テルさんの言葉をを思い出す。


 俺達の勝ち――だな


 そう、確かに勝つ事はできた。
 だけどまだ、戦いは終わっていない。
 
 俺達は俺達の言った事と――戦い続ける必要がある

 それが、絵空事にならないように
 ただの理想で終わらないように、生きていく必要がある。

 もし、それを成す事ができたなら

「そん時はまた否定しに行ってやるよ。化け物」
 
 返事は無い。
 当然だ、もう影は――ここにはいないのだから。








    遊戯王オリジナルstage 【EP-25 サイドN】-FIN-













 一方その頃――
 

「大体なぁ……お前あの時なんて言った!?」
「何がです?」
「もこやティト、皆本兄や皆本弟。ナオキやみんなと会えて、リソナは今のリソナが大好きdeath! ――とか言ってたろ!」
「この馬鹿テル! リソナそんな言い方しないですー!!」
「時枝の名前あんのに何で露骨に俺の名前だけねぇんだよ! 喧嘩売ってんのか!?」
「馬鹿テルが無駄に非売品買いまくってるだけです! 自意識過剰の言いがかりですー!」

 七水は、大分苦戦していた。
 生気の無いはずの廃墟に、無駄に声の通る2つの叫びが木霊する。

「どうやって止めればいいのこれー!?」

 3つ目の叫びがそれに重なっても、返事は無い。  
 代わりに機械竜の小さなため息が、ほんの少し辺りに響いた。
 
 
 
 

オリジナルstage 【EP-01~07 サイドM】

「<ドラグニティアームズ―ミスティル>でダイレクトアタック」
 鮮やかな黄色の鱗を持つ竜が、手にした長剣で相手を切り裂く。それで、デュエルの勝敗は決した。
 輝王の勝利が確定すると、相手の決闘者――紙袋を被っていた奇妙な格好の男は、砂のように崩れ去っていく。輝王がこの光景を目にするのは、これでちょうど10度目だ。
 輝王がいるのは、デパートの地下にある駐車場によく似た空間だ。等間隔に柱が立っており、柱と柱の間には駐車スペースを区切る白線が引かれている。天井は高く、照明の数が少ないせいで、辺りは薄暗い。
 謎の青年とのデュエルで発動した<次元誘爆>という速攻魔法。その発動を目にした瞬間、視界が眩い光に包まれ、気がつけばここに飛ばされていた。
 ここが一体どこなのか。そして、あの男は何者だったのだろうか。
 それらを探るべく、輝王は地下駐車場によく似た空間を調べ始めたのだが、どこまで歩いても同じような景色が続いているだけで、昇降のためのエレベーターはおろか、突き当たりの壁にさえ辿りつかない。明らかに異質な空間だった。
 そんな輝王の前に、紙袋を被った男が現れ、デュエルを強要してきたのだが――
(結局、ヤツらから得られる情報はほとんどなかったな)
 輝王がデュエルに勝利すると、その男は砂と化して消えてしまった。無論、こちらの問いには一切耳を貸そうとしなかった。
 男が消えてからしばらくすると、今度は同じような格好をした別の男が現れ、やはり問答無用でデュエルを仕掛けてきた。そして、敗北すると消える。その繰り返しだった。
 唯一分かったのは、今までデュエルを仕掛けてきた男たちが全員サイコデュエリストだったことだ。モンスターの攻撃が実体化し、明確な殺意を持って輝王に襲いかかってきた。以前のままの輝王だったら、すでに命を落としていたかもしれない。
(……修練の甲斐はあったか)
 今の輝王は、<術式>と呼ばれる特別な力がある。サイコデュエリストのようにモンスターを実体化させたり魔法・罠カードの効果を具現化させたりすることはできないが、相手の攻撃を防ぐくらいはできる。
(しかし、ヤツらは普通のサイコデュエリストとは何かが違っていた。こちらにダメージを与える攻撃が、通常時の攻撃よりも威力が増加していたような――)

「よォ」

 輝王が思案にふけっていると、背後から声がかかる。
「…………」
 無防備な背後を取られるほど考え込んでいたのか――自分の間抜けさを呪いながら、輝王は無言のまま声がした方へ振り向く。
 そこには、デュエリストが立っていた。
 今までの連中に比べれば、格好はマトモだ。紙袋を被って顔を隠すようなことはしていない。風貌から見て、まだ成人には達していないだろう。
 だが。
 そのギラついた瞳は、無意識のうちに警戒心を高めさせた。
「ようやく話の通じそうなヤツに会えたと思ッたんだが、ダンマリか? それならあの雑魚共と同じよォに、叩き潰してやるしかねェか」
「……叩き潰してやる、か。余程自分の腕に自信があると見えるな」
 相手に気取られぬよう慎重に間合いを離しつつ、輝王は言葉を返す。
「へッ、当然だろ。自分の腕が信じられねェような決闘者は、絶対に勝てねェよ」
「…………」
 その言葉に、輝王の心がわずかに揺れ動く。
 自分の腕が信じられない決闘者は、絶対に勝てない――
 高良から譲り受けた<ドラグニティ>デッキ。ここまでかなりの実戦を重ねてきたが、未だに「借り物」である感がぬぐえない。
「……一応自己紹介をしておくか。俺は輝王正義。セキュリティ本部所属の捜査官だ」
「チッ、組織の犬かよ。俺は永洞戒斗。戒斗でいい」
 永洞戒斗と名乗った青年は、露骨に顔をしかめる。どうやら、セキュリティという組織にあまりいい感情を抱いていないようだ。
「で? ここはどこなンだよ。俺のいた異世界とは違う場所ってのは間違いねェみたいだが」
異世界?」
「説明するのが面倒だからそこはツッコむな。とにかく、俺が知りたいのはここがどこかってことだけだ」
「……生憎だが、その答えを俺は持ち合わせていない。むしろ、俺もそれを知りたかったところだ」
「……チッ」
 戒斗は何かを言いたげだったが、結局口には出さずに舌打ちをした。
「――とにかく、ここがどこなのかを把握するのが先決のようだな。お前もあの妙な連中にデュエルを挑まれたのか?」
「妙な連中……あァ、ペインのなり損ないか。9人ほど蹴散らしてやッたが、どいつもこいつもロボットみてェにデュエルを繰り返すだけで、有益な情報は得られなかったな」
「やはりか。こっちも10人ほど倒したが、結果は同じだ。連中からの情報が期待できないとなると、自分の足で探索するしかなさそうだな」
「……10人?」
 「ペイン」という単語は気になったが、戒斗からの説明が期待できそうになかったので、輝王はそのまま話を進める。
 探索する、とは言っても何の当てもなくただ歩き回り、体力と時間を浪費するのは避けたい。しかし、当てになるような手掛かりがないのも事実だ。
「ここからは行動を共にした方がいいだろう。悪いが、付き合ってもらうぞ。差し迫ったリミットがあるわけではないが、手早く行動するに越したことはない。歩きながら情報の整理を――」

「待てよ」

 この空間の探索のために歩き始める輝王だったが、戒斗はそれに続かない。
 彼は一歩を踏み出す代わりに、左腕に装着していたデュエルディスクを展開させた。
「……何の真似だ?」
 周囲に輝王と戒斗以外の人影はない。にも関わらずディスクを展開し戦意を顕わにしたということは――
「一緒に行動すんなら、先にどっちが上なのかをはっきりさせておこうと思ってよォ。自分より弱ェヤツの言いなりになるなんて、死んでもゴメンだからな」
「……状況を考えろ。いつあの奇妙な連中に襲われてもおかしくない。そんなことを言ってる場合では――」

「気に食わねェ」

 輝王の言葉を遮るように、戒斗が声を発した。
 怒鳴ったわけではないが、強く響いた芯の通った声は、輝王の足を止めさせる。
「気に食わねェんだよ。テメェのスカした態度が、テメェの上から目線が、俺がテメェに協力する前提で話を進めてることが気に食わねェ。そして何より――」
 戒斗の視線が、輝王を貫く。凡人だったら睨まれただけで委縮してしまいそうな眼力だ。

「テメェの使ってるカードが気に食わねェ」

 そう言って、戒斗は口元を釣り上げ、歪な笑みを浮かべる。
「決闘だ。どっちが強いか分からせてやるよ」
 戒斗の瞳には――初対面の人間にもはっきり分かるほどの――自信がみなぎっている。
 ここに来てから初めてマトモな人間に出会えたと思っていたが、どうやらそれは間違いだったようだ。
「……随分子供じみた挑発だな」
 輝王は嘲りの色を含んだ言葉を吐くが、戒斗がそれに動じることはない。子供が小さなプライドにこだわって、勝負をふっかけてきたわけではなさそうだ。
 決闘は不可避。
「いいだろう。受けてやる。だが、後悔するなよ?」
「ハッ! こっちのセリフだ。テメェの鼻っ柱へし折ッてやるよ」
 輝王がデュエルディスクを展開させたと同時、戦いの幕が上がる。

「「デュエル!!」」
 
 青年――永洞戒斗は言った。自分の腕が信じられないような決闘者は、絶対に勝つことができないと。
 確かに、戒斗からは己が力への絶対的な自信が溢れ出ている。どこまでも力を追い求める貪欲さが、彼の瞳に輝きを宿しているのだろう。
「俺が先攻をもらうぜ」
 高まる緊張感を楽しむような笑みを浮かべた戒斗が、最初のカードをドローする。
「……モンスターをセット。カードを2枚伏せてターンエンドだ」
 裏守備モンスターで守りを固め、伏せカードで相手を揺さぶる。模範的なプレイングだ。
 しかし――
「どォした? お前のターンだぜ」
 何故だろうか。戒斗のフィールドからは、守りの気配が一切感じられない。
 セットモンスターも、伏せカードも、全て次なる攻撃への布石――そんな気配が漂っている。
(……考えすぎか。悪い癖だな)
 この<ドラグニティ>デッキを使うようになってから、輝王は今まで以上に慎重になった。必要以上に相手の動きを探り、必要以上に先を見据えたプレイングをしてしまう。
「……失敗のビジョンばかり浮かべていては、成功するものもしないか」
「あン?」
「独り言だ。気にするな」
 自嘲めいた笑みを作った輝王は、ゆっくりとカードをドローした。

【戒斗LP4000】 手札3枚
場:裏守備モンスター、伏せ2枚
【輝王LP4000】 手札5枚
場:なし

 ドローフェイズを終えた輝王は、6枚になった手札を順繰りに見やる。
 悪くない初手だが、かといって何の策もないまま強攻に出るのは躊躇われる。
 戒斗は輝王が使っているカードを知っているようなことを言っていたが、こちらは相手のデッキに関して何の情報も持ち合わせていない。
「1ターン目から随分と長考じゃねェか。見えねえ敵とでも戦ってンのか?」
 戒斗が挑発めいた言葉を吐くが、輝王は応じない。
 攻め時を誤るな。慎重になりすぎるのは問題だが、かといって無我夢中で攻め込めばいいというものではない。ここは、相手の出方を窺わせてもらうとしよう。
「モンスターをセットする。カードを1枚伏せて、俺もターンを終了する」
「……なァるほど」
 攻撃しなかったことを揶揄されるかと思ったが、戒斗は意味深に頷いただけで、それ以上言葉を続けようとはしなかった。

【戒斗LP4000】 手札3枚
場:裏守備モンスター、伏せ2枚
【輝王LP4000】 手札4枚
場:裏守備モンスター、伏せ1枚

「――俺のターンだな。ドロー」
 ドローしたカードを見た戒斗は、軽く舌打ちをする。
「そォだな……今使っておくか。魔法カード<おろかな埋葬>を発動するぜ。デッキからモンスターカード1枚を墓地に送る」

おろかな埋葬>
通常魔法(制限カード)
自分のデッキからモンスター1体を選択して墓地へ送る。

 <おろかな埋葬>で送るモンスターとなれば、墓地で効果を発揮する、または墓地からの特殊召喚が容易なモンスターだろう。そう考えていた輝王だったが、

「俺は、<幻魔皇ラビエル>を墓地に送る」

「な……!?」
 戒斗の一言で、その推測は早くも崩れ去った。
 <幻魔皇ラビエル>。
 そのカードについて、輝王は詳しい知識を持ち合わせていない。昔、セキュリティのデータベースで浅い情報を閲覧しただけだ。「三幻魔」と呼ばれる3枚のカードの内の1枚で、かつてデュエルアカデミアで起きた事件で恐るべき力を振るったと書かれていた。
 詳しい効果は分からなくとも、戒斗の墓地でその存在を誇示し続ける<幻魔皇ラビエル>のプレッシャーが、幻魔の危険性を強引に分からせてくる。
 ――いや。あのモンスターは、「危険」なんてレベルではない。
 それだけ強力なモンスターならば、墓地からの蘇生は容易ではないはずだ。すでに蘇生させる手段は用意している、ということだろうか。
「『ドローに賭ける』なんて真似は、フィクションの世界の主人公がやるもンだ。現実で通用するもンじゃねえ。そう思わねェか?」
 そう言って、戒斗は遠くを見るように視線を上げる。
「……一理ある、とだけ言っておこうか」
 <幻魔皇ラビエル>の存在に冷や汗を流しながら、それでも輝王は態度を崩さずに言葉を返す。
 確かに、漫画やアニメの主人公は、絶体絶命の場面で起死回生のカードをドローし、華麗な逆転劇を演じて見せる。
 現実はそう甘くない。いくらデッキを信じてカードをドローしたところで、望んだカードが引けるとは限らない。
 だが。
 ドロー1つで劣勢を引っ繰り返す決闘者を、輝王は知っていた。
 どんなに緻密な戦略を組み立てても、1回のドローで全てを引っ繰り返される。そんな相手と、輝王は毎日デュエルしていたのだ。
 だから、戒斗の言葉には頷けない。
「……まだこっちから動くことはしねえ。ターンエンドだ」
 それに、輝王自身にも覚えがある。
 デッキを信じ、勝利を願い、そうしてドローしたカードが、逆転への鍵になったことを。

【戒斗LP4000】 手札3枚
場:裏守備モンスター、伏せ2枚
【輝王LP4000】 手札4枚
場:裏守備モンスター、伏せ1枚
 
「俺のターン、ドロー」
 準備は万端……というわけではないが、これ以上相手を野放しにするのもまずい。そろそろ揺さぶりをかけるべきだろう。
「<ドラグニティ―ミリトゥム>を召喚」
 現れたのは、剣と短刀という2本の刃を構える、鳥人の兵士だ。

<ドラグニティ―ミリトゥム>
効果モンスター
星4/風属性/鳥獣族/攻1700/守1200
自分の魔法&罠カードゾーンに存在する
「ドラグニティ」と名のついたカード1枚を選択して発動する。
選択したカードを自分フィールド上に特殊召喚する。
この効果は1ターンに1度しか使用できない。

「そして、<ドラグニティ―ジャベリン>を反転召喚。2体をチューニングする」

<ドラグニティ―ジャベリン>
チューナー(効果モンスター)
星2/風属性/ドラゴン族/攻1200/守 800
このカードがモンスターカードゾーン上で破壊された場合、
墓地へ送らずに装備魔法カード扱いとして
自分フィールド上に表側表示で存在する
「ドラグニティ」と名のついた鳥獣族モンスター1体に装備する事ができる。

 槍の矛のように尖った鱗を持つ小さなドラゴンが元気よく鳴き声を上げると、2体のモンスターが光に包まれる。
「大空を翔ける戦士よ! 気高き友の魂を糧に、我らの道を切り開け!」
「ほォ……そう来るとはなァ!」
シンクロ召喚! 調和をもたらせ――<ドラグニティナイト―ガジャルグ>!」
 光を突き破り、深紅の翼が空を舞うために広がる。
 刃のように鋭く尖らせた銀色の頭部を天に向け、藍色の筋肉と深紅の鱗を身に纏ったドラゴンが飛翔する。その背には、ドラゴンと同じ色合いの鎧を纏った鳥人の姿がある。

<ドラグニティナイト―ガジャルグ>
シンクロ・効果モンスター
星6/風属性/ドラゴン族/攻2400/守 800
ドラゴン族チューナー+チューナー以外の鳥獣族モンスター1体以上
1ターンに1度、自分のメインフェイズ時に発動する事ができる。
自分のデッキからレベル4以下のドラゴン族または鳥獣族モンスター1体を手札に加え、
その後手札からドラゴン族または鳥獣族モンスター1体を捨てる。

「<ドラグニティナイト―ガジャルグ>の効果を使う。デッキからレベル4以下のドラゴン族、または鳥獣族のモンスターを手札に加え、その後手札からドラゴン族か鳥獣族のモンスターを捨てる。俺は<ドラグニティ―ファランクス>を手札に加え、そのまま墓地に送らせてもらう」
「<おろかな埋葬>みてェな使い方もできるわけか。便利なモンスターだなァ」
「……バトルフェイズに入る。<ドラグニティナイト―ガジャルグ>で伏せモンスターを攻撃!」
 輝王の宣言を受け、深紅の竜騎士は、地を這うような低い位置を滑空する。
 そして、目標である伏せモンスターの目前で急速に方向転換。ほぼ直角に曲がって天へと飛翔する。
 その瞬間、背に跨っていた鳥人の騎士が手にした槍を振り上げ、伏せモンスターを切り裂く。
 カードが表になり、両断されたモンスターの正体が明らかになる。
「破壊されたのは<キラー・トマト>――効果発動だァ! こいつが戦闘によって破壊され墓地に送られた時、デッキから攻撃力1500以下の闇属性モンスターを特殊召喚できる!」

<キラー・トマト>
効果モンスター
星4/闇属性/植物族/攻1400/守1100
このカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、
自分のデッキから攻撃力1500以下の闇属性モンスター1体を
自分フィールド上に表側攻撃表示で特殊召喚する事ができる。

「リクルーターだったか……」
 攻撃は失敗だった――とは思わない。いずれ倒さなければならないのなら、早めに処理した方が賢明だ。戒斗は確実に<幻魔皇ラビエル>召喚のための布石となるモンスターを呼んでくるだろうが、こちらにもそれなりの備えはある。
「俺は<幻銃士>を特殊召喚する」
 戒斗のフィールドに現れたのは、両腕が長い小柄の悪魔だった。背中には2つの砲筒が見える。

<幻銃士>
効果モンスター
星4/闇属性/悪魔族/攻1100/守 800
このカードが召喚・反転召喚に成功した時、
自分フィールド上に存在するモンスターの数まで
自分フィールド上に「銃士トークン」(悪魔族・闇・星4・攻/守500)
を特殊召喚する事ができる。
自分のスタンバイフェイズ毎に自分フィールド上に表側表示で存在する
「銃士」と名のついたモンスター1体につき相手ライフに300ポイント
ダメージを与える事ができる。
この効果を発動するターン、自分フィールド上に存在する
「銃士」と名のついたモンスターは攻撃宣言をする事ができない。

「<幻銃士>を特殊召喚……? そいつは召喚か反転召喚でしか効果を発動出来なかったはずだが?」
「俺には俺の考えがあるッってことだよ。気になるンなら何とかして<幻銃士>をどかしてみるんだなァ」
 輝王の指摘に対し、戒斗は不敵な笑みを返してきた。
「…………」
 戒斗の狙いを看破するには、まだピースが不足している。
「カードを1枚セットする。ターンエンドだ」
 得体のしれない不気味さを感じつつも、輝王はターンを終えざるを得なかった。

【戒斗LP4000】 手札3枚
場:幻銃士(攻撃)、伏せ2枚
【輝王LP4000】 手札3枚
場:ドラグニティナイト―ガジャルグ、伏せ2枚

「俺のターン。ドロー……そォだな。ここは何もせずにターンエンドだ」
「……そうか」
 何かを企んでいるような笑みを崩さない戒斗に、輝王は淡泊な反応を返す。
 戒斗の場には、攻撃力の低い<幻銃士>が攻撃表示のままだ。<キラートマト>のように戦闘破壊されることで効果を発揮することも無い。
 その<幻銃士>をわざわざ攻撃表示で残したということは――当然2枚の伏せカードを使ってくるのだろう。
「……へェ。俺の考えてることはお見通しッてことか?」
「どうかな。ただのブラフという可能性もあるが……いずれにしよ、仕掛けなければ分からないことだ」
「いい答えじゃねェか。罠が張り巡らされていることを承知で敵地に踏み込むかよ。ビビリには言えねェセリフだ」
 ――つまり、罠が伏せられているのは確実ということか。
 輝王の初ターン……後攻1ターン目で攻撃を仕掛けなかったのは正解だったのかもしれない。1ターンの余裕が出来たことで、リカバリーの準備を整えやすい。

【戒斗LP4000】 手札4枚
場:幻銃士(攻撃)、伏せ2枚
【輝王LP4000】 手札3枚
場:ドラグニティナイト―ガジャルグ、伏せ2枚
 
「……俺のターン、ドロー。<ガジャルグ>の効果を発動し、デッキから<ドラグニティ―レギオン>を手札に加え、<ドラグニティ―ブラックスピア>を手札から捨てる」
 罠があることが分かっている以上、通常召喚権は残しておいたほうがいいだろう。
「このままバトルフェイズに入る。<ガジャルグ>で<幻銃士>を攻撃――ヴィントシュトース!」
 「ギギッ!?」と慌てふためく<幻銃士>目がけて、<ドラグニティナイト―ガジャルグ>が滑空を始める。
 それを見た戒斗は、口元を釣り上げながら伏せカードの起動ボタンを押す。
 瞬間、巨大な黒のシルクハットが3つ出現し、<幻銃士>を覆い隠してしまった。
「――罠カード<マジカルシルクハット>を発動ォ! デッキからモンスターカード以外の2枚のカードをモンスター扱いでセットし、<幻銃士>も裏守備にさせてもらったぜ。さァ、<幻銃士>が隠れているシルクハットはどれか当ててみなァ!」

<マジカルシルクハット>
通常罠
相手のバトルフェイズ時に発動する事ができる。
自分のデッキからモンスター以外のカード2枚を選択する。
その2枚をモンスター扱い(攻/守0)として、
自分フィールド上に存在するモンスター1体と合わせてシャッフルし裏側守備表示でセットする。
デッキから選択して特殊召喚した2枚のカードはバトルフェイズ終了時に破壊される。

 滑空を止めた竜騎士の前に並ぶ、3つのシルクハット。その内の1つに<幻銃士>は姿を隠した。
 確率は3分の1。

「……今、確率は3分の1、って思ったかァ?」

 正解を引き当てるために神経を研ぎ澄ませていた輝王に、戒斗の余裕に満ちた声が飛ぶ。
 輝王が訝しんだ直後、戒斗の余裕の正体が明らかになる。
「残念だが、確率はゼロなんだよォ! 罠カード<撤収命令>を使うぜェ!」
「な……!」
 戒斗がその罠カードを発動すると、戒斗の場にあったシルクハット――そして、その中にセットされていたカード全てが、手札へと戻っていく。

<撤収命令>
通常罠
自分フィールド上に存在するモンスターを全て持ち主の手札に戻す。

「<撤収命令>は、自分フィールド上のモンスターを全て持ち主の手札に戻す。<幻銃士>は回収させてもらッた」
「なるほどな……」
 やられた。
 完全に予想の上を行かれた。輝王は心中で悔しさを滲ませる。
 <撤収命令>で回収したのは、<幻銃士>だけではない。<マジカルシルクハット>の効果でデッキからセットした魔法・罠カードも手札に加えたのだ。最初からこれを狙っていたのであれば、おそらく加えたのは有用な魔法・罠カードだろう。
 <マジカルシルクハット>を<撤収命令>と組み合わせることによって、擬似的なサーチカードとして使う――敵ながら舌を巻かざるを得ない、見事な戦術だった。
 となれば。
「……当然、これを防ぐ手段も用意しているのだろう? <ガジャルグ>でダイレクトアタック!」
 標的を失った竜騎士が、戒斗に向けて猛進する。
 戒斗のフィールドは<撤収命令>の効果によりがら空き。だが、輝王はこの攻撃が通るとは思っていなかった。
 こんなコンボを披露する決闘者が、ダイレクトアタックを想定していないはずがない。
「ご名答だァ! 手札から<バトルフェーダー>を特殊召喚し、バトルフェイズを強制終了させる!」

<バトルフェーダー>
効果モンスター
星1/闇属性/悪魔族/攻   0/守   0
相手モンスターの直接攻撃宣言時に発動する事ができる。
このカードを手札から特殊召喚し、バトルフェイズを終了する。
この効果で特殊召喚したこのカードは、
フィールド上から離れた場合ゲームから除外される。

 突如現れた振り子時計のような姿をした悪魔族のモンスターが、戦闘終了を告げる鐘を打ち鳴らす。それにより<ドラグニティナイト―ガジャルグ>の攻撃は中断してしまった。
「……このままターンを終了する」
「壁モンスターを増やさなくていいのか? 次のテメェのターンは回ってこねェかもしれないぜ」
「俺には俺の考えがある。気になるなら次のターンで俺の息の根を止めてみるんだな」
「……上等ォじゃねェか」
 空気が張り詰める。
 このターンは戒斗にしてやられたが、何も精神的なアドバンテージまでくれてやることはない。
 輝王は視線に力を込めながら、ターンを終了した。

【戒斗LP4000】 手札6枚
場:バトルフェーダー(守備)
【輝王LP4000】 手札4枚
場:ドラグニティナイト―ガジャルグ(攻撃)、伏せ2枚

「さァ! 俺のターンだ!!」
 勢いよくカードをドローした戒斗は、手早く1枚のカードを選び取り、発動させる。
「<死者転生>を発動ォ! 手札を1枚捨てて、墓地の<幻魔皇ラビエル>を手札に加える!」

<死者転生>
通常魔法
手札を1枚捨てて発動する。
自分の墓地に存在するモンスター1体を手札に加える。

 運を天に任せず、戒斗は自力で切り札――<幻魔皇ラビエル>を手札に加える。
「そして、<幻銃士>を召喚! 銃士トークンを2体生成するぜェ!」

<幻銃士>
効果モンスター
星4/闇属性/悪魔族/攻1100/守 800
このカードが召喚・反転召喚に成功した時、
自分フィールド上に存在するモンスターの数まで
自分フィールド上に「銃士トークン」(悪魔族・闇・星4・攻/守500)
を特殊召喚する事ができる。
自分のスタンバイフェイズ毎に自分フィールド上に表側表示で存在する
「銃士」と名のついたモンスター1体につき相手ライフに300ポイント
ダメージを与える事ができる。
この効果を発動するターン、自分フィールド上に存在する
「銃士」と名のついたモンスターは攻撃宣言をする事ができない。

 2体の銃士トークンを引き連れた<幻銃士>が、再度戦場に降り立つ。
 これで、戒斗の場のモンスターは4体。最上級モンスターを呼び出すには、十分すぎるほど贄は揃っている。
「<バトルフェーダー>と銃士トークン2体をリリースし――」
 3体の悪魔族モンスターが青白い炎に包まれる。
 その直後、フィールドを覆い尽くすような巨大な影が落ちた。
 照明の光が遮られ、輝王の視界が闇に染まる。
 黒一色の世界の中で。
 満月のような妖しさと静謐さを漂わせながら、2つの瞳が輝いていた。
 大気が震える。
 空間が震える。
 支配されていく。
 戦場が、戦慄をもたらす魔の力に支配されていく――

「テメェに見せてやるよ。俺の力の一端を! 来い! <幻魔皇ラビエル>ッ!!」

 影の隙間から差し込むわずかな照明の光が、そのモンスターの全貌を浮かび上がらせる。
 柱と見間違えるほどの巨大な腕。
 鉄の鎧が陳腐に見えるほどの、頑強な肉体。
 そして、妖しく輝く両の瞳。
 まさに、魔を統べる皇にふさわしい姿を持った<幻魔皇ラビエル>は、この空間を押し潰すほどの巨大な姿を現した。

<幻魔皇ラビエル>
効果モンスター
星10/闇属性/悪魔族/攻4000/守4000
このカードは通常召喚できない。
自分フィールド上に存在する悪魔族モンスター3体を
生け贄に捧げた場合のみ特殊召喚する事ができる。
相手がモンスターを召喚する度に自分フィールド上に「幻魔トークン」
(悪魔族・闇・星1・攻/守1000)を1体特殊召喚する。
このトークンは攻撃宣言を行う事ができない。
1ターンに1度だけ、自分フィールド上のモンスター1体を生け贄に捧げる事で、
このターンのエンドフェイズ時までこのカードの攻撃力は
生け贄に捧げたモンスターの元々の攻撃力分アップする。
 
「……まァこんなもンだろ。本来ならこの空間に収まりきらないほど巨大なんだが、俺もちッとは力をセーブする術を磨いておかねェとなァ。どッかの優等生がうるさくて敵わねェからな」
 つまり、戒斗は力をセーブすることで、本来のサイズよりも小さな<幻魔皇ラビエル>を実体化させたということだ。
「これで力を抑えている、か。恐ろしいな」
 幻魔の皇が発する強大な圧迫感に身を晒しながら、輝王はため息を吐く。
 どの程度力をセーブしているのかは分からないが、<幻魔皇ラビエル>の本当の姿は、これよりもさらに巨大なものなのだろう。当然、発するプレッシャーも、今とは比較にならないほど強力になっているはずだ。並の人間だとしたら、<幻魔皇ラビエル>の姿を見ただけで卒倒してもおかしくはない。
 ただ、戒斗の<幻魔皇ラビエル>からは、不思議と邪気を感じなかった。
 そこに在るのは、純粋な「力」を具現化させた象徴。
 自分の力を持って、他者を叩き潰す。そこに遺恨や邪念は一切存在しない。
(……いい決闘者だな)
 かつて復讐のために力を振るっていた輝王にとっては、今の戒斗の姿は、ある種の理想なのかもしれない。
「<幻魔皇ラビエル>の効果を使うぜェ。場のモンスター1体……<幻銃士>をリリースすることで、その攻撃力分<ラビエル>の攻撃力を上昇させる!」
 <幻銃士>の体が紫の光を放つ炎へと変わり、魂を代価として生まれたその炎を、<幻魔皇ラビエル>は軽々と握りつぶす。
 直後、炎の色と同じ紫色のオーラが<幻魔皇ラビエル>の全身に宿り、その肉体をさらに強固なものへと変える。
「攻撃力、5100……!」
「そんなチンケなドラゴンじゃ、<ラビエル>の足元にも及ばねェぞ! <ラビエル>!<ガジャルグ>をぶッ潰せェ!!」
 主人の許可を得て、ついに幻魔の力が解き放たれる。
 <幻魔皇ラビエル>が右腕を振り上げると、その屈強な腕とぶつかった天井の照明が割れ、ガシャガシャとガラス片が降り注ぐ。
 照明が消えたことで、より闇が深くなる。
 深紅の竜にまたがった騎士は、攻撃の気配を鋭敏に感じ取り、回避のために動き始める。
 だが。
 その拳の前に、逃げ場など存在しない。
 圧倒的な質量。

「天界蹂躙拳、ッてなァ!」

 ゴシャアアアアアアア! という隕石が落下してきたかのような轟音と共に、<幻魔皇ラビエル>の拳が、<ドラグニティナイト―ガジャルグ>を巻き込んで地面を穿つ。
 コンクリートの地面がいとも簡単に砕かれ、巻き起こった衝撃波が、破片や粉塵を舞い上げる。地面が崩落してもおかしくない程の衝撃だった。
 攻撃を終えた<幻魔皇ラビエル>が拳をどけると、そこには巨大なクレーターが出来上がっていた。無論、そこに<ドラグニティナイト―ガジャルグ>の姿は無い。
 実体化した幻魔の攻撃は、当然竜騎士の主にもダメージを与える――
 そのはずだった。
「……加減したとはいえ、<ラビエル>の攻撃を受けてそんなに涼しい顔されるとなァ。ムカつくぜ、オイ」
 言葉とは対照的に、挑戦的な笑みを広げながら、戒斗が吐き捨てる。

【輝王LP4000→1300】

 戒斗の指摘通り、輝王はすさまじいほどの衝撃波が荒れ狂っている中でも、無傷のまま微動だにしていなかった。
「……己の弱さを痛感したときから、自分の身を守る術を徹底的に鍛えたからな。これくらいは防いでみせるさ」
「へッ、言うねェ」
 輝王が身に着けた力――<術式>は、サイコデュエリストとは違い、デュエルに関しては何の役にも立たない力だ。
 しかし、実体化した攻撃から自分の身を守るくらいのことはできる。
 かつて、自分よりも年下の男に気遣われ、意図せず彼の足を引っ張ってしまったことが、輝王の心に大きなしこりを残していた。だからこそ、輝王は<術式>の力を得たのだ。
「けど、守ってばかりじゃ勝てないぜェ。俺はカードを2枚伏せて、ターンを終了する。さァ、<ラビエル>を倒してみせろォ!」
 幻魔という強大な力に酔いしれることなく、戒斗は輝王に向けて叫ぶ。
 大きく局面が動いたこのターン。格好の攻め時と言える。

【戒斗LP4000】 手札2枚
場:幻魔皇ラビエル(攻撃)、伏せ2枚
【輝王LP1300】 手札4枚
場:伏せ2枚

「俺のターン!」
 <幻魔皇ラビエル>が発する重圧の中、輝王はカードをドローする。
 輝王の有する<ドラグニティ>モンスターたちでは、攻撃力4000の壁を越えることはかなり厳しい。
 だとすれば、戦闘破壊以外の方法で突破するしかないが――
 幸い<幻魔皇ラビエル>には、効果に対する耐性は無い。容易に破壊できる。
(……しかし)
 戒斗は、それを承知の上で<幻魔皇ラビエル>を召喚したはずだ。
 先程の<マジカルシルクハット>からのコンボで、戒斗はモンスターカード以外のカードを、2枚手札に加えている。手札に加えるカードは、<幻魔皇ラビエル>を呼ぶことを前提にして選んでいる可能性が高い。
 戒斗の場に伏せられている2枚のカードは、確実に幻魔の皇を援護するためのものだろう。
 モンスターを除去する手段として、一番簡単なのは「モンスターの効果破壊」だ。破壊効果を持つカードは豊富で、たった1枚でフィールド上のモンスターを全て破壊できる魔法カードも存在する。その反面、破壊に対するカウンターカードも多い。戒斗が伏せたカードの1枚は、確実に破壊を防ぐカードであろう。
 気になるのは、もう1枚のカードだ。魔法・罠カードの発動を無効にするカウンター罠か、それとも「対象に取る効果」を無効にするカードか……
(――推測はここまでだな。後は、仕掛けるのみ!)
 
「いいぜェ……来いよ、輝王ォ!」
 輝王の雰囲気が変わったことを察したのだろう。戒斗は犬歯を剥き出しにして吠える。
「永続罠<エレメントチェンジ>を発動。相手フィールド上のモンスターの属性を、光に変更する」

<エレメントチェンジ>
永続罠(オリジナルカード)
発動時に1種類の属性を宣言する。
このカードがフィールド上に存在する限り、
相手フィールド上の全ての表側表示モンスターは自分が宣言した属性になる。

「あァン? どォいうつもりだ?」
「まあ見ていろ――<ドラグニティ―レギオン>を召喚!」
 輝王が召喚したのは、屈強な肉体を持つ鳥人の戦士だった。肩や腕に分厚い鎧を装備しており、背中からは深緑の羽を生やしていた。

<ドラグニティ―レギオン>
効果モンスター
星3/風属性/鳥獣族/攻1200/守 800
このカードが召喚に成功した時、
自分の墓地に存在するレベル3以下の
「ドラグニティ」と名のついたドラゴン族モンスター1体を選択し、
装備カード扱いとしてこのカードに装備する事ができる。
自分の魔法&罠カードゾーンに存在する
「ドラグニティ」と名のついたカード1枚を墓地へ送る事で、
相手フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を破壊する。

「<レギオン>は召喚に成功したとき、墓地の<ドラグニティ>と名のついたレベル3以下のドラゴン族モンスター1体を装備することができる。<ドラグニティ―ファランクス>を装備し……<ファランクス>の効果発動! 自身を特殊召喚する!」
 体は小さいが、その闘志は隣の戦士に引けを取らない――両腕についた円形の盾をガチガチとこすり合わせながら、<ドラグニティ―ファランクス>が姿を現す。

<ドラグニティ―ファランクス>
チューナー(効果モンスター)
星2/風属性/ドラゴン族/攻 500/守1100
このカードがカードの効果によって
装備カード扱いとして装備されている場合に発動する事ができる。
装備されているこのカードを自分フィールド上に特殊召喚する。
この効果は1ターンに1度しか使用できない。

「<レギオン>の効果を使わなくてよかったのか? そいつの効果なら、<ラビエル>を破壊できたはずだぜェ」
「……そのセリフは、対策があると言っているようなものだぞ」
「よォく分かってるじゃねェか。その通りだ」
 ――やはり、効果破壊を回避したことは正解だったようだ。
「だが、その雑魚2匹で<ラビエル>をどォにかできるとも……いや、お手並み拝見といかせてもらうか」
 途中で言葉を引っ込めた戒斗は、苦虫を噛み潰したような顔で視線を逸らす。どうやら嫌な記憶を思い出してしまったようだ。
 <ドラグニティ―レギオン>のレベルは3。<ドラグニティ―ファランクス>はレベル2のチューナーモンスター。
 一瞬、かつて最も頼りにしていたシンクロモンスターが頭をよぎるが、すぐに選択肢から外す。破壊効果は無効にされてしまうし、都合のいいときだけ過去のカードに頼るのは虫が良すぎる。
 それに、すでに<幻魔皇ラビエル>攻略のためのカードは手中にある。そのために<エレメントチェンジ>を発動したのだ。
 <ドラグニティ・レギオン>を召喚したことによって、相手フィールドには幻魔トークンが守備表示で特殊召喚されているが、あれは大した脅威にはならないだろう。
「なら、遠慮なく行かせて貰うぞ。魔法カード<シャイニング・アブソーブ>を発動!」
 輝王がそのカードを発動すると、<幻魔皇ラビエル>の体が眩いほどの光に包まれる。
 いや、正確に言えば違う。
 光に包まれているのではなく、<幻魔皇ラビエル>の内側から光が溢れているのだ。
「こいつは……!?」
 戒斗の目の色が変わる。
 溢れた光は2つの塊へと形を変え、輝王のモンスターたちに吸い込まれていく。
 2体の<ドラグニティ>が強烈な光のオーラを纏い、それぞれの拳を構える。
「……どんな手品を使いやがッた?」
「<シャイニング・アブソーブ>は、相手フィールド上の光属性モンスター1体の攻撃力を、自分フィールド上の全てのモンスターに加算することが出来る」

<シャイニング・アブソーブ>
通常魔法
相手フィールド上に表側表示で存在する
光属性モンスター1体を選択して発動する。
自分フィールド上に表側攻撃表示で存在する
全てのモンスターの攻撃力はエンドフェイズ時まで、
選択したモンスターの攻撃力分アップする。

「チッ、だから<エレメントチェンジ>を……」
 輝王が<AOJ>のデッキを使っていたころ、相手の場の光属性モンスター全てに攻撃できる<AOJサウザンド・アームズ>と共に愛用していたコンボだ。
 親友から受けついだデッキ――そのまま使うだけでは、親友の動きを再現するだけで自らの成長には繋がらない。そう思った輝王は、自分の色を出すために<エレメントチェンジ>や<シャイニング・アブソーブ>といったカードを投入したのだ。
「幻魔の力……光に変えて頂いたぞ」
 <幻魔皇ラビエル>の攻撃力4000――その数値が、<ドラグニティ―レギオン>と<ドラグニティ―ファランクス>の攻撃力に加算される。<ドラグニティ―レギオン>は5200、<ドラグニティ―ファランクス>は4500まで攻撃力が上昇した。
「――面白ェ」
 戒斗は、言葉少なに輝王の攻撃を待つ。
 その瞳には、デュエルが始まったころと変わらない揺るぎない自信が浮かんでいた。
 輝王が勝つためには、戒斗が抱く絶対の自信を突き崩さなければならない。
 途方もなく高い壁だが、やるしかない。
「――バトルだ。まずは<ドラグニティ―ファランクス>で<ラビエル>を攻撃!」
 小さな竜が、背中の羽を懸命に羽ばたかせ、幻魔の皇へと向かっていく。
 その背中は、巨大な敵に対する恐れなど微塵も感じさせない。
 勇気に満ちた光を宿した<ドラグニティ―ファランクス>が、闇の根源を討つべく空を翔ける。
 そこで、戒斗は動いた。
「残念だが、こっから先は通行禁止だァ! 罠カード<セキュリティー・ボール>発動ォ! 攻撃モンスターの表示形式を変更するぜェ!」

<セキュリティー・ボール>
通常罠
相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
その攻撃モンスター1体の表示形式を変更する。
相手の魔法・罠カードの効果によって、
セットされたこのカードが破壊され墓地へ送られた時、
フィールド上に存在するモンスター1体を選択し破壊する。

 けたたましい警告音を響かせながら、宙を飛ぶ球体型のガードロボットが現れる。
 その音に驚いた<ドラグニティ―ファランクス>は、空中でバランスを崩して落下してしまった。
(無効系のカウンター罠ではなく、攻撃を防ぐカードだったか)
 しかし、もう1枚の伏せカードが破壊を無効にするものである、という予測は正しいはずだ。ならば、二撃目を防ぐ術はない。
「続けて攻撃を行なう! 頼むぞ、<レギオン>!」
 主人の命に対し、力強く頷いた鳥人の戦士は、うずくまる小竜を飛び越して、魔皇へと直進する。
「――迎え撃てェ! <ラビエル>!」
 戒斗がそう叫ぶと、幻魔の皇は巨大な右腕を振り上げた。
 同時、<ドラグニティ―レギオン>も右拳を強く握り、中段の位置に構える。
 構えた拳に<シャイニング・アブソーブ>によって得た光が収束し、<幻魔皇ラビエル>のそれに引けを取らないほどの巨大な拳を作り上げる。
 対し、<幻魔皇ラビエル>の拳も、あらゆるものを呑み込み押し潰すブラックホールのような、黒色のオーラを纏う。

「勝負だ――永洞戒斗!」
「潰してやるよ――輝王ォ!!」

 光と闇。
 2つの拳がぶつかり合う――
 その瞬間だった。

 風が、氷の粒を運んできた。

 ガキィン! と甲高い音が響き渡ったかと思うと、今まさに衝突しようとしていた2体のモンスターが、一瞬にして氷漬けになる。
 足元を冷気が駆け抜け、戦いの熱に浮かされていた空間が一気に凍りつく。
「チッ、どォいうことだ」
 突然の現象に戒斗は警戒心を強めているようだったが、輝王はこの現象に見覚えがあった。

「お楽しみ中のところ悪いけど、被害者同士で争っている場合ではないの。だから、強制的にデュエルを中断させてもらったわ」

 しかし、聞こえてきたのは予想とは違う女性の声だった。
 
 はっきりとした足音を響かせながら姿を現したのは、黒髪の女性だ。肌の色は白く、清楚な顔立ちと身に着けている黒のドレスが品格を感じさせるが、漂わせる雰囲気は単なるお嬢様などではない。戦いの渦中に身を置き、それゆえに生まれた確固たる「自信」だ。戒斗から感じるものとは別種だが、その強さは同格だろう。
 黒髪の女性は輝王と戒斗……そして中断したデュエルフィールドを一瞥した後、愉快なものを見たといわんばかりに小悪魔のような笑みを浮かべる。
「あら、まだ<幻魔皇ラビエル>にこだわっていたのかしら? 悪いとは言わないけど、いい加減新しい切り札を用意したらどう? 永洞君」
「……うるせェよ。知ったような口聞いてんじゃねェ」
 輝王は初めて目にする女性だったが、どうやら戒斗は面識があるようだ。
 すると、黒髪の女性の後ろから、銀髪の少女が姿を現した。輝王の記憶が正しいなら、彼女がモンスターたちを氷漬けにした張本人のはずだ。
「ご苦労様、ティト。私の想像以上の力を持っているのね、あなたは」
「…………」
 かつて「氷の魔女」と呼ばれた少女、ティト・ハウンツは小さく頷いた。







「それにしても、あなたも随分丸くなったものね。一緒に異世界に行った優等生君に感化されたのかしら?」
「あァン? どォいう意味だそりゃ」
 戒斗は、やけに自分に絡んでくる黒髪の女性――愛城を睨みつける。どうもこの女は好かない。
「以前のあなたなら、手加減なんてしなかったと思うけど?」
「……チッ。色々あンだよ」
「あらそう。まあ、手加減をした上に<ラビエル>を戦闘破壊されるなんて、格好悪すぎだものね。デュエルを中断させた私たちに感謝して欲しいものだわ」
「いい加減黙らねェと、二度と口が利けねェようにすンぞ」
「あなたにそれができるのかしら? ……と言いたいところだけど、そう言ってデュエルを始めちゃ本末転倒ね。ここは引き下がっておいてあげるわ」
 相変わらずの上から目線に、戒斗は殴りたい衝動をこらえるのがやっとだった。
 それに、あのままデュエルを続けていたとしても、<幻魔皇ラビエル>を守る術はあった。
 <死者転生>を発動したときに、コストとして手札から捨てたのは<ネクロ・ガードナー>。自身を墓地から除外することで、1回だけ相手モンスターの攻撃を無効に出来るカードだ。戒斗はそれを残していた。
 <シャイニング・アブソーブ>の攻撃力上昇効果はエンドフェイズまで。次の戒斗のターンで攻撃表示の<ドラグニティ―レギオン>を攻撃すれば、勝つことが出来たはずだが――
(……アイツがそれで終わるとも思えねェ。まだ何かを隠し持っていたはずだ)
 今は銀髪の少女と話をしている輝王に視線を送る。あの男は、常に余力を残してデュエルを進行している感じがした。
(まァ、決着はいずれ付けるとするかァ)
 自分の中の闘争心が掻き立てられる。こんな気持ちになったのは久しぶりだった。
「それより、どォしてテメェがここにいやがる」
 その気持ちを愛城に気取られぬよう、戒斗は自然な流れで話題を変える。
「ああ、それはね――」






「……そうか。お前も<次元誘爆>の発動を目にした途端、ここに飛ばされていたか」
「そうしやリソナに会わなかった?」
「残念だが。だが、彼らもどこかに飛ばされている可能性が高いだろうな」
 ティトの話によれば、彼女は<次元誘爆>の発動時に、皆本創志、神楽屋輝彦、リソナ・ウカワ、そして喫茶店の店長と共にいたようだ。この空間に飛ばされた際に、彼らとははぐれてしまったらしい。
 そして、出会ったのが黒髪の女性――愛城だった。
「あいしろはすごく強いよ。頼りになると思う」
 ティトとの付き合いはそれほど長くはないが、純粋な彼女がここまで信頼を寄せているということは、とりあえず信用できる人物のようだ。無論、純粋さに付け込まれて騙されている可能性も否定できないが。
「さて、状況の把握は終わったかしら?」
 こちらの話が終わるのを待っていたようなタイミングで、愛城が話しかけてくる。
「とりあえず、詳しい話はここを出てからにしましょう。ここは陰気臭くて気が滅入りそうだわ」
「この空間から脱出する手段があるのか?」
 輝王の問いに、愛城は「ええ」と軽く頷く。
「この空間は人為的に作られたものよ。出口は存在しない。天井や地面を破壊したとしても、その先に出口は無い。ただ延々とコンクリートの塊が続いているだけよ」
 そう言って、愛城は先程<幻魔皇ラビエル>の攻撃が激突した地面を指差す。
 そこには確かに隕石が落下したようなクレーターが出来ていたはずだが、少し目を離した隙に元通りになっていた。天井の照明も同様だ。
「壊しても、すぐに再生するッってことか」
「そう。だから、『破壊』ではダメ。ここから出るには、他の手段を取る必要があるわ。――ティト」
「わかった」
 愛城とアイコンタクトを交わしたティトは、左腕のデュエルディスクを展開させる。
 そして、デッキから1枚のカード――わずかに見えた枠の色から察するに、シンクロモンスター――を、ディスクにセットする。
 瞬間、ティトの背後から吹雪が吹き荒れ、柱や地面が瞬く間に氷漬けになっていく。
「……一応確認しておくわ。準備はいい?」
「問題ない」
「わざわざ確認するまでもねェだろうが」
「そうね……ティト、お願い」
 愛城の言葉を受け、ティトが静かに両目を閉じる。

「来て――<氷結界の龍トリシューラ>」

 ティトの声と共に、三つ首の氷龍が、その姿を具現化させた。

オリジナルstage 【EP-01~09 サイドS】

 力が欲しい。
 誰にも負けない強い力が欲しい。
 どんな強者でもねじ伏せる力が欲しい。
 他者の全てを奪える力が欲しい。
 畏怖の頂点に君臨する力が欲しい。

 

 欠けたものを埋めるほどの力が、欲しい。





「……つう。くそ、一体何がどうなって……」
 一体どれほどの時間意識を失っていたのだろうか。
 両目を開いた創志は、体を起こしつつ、頭を振って強引に意識を覚醒させる。
 バイト先の喫茶店に見覚えのない青年が現れ、速攻魔法<次元誘爆>を発動したところまでは覚えているが、その後の記憶はない。
(<次元誘爆>……効果は忘れちまったけど、あいつがサイコパワーによって何らかの事象を起こしたことは確実だろうな)
 青年の正体について無い知恵を振り絞って考えを巡らせつつ、創志は周囲を見回す。
 辺りには、朽ちた建物が広がっていた。
 まさに廃墟と現すのがふさわしい場所だ。外壁だけになってしまった家屋や、2階から上の部分が丸ごと倒壊しているビル、屋上に設置された看板が崩れてしまったデパートなど、惨憺たる有様だった。
 何より異質なのは、生物の気配を一切感じないことだ。
 創志の足元には種類も分からない雑草が生えているが、それからも生命の息吹のようなものを感じない。どこか作り物めいた独特な雰囲気を感じる。
 この凄惨な光景は、ゼロリバースの被害が深刻だった旧サテライト地区のB.A.D.エリアを想起させる。
(でも、ここはサテライトじゃない……俺の勘がそう言ってる。なら、どこか別の場所に飛ばされたってことか?)
 神楽屋の話では、空間を捻じ曲げて大きさを変化させたり、現実世界とは次元軸がずれた異空間を作り出すサイコデュエリストも存在するらしい。あの青年もその類だろうか。
(……って考えてても仕方ねえな。とりあえず行動だ)
 同じ場に居合わせた神楽屋やティトたちも、創志と同じように飛ばされているのだろうか。もしそうなら、一刻も早く合流しなければならない。
 サイコデュエリストである神楽屋、ティト、リソナはともかく、一般人である萌子までこんな場所に迷い込んでいるとしたら、どんな危機に遭遇するか分かったものではない。いつも神楽屋や創志を圧倒するプレッシャーを放っているので忘れがちだが、藤原萌子はれっきとした女性なのだ。
 などと、失礼なことを考えていたせいか。
 ザリ、と。
 砂を踏む音が聞こえたにも関わらず、創志の反応は一瞬遅かった。
(しまった――気配が無いんじゃなくて、気配を隠してたのか!)
 崩れた建物の影から、何かが飛び出してくる。
 それが人間だと気付いた時、すでに襲撃者は動きを始めていた。
 腰に差した鞘から流れるような動作で刀が抜かれ、汚れた空気を切り払う。
 銀色の刃が鈍く光り、創志の首元を正確に狙う。
 創志は後ろに飛び退いてそれを避けようとするが、すでに時遅し。
 鋭く磨き抜かれた刃が、創志の首を切り裂く――
 寸前で、ピタリと止まった。
 直後、ぐ~、という気の抜けた音が辺りに響き渡った。
 創志の聞き間違いでなければ、空腹を訴える腹の音だ。
「う……く……」
 恥ずかしさのせいか、襲撃者の体がぷるぷると震える。黒髪をポニーテールに結い、若草色の着物を着たその姿は、見覚えがあった。
「……何やってんだ? 切?」
 創志の問いに対し、友永切は顔を真っ赤にしながら唇を噛んだ。



「し、仕方ないのじゃ! ちょうど昼飯を食べようとしていたところで、あの礼儀知らずで癇に障る男がデュエルを挑んできたから……」
「はいはい」
「その呆れ口調をやめるのじゃ!」
 ぷんすかと頬を膨らませながらあーだこーだと言い訳を続ける切。どうやら腹の虫を聞かれたのが相当恥ずかしかったらしい。別にそこまで気にするものでもないと思うが。
「とにかく、切も俺と同じで<次元誘爆>を使われてこの世界に飛ばされたんだな?」
「うむ。急に目の前が真っ白になって、気が付いたらここにいたのじゃ」
 切も、ここがネオ童実野シティの旧サテライト地区とは別の場所だろうという意見に同意らしい。曰く、「サテライトは隅から隅まで歩いた自信があるが、こんな場所は見たことがない」とのことだ。
 お互いに事情を説明し終えた創志と切は、協力して他の人たちを探すことにする。幸い、切の方は<次元誘爆>に巻き込まれた同行者はいないとのことだった。
「でも、この辺は人の気配が皆無だよな。切は気配を消してただろうから除くとしても……神楽屋たちがいるとしたら、ここからかなり離れた場所ってことか?」
 周囲に気を配りながら歩きつつ、隣を歩く切に尋ねてみる。創志よりも多くの修羅場をくぐり抜けてきた切ならば、人の気配を探ることに長けているはずだ。
 すると、切は怪訝そうな顔をして、
「……創志、一体何を言っておるのじゃ? 人の気配ならすぐ近くからするじゃろう。わしが真っ先にお主に襲いかかったのは、ピリピリと緊張した雰囲気を纏っていたからじゃ。敵ならば先に潰して情報を聞き出そうと思ってな」
「はあ? お前こそ何言ってんだよ。人の気配どころか、生物の気配さえしない――」

 

「……ドちゃ~ん! しちみちゃ~ん! どこですか~!」

 

「……………………」
「聞こえたかの?」
 したり顔で笑う切に対し、創志は首を縦に振るしかない。
 緊張感の欠片も感じさせない気の抜けた声が、創志たちの前方から聞こえてきたからだ。
(……神楽屋と一緒に色々やってきたおかげで、ちょっとは「一人前」になれたかと思ったけど、俺もまだまだだな)
 盛大にため息をつきたくなるのをこらえながら、創志は声がした方へと近づいてみる。
 
 声の高さからして、おそらく女性だ。聞き覚えのない声だったが、少なくとも切のようにいきなり刀を突き付けてくるようなことはないだろう。
 そんなことを考えていると、創志の視界にくしゃくしゃに丸まった新聞紙が転がっているのが映る。ひゅう、と風が吹いてころころと転がる新聞紙の塊。それはちょうど創志の足に当たって止まり――

「あ! 見つけましたよスドちゃん!」

 その新聞紙の塊目がけて、1人の少女が突っ込んできた。
「え――」
 少女の目には新聞紙の塊しか映っていないらしく、目の前に立つ創志に気付いた様子がない。前屈みの体勢のまま突っ込んでくれば、結果はおのずと見えてくる。
 ゴスッ、と。
 鈍い音が響き渡り、少女のヘディングが創志の腹に突き刺さった。
「ぐへあっ!」
 情けない叫び声を上げながら、地面にぶっ倒れる創志。
「あれ? スドちゃんじゃなくてただの新聞紙だった……って、今何か頭に鈍い感触が――」
 そこでようやく頭突きをかました相手に気付いたらしく、
「ご、ごめんなさい! 大丈夫ですか!?」
 少女が顔色を変えて駆け寄ってくる。
 創志は腹をさすりながら「た、大したことないぜ」と強がりつつ体を起こす。
 心配そうにこちらを見つめてくる少女の顔は、やはり初めて見るものだ。
 年は創志と同じくらいだろうか? 髪の両端を軽く結んでおり、そのおさげがしゅん、と力無くうなだれている。
「かづなおねえさん! あんまり迂闊に動き回らないほうが――」
 少女に事情を聞くより先に、彼女を追ってきたのであろう少年が姿を現す。やはり、この少年にも見覚えが無い。
「あ、純也君」
「……かづなおねえさん。その人たち、誰ですか?」
 純也と呼ばれた少年は、敵意を剥き出しにした瞳でこちらを睨んできた。
 随分生意気そうな子供だな、と創志は思う。年齢はリソナよりも上……12、13歳くらいに見える。純也の右手には特撮ヒーローが使いそうなゴテゴテした装飾の手甲が装着されており、「お前なんか一発で倒せるんだぞ」オーラを漂わせている。
「それはこっちのセリフじゃな。お主たち、何者じゃ? ここで何をしておる?」
 純也の敵意に触発されたのか、警戒心を高めた切が、低い声を出す。
 そして、腰に差した刀の柄を握った。いつでも抜き放てる体勢だ。
「お、おい切――」
 いくらなんでも威嚇しすぎじゃないだろうか、と創志は切を諌めようとする。
 が、切はそんな創志の考えを見透かしたように、
「見た目に惑わされるでない。リソナのことを忘れたわけではなかろう? 子供だからと言って油断しておっては、足元をすくわれるだけではすまないかもしれんぞ」
「…………っ」
 言葉に詰まる。確かに、切の言うとおりだ。
 純也と――そして、かづなと呼ばれた少女が、「あの青年」の仲間ではないという保証はどこにもないのだ。
「じゅ――」
 創志が気を引き締めようとしていると、純也と切の一色即発の空気に気圧されて口をつぐんでいたかづなが、ふるふると震えながら口を開いた。

「――銃刀法違反です!!」

「…………」
「…………」
「…………」
「私には分かりますよ……その刀、おもちゃじゃなくて本物っぽいです。そんなものを持ち歩くなんて、危険がデンジャーです! すぐに警察に通報しないと!」
 慌てた様子のかづなは、左腕に装着していたデュエルディスクをごそごそと漁ると、携帯電話を取り出して110番をプッシュする。
「あれ? おかしいな、繋がらない」
 1人で慌てふためくかづなを見ていると、完全に毒気が抜かれてしまった。
 それは切や純也も同じらしく、切は「ぷくく」と笑いだし、純也はやれやれと肩をすくめる。
「……ま、最初から疑ってかかっちゃ話も出来ねえよな。俺の名前は皆本創志。変な野郎が使ったカード<次元誘爆>のせいで、ここに飛ばされてきた」
 創志が簡単な自己紹介を済ませると、<次元誘爆>という単語に2人がピクリと反応する。
「<次元誘爆>……じゃあ、あなたたちも僕らと同じで――」
「純也君、その前に自己紹介しなくちゃ。私はかづなって言います。こっちの男の子は、私の友達で――」
「遠郷、純也です」
「そっか。よろしくな、かづな、純也」
「こちらこそよろしくお願いします。創志さん」
 瞬間、創志の体に得体の知れない寒気が走る。
「さ、さんづけはやめてくれ。体がムズ痒くなる。呼び捨てで構わねえよ」
「……じゃあ、創志君って呼びますね。改めてよろしくお願いしますね、創志君!」
 正直に言うと君付けもやめてほしかったのだが、ニコニコと笑うかづなの顔を見ていたら、それ以上突っ込む気が失せてしまった。
(――不思議なヤツだな)
 初対面で……しかもこんな奇妙な場所で会ったというのに、不思議と気を許してしまう。
 そして、彼女からは芯の通った「何か」を感じる。それが何なのかは、具体的に言葉にできないが。
 
「それじゃ、話を戻しましょう。僕達も創志と同じで、怪しい決闘者が<次元誘爆>を発動したあと、気が付いたらここにいたんです」
「おいちょっと待て」
「……何ですか?」
 せっかく話を仕切り直したというのに、いきなり水を差された。といった感じの不満を顕わにする純也。だがここはツッコんでおかなければなるまい。
「なんで俺のこと呼び捨てにしてるわけ? お前年下だろ?」
「えっ? だってさっき、呼び捨てで構わないって言ったじゃないですか」
「それはかづなに対してだ! お前は男で年下なんだから、ちゃんと『さん』つけろよ」
「……分かりましたよ、創志『さん』」
 ヤケに「さん」を強調し、純也はわざとらしくため息を吐く。
(クソガキィ……!)
 コイツとは根本的に相性が合わない。聞き分けのいい信二とはエライ違いだ。
「じゃ、話を続けますよ。怪しい決闘者が<次元誘爆>を発動した時――」
「ちょっと待つのじゃ!!」
「……何ですか?」
 今度は別の方面からストップがかかり、純也がうんざりとした様子を見せる。
「お主ら、何か大切なことを忘れてないかの?」
 そう言って、切は額に青筋を浮かべながら他の3人を見回す。
「……忘れてること? 何だそりゃ」
 創志は首をかしげる。ジト目で睨まれても、分からないのだから答えようがない。
 すると、かづなが大切なことを思い出したかのように手を叩き、
「そういえば、まだ銃刀法違反さんの名前を聞いてませんでしたね」
「銃刀法違反さんではない! わしには友永切という名前があるのじゃ!」
 フォロー(?)を入れたが、結局切は怒りだしてしまった。
「……ともかく、これで自己紹介は済みましたよね。さっさと状況を整理してしまいましょう」
 純也が再度場を仕切り直す。切はまだ不服そうだったが、かづなになだめてくれたおかげで、余計な口は挟まなかった。
「僕達がこの世界に飛ばされた原因は、<次元誘爆>を使ったあの決闘者の力で間違いないと思います。問題は、ここは一体どこなのかということ。そして……」

「待テ」

「――もう! さっきから何なんですか! 全然話が進まない――」
 三度目の横槍を入れられた純也が、とうとう爆発しそうになる。
 が。
 声の主の姿を確認した瞬間、その表情が凍りついた。
 気配は無かった。
 しかし、創志たちの目の前に、その人物は確かに存在していた。
 首から上は麻袋、首から下は黒のローブにすっぽりと覆われており、一切肌の露出が無い。体格だけ見れば成人男性だと判別できるが、果たしてその中身が本当に人間なのかは定かではない。
「なっ……!?」
「こやつ、いつの間に……!」
 創志は瞬時にローブの人物と距離を取る。
 隣にいた切も、距離を取りつつ腰に差していた刀を抜く。かづなや純也も場慣れしているようで、わざわざ指示を飛ばさずとも的確に動いてくれていた。
 いい意味で緩んでいた空気が一気に引き締まり、嫌が応にも緊張感が高まる。
 突如現れた得体の知れない人物は、スッと左腕を持ち上げる。
 そこには、ごく普通のデュエルディスクが装着されていた。
「デュエルダ」
 麻袋の隙間から、くぐもった声が聞こえてくる。腹の底に響くような低い声からして、やはり中身は男だろうか。
 そう考えた直後、創志たちの周囲の地面がいきなり「せり上がる」。
「これは――!?」
 突然のことに対応が遅れる。
 ゴゴゴと地響きを立てながらせり上がった地面は、創志たちを囲む土の壁を形成していく。
「くそ、逃げ道を塞がれたのか……!?」
「……むむむ。登るのはちょっと厳しそうな高さです」
「創志! かづな! 下がるのじゃ!」
 5メートルはあろうかという壁を見上げていると、切の鋭い声が飛んだ。
 左腕のディスクを展開した切は、1枚のモンスターカード――<六武衆の師範>をセットし、実体化させる。
「頼むぞ<師範>――清流、一閃!」
 現れた隻眼の老将が、切の掛け声に合わせて白刃を煌めかせる。
 その刃は、一瞬のうちに形成された土の壁を切り裂く――
 はずだった。
 ガキィ! と鉄を打ち合わせたような金属音が響き、<六武衆の師範>の刃が弾き返される。
「なっ……!?」
 驚いた創志は、老将の刀が当たった箇所に触れる。その表面は、まるで磨き抜かれた鉄板のように固く、滑らかだった。
「どうやら、あいつが何か小細工をしたみたいですね」
 闘志を顕わにした純也は、ローブの男を睨みつける。
 男はディスクを構えた姿勢のまま、
「デュエルダ」
 もう一度同じ言葉を繰り返した。話し合いに応じる雰囲気はなさそうだ。
「……罠の臭いがぷんぷんするが、ここは応じるしかなさそうじゃな」
 ローブの男とのデュエル。わざわざ壁を作って退路を断ったことを考えれば、その危険は推して測れるだろう。
「……切、ディスク貸してくれ。俺が行く」
「――そうじゃな。ここはお主に任せるとするか」
 一旦ディスクを収納し、左腕から外した切は、それを創志に手渡す。
 受け取ったディスクを装着した創志は、腰に提げたデッキケースから自らのデッキを取り出し、ディスクに収める。
「いいんですか? 何なら、僕が行きますけど」
「いーや。ここは俺が行かせてもらうぜ。どっかのヘボ探偵に負けて、鬱憤が溜まってたところだしな」
 純也の申し出を却下し、創志はローブ男の前に立つ。
 勝ち誇った神楽屋の顔を思い浮かべると、負けた悔しさが蘇ってくる。コイツとのデュエルは、リベンジマッチの前哨戦だ。
「分かってるとは思いますけど……気をつけてください。普通の相手じゃないです」
「おうよ。たまにはこういう命のやり取りも経験しておかないとな」
 かづなが「命のやり取り……ですか」と神妙な顔つきになる。
 そう。レボリューションとの戦い以降、創志はこういった危険な状況に巻き込まれたことがほとんどなかった。
 生命の危機を感じるほどの状況で磨かれる直感。その直感を、鈍らせるわけにはいかない。
「さあ……行くぜ。正体不明野郎!」
「…………」

「デュエル!!」

 2つの声が重なり、新たなる決闘の火蓋が切って落とされた。
 
 
「オレが先攻ヲもらう。ドロー」
 麻袋を被っているせいで、相手の表情は見えない。
 だが、それ以上に目の前の男は、言い様のない奇怪さを醸し出していた。
 人であるのに、人ではない。そんな異質さ。
 まさか、本当に中身は化け物なのだろうか。
「モンスターヲセット。カードヲ2枚セットして、ターンエンドダ」
 そんな異質さとは裏腹に、先行初ターンとしては堅実なプレイングをしてくる。

【ローブ男LP4000】 手札3枚
場:裏守備モンスター、伏せ2枚
【創志LP4000】 手札5枚
場:なし

「俺のターン!」
 相手が守勢に回るなら、こちらは初ターンから飛ばしていきたいところだったが……
(アタッカーがいねえな)
 手札にある下級モンスターは、どれもアタッカーとしては攻撃力が心許ないものばかり。
(まずはシンクロしてからだな)
 幸い、リカバリーのためのカードは豊富だ。このターンは、シンクロモンスターを呼び出すための下準備をしておくことにする。
「モンスターをセット。カードを1枚伏せて……永続魔法<マシン・デベロッパー>を発動!」

<マシン・デベロッパー>
永続魔法
フィールド上に表側表示で存在する
機械族モンスターの攻撃力は200ポイントアップする。
フィールド上に存在する機械族モンスターが破壊される度に、
このカードにジャンクカウンターを2つ置く。
このカードを墓地へ送る事で、このカードに乗っている
ジャンクカウンターの数以下のレベルを持つ
機械族モンスター1体を自分の墓地から選択して特殊召喚する。

「<マシン・デベロッパー>……ということは、創志さんのデッキは機械族が主軸のデッキですか」
「機械族、ってことは、やっぱり合体するんでしょうか」
「ふふ、それは見てのお楽しみじゃ!」
 ……何か勝手にハードルを上げられている気がする。
「ターンエンドだ」
 ギャラリーの声が聞こえないフリをして、創志はターンを終了した。

【ローブ男LP4000】 手札3枚
場:裏守備モンスター、伏せ2枚
【創志LP4000】 手札3枚
場:裏守備モンスター、マシン・デベロッパー、伏せ1枚

「デハ、俺のターンダ。ドロー!」
 ローブの男が、空気を裂くように鋭くカードをドローする。
 直後。
 創志の全身に、ぞわり、と背筋が凍るような怖気が圧し掛かる。
「――ッ!?」
 麻袋の仮面の下にある顔が、邪悪な笑みに歪んだような錯覚を覚える。
 何か仕掛けてくる。創志の直感がそう訴えてきた。
「オレハ<シャインエンジェル>を召喚」
 ローブの男が呼びだしたのは、白い翼を生やした光の天使。比較的使われることの多いモンスターなので、創志も既知のカードだ。戦闘で破壊された時、攻撃力1500以下の光属性モンスターをリクルートする効果を持つ。

<シャインエンジェル>
効果モンスター
星4/光属性/天使族/攻1400/守 800
このカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、自分のデッキから攻撃力1500以下の
光属性モンスター1体を自分フィールド上に表側攻撃表示で特殊召喚する事ができる。

(俺の伏せモンスターは<A・ジェネクス・リモート>。守備力は1800だ。<シャインエンジェル>じゃ倒せねえけど……)
 このまま攻撃を仕掛けてくるとは思えない。
 そして、その考えは正しかった。
「……セットモンスターを反転召喚。<幻想召喚師>のリバース効果発動」
「<幻想召喚師>?」
 裏守備モンスターがリバースする。姿を現したのは、橙色の法衣を身に纏った僧侶だ。
「このカード以外のモンスター1体をリリースし、融合モンスター1体をエクストラデッキから特殊召喚すル」

<幻想召喚師>
効果モンスター
星3/光属性/魔法使い族/攻 800/守 900
リバース:このカード以外のモンスター1体をリリースし、
融合モンスター1体をエクストラデッキから特殊召喚する。
この効果で特殊召喚した融合モンスターはエンドフェイズ時に破壊される。

 <幻想召喚師>は手にしていた書物を開くと、両目を伏せて呪文を唱え始める。
 すると、<シャインエンジェル>の姿が光に包まれ、消える。
「<融合>を使わずに融合モンスターを召喚じゃと……!? こんなカードがあったとは」
「気をつけてください創志君! 来ます!」
 かづなに言われるまでもなく、創志の嗅覚は危険な臭いを感じ取っていた。
 <シャインエンジェル>を消した光がローブの男のエクストラデッキへと集い、1枚のカードを差し示す。ローブの男はそのカードを手に取ると、ディスクへ叩きつけるようにセットした。

「現れロ……! <重爆撃禽ボム・フェネクス>!」

 土の壁に囲まれたフィールドに、炎の渦が巻き起こる。
 瞬く間に熱気が辺りにたちこめ、創志の体から汗が吹き出す。その汗は、熱さによるものだけではない。
 炎の翼を広げる不死鳥――その胴体には、重厚な鎧を纏った悪魔の姿がある。
 <重爆撃禽ボム・フェネクス>。
 現れたモンスターから発せられる強大なプレッシャーが、創志に冷や汗を流させていた。

<重爆撃禽 ボム・フェネクス>
融合・効果モンスター
星8/炎属性/炎族/攻2800/守2300
機械族モンスター+炎族モンスター
自分のメインフェイズ時、フィールド上に存在するカード1枚につき
300ポイントダメージを相手ライフに与える事ができる。
この効果を発動するターンこのカードは攻撃する事ができない。
この効果は1ターンに1度しか使用できない。

(この威圧感……立体映像のものじゃない。野郎、サイコパワーを使ってモンスターを実体化させてやがるのか?)
 創志が考えを巡らすと同時、
「――創志さん! すぐに僕と代わってください!」
 表情を一変させた純也が、焦燥感に溢れた叫び声を上げる。まるで、何か大変なことに気付いたかのような声だ。
「そいつ、ペインです! 普通の人が相手にするには危険すぎる!!」
「ペイン?」
 聞いたことのない単語だ。
 なのに、純也は創志の呑み込みの悪さを責めるかのように、苛立ちを顕わにする。
「ペインを知らないんですか!? テレビのニュースやネットを見てれば、知ってて当たり前の存在でしょう? もしかして、世間から隔離されたド田舎に住んでた人なんですか?」
「違えよ!」
 別にド田舎が嫌いなわけではないが、今の発言は創志を馬鹿にしたような意味合いが込められていたので、即座に否定する。
「わしも聞いたことがないのう。ペインとは何なのじゃ?」
「……サイコデュエリストは分かりますか? ペインっていうのは、そのサイコデュエリストが変異した形です。力が増幅される代わりに、自我を失ってしまい、無差別に人を襲うようになる。そして、二度と元には戻れません」
 呆れる純也の代わりに、かづなが説明をしてくれる。
「普通の人がペインとデュエルしてダメージを受けると、それだけで命を落としてしまうこともあります。だから、何の力も持たない人がペインとデュエルするときには、無傷で勝つしかないんです」
 私みたいに、とかづなは自嘲気味につけ加えた。
「これで分かったでしょう? ペインがどれほど危険なのかを。サイコデュエリストである僕なら、ペインからのダメージを多少軽減できます。だから――」
「……大体分かった。けど、俺はデュエルをやめる気はねえ」
 「どうしてです!?」と困惑する純也を尻目に、創志は首元のチョーカーへと手を伸ばした。
(……こいつを使うのは久しぶりだな)
 カチリ、と小気味よい音を立ててスイッチがONに切り替わる。
「俺もサイコデュエリストの端くれだ! それに、痛みにビビって引き下がるなんて、カッコ悪すぎだろうが!」
 
「創志君……」
 創志は視線に力を込め、不死鳥――<重爆撃禽ボム・フェネクス>を見据える。
(確かに強力なプレッシャーだが……これくらいじゃ、萌子さんの足元にも及ばねえ!)
「創志さんもサイコデュエリスト……?」
「ああそうだ。だからこの場は任せとけって」
 その言葉に、純也はゆっくりと頷き、ようやく引き下がった。
 ここまでの大言を吐いたんだ。みっともない姿を見せるわけにはいかない。
「<重爆撃禽ボム・フェネクス>の効果を発動。フィールド上のカード1枚につき、300ポイントのダメージを与エル」
 ローブ男……ペインが口を開き、デュエルが再開される。
 現在、創志のフィールドのカードは3枚。ペインは4枚。合計7枚ということは、2100ポイントのダメージが発生する。一気にライフポイントの半分近くを削られる、強力なダメージだ。
 と、いうことはそれにふさわしい「痛み」が創志に降りかかるのだろう。
「食らエ! フランメ・レーゲン!」
 宣言と共に<重爆撃禽ボム・フェネクス>の体が膨張し、土の壁にくりぬかれた空を覆い尽くす。
 そして、創志に向かっていくつもの炎の渦が雨のように降り注いだ。
 その内の1つにでも巻き込まれたら、瞬きをする間もなく焼き尽くされてしまうであろう灼熱。
「創志さん!」
「ダメージを受けなけりゃいいんだろ……手札の<A・ジェネクス・ガードナー>の効果を発動! ライフポイントにダメージを与える効果を無効にし、このカードを特殊召喚する!」

<A・ジェネクス・ガードナー>
効果モンスター(オリジナルカード)
星4/闇属性/機械族/攻1200/守1500
相手が「ライフポイントにダメージを与える効果」を持つカードを発動した時、
その発動を無効にし、このカードを手札から特殊召喚する。

 鉄球をいくつも組み合わせたような姿のロボット、<A・ジェネクス・ガードナー>は、フィールドに現れると同時、両手を天にかざす。
 すると、創志たちの頭上に巨大なバリアが出現し、降り注ぐ炎の渦を全て受け止めた。
「ナイスじゃ創志!」
「バーン効果を使ったターン、<重爆撃禽ボム・フェネクス>は攻撃できませんし、<幻想召喚師>の効果で特殊召喚した融合モンスターは、エンドフェイズに破壊されるはずです!」
 切とかづなが色めきたつ。これで、このターンはしのいだはずだ。
 が。
「……永続罠<血の代償>を発動スル」

<血の代償>
永続罠
500ライフポイントを払う事で、モンスター1体を通常召喚する。
この効果は自分のメインフェイズ時及び
相手のバトルフェイズ時にのみ発動する事ができる。

 ペインは、ターンを終了しようとはしなかった。
「500ライフを支払イ、モンスター1体を通常召喚すル」

【ペインLP4000→3500】

 攻め手を増やし、こちらの守備モンスターを破壊してくるのだろうか。
 そんなことを考えた瞬間だった。
 ズン! と。
 先ほどとは比べ物にならないほどの圧倒的なプレッシャーが創志に圧し掛かった。
「なんじゃ……? これは……!?」
 震えた声で困惑を顕わにする切。プレッシャーを感じているのは創志だけではないようだ。
「<幻想召喚師>と<重爆撃禽ボム・フェネクス>をリリース」
 ペインのフィールドにいた2体のモンスターが、黒い影のようなものに塗り潰される。
 そして、ペインは1枚のカードを手に取った。

「さア、暴れ狂え! <The tyrant NEPTUNE>!!」

 最初に見えたのは、巨大な鎌だ。
 死神が持つのにふさわしいそれは、音も無く<幻想召喚師>と<重爆撃禽ボム・フェネクス>を両断する。
 2体のモンスターを覆っていた影が霧散し、新たな形を作り上げる。
 洗練された鎧を纏った巨大な爬虫類型のモンスター……影はその頭部を形作る。
 蛇か、ドラゴンか。
 風に吹かれた炎のように揺らめく影は、見たものを畏怖の底へと叩き落とす。
 「冷たき暴君」。
 どこかの世界ではそう例えられたモンスターが、創志の前に出現した。

<The tyrant NEPTUNE>
効果モンスター
星10/水属性/爬虫類族/攻   0/守   0
このカードは特殊召喚できない。 
このカードはモンスター1体をリリースしてアドバンス召喚する事ができる。 
このカードの攻撃力・守備力は、アドバンス召喚時にリリースしたモンスターの
元々の攻撃力・守備力をそれぞれ合計した数値分アップする。 
このカードがアドバンス召喚に成功した時、
墓地に存在するリリースした効果モンスター1体を選択し、 
そのモンスターと同名カードとして扱い、同じ効果を得る。

「<The tyrant NEPTUNE>の攻撃力と守備力は、アドバンス召喚時にリリースしたモンスターの元々の攻撃力守備力を合計した数値分アップすル」
 <幻想召喚師>の攻守は800と900。<重爆撃禽ボム・フェネクス>の攻守は2800と2300。
「あやつの攻撃力は3600、守備力は3200というわけか……!」
「さラに、<The tyrant NEPTUNE>はアドバンス召喚に成功した時、墓地に存在するリリースした効果モンスター1体と同名カードとして扱い、同じ効果を得る。魂を喰ラエ……! <The tyrant NEPTUNE>!!」
 雄叫びを上げた冷たき暴君の前に、<重爆撃禽ボム・フェネクス>が纏っていた鎧が現れる。
 <The tyrant NEPTUNE>はその鎧を右手で掴むと、そのまま握りつぶした。
「これで、<ボム・フェネクス>と同じ効果を得たってことかよ……」
「もう一度ダ。<The tyrant NEPTUNE>……イヤ、<重爆撃禽ボム・フェネクス>の効果を発動!! フィールド上のカード1枚につき、300ポイントのダメージを与える! フランメ・レーゲン!」
 ペインが両手を広げると、<A・ジェネクス・ガードナー>によって防いだはずの炎の渦が、再び降り注ぐ。もう1枚<A・ジェネクス・ガードナー>が手札にあるなんていう都合のいい展開はない。創志は歯を食いしばり、痛みに備える。
 場のカードは先程と同じ7枚。2100ポイントのダメージが発生する。
 落下した炎の渦が、創志の体を包み込んだ。
「ぐあああああああああっ!」
 さすがに声をこらえることはできなかった。
 燃え滾る溶鉱炉に放り込まれたような感覚。四方八方を灼熱に囲まれ、逃げ場が無い。
 焙られる。骨の髄まで。
「ぐっ……!」
 身につけている服が燃えていないということは、炎そのものではなくダメージを実体化させているのだろう。そこまで考える余裕があったのは、「今までの」経験によるものだった。
(そうだ……思い出せ……セラや光坂の攻撃に比べたら、これくらい……!)
「創志君!」
 かづなの叫び声が耳に届いた直後、炎の渦は消え去った。

【創志LP4000→1900】

「すごい……あれを耐えきるなんて」
 純也が驚嘆の声を漏らすが、
「あれくらい耐えて当然じゃ。それよりも、<The tyrant NEPTUNE>を何とかせねば」
 光坂との激闘を目撃していた切は、厳しい表情で唸った。
「……そうだな」
 ふらつきそうになるのをこらえながら、創志は頷く。
 この借りは、倍にして返さなければなるまい。

【ペインLP3500】 手札2枚
場:The tyrant NEPTUNE(攻撃・重爆撃禽ボム・フェネクスと同名カード扱い)、血の代償、伏せ1枚
【創志LP1900】 手札2枚
場:A・ジェネクス・ガードナー(守備)、裏守備モンスター、マシン・デベロッパー、伏せ1枚
 
 
「――俺のターンだ。ドロー!」
 <The tyrant NEPTUNE>の召喚は予想外だったが、こちらの手を崩されたわけではない。
「守備モンスターを破壊しなかったこと、後悔させてやるぜ! <A・ジェネクス・チェンジャー>を召喚! 効果で<The tyrant NEPTUNE>の属性を光に変えるぜ!」

<A・ジェネクス・チェンジャー>
効果モンスター
星3/闇属性/機械族/攻1200/守1800
フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択し、
属性を1つ宣言して発動する。
このターンのエンドフェイズ時まで、
選択したモンスターの属性は宣言した属性になる。
この効果は1ターンに1度しか使用できない。

「属性を光に? 一体何を……」
 創志にとっては最早お決まりのようなコンボだったが、純也には見当がつかないようだ。
「さらに<A・ジェネクス・リモート>を反転召喚。効果で、自身を<ジェネクス・コントローラー>として扱うぜ。2体をチューニングだ!」

<A・ジェネクス・リモート>
チューナー(効果モンスター)
星3/闇属性/機械族/攻 500/守1800
フィールド上に表側表示で存在するチューナー1体を選択して発動する。
選択したモンスターのカード名は、このターンのエンドフェイズ時まで
「ジェネクス・コントローラー」として扱う。
この効果は1ターンに1度しか使用できない。

 <A・ジェネクス・リモート>の体が3つの光球へと変化し、緑のリングに包まれた<A・ジェネクス・チェンジャー>の体内へと吸い込まれていく。
「残された結晶が、数多の力を呼び起こす! 集え、3つの銃弾よ! シンクロ召喚……撃ち抜け! <A・ジェネクス・トライアーム>!」
 シンクロ召喚のエフェクト光がリングの中心を貫き、漆黒のボディが煌めく。
 右腕の銃撃ユニットを構えた<A・ジェネクス・トライアーム>が、創志の剣となるべく舞い降りる。

<A・ジェネクス・トライアーム>
シンクロ・効果モンスター
星6/闇属性/機械族/攻2400/守1600
「ジェネクス・コントローラー」+チューナー以外のモンスター1体以上
このカードのシンクロ素材としたチューナー以外のモンスターの属性によって
以下の効果を1ターンに1度、手札を1枚捨てて発動する事ができる。
●風属性:相手の手札をランダムに1枚墓地へ送る。
●水属性:フィールド上に存在する魔法または罠カード1枚を破壊する。
●闇属性:フィールド上に表側表示で存在する光属性モンスター1体を破壊し、
自分のデッキからカードを1枚ドローする。

「<トライアーム>の効果を使うぜ! こいつは闇属性モンスターをシンクロ素材とした時、手札を1枚捨てることで、相手フィールド上の光属性モンスターを破壊してカードを1枚ドローする!」
「そうか……属性を変えたのは、このためだったんですか!」
 銃撃ユニットの内部にあるシリンダーが回転し、撃ち出す銃弾を選択する。
 ユニットの表面にある緑色のゲージがフルチャージされ、銃口に光が集い始める。
「行くぜ! ダーク・ブリット――ファイア!」
 夜空のような深い闇の色をたたえたエネルギー弾が、銃口から放たれる。
 対し、<The tyrant NEPTUNE>は鎌を真横に構えて守りを固めた。
 が。
 その鎌をへし折り、重厚な鎧を貫き、「ダーク・ブリット」は暴君の胴体に風穴を開けた。
 爆発。
 破壊された<The tyrant NEPTUNE>が、激しい爆発を伴って戦場から脱落する。
「……カードを1枚ドロー!」
 <A・ジェネクス・トライアーム>の効果で、創志はカードを1枚ドローする。
(こういうとき、相手の表情が見えないってのは厄介だな……)
 麻袋を被ったペインが、今どんなことを考えているかは全く分からない。
 <The tyrant NEPTUNE>以上のモンスターがいるとは考えにくいが……このまま終わるとも思えない。
「チャンスじゃぞ! 創志!」
「分かってるっての! バトルだ。<トライアーム>でダイレクトアタック!」
 切の声に、創志は考えを打ち切ってデュエルを進める。
 再び内部のシリンダーが回転。銃弾を変更した黒き機械兵が、攻撃に移るために銃撃ユニットを構え直す。
「<血の代償>の効果を発動ダ。500ポイントのライフを支払い、モンスターをセットする」

【ペインLP3500→3000】

「なら、そのまま攻撃を続行! トライ・シュート!」
 現れたセットモンスターに、エネルギー弾が直撃する。
「破壊さレタのは<見習い魔術師>。このカードが戦闘デ破壊さレタとき、デッキからレベル2以下の魔法使い族モンスター1体を、自分フィールドにセットするコトができル」

<見習い魔術師>
効果モンスター
星2/闇属性/魔法使い族/攻 400/守 800
このカードが召喚・反転召喚・特殊召喚に成功した時、
フィールド上に表側表示で存在する魔力カウンターを
置く事ができるカード1枚に魔力カウンターを1つ置く。
このカードが戦闘によって破壊された場合、
自分のデッキからレベル2以下の魔法使い族モンスター1体を
自分フィールド上にセットする事ができる。

 カードが表になり、金髪の魔術師が砕け散り、手にしていた杖が地面に突き刺さった。
「俺ハ2体目の<見習い魔術師>をセット」
 突き刺さった杖を目印に、新たなセットモンスターが現れる。
「リクルーターか。あんまり時間稼ぎはされたくねえけど……ここはターンエンドだ!」
 ペインの手札は1枚。場を立て直すには時間がかかるはずだ。その時間を稼ぐための<見習い魔術師>だろう。
 相手の思うとおりに事を進められては、再び強力なモンスターが現れるのは確実だ。その前に決着をつけなければならない。

【ペインLP3000】 手札1枚
場:裏守備モンスター、血の代償、伏せ1枚
【創志LP1900】 手札2枚
場:A・ジェネクス・トライアーム(攻撃)、A・ジェネクス・ガードナー(守備)、マシン・デベロッパー、伏せ1枚

「俺のターン。ドロー……モンスターヲセットし、ターンエンド」
 もう1体裏守備モンスターが現れ、早々にペインのターンが終了する。
 普通なら<A・ジェネクス・トライアーム>への対抗手段がないだろうと浮かれるところだが――
「あの伏せモンスター、すごく怪しいです」
 かづなの言うとおりだ。
 <The tyrant NEPTUNE>召喚のスタートキーのなった<幻想召喚師>。あのモンスターは、リバースすることで効果を発揮するモンスターだ。
 次のターンで確実に仕留めなければ、効果を使用されて形勢を逆転されてしまうかもしれない。

【ペインLP3000】 手札1枚
場:裏守備モンスター2体、血の代償、伏せ1枚
【創志LP1900】 手札2枚
場:A・ジェネクス・トライアーム(攻撃)、A・ジェネクス・ガードナー(守備)、マシン・デベロッパー、伏せ1枚

「俺のターン!」
 創志のデッキに裏守備モンスターをそのまま破壊するようなカードは入っていない。ドローした魔法カードも、今は使えないものだ。
「……このまま行く! <トライアーム>でそっちの伏せモンスターを攻撃だ!」
 指定したのは、当然先のターンでセットされたモンスター。
 創志の読み通り<幻想召喚師>か、それとも――
「サセナイ。罠カード<進入禁止!No Entry!!>を発動。攻撃表示モンスターを全て守備表示ニする」

<進入禁止!No Entry!!>
通常罠
フィールド上に攻撃表示で存在するモンスターを全て守備表示にする。

 ブブー! と警告音がけたたましく鳴り響き、攻撃動作に入っていた<A・ジェネクス・トライアーム>が守備表示になってしまう。
「くそ、これじゃ攻め手を増やしても無駄だったか」
 しかし、これでますます怪しさが増した。
 罠カードを使ってまで守ったセットモンスターとなれば、かなり重要なものなのだろう。
「……ターンエンド」
 有効な攻撃ができないまま、創志のターンが終了した。

【ペインLP3000】 手札1枚
場:裏守備モンスター2体、血の代償
【創志LP1900】 手札3枚
場:A・ジェネクス・トライアーム(攻撃)、A・ジェネクス・ガードナー(守備)、マシン・デベロッパー、伏せ1枚
 
 
「俺のターン。ドロー……魔法カード<マジック・プランター>を使ウ。<血の代償>を墓地に送るこトで、カードを2枚ドロースル」

<マジック・プランター>
通常魔法
自分フィールド上に表側表示で存在する
永続罠カード1枚を墓地へ送って発動する。
自分のデッキからカードを2枚ドローする。

 有能な<血の代償>を放棄してまで、ペインはドローすることを選んだ。
 そして、その選択は正しかったといえる。
「来たカ……! デハ、貴様にさらナル痛みを与えよう。反転召喚、<幻想召喚師>!」

<幻想召喚師>
効果モンスター
星3/光属性/魔法使い族/攻 800/守 900
リバース:このカード以外のモンスター1体をリリースし、
融合モンスター1体をエクストラデッキから特殊召喚する。
この効果で特殊召喚した融合モンスターはエンドフェイズ時に破壊される。

「――ッ! またあいつか!」
「裏守備の<見習い魔術師>をリリースし――現れロ! <地天の騎士ガイアドレイク>!!」
 2体目の<幻想召喚師>によって呼び出された融合モンスター、<地天の騎士ガイアドレイク>。
 白金の鎧を身に纏い、両手には宿敵を穿つための突撃槍。同じく白金の鎧を身につけた天馬に跨った騎士は、荘厳な空気と共にフィールドに降り立つ。

<地天の騎士ガイアドレイク>
融合・効果モンスター
星10/地属性/獣戦士族/攻3500/守2800
「大地の騎士ガイアナイト」+効果モンスター以外のシンクロモンスター
このカードは効果モンスターの効果の対象にならず、
効果モンスターの効果では破壊されない。

「なるほど……<地天の騎士ガイアドレイク>なら、<幻想召喚師>の効果で破壊されることがありません。けど――」
「ああ。狙いはそれじゃねえだろ」
 ペインはまだ召喚権を残している。そして、場には2体のモンスター。
「魔法カード<死者転生>を発動。手札を1枚墓地に送リ、墓地ノモンスター1体を手札に加える。<The tyrant NEPTUNE>を手札に」

<死者転生>
通常魔法
手札を1枚捨てて発動する。
自分の墓地に存在するモンスター1体を手札に加える。

 創志の予想通り、ペインは墓地に眠っていた暴君を手札に戻した。
 ――来る。

「マダ暴れ足りないダロウ? サア、暴虐の限りを尽クセ! 2体のモンスターをリリースし、<The tyrant NEPTUNE>をアドバンス召喚!」

 暴君の鎌が、2体のモンスターを切り裂く。
 その魂を糧にして、<The tyrant NEPTUNE>は戦場に再臨した。
 空気が凍りつき、内臓が握りつぶされそうな圧迫感が襲ってくる。
 冷たき暴君が求めるものは、破壊のみ。

<The tyrant NEPTUNE>
効果モンスター
星10/水属性/爬虫類族/攻   0/守   0
このカードは特殊召喚できない。 
このカードはモンスター1体をリリースしてアドバンス召喚する事ができる。 
このカードの攻撃力・守備力は、アドバンス召喚時にリリースしたモンスターの
元々の攻撃力・守備力をそれぞれ合計した数値分アップする。 
このカードがアドバンス召喚に成功した時、
墓地に存在するリリースした効果モンスター1体を選択し、 
そのモンスターと同名カードとして扱い、同じ効果を得る。

「<The tyrant NEPTUNE>の効果ダ。<地天の騎士ガイアドレイク>の名前と効果を得る」
 目の前に現れた白金の鎧を、<The tyrant NEPTUNE>は軽々と握りつぶす。
 地天の騎士の魂を得た暴君の体は、壊れることが無い。
 2度目の召喚となった<The tyrant NEPTUNE>――攻撃力は4300、守備力は3700。
(<The tyrant NEPTUNE>を攻略しなけりゃ、俺の勝ちは無い。どうするか……)
 幸い、今の<The tyrant NEPTUNE>にはバーン効果や貫通効果はない。
 創志の場には、2体の守備モンスターがいる。早々にダメージを受けることはないはずだ。だからこそ、次のターンに向けて戦略を練っておかなければ。
 しかし。
 その考えが慢心であったことを、創志は思い知らされる。
「俺は装備魔法<ジャンク・アタック>を<The tyrant NEPTUNE>装備」
 <The tyrant NEPTUNE>の持つ大鎌の刃に、隕石を現すかのような紋様が刻まれる。

<ジャンク・アタック>
装備魔法
装備モンスターが戦闘によってモンスターを破壊し墓地へ送った時、
破壊したモンスターの攻撃力の半分のダメージを相手ライフに与える。

「<ジャンク・アタック>?」
「あの装備魔法って……確か、モンスターを戦闘で破壊した時に、破壊したモンスターの攻撃力の半分のダメージを与えるものだったはずです!」
「なんじゃと!?」
 かづなの解説に、切の目の色が変わる。
「まずい――創志さん!」
「バトルフェイズだ」
 まるで死刑執行を告げるかのような無慈悲な声で、ペインはフェイズの進行を宣言する。
「<The tyrant NEPTUNE>で<A・ジェネクス・トライアーム>を攻撃」
 咆哮。
 雄叫びを上げた暴君が、魂を狩り取る大鎌を構え、巨大な尻尾を地面に叩きつけて爆発的な推進力を生みだし、跳躍する。
 防御姿勢を取っていた<A・ジェネクス・トライアーム>の前に着地する<The tyrant NEPTUNE>。地響きと共に土煙が上がり、創志の視界が不明瞭になる。
「抉レ。ディスペアー・シックル
 縦一直線に振り下ろされた鎌が、漆黒の機械兵を両断する。
 風が巻き起こり、一瞬にして土煙が取り払われる。
 生まれたのは風だけではない。
 <A・ジェネクス・トライアーム>を両断した刃が巻き起こした衝撃の余波が、荒れ狂う波となって創志に襲いかかってきた。
「ぐああああああっ!」
 体のあちこちが無造作に切り刻まれる。
 創志は反射的に目を閉じるが、額を切られ、そこから鮮血が滴り落ちてくるのが分かった。他にも、肌が顕わになっていた両腕や、身に着けていた衣服が次々と斬られていく。

【創志LP1900→700】

 <The tyrant NEPTUNE>が装備していた<ジャンク・アタック>の効果で、破壊された<A・ジェネクス・トライアーム>の攻撃力の半分、1200ポイントのダメージを受ける。
 何とか耐えきった創志だったが、額の出血が激しいせいで片目を開けていられない。
「創志! すぐに手当てを――」
「――平気だ! デュエルが終わるまでは手を出さないでくれ!」
 それでも創志は、体を気遣ってくれた切に強がりを返した。
 なぜならば。
「どうシタ? ソンナものカ? 貴様の強さは」
 あいつに――ペインにひと泡吹かせてやらないと気が済まなくなったからだ。

【ペインLP3000】 手札0枚
場:The tyrant NEPTUNE(攻撃・地天の騎士ガイアドレイクと同名カード扱い・ジャンク・アタック装備)
【創志LP700】 手札3枚
場:A・ジェネクス・ガードナー(守備)、マシン・デベロッパー(カウンター2)、伏せ1枚
 
 
「俺のターン……ドロー!!」
 気迫を前面に押し出し、創志はカードをドローする。手の平に傷を負わなかったのは幸運だった。自分の血で、カードを汚したくはない。
 引いたカードは、2枚目の<A・ジェネクス・チェンジャー>。
 そして、創志の伏せカードは攻撃力1000以下のモンスターを蘇生させる永続罠<リミット・リバース>。このカードで墓地の<A・ジェネクス・リモート>を特殊召喚すれば、レベル6のシンクロモンスターを呼び出すことが可能だ。
 <地天の騎士ガイアドレイク>の効果を得ている<The tyrant NEPTUNE>は、モンスターの効果では破壊できない。<A・ジェネクス・トライアーム>の効果では破壊できないということだ。そもそも創志は<A・ジェネクス・トライアーム>を1枚しか持っていないため、召喚するには<貪欲な壺>などでデッキに戻さなければならない。
 前回と同じ手は使えない。
 それならば。
(――正面突破。それしかねぇよな!)
 <The tyrant NEPTUNE>の攻撃力4300を超えて、戦闘破壊する。それしか手はない。
 現在、創志の手札には機械族モンスターの切り札といえる<リミッター解除>はない。<リミッター解除>があれば、攻撃力4300を超えることなど容易だ。
(けど、それじゃいつまで経っても成長しねえ)
 今まで、創志は何度も<リミッター解除>に助けられてきた。
 しかし、その1枚に頼りきった戦術を構築するということは、自ら勝利への道筋を狭めていることに他ならない。
 それに、<リミッター解除>は「機械族の切り札」だ。
 創志のデッキは、ただの機械族デッキではない。
 数々の戦いを繰り広げてきた相棒、<ジェネクス>。
 それならば、<ジェネクス>にしかできない勝ち方を目指すべきだ。
 創志は手札の4枚のカードを繰り返し確認する。モンスターカードが2枚に、速攻魔法が2枚……
「――見えた!」
 そして、勝利への道筋が開ける。
「リバースカードを使うぜ! <リミット・リバース>で墓地の<A・ジェネクス・リモート>を特殊召喚!」

<リミット・リバース>
永続罠
自分の墓地から攻撃力1000以下のモンスター1体を選択し、攻撃表示で特殊召喚する。
そのモンスターが守備表示になった時、そのモンスターとこのカードを破壊する。
このカードがフィールド上から離れた時、そのモンスターを破壊する。
そのモンスターが破壊された時このカードを破壊する。

<A・ジェネクス・リモート>
チューナー(効果モンスター)
星3/闇属性/機械族/攻 500/守1800
フィールド上に表側表示で存在するチューナー1体を選択して発動する。
選択したモンスターのカード名は、このターンのエンドフェイズ時まで
「ジェネクス・コントローラー」として扱う。
この効果は1ターンに1度しか使用できない。

 デッキの格ともいえるチューナーモンスターが、墓地より蘇る。
「手札の<A・ジェネクス・ケミストリ>の効果発動! このカードを手札から捨てることで、フィールド上の<ジェネクス>……<A・ジェネクス・ガードナー>の属性を地属性に変更する! そして、<リモート>と<ガードナー>をチューニングだ!」

<A・ジェネクス・ケミストリ>
チューナー(効果モンスター)
星2/闇属性/機械族/攻 200/守 500
属性を1つ宣言し、このカードを手札から捨てて発動する。
自分フィールド上に表側表示で存在する
「ジェネクス」と名のついたモンスター1体の属性は宣言した属性になる。
この効果は相手ターンでも発動する事ができる。

 <A・ジェネクス・リモート>が3つの光球へと形を変え、<A・ジェネクス・ガードナー>の体の中に入っていく。
「残された結晶が、数多の力を呼び起こす! 集え、3つの魂よ! シンクロ召喚――その力を示せ! <A・ジェネクストライフォース>!!」
 シンクロ召喚のエフェクト光が、陰鬱な空気を切り払う。
 朱色のバイザーに銀色のボディ――<A・ジェネクストライフォース>は、右腕の砲撃ユニットを構える。

<A・ジェネクストライフォース>
シンクロ・効果モンスター
星7/闇属性/機械族/攻2500/守2100
「ジェネクス」と名のついたチューナー+チューナー以外のモンスター1体以上
このカードがシンクロ素材としたチューナー以外の
モンスターの属性によって、このカードは以下の効果を得る。
●地属性:このカードが攻撃する場合、
相手はダメージステップ終了時まで魔法・罠カードを発動できない。
●炎属性:このカードが戦闘によってモンスターを破壊した場合、
そのモンスターの攻撃力分のダメージを相手ライフに与える。
●光属性:1ターンに1度、自分の墓地の
光属性モンスター1体を選択して、自分フィールド上にセットできる。

シンクロ召喚……けど、あのモンスターの攻撃力じゃ<The tyrant NEPTUNE>の足元にも及びませんよ」
「大丈夫です、純也君。創志君はとんでもない秘策を用意しているはずです。そんな気がするんです」
「うむ」
 後ろで切とかづなが頷きあっている。彼女たちの期待を裏切るわけにはいかない。
「<A・ジェネクス・チェンジャー>を通常召喚する。さらに<マシン・デベロッパー>の効果発動だ! このカードを墓地に送ることで、このカードに乗っていたジャンクカウンターの数以下のレベルを持つ機械族モンスター1体を特殊召喚する!」

<マシン・デベロッパー>
永続魔法
フィールド上に表側表示で存在する
機械族モンスターの攻撃力は200ポイントアップする。
フィールド上に存在する機械族モンスターが破壊される度に、
このカードにジャンクカウンターを2つ置く。
このカードを墓地へ送る事で、このカードに乗っている
ジャンクカウンターの数以下のレベルを持つ
機械族モンスター1体を自分の墓地から選択して特殊召喚する。

 先のターン、<A・ジェネクス・トライアーム>が破壊されたことによって、カウンターは2つ乗っている。
「来い! <A・ジェネクス・ケミストリ>!」
 効果で手札から直接墓地に送られた<A・ジェネクス・ケミストリ>が、フィールドに特殊召喚される。属性変更も重要だが、創志の本当の狙いは<マシン・デベロッパー>でレベル2のチューナーモンスターを蘇生させることだった。
「<チェンジャー>に<ケミストリ>をチューニング! 残された結晶が、数多の力を呼び起こす! 機械仕掛けの翼となれ! シンクロ召喚……解き放て! <A・ジェネクス・ストライカー>!」
 シンクロ召喚によって呼び出されたのは、4枚の翼を備えたブースターを後部に装備した戦闘機だ。

<A・ジェネクス・ストライカー>
シンクロ・効果モンスター(オリジナルカード)
星5/闇属性/機械族/攻1600/守1200
「ジェネクス」と名のついたチューナー+チューナー以外の機械族モンスター1体以上
1ターンに1度、自分のメインフェイズ時に装備カード扱いとして
自分フィールド上の「ジェネクス」と名のついたモンスターに装備、
または装備を解除して表側攻撃表示で特殊召喚する事ができる。
この効果で装備カード扱いになっている場合のみ、
装備モンスターの攻撃力は1500ポイントアップする。

「<ストライカー>の効果発動! このカードは、自分フィールド上の<ジェネクス>に装備することができ、装備したモンスターは攻撃力が1500ポイント上がる!」
 <A・ジェネクス・ストライカー>の戦闘機部分が分離し、ブースターが<A・ジェネクストライフォース>の背部に装備される。
 4枚の翼が展開し、ブースター部分から淡い青色の光が漏れると同時、<A・ジェネクストライフォース>は空を目指して飛翔した。
「……ソレデモ、攻撃力は4000。俺ノ<The tyrant NEPTUNE>には届かナイ」
「本当にそう思ってんなら、そこで呆けてやがれ! バトルフェイズだ!」
 
 創志が戦闘開始を宣言すると、飛翔を続けていた<A・ジェネクストライフォース>が空中で制止した。
 目下には、畏怖をばらまき続ける暴君の姿がある。
「――<トライフォース>で<The tyrant NEPTUNE>を攻撃!」
 創志は右手を天に向けて掲げ、それを勢いよく振り下ろす。
 それを合図にして、上空の<A・ジェネクストライフォース>が標的に向けて急降下を始めた。
「愚カな。殺セ、<The tyrant NEPTUNE>!」
 <The tyrant NEPTUNE>が鋭い咆哮を上げる。
 直後、暴君の周囲に<地天の騎士ガイアドレイク>が手にしていた黒の突撃槍が出現する。その数は1本だけではなく、視界を覆い尽くすほどの無数の槍が<The tyrant NEPTUNE>の周りを囲んでいた。
「インフィニティ・シェイバー」
 ペインの抑揚のない声が響き渡る。
 そして、再びの咆哮。
 中空に制止していた無数の突撃槍が、空を駆ける<A・ジェネクストライフォース>に向けて一斉に放たれる。
「<トライフォース>!」
 創志がその名を叫ぶと、銀色の機械兵はさらに加速した。
 突撃槍の雨が、銀色を塗り潰す。
 それでも、大地の魂を宿した<A・ジェネクストライフォース>は飛翔をやめない。
 避ける。
 避ける。
 避ける。
 ギリギリのところで突撃槍を避け、標的へと猛進する。
 だが。
「終わりダ……!」
 ついに、その動きが突撃槍に捉えられる。
 研ぎ澄まされた矛先が、銀色の機械兵を貫く直前――
「――手札から速攻魔法<イージーチューニング>を発動!」
 創志は、魔法カードを発動した。

<イージーチューニング>
速攻魔法
自分の墓地に存在するチューナー1体をゲームから除外して発動する。
自分フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体の攻撃力は、
発動時にゲームから除外したチューナーの攻撃力分アップする。

「なッ……このタイミングで発動スルだと!?」
「墓地のチューナーモンスター、<A・ジェネクス・リモート>を除外して、攻撃力を500ポイントアップさせる!」
 <A・ジェネクストライフォース>のバイザーに光が走り、ブースターから光が溢れる。
 目の前に迫っていた突撃槍は、<A・ジェネクストライフォース>の首筋を掠めただけで、致命傷を与えるには至らない。
「これで、<トライフォース>の攻撃力は4500! <The tyrant NEPTUNE>を上回りました!」
「やってしまうのじゃ! 創志!」
 ギャラリーからの声援が、創志を後押しする。
「いっけええええええええええええええええ!!」
 加速する。
 銃弾のような速度で放たれた突撃槍よりも速く、<A・ジェネクストライフォース>は加速する。
 そして。
 ついに、槍の雨を抜けた。
「クッ……<The tyrant NEPTUNE>!」
 暴君が手にしていた大鎌を構えるが、加速した銀色の機械兵を前にその動作は鈍重すぎる。
 すでに、<A・ジェネクストライフォース>は右腕の砲撃ユニットを構え、攻撃を放つ直前だった。
「食らえ! アース・トライ・バスター!」
 <A・ジェネクストライフォース>の砲口から、光が迸る。
 圧倒的な量の光撃が、<The tyrant NEPTUNE>の目前で放たれた。
 背部のブースターがさらに出力を上げ、砲撃の反動を相殺する。
 回避は不可能。
 防御も、不可能。
 光に呑みこまれた冷たき暴君は、断末魔を上げる暇すらなく消滅していく。
 <The tyrant NEPTUNE>が纏っていた鎧に、大きな亀裂が走る。
 直後、暴君は光の中で爆散した。

【ペインLP3000→2800】

 巻き起こった爆発が土煙を巻き上げ、創志とペインの視界が遮られる。
「よし! <The tyrant NEPTUNE>を倒したのじゃ!」
 さらに、ペインの手札は0枚。ライフはまだ半分以上あるが、この状況を引っ繰り返すのは厳しいはずだ。
「図に乗るナヨ小僧……! <The tyrant NEPTUNE>は倒レタが、俺が負けタわけではナイ!」
 だが、ペインはまだ逆転の手があるとでも言いたげに強気な言葉を吐く。
 それを聞いた創志は、ニヤリと笑った。

「いいや。あんたの負けだぜ」

「ナニ……!?」
 ペインが驚愕の色を含んだ声を漏らす。
 なぜならば。
 土煙を突き破り――攻撃を終えたはずの<A・ジェネクストライフォース>が、目前に迫っていたからだ。
「バカな! 何故!?」
「こいつを使わせてもらった。速攻魔法<エアボーン・アタック>――装備状態の<A・ジェネクス・ストライカー>を墓地に送ることで、選択したモンスターはこのターン2回攻撃ができる!」

<エアボーン・アタック>
速攻魔法(オリジナルカード)
装備カード扱いとして装備されている「A・ジェネクス・ストライカー」を墓地に送り、
自分フィールド上に表側表示で存在する「ジェネクス」と名のついたモンスター1体を選択して発動する。
選択したモンスターは、このターン2回攻撃する事ができる。

 ペインの前に着地した<A・ジェネクストライフォース>は、再度攻撃態勢に入る。
「終わりだ! <トライフォース>でダイレクトアタック! アース・トライ・バスター!」
 放たれた光が、ペインを――痛みを与える者を呑み込んだ。

【ペインLP2800→0】









 創志の勝利が確定すると、周囲を取り囲んでいた土の壁がぼろぼろと崩れていく。
 それに合わせるように、麻袋を被った男――ペインの体もまた、風に流される砂のように消えていく。
「待て……!」
 痛みに悲鳴を上げる体を無理矢理動かし、創志はペインの元へと歩を進める。
 まだ、ヤツからは何も聞いていない。
 どうしていきなりデュエルを挑んできたのか。そして、ここは一体どこなのか。
 聞きたいことは山ほどあったが、ペインの体はどんどん消えていく。すでに、右半身が無くなっていた。
「お前は一体――」
「見事ダ。それでこそ、我ガ主の生贄ニふさわシイ」
 その言葉を最後に、ペインは創志の前から姿を消した。
 生贄。
 創志の脳裏に、<次元誘爆>を発動した青年の言葉が蘇る。

 おめでとう。醜い家畜共。貴様らは、俺様に選ばれたのだ――

「創志君!」
 かづなの声で我に返る。
 振り向けば、かづなが心配そうな表情で駆け寄ってくる。その後ろには、切と純也の姿もあった。
「無茶しすぎです! すぐに手当てをしないと……」
「……ワリィ」
 かづなに促され、創志はその場に腰を下ろす。途端に、今まで無視していた疲労がドッと押し寄せてきた。
「さすがじゃと言いたいが……相変わらず危なかっしい戦い方じゃのう」
「ですね。見てるこっちがヒヤヒヤしてしまいました」
「ほっとけ」
 それでも、切や純也の憎まれ口に反撃するくらいの元気はある。
(これからどうするかなぁ……)
 デュエルを終えて気が抜けてしまった創志は、何となく空を見上げる。不安感を煽る灰色の空が、どこまでも続いていた。
 結局、状況整理も出来ていないので、分からないことだらけだ。
「まずは傷口の消毒ですね。確かこの辺に清めの塩が――」
 何やら不穏な単語を呟きながら、自分のディスクをごそごそと漁っているかづな。
 ……とりあえず、これ以上痛い目に合わないことを祈ろう。
 
 
 
 

オリジナルstage 【EP-01~09 サイドN】

「り……ソナ?」
 童話にでも出てきそうな容姿をした少女は、自分の事をそう名乗った。
 名前を呼ばれたリソナは、満足そうな表情を浮かべる。
「さすが男の子!物覚えが早いです!」
「いやどちらかとそういうのは女の子の方が――ってそうじゃなくて!」
 この子にペースを乱されちゃ駄目だ。とにかく、状況を把握しよう。
 今俺はリソナという少女に馬乗りにされていて、身動きが取れない。
 目の前には少女の金の長髪をなびいていて。水色の光をたたえる大きな瞳には不思議そうにこちらを見つめ――

 

「って違うだろ! 問題はそこじゃない!」
「いきなりどうしたですか? お腹痛いですか!」
 
 尚も的外れな事を喋り続ける少女を、俺は視界から外そうとして……
 体勢的に不可能な事に気付き、とりあえず目を閉じた。
 気持ちを落ち着かせ、先程の青年との決闘を思い出す。

 

 ――速攻魔法『次元誘爆』
 あのカードの発動で意識を失い、気付いたらこの場にいた。
 ここが先程とは違う空間の『異世界』なのか
 それとも別の何処かなのか、それすらもわからない。

 

(……いや、わからないってわけでもないか)
 異世界の空気はその名の通り『異質』で、元の世界とは明らかに違う雰囲気が一帯から溢れていた。
 その『雰囲気』が、今この場所には感じられない。
 
 ――だとすると、まずい事になる。
 俺は理由があって異世界に行った。その目的を果たすまで、帰る事は許されない身なのだ。
 ここが元の世界かどうかはわからないが、異世界と違う事はわかる。
 なら、さっさと状況を把握し直して、急いで異世界に帰る必要がある。
(……くそ、どうしてこんな事に)
 そう心中で呟くと、戒斗の言葉が頭の中で再生された。
 
 ――簡単に信用すんな、ここはそういう場所だ。
 
「…………」
 その言葉の意味を噛み締め、苦虫を噛み潰すような顔になる。
 あの青年を一瞬でも信じようと思ってしまった俺の甘さが、この状況を招いてしまった。
 それは、変わりようのない事実なのだ。
 自分が歪んだら、悲しむ奴がいる。
 だが、それを優先するが余り、容態を悪化させてしまっては――

 

 つねりっ
 突如、俺の頬に激痛が走った。

 

「てぇぇ!?」
 順調に進んでいた思考を中断され、目を見開きながら上半身をガバッと起こす。
 どうやら先程の少女――リソナが俺の頬を抓っていたようだった。

 

「――今のは痛かったぞ! いきなり何すんだ!」 
「やっぱりそうです! 何だか竜帝さんに少し似てるです!」
「……竜帝?」

 

 人の話を聞かない金髪少女から、何やら仰々しい単語が飛び出してきた。
 よくわからないが―― 『竜帝』などという二つ名を恥ずかしげもなく名乗っている人物は、きっとロクな人物では無い気がする。
 それに語呂も悪いし言い辛い
 どうせ名乗るのなら『氷帝』だとか『知将』だとか名乗った方がよっぽどイケテルと思う。

 

「竜帝さんに似てるなら、きっと悪い人じゃないです! リソナは――」
 俺が頭を巡らせている間に、少女ははしゃぐように立ち上がり、尚も言葉を続けようとした。
 ――その時。

 

「そいつから離れろ、リソナ」

 

 何者かの鋭い声が、辺りに響いた。
 その声のした方角――廃墟になっている建物の影から、一人の男が現れる。
 男は灰色の中折れ帽を深く被っていて、その表情は見えない。
 だが、その男の纏う雰囲気が、タダ者ではない事を確信させてくる。
 俺は男に警戒心を寄せながら、乾いた口を動かす。

 

「アンタ――誰だ?」
「ハッ……名乗ると思うか?悪いが、そこまで無用心でもないんだ」

 

 その物言いに、俺は冷や汗を一つ流した。
 目の前の男の正体は、全くわからない。
 ただ一つ確かなのは、明らかに『場慣れ』している事。
 こういった状況で戸惑う事なく、感情を揺らす事なく、ただこちらを見つめている。
 相手の情報を知りたいのは山々だが、男の様子を見るとそれも難しい――

 

「あ、テルですー!!」

 

 唐突に、緊迫した空気を金髪の少女がぶち壊した。
 少女は声を上げながら男に走っていき――盛大にドロップキックをかます

 

「ぐふぇあ!」

 

 渾身の蹴りは男の腹に突き刺さり、苦悶の声を上げる。
 表情を隠していた中折れ帽子はその衝撃で吹っ飛び、苦痛に歪む顔がはっきりと見えた。
 俺は緊張状態からいきなり笑点を見せられたような気分になり、ポカンとする。 

 

「遅いですテル! 私は迷子になったんですから、もっと早く探して欲しいです!!」
「どんな理屈だそりゃ……! あとやたら覚え立てのドロップ蹴りをしてくるのはやめろ!」
「……なんだこれ」

 

 そのやり取りを見て、俺は呆れながらも、何だか既視感のような物を感じる。
 何にせよ、この二人がお互いの知り合いなのは確かだ。
 なら、少なくともあの小柄な少女――リソナは安全なはずだ。
 この場所が情報が欲しいのは確かだが、これ以上は関わらない方が無難だろう。
 俺はそう結論付け、中折れ帽を拾うと、口論をしている男に軽く投げる。
 男は一早くそれに気付き、顔の目の前に迫っていた自らの帽子を片手でキャッチした。
「……っと」
「落し物だぜ、テルさん」
「ああ悪い――ってその呼び方はやめろ」
「仕方ないだろ名前知らないんだから。じゃあな」
 そう言って溜め息を吐くと、その場から退散するように踵を返し、歩き始める。
 悪い奴等ではなさそうだが信頼するにはまだ早い。もう二度と、失敗するわけにはいかないのだ。
 そして信じられないのなら、関わらないのが一番だ。
 そう思い、更に歩調を速くする。
 すると



「待て」
 平坦な声を、背中から投げつけられた。
 そして同時に、決闘盤の展開音が聞こえる。
 その音に体が無意識に反応し、俺もデッキに手を置いた。

 

「……何だ?」
 恐らく、決闘盤を展開したのは――先程の中折れ帽子男の物だろう。
 もし男がサイコ決闘者のような何らかの力を有している場合、この状況は銃を構えられているのと変わらない。
 それでも平静を崩さずにデッキに手を置き、続く言葉を待つ。

 

「俺達はここが何処だかわからない。情報が欲しいんだ、黙っていくのは無しにしてくれ」
「……俺が仮に情報持っていたとして、おまえはそれを信じられるか?」
「リソナは信じますよ! 竜帝さんに似てる人はみんないい人です!」
「おまえは黙ってろ」

 

 リソナは男に手で制され、不服そうな顔をする。
 男は中折れ帽子を再び被り直し、帽子の奥の目をギラつかせ、言った。

 

「確かに信じられねぇな――――だが、一番いい方法がある」

 

 男は決闘盤を起動させ、口元を軽く釣り上げる。
 その瞬間、その男の周りに力場のようなものが形成された。
 ――サイコ決闘者特有の、力の放出だ。
 それを見て、俺は少し笑みを浮かべた。

 

「なるほど」
 こちらも、楽しげに決闘番を展開させる。
 アイツが言いたかったのは、お約束の『実力行使で吐かせる』といったモノではない。
 決闘者同士が理解し合うのに、一番近道なのは……決闘以外には有り得ない。
 つまりは、そういう事なのだろう。
 俺はデッキのシャッフル機能を使いながら、口元を歪める。 

 

「いいね、そういうのは――わかりやすくていい」
「ハッ、俺好みの反応だな。坊主」
「坊主って言わないでくれよテルさん、どっかのハイテクを思い出す」
「ならおまえもテルって言うのはやめろ!俺は神楽屋輝彦って名前が――」
「結局名乗ってるです! テルかっこ悪いです!」
「だーお前は黙ってろ!」

 

 そのやり取りを見て、俺は再び既視感を感じ――
 なるほどと思い、小さく笑った。
 あれは多分……俺と、アイツに似てるんだ。
 懐かしい顔を思い出しながら、中折れ帽子の似合うテルさんに向き直る。

 

「――俺の名前は時枝治輝。さぁ始めようぜ、テルさん!」
「……俺が勝ったらその呼び方はやめろよ、時枝!」




 ――決闘!!
 二人の声が、薄気味の悪い廃墟に響き渡る。
 それは生気の無いこの世界に何かを吹き込むような、勇ましい声だった。
 
 
「――テルが決闘なんてしなくても、信じてもいいと思うのです」
 でも、とリソナは思う。
 竜帝さんに似ているあの人と、テルの決闘が見れるのならそれはそれは面白いものではないかと。

「そういうわけでリソナは大人しく観戦してるです!二人ともがんばです!」




    遊戯王オリジナルstage 【EP-02 サイドN】


【治輝LP4000】 手札5枚   
場:なし

【神楽屋LP4000】 手札5枚
場:なし
「俺のターン、ドロー!」
 先行を取った治輝は手札を確認し、素早くカードを一枚選び取る。
「俺はカードを一枚セット。更に守備表示でモンスターを一枚セットし、ターンエンド!」

「ハッ。威勢の割りには消極的じゃねーか。俺のターン!」
 神楽屋は帽子の位置を直した後、気取ったような動作でドローする。
 挑発とも捉えられる言葉にも動じない治輝を見て、神楽屋は警戒を強める。

「そっちが来ないなら俺から行くぜ――来い! <ジェムナイト・アレキサンド>!」
<ジェムナイト・アレキサンド>
効果モンスター
星4/地属性/岩石族/攻1800/守1200
このカードをリリースして発動する。
自分のデッキから「ジェムナイト」と名のついた
通常モンスター1体を自分フィールド上に特殊召喚する。
 神楽屋がそう言うと、銀の鎧を纏ったモンスターが実体化する。
 その輝きはまるで、宝石のような美しさを備えていた。

「ジェムナイト……!?」
 そのカードの登場に、治輝は目を丸くする。
 そんな治輝を見ていた神楽屋は、訝しげな表情を浮かべた。

「どうした坊主。コイツと戦うのは初めてか?」
 コン!と指でアレキサンドの銀色の鎧を叩き、神楽屋は口元を吊り上げながら治輝に問いかける。
 それを聞いた治輝は我に帰り、改めて目の前のモンスターに視線を戻した。

「……いや、知り合いが昔使ってたよ」
「そうかい。なら説明は不要だろうが――<ジェムナイト・アレキサンド>の効果発動! このカードをリリースする事で、デッキから「ジェムナイト」と名のついた通常モンスター一体を自分フィールド上に特殊召喚する!」

 神楽屋の効果宣言を引き金にして、銀色の鎧が四つに割れた。
 4つに分かれた鎧の中心部から光が生まれ、その中からモンスターが現れる。

「来い! <ジェムナイト・クリスタ>!」
《ジェムナイト・クリスタ》 †

通常モンスター
星7/地属性/岩石族/攻2450/守1950
クリスタルパワーを最適化し、戦闘力に変えて戦うジェムナイトの上級戦士。
その高い攻撃力で敵を圧倒するぞ。
しかし、その最適化には限界を感じる事も多く、仲間たちとの結束を大切にしている。
 水晶のような美しい鎧を纏った、聖騎士を思わせる風貌のモンスターがフィールド上に現れた。
 その能力を目の当たりにし、治輝は驚愕する。

「一ターン目から攻撃力2450のモンスターを、手札一枚で……!」
「手の内を見せたからには攻撃させてもらうぜ。クリスタ、伏せモンスターを攻撃だ!」

 鎧を纏っているとは思えない程俊敏な速度で間合いを詰めると、クリスタは目にも止まらぬ早業で伏せモンスターを破壊してしまった。
 破壊された伏せモンスターの正体は、仮面竜。
 ドラゴン族モンスター限定のリクルーターだ。

「――仮面竜の効果発動、デッキから<ミンゲイドラゴン>を特殊召喚する!」
《ミンゲイドラゴン/Totem Dragon》 †

効果モンスター
星2/地属性/ドラゴン族/攻 400/守 200
ドラゴン族モンスターをアドバンス召喚する場合、
このモンスター1体で2体分のリリースとする事ができる。
自分のスタンバイフェイズ時にこのカードが墓地に存在し、
自分フィールド上にモンスターが存在しない場合、
このカードを自分フィールド上に表側攻撃表示で特殊召喚する事ができる。
この効果は自分の墓地にドラゴン族以外のモンスターが存在する場合には発動できない。
この効果で特殊召喚されたこのカードは、フィールド上から離れた場合ゲームから除外される。

「なるほど、ドラゴンデッキか」
 置物のようなドラゴンが現れ、神楽屋は納得したような表情を浮かばせニヤリとする。
「……これでお互いの手の内は割れた。これからが本当の勝負だ!」
「ハッ、だが優勢なのはこっちだ。最初も勝負の内だって事を忘れんなよ?」

 神楽屋は中折れ帽子を深く被り直し
 治輝は自らのデッキに手を乗せ、お互いの姿を睨み付ける。
 そして、その緊迫した空気の中で




「みーんみんみんみん!!」

 謎の声が響き渡り、その空気とか雰囲気といった色々なアレコレを、残さず吹き飛ばしていった。
 それにより神楽屋の帽子が大きくズレ
 治輝は「あーあ」と何かを諦めたような声を上げ
 リソナは好奇の視線を向ける。

 その鳴き声を発したのは、置物のようなドラゴン……ミンゲイドラゴンだ。

 神楽屋はため息を吐き、ズレた帽子の位置を直しながら、治輝に問いかける。
「――時枝。おまえ少しは雰囲気ってもんをだな」
「いや、前まではとても大切にしてたんだが……最近何だか面倒に」
「その昆虫さん素晴らしいです!もっと泣かしてくださいです!」

 神楽屋は先程の鳴き声を努めて意識の外にやり
 リソナの不穏な発言をスルーしつつ、カードを一枚伏せ、ターンをエンドした。

【治輝LP4000】 手札4枚   
場:ミンゲイドラゴン(守
伏せカード1枚

【神楽屋LP4000】 手札4枚
場:ジェムナイト・クリスタ
伏せカード1枚
 
 
「――気を取り直して、俺のターン!」

 治輝はドローすると、そのカードを見て満足気な表情を浮かべた。
 逆に神楽屋はその表情を見て、警戒心を強める。

「ハッ。来るか!」
「来るぜ! 俺は<ミンゲイドラゴン>を二体分の生贄にして――」

 次の瞬間、ミンゲイドラゴンが光に包まれ墓地に沈む。
 その光から噴水のように水流が溢れ出し、それら全てが凍りつく。
 だが瞬時に凍ったその水流にはひびが入り、中から青白く美しい龍が飛び出してきた。
「現れろ――青氷の、白夜龍ッ!」
《青氷の白夜龍(ブルーアイス・ホワイトナイツ・ドラゴン)/White Night Dragon》 †

効果モンスター
星8/水属性/ドラゴン族/攻3000/守2500
このカードを対象にする魔法・罠カードの発動を無効にし破壊する。
自分フィールド上に表側表示で存在するモンスターが攻撃対象に選択された時、
自分フィールド上に存在する魔法または罠カード1枚を墓地に送る事で、
このカードに攻撃対象を変更する事ができる。
 神楽屋は突如出現した白夜龍を前にして、冷や汗を流す。
 治輝はバトルフェイズに向け、精神を集中させていく。
「攻撃力3000の上級ドラゴン……!」
「クリスタ――水晶もいいが、氷も負けちゃいないぜ! 俺は<青氷の白夜龍>で<ジェムナイト・クリスタ>に攻撃。ホワイナイツ、ストリーム!」

 白夜龍が吐き出した美しい氷のブレスが、クリスタの周囲を包み込んでいく。
 クリスタはその流れに溶け込むように、ブレスの中でその姿を消してしまった。
 
【神楽屋LP】4000→3550

「ドラゴンデッキは初速が遅いと踏んでいたんだがな。のんびりさせてはくれないか」
「それは使い手によって幾らでも変わってくるぜ。テルさん」
「……テルさんやめろ。すぐにその余裕、取っ払ってやる」

 治輝がエンド宣言をすると、神楽屋はカードを鋭角的な動きでドローした。
 深く被り直した中折れ帽子の奥から、治輝を睨み付ける。

「俺は手札から<ジェムナイト・ガネット>を召喚!」
《ジェムナイト・ガネット/Gem-Knight Garnet》 †

通常モンスター
星4/地属性/炎族/攻1900/守   0
ガーネットの力を宿すジェムナイトの戦士。
炎の鉄拳はあらゆる敵を粉砕するぞ。
 全身を赤く染めた真紅の戦士が、フィールド上に君臨する。
 だが、神楽屋の召喚はまだ終わらない。

「更に伏せカード<蘇りし魂>を発動!」
《蘇(よみがえ)りし魂(たましい)/Soul Resurrection》 †

永続罠
自分の墓地から通常モンスター1体を守備表示で特殊召喚する。
このカードがフィールド上に存在しなくなった時、そのモンスターを破壊する。
そのモンスターが破壊された時このカードを破壊する。
「その効果で墓地に眠る<ジェムナイト・クリスタ>を守備表示で復活させる!」
《ジェムナイト・クリスタ》 †

通常モンスター
星7/地属性/岩石族/攻2450/守1950
クリスタルパワーを最適化し、戦闘力に変えて戦うジェムナイトの上級戦士。
その高い攻撃力で敵を圧倒するぞ。
しかし、その最適化には限界を感じる事も多く、仲間たちとの結束を大切にしている。
「場に二体のジェムナイトを並べた……?」
 治輝はモンスターの展開に警戒を強めるが、相手の狙いがわからない。
 ジェムナイトの本質は『融合』のはずだ。そして融合は、手札からでも行える。
 チューナーでも入れない限り、わざわざフィールド上に並べる利点がない。
 <蘇りし魂>で蘇生させてきた一体はともかく、わざわざガネットを召喚する意味は……

「ハッ、意味ならある。まぁ見てろ」

 治輝の思考に割り込むように、神楽屋は一枚のカードを発動させた。
 すると、ガネットとクリスタは宝石へと姿を変え、中央に巨大な閃光が現れる。

「魔法カード発動、パーティカル・フュージョンッ!」
《パーティカル・フュージョン》 †

通常魔法
自分フィールドから、融合モンスターカードによって決められた
融合素材モンスターを墓地へ送り、
「ジェムナイト」と名のついたその融合モンスターを1体を
融合召喚扱いとしてエクストラデッキから特殊召喚する。
「二体のジェムナイトを――融合させる!」

 その巨大な閃光の中に、二色の宝石が吸い込まれていく。
 宝石を取り込んだその閃光は、先程とは比べ物にならない程輝きを増していた。
 そして、その輝きの中心に、新たな宝石が誕生する。

 それは、黄水晶と呼ばれる巨大な宝石。
 尚も輝き続ける黄水晶にヒビが入り、中から青いマントを翻した甲冑の騎士が現れる。
 その両腕と手にした剣は溶岩のように赤く輝いており、沸々と熱気を振りまくかのようだった。

融合召喚、ジェムナイト・マディラッ!!」
<ジェムナイト・マディラ>
融合・効果モンスター
星7/地属性/炎族/攻2200/守1950
「ジェムナイト」と名のついたモンスター+炎族モンスター
このカードは融合召喚でのみエクストラデッキから特殊召喚する事ができる。
このカードが戦闘を行う場合、相手はダメージステップ終了時まで
魔法・罠・効果モンスターの効果を発動する事はできない。
「マディラ!? だが、ソイツの攻撃力では!」
「適わないと思うだろ? だが……!」

 神楽屋が不適に笑うと、真紅の剣が先程の黄水晶と同じように輝き始めた。
 それと同時に溶岩のような無骨な剣は、三日月のように鋭く、洗練された刃へと変化していく。

 そして<ジェムナイト・マディラ>の攻撃力は、4650へと上昇していた。
 治輝はそれを見て、驚愕の表情を隠せない。

「4650!? 一体何を――」
「<パーティカルフュージョン>は場に素材が揃って初めて発動できる。確かに使い辛いカードだが……」
《パーティカル・フュージョン》 †

通常魔法
自分フィールドから、融合モンスターカードによって決められた
融合素材モンスターを墓地へ送り、
「ジェムナイト」と名のついたその融合モンスターを1体を
融合召喚扱いとしてエクストラデッキから特殊召喚する。
この効果で融合召喚に成功した時、墓地に存在するこのカードをゲームから除外し、
その融合召喚に使用した「ジェムナイト」と名のついた
融合素材モンスター1体を選択して発動する。
その融合モンスターの攻撃力はエンドフェイズ時まで、
選択したモンスターの攻撃力分アップする。
 神楽屋は墓地の<パーティカル・フュージョン>を手に取り、治輝に向かって突きつける。
 次の瞬間、そのカードは光と共に消え去り、除外されていった。

「このカードで召喚したモンスターは、素材にしたモンスター一体の攻撃力を加える事ができる!」
「……ッ!」

 その説明で、治輝は全てを理解した。
 あの真紅の剣の輝きは、水晶のように透き通る光を放っている。
 つまり、マディラの攻撃力にクリスタの力が備わっているのだ。

「バトルフェイズ。その氷を溶かしてやるぜ――マディラ!」
「……くっ、白夜龍!」

 二人が各々のモンスターを見上げた瞬間。
 <ジェムナイト・マディラ>は、トン、と自然なステップを踏み、地面を蹴った。
 突如爆発的な推進力が生まれ、鎧に包まれた体が<青氷の白夜龍>に向けて一気に加速する。
 白夜龍に、氷のブレスを吐く時間すら与えない、俊敏な動き。
 剣を真横に構えたマディラは、真紅に輝くその剣を真横に振り抜く。

「食らいな――パイロ、スラッシュ!!」

 白夜龍の氷の体に、ミシリと音が鳴る。
 すると、マディラの剣に宿った輝きが少しずつ収まっていき
 真紅の剣に宿った光が、完全に消えた瞬間。
 ――――青氷の白夜龍は、粉々に四散した。









【治輝LP】4000→2350

【治輝LP2350】 手札4枚   
場:
伏せカード1枚

【神楽屋LP3550】 手札3枚
場:ジェムナイト・マディラ
蘇り魂
 
 
 
「ッ……まさか序盤にここまでライフを削ってくるなんて……」

 そう言って治輝は苦い顔をしたが、不思議と悪い気分ではない。
 思えばこんな気分で決闘をするのは随分と久し振りだった。
 負ける事が許されない、命のやり取り。
 ここ半年以上治輝が経験してきたのは、そういう類の決闘だった。
 でもこれはあくまで、お互いを信用する為の決闘。

「俺はカードを一枚伏せ、ターンエンド!」
 神楽屋は白夜龍を倒した事に満足気な表情を浮かべ、ターンをエンドする。
 治輝は、今一度自分のしている決闘の事を再認識した。
 今は、今だけは――決闘に『恐れ』なんていう感情を、持ち込まないでいいのだと。

「なら行くぜ。俺のターン!」
 そう思うと、不思議と体が軽くなってきた。




【治輝LP2350】 手札5枚   
場:
伏せカード1枚

【神楽屋LP3550】 手札2枚
場:ジェムナイト・マディラ
蘇り魂 伏せカード一枚

 
 治輝はカードをドローし、そのカードを確認すると笑みを浮かべた。
 このカードなら、マディラに挑む事ができる。
「スタンバイフェイズ。俺は墓地から<ミンゲイドラゴン>を特殊召喚!」

《ミンゲイドラゴン/Totem Dragon》 †

効果モンスター
星2/地属性/ドラゴン族/攻 400/守 200
ドラゴン族モンスターをアドバンス召喚する場合、
このモンスター1体で2体分のリリースとする事ができる。
自分のスタンバイフェイズ時にこのカードが墓地に存在し、
自分フィールド上にモンスターが存在しない場合、
このカードを自分フィールド上に表側攻撃表示で特殊召喚する事ができる。
この効果は自分の墓地にドラゴン族以外のモンスターが存在する場合には発動できない。
この効果で特殊召喚されたこのカードは、フィールド上から離れた場合ゲームから除外される。

 ミンゲイドラゴンは場に出てきた途端、また鳴き出そうとする。
 が、即座に治輝はメインフェイズに入り、ミンゲイドラゴンを生贄にする。
 リソナは残念がり、神楽屋はホッと息を撫で下ろし……すぐに表情を硬くする。
 二体生贄のドラゴン族モンスター。
 <ジェムナイト・マディラ>より、攻撃力が高いのは明白だからだ。

「来い、ドラグニティアームズ――」

 治輝が宣言すると、無数の枝が辺り一帯を覆い尽くた。
 生気の感じられないはずの廃墟に、命の管が通っていく。

「レヴァ、テインッ!!」

 枝が侵食していく勢いで、辺りにある柱が小刻みに震え出す。
 次第に細かい枝は一つになる事で大きくなり、その中心から閃光が零れ出る。
 その輝きは剣の形を象り、輝きの中から出現した巨大な竜がそれを握った。

《ドラグニティアームズ-レヴァテイン/Dragunity Arma Leyvaten》 †

効果モンスター
星8/風属性/ドラゴン族/攻2600/守1200
このカードは自分フィールド上に表側表示で存在する
「ドラグニティ」と名のついたカードを装備したモンスター1体をゲームから除外し、
手札または墓地から特殊召喚する事ができる。
このカードが召喚・特殊召喚に成功した時、
「ドラグニティアームズ-レヴァテイン」以外の
自分の墓地に存在するドラゴン族モンスター1体を選択し、
装備カード扱いとしてこのカードに装備する事ができる。
このカードが相手のカードの効果によって墓地へ送られた時、
装備カード扱いとしてこのカードに装備されたモンスター1体を特殊召喚する事ができる。

「コイツは……」
「そっちが剣で来るなら、こっちも剣で勝負だ!」

 治輝がそう言った直後。
 レヴァテインが握っていた剣が、ビルのように巨大な大剣へと刀身を変化させていく。
 その青い大剣は、氷のような透明感を感じさせる。

「レヴァテインの効果で<青氷の白夜龍>を装備し――バトルフェイズ。マディラに攻撃!」

 レヴァテインは治輝の言葉に瞬時に反応し、その大剣を静かに真横に構える。
 この空間全てを刈り取る事ができそうな巨大な大剣が、マディラに襲い掛かった。
 マディラはそれを受け止めるが、ジリジリと押され始める。

「剣の勝負ならこっちに分があるみたいだな、テルさん!」
「――ハッ、確かにソイツは認めるしかねぇみたいだな。だが……!」

 次の瞬間。
 <ジェムナイト・マディラ>の目の前に、光の壁が出現する。
 ガキン、と。
 <ドラグニティアームズ・レヴァテイン>の持つ青い大剣は光の壁に阻まれ、甲高い音を鳴らした。
 光の壁はその衝撃を増幅で跳ね返すように、多数の光を放出させ、治輝の場に降り注ぐ。
 治輝は驚愕の表情を隠せず、神楽屋は帽子を深く被り直しながら、ゆっくりと口を開く。

「その差を埋めるのが決闘者の役割――だろ?」

《聖(せい)なるバリア-ミラーフォース-/Mirror Force》 †

通常罠(制限カード)
相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
相手フィールド上に存在する攻撃表示モンスターを全て破壊する。

 <聖なるバリア・ミラーフォース>
 デッキに一枚しか入れる事の許されない、最強の攻撃反応罠カード。
 それが発する光の奔流に、並のモンスターは耐える事ができない。
 それは<ドラグニティアームズ・レヴァテイン>も例外でもなく、すぐに光となって四散してしまった。

 治輝は俯き、神楽屋は得意気な表情を見せる。
 だが治輝はすぐに顔を上げると、高々に宣言した。

「ならその役を俺は越えるだけだ。レヴァテインには、隠された効果がある!」
「隠された効果……?」
「このカードが効果で破壊された時、レヴァテインには自らの剣にしたドラゴンをフィールドへと蘇生させる事ができる! ……どうやらこの効果は知らなかったみたいだな、テルさん!」

《ドラグニティアームズ-レヴァテイン/Dragunity Arma Leyvaten》 †

効果モンスター
星8/風属性/ドラゴン族/攻2600/守1200
このカードは自分フィールド上に表側表示で存在する
「ドラグニティ」と名のついたカードを装備したモンスター1体をゲームから除外し、
手札または墓地から特殊召喚する事ができる。
このカードが召喚・特殊召喚に成功した時、
「ドラグニティアームズ-レヴァテイン」以外の
自分の墓地に存在するドラゴン族モンスター1体を選択し、
装備カード扱いとしてこのカードに装備する事ができる。
このカードが相手のカードの効果によって墓地へ送られた時、
装備カード扱いとしてこのカードに装備されたモンスター1体を特殊召喚する事ができる。

 レヴァテインが破壊された事によって四散した光が、白夜の大剣に集まっていく。
 その大剣の中に、再び巨大なドラゴンの影が映り込む。
 だが神楽屋はその様子を見ても、その得意気な表情は揺るがない。

「ハッ、確かにソイツは知らない効果だ――本来だったら、迂闊な選択だったかもしれねぇ」
 その様子に、治輝は違和感を覚える。
 パーティカルフュージョンの効果は既に切れていて、マディラの攻撃力は2200。
 再び攻撃力3000の<青氷の白夜龍>を蘇生させるのは、相手にとっては辛いはずだ。
 そう思った治輝は訝しんでいると、神楽屋は帽子の奥から治輝を視線で射抜きつつ、言った。
 
「だが『効果』には変わりない――!」

 そう神楽屋が言い切ると<ジェムナイト・マディラ>は左手を前方に向ける。
 左手が赤く輝き、火の玉が連結することで構成された鎖が発射された。
 目標は、目の前の青い大剣。
 大剣はその炎の鎖に拘束され、中空へと押し上げられる。
 マディラは地面を蹴り、そのまま目標である大剣の目の前に近寄り

 一閃。
 蘇生されるはずだった白夜龍を象った剣は真っ二つに折れ、そのまま空中で消滅してしまった。

「な……!?」
「おまえこそ知らなかったみたいだが、マディラが戦闘を行うとき、相手はダメージステップ終了時まであらゆるカードの効果を発動することはできない――目論見が外れたみたいだな?」

 砕け散った氷の剣の氷片が、神楽屋の上から降り注ぐ。
 だが、神楽屋は自分を守る仕草すら見せずに、相手である治輝から視線を外さない。
 それは彼自身の強さを、証明しているかのようだった。

【治輝LP2350】 手札4枚   
場:
伏せカード1枚

【神楽屋LP3550】 手札2枚
場:ジェムナイト・マディラ
蘇り魂 
 
レヴァテインを倒され、その装備モンスターの蘇生を阻止され――。
 神楽屋の従える<ジェムナイト・マディラ>は健在。ライフは残り僅か。
 治輝の状況は、かなり切迫していた。

「……こうなったら温存とか言ってられないな。俺は<調和の宝札>を発動!」

《調和(ちょうわ)の宝札(ほうさつ)/Cards of Consonance》 †

通常魔法
手札から攻撃力1000以下のドラゴン族チューナー1体を捨てて発動する。
自分のデッキからカードを2枚ドローする。

「<ドラグニティ・ファランクス>を捨て、カードを二枚ドローする!」
「手札交換カードを温存……?」
「別にテルさんを侮ってたわけじゃない。アンタには綱を渡らないと勝てそうにないって――そう思っただけだ!」

 言いながら、治輝は二枚のカードを勢い良くドローする。
 引いたカードを治輝は満足気に眺めると、一枚の伏せカードを手に取った。

「更に速攻魔法を発動! <超再生能力>!!」

《超再生能力(ちょうさいせいのうりょく)/Super Rejuvenation》 †

速攻魔法
エンドフェイズ時、自分がこのターン中に
手札から捨てた、または生け贄に捧げた
ドラゴン族モンスター1体につき、デッキからカードを1枚ドローする。

「俺が生贄にしたのは一体。そして捨てたのは一体。合計ニ枚のカードをドローできる!」
「レヴァテインの生贄に<調和の宝札>のコスト――なるほどな」
 圧倒的優位なはずの神楽屋は眉を顰め、治輝の行動に注視する。
 まだ、油断はできない。
「そして<おろかな埋葬>を発動!」

おろかな埋葬(まいそう)/Foolish Burial》 †

通常魔法(制限カード)
自分のデッキからモンスター1体を選択して墓地へ送る。

「デッキからモンスターを墓地に送り――2枚のカードを伏せターンエンド。超再生能力のカード効果で、二枚のカードをドローする!」

 これで、準備は整った。
 治輝は自分の不利を全く気にもせず、自信に溢れた表情でターンをエンドした。

【治輝LP2350】 手札3枚   
場:
伏せカード2枚

【神楽屋LP3550】 手札2枚
場:ジェムナイト・マディラ
蘇り魂 



    遊戯王オリジナルstage 【EP-05 サイドN】


「……」
 神楽屋は、目を細めながら無言でカードを一枚ドローする。
 相手のライフは風前の灯火だ。
 手札にはモンスターがある。もしあの二枚の伏せカードがブラフなら、神楽屋の勝ちは確定する。
 だというのに自信の満ちたあの表情――このターンを守りきる絶対の自信があるようにしか思えない。
 
「ハッ。バトルフェイズだ」
 だからこそ、神楽屋は勝ちを急がなかった。
 メインフェイズを飛ばし<ジェムナイト・マディラ>の効果を最大限に生かす為に。

《ジェムナイト・マディラ》 †

融合・効果モンスター
星7/地属性/炎族/攻2200/守1950
「ジェムナイト」と名のついたモンスター+炎族モンスター
このカードは融合召喚でのみエクストラデッキから特殊召喚する事ができる。
このカードが戦闘を行う場合、相手はダメージステップ終了時まで
魔法・罠・効果モンスターの効果を発動する事はできない。

「おまえがどんな罠を仕掛けていようと、コイツが一度攻撃を始めちまえばダメージは免れない。トドメには至らねぇが、それでもお前のライフを限界まで削る事はできる」
「……ソイツはどうかな?」
「何?」

 治輝は神楽屋の予想に反し、ここで一枚のカードを発動した。
 神楽屋が攻撃宣言をする一寸前に
 すると
 先程マディラに倒されたはずの<ドラグニティアームズ・レヴァテイン>の幻影が現れ、鋭い咆哮を上げた。
 その滝のように迫ってくる咆哮を全身に受け、マディラはたじろぎ、動けなくなってしまう。
 神楽屋はそれを見て、驚愕の声を上げた。

「な――!?」
「これが<調和の宝札>で俺が引いたカードの一つ……威嚇する咆哮だ!」

《威嚇(いかく)する咆哮(ほうこう)/Threatening Roar》 †

通常罠
このターン相手は攻撃宣言をする事ができない。

 神楽屋は帽子の位置を直し、感嘆の声を上げる。
「攻撃をしたら最後、あらゆるカードが発動できねぇのなら、攻撃宣言そのものを封じればいい――なるほど、理に適ってるじゃねぇか」
「そういう事。さぁどうする?」
「バトルができないのなら、カードを一枚セットし<ジェムナイト・マディラ>を守備表示にする」
 そして、ターンエンド。
 治輝はこの有利な状況でマディラの表示形式を変更した神楽屋を見て、愉快そうに笑った。
 やっぱりこの人は、一筋縄では倒せそうにない。


【治輝LP2350】 手札3枚   
場:
伏せカード1枚

【神楽屋LP3550】 手札2枚
場:ジェムナイト・マディラ(守備
蘇り魂 伏せカード1枚
 
【治輝LP2350】 手札3枚   
場:
伏せカード1枚

【神楽屋LP3550】 手札2枚
場:ジェムナイト・マディラ(守備
蘇り魂 伏せカード1枚

「俺のターン――言葉通り、次はこっちの番だ!」
 そう言いながら治輝は、一枚のカードを発動させる。
 それは一枚の伏せカード。
 自分の相棒を復活する事のできる、勝利への道標。

《リビングデッドの呼(よ)び声(ごえ)/Call of the Haunted》 †

永続罠(制限カード)
自分の墓地からモンスター1体を選択し、攻撃表示で特殊召喚する。
このカードがフィールド上に存在しなくなった時、そのモンスターを破壊する。
そのモンスターが破壊された時このカードを破壊する。

「<リビングデッドの呼び声>か……!」
 神楽屋は冷や汗を流しながらも、面白い物を見るようにそのカードに視線を向ける。
「その通り。復活させるのは――ドラグニティアームズ・レヴァテイン!」

《ドラグニティアームズ-レヴァテイン/Dragunity Arma Leyvaten》 †

効果モンスター
星8/風属性/ドラゴン族/攻2600/守1200
このカードは自分フィールド上に表側表示で存在する
「ドラグニティ」と名のついたカードを装備したモンスター1体をゲームから除外し、
手札または墓地から特殊召喚する事ができる。
このカードが召喚・特殊召喚に成功した時、
「ドラグニティアームズ-レヴァテイン」以外の
自分の墓地に存在するドラゴン族モンスター1体を選択し、
装備カード扱いとしてこのカードに装備する事ができる。
このカードが相手のカードの効果によって墓地へ送られた時、
装備カード扱いとしてこのカードに装備されたモンスター1体を特殊召喚する事ができる。

「レヴァテインの効果を発動。墓地の<ドラグニティ-ファランクス>を装備!」
「攻撃力500のモンスターを装備……?」
「生憎こっちが本命なんだ。ファランクスの効果発動!」

《ドラグニティ-ファランクス/Dragunity Phalanx》 †

チューナー(効果モンスター)
星2/風属性/ドラゴン族/攻 500/守1100
このカードがカードの効果によって
装備カード扱いとして装備されている場合に発動する事ができる。
装備されているこのカードを自分フィールド上に特殊召喚する。
この効果は1ターンに1度しか使用できない。

「装備カードになってるコイツを、場に特殊召喚できる!」
 
 レヴァテインの装備している細身の剣が光に包まれた。
 そしてその光の中から

 ぽーん、と。
 手を高く上げながらジャンプした<ドラグニティ・ファランクス>が、フィールドに現れた。
 レヴァテインは本来装備していたの剣を掴み直し、再び臨戦状態に入る。
 それを見た神楽屋は目を細め、声を出す。

「チューナーモンスターだったのか――となると、おまえの狙いは!」
「ご名答。行くぜ相棒!」

 レヴァテインは剣の平になってる部分にファランクスを載せると
 そのまま勢い良く剣を振るい、思いっきり上に吹っ飛ばした。
 涙目になってるファランクスは上空で光の輪へと変化し、レヴァテインはその輪の中心に突っ込んでいく。

「轟炎の粉塵を纏いし、暴君と成せ!」

 光の輪に包まれたレヴァテインは巨大な剣へとその姿を変え。
 剣の色は炎のような赤へと変化していく。
 鋭利な剣の先端は三つに分かれ、その形状は『剣』とは違う物になっていく。
 その形状に相応しい呼称は『槍』

シンクロ召喚――トライデント・ドラギオンッ!」
 治輝の叫びに呼応して、その真紅の槍に命が宿る。
 鋭利な刃は竜の顔になり、柄は強靭な鱗になり
 その姿は槍であると同時に、確かに幻想上の生き物――ドラゴンそのものだった。

《トライデント・ドラギオン/Trident Dragion》 †

シンクロ・効果モンスター
星10/炎属性/ドラゴン族/攻3000/守2800
ドラゴン族チューナー+チューナー以外のドラゴン族モンスター1体以上
このカードはシンクロ召喚でしか特殊召喚できない。
このカードがシンクロ召喚に成功した時、
自分フィールド上に存在するカードを2枚まで破壊する事ができる。
このターンこのカードは通常の攻撃に加えて、
このカードの効果で破壊した数だけ1度のバトルフェイズ中に攻撃する事ができる。

「トライデント……か」
 そのモンスターの登場に、神楽屋は僅かに笑みを浮かべる。
「<トライデント・ドラギオン>の効果発動。<リビングデッドの呼び声>を破壊することで、このターン2回攻撃する事が可能になる!」

 ゴウ!とドラギオンの体全体に、炎が激しく燃え上がる。
 その炎は、敵を屠るためだけにその熱量を増していく。

「バトルフェイズ、マディラに攻撃だドラギオン!」
 <トライデント・ドラギオン>はトンネルのような横向きの炎の渦を作り出し、自らとその標的である<ジェムナイト・マディラ>を完全に包み込む。
 そして、渦中の炎の流れを目の前に集中させ、ドラギオン第一の口を大きく開いた。

「トライデント……アイン、バースト!」
 ドラギオンの口から真紅の弾丸が発射され、マディラへと向かっていく。
 剣を斜めに構え防御しようとするが、足りない。
 弾丸は剣を一瞬で叩き折り<ジェムナイト・マディラ>の鎧に大穴を空けた。
 
 だが、そこで攻撃は終わらない。
 
「ニ撃目だ、テルさん」
 底冷えするような声がした。
 神楽屋はその声のした方向、治輝の方へと視線を向ける。
 治輝は目を瞑っていた。
 その顔は何かに耐えるように、苦痛に歪んでいるかのように思える。
 自らの使役するモンスターに向かって右手をかざし、左手自らの腕を掴む。
 そして前髪の奥から相手を射抜く様に、カッ!と目を見開いた。

 次の瞬間。
 二体のモンスターを包んでいた炎の渦が、神楽屋の周囲を包み込む。
 今度は横ではなく、縦の渦。
 足元から舞い上がる渦の中心に包まれ、神楽屋はさすがに焦りを覚え、一枚のカードを手にかけた。
 だが

「……ハッ。上等だ」

 その伏せカードを元の位置に戻し、神楽屋は帽子に手を乗せ、覚悟を決める。
 それに明らかな意思表示が伴っている事に、神楽屋自身は気付いていない。
 覚悟が固まるのとほぼ同時。
 神楽屋に向かって、ドラギオンの口から炎の槍のような形の弾丸を吐き出した。

「トライデント……ツヴァイ、バーストォ!」
 超高速で射出された槍が渦に刺さると、渦はその炎の勢いを更に激しくさせる。
 その中心にいる人間を本当に焼き尽くすかの衝撃が、神楽屋に襲い掛かった。
 

【神楽屋LP】3550→550

【治輝LP2350】 手札4枚   
場:トライデント・ドラギオン


【神楽屋LP550】 手札2枚
場:
蘇り魂 伏せカード1枚
 
 
【治輝LP2350】 手札4枚   
場:トライデント・ドラギオン


【神楽屋LP550】 手札2枚
場:
蘇り魂 伏せカード1枚

「くっ……!」

 想像以上の熱量の攻撃だった――そう神楽屋は思った。
 先程の攻撃といい、どうやら時枝はかなりのレベルのサイコ決闘者らしい。
 だが、耐えられないレベルじゃない。
 神楽屋は帽子を抑え、何とかその膨大な熱量の攻撃をやり過ごした。
「正直軽い火傷くらいは覚悟していたが、案外――」
 治輝に向かって、軽口を続けようとした次の瞬間。
 神楽屋は、目を見開いた。

「時枝、お前――大丈夫か?」
 目の前の対戦相手。時枝治輝は疲弊していた。
 ところどころに火傷のような跡があり、呼吸も荒く、今も肩で息をしている。
「だ、大丈夫大丈夫……最近随分やってなかったからさ」

 やってない?
 神楽屋はその言葉の真意を図りかねて、考え込む。
 その様子を見た治輝は笑みを浮かべ、何かを振り払うように叫んだ。

「さぁ、追い詰めたぜテルさん! ターンエンドだ!」
「……よくわからねぇがまだ元気みてぇだな。俺のターン!」

 若干の違和感を覚えつつ、神楽屋はカードを一枚ドローする。
 そのカードを確認し、神楽屋は笑みを浮かべた。

「――ったく、いつもの事だが遅いっての」

 たしなめるような口調で、神楽屋が一人愚痴る。
 そのカードをひとまず手札に残し、一枚のカードを選び取る。

「俺は<闇の量産工場>を発動」

《闇(やみ)の量産工場(りょうさんこうじょう)/Dark Factory of Mass Production》 †

通常魔法
自分の墓地に存在する通常モンスター2体を選択して発動する。
選択したモンスターを自分の手札に加える。

「<ジェムナイト・ガネット>と<ジェムナイト・クリスタ>を手札に戻す」
「二体のジェムを、再び手札に……?」
 治輝は神楽屋の意図がわからず、ただ息を整える事に集中する。
 そして神楽屋は一枚のカードを掲げる。それは、先程ドローしたカード。

「行くぜ、俺は手札から<ジェムナイト・フュージョン>を発動!」

《ジェムナイト・フュージョン/Gem-Knight Fusion》 †

通常魔法
手札・自分フィールド上から、融合モンスターカードによって
決められた融合素材モンスターを墓地へ送り、
「ジェムナイト」と名のついた融合モンスター1体を
融合召喚扱いとしてエクストラデッキから特殊召喚する。
また、このカードが墓地に存在する場合、
自分の墓地に存在する「ジェムナイト」と名のついた
モンスター1体をゲームから除外する事で、このカードを手札に加える。

「専用融合カード……?!」
 炎の戦士<ジェムナイト・ガネット>と水晶の戦士<ジェムナイト・クリスタ>の姿が重なる。
「真炎の輝きを焼きつけろ! 融合召喚! <ジェムナイト・ルビーズ>!」

 真紅の炎が、鎧の形を成す。
 深い青色のマントを翻し、紅蓮の槍を天にかざす。
「そろそろ閉幕と行こうぜ、時枝」

 荘厳な空気を纏った<ジェムナイト・ルビーズ>が
 治輝と、治輝が使役する<トライデント・ドラギオン>の前に立ちはだかった。

<ジェムナイト・ルビーズ>
融合・効果モンスター
星6/地属性/炎族/攻2500/守1300
「ジェムナイト・ガネット」+「ジェムナイト」と名のついたモンスター
このカードは上記のカードを融合素材にした融合召喚でのみ
エクストラデッキから特殊召喚する事ができる。
1ターンに1度、自分フィールド上に表側表示で存在する
「ジェム」と名のついたモンスター1体をリリースして発動する事ができる。
このカードの攻撃力はエンドフェイズ時まで
リリースしたモンスターの攻撃力分アップする。
また、このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、
その守備力を攻撃力が超えていれば、
その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。

「罠カード<リビングデッドの呼び声>を発動。墓地に存在する<ジェムナイト・クリスタ>を特殊召喚する」

《リビングデッドの呼(よ)び声(ごえ)/Call of the Haunted》 †

永続罠(制限カード)
自分の墓地からモンスター1体を選択し、攻撃表示で特殊召喚する。
このカードがフィールド上に存在しなくなった時、そのモンスターを破壊する。
そのモンスターが破壊された時このカードを破壊する。

 そのカードを見て、治輝は声を上げる。
「そっちもリビデを引いてたのか……なら、さっきのターン」
「ああ、コイツで<トライデント・ドラギオン>の攻撃を軽減する事はできた。だが……」
 神楽屋は含み笑いのような表情を浮かべ、帽子の奥から相手を見つめ、言った。

「そっちが綱を渡るなら、俺も渡るのが流儀かと思ってな」

 それを聞いて、治輝は笑った。
 本当に久し振りに、心から笑う事ができた。

「テルさんも物好きだな。アンタの決闘は、芯が通ってる気がする」
「俺も、とりあえずおまえの決闘は信じられる」
「なら当初の目的は果たした事になる。……ここで終わりにするって手もあるんだぜ?」
「……ハッ、まさか」

 神楽屋が僅かに口元を吊り上げると、場に存在する<ジェムナイトクリスタ>が消えた。
 互いに互いを信用する為の決闘。
 確かに、初めはそれが目的だった。
 だが、一度燃え上がった決闘は――途中では終わらない。

「<ジェムナイト・ルビーズ>の効果発動! 自分フィールド上の<ジェム>と名のついたモンスター1体をリリースすることで、エンドフェイズまでリリースしたモンスターの攻撃力分<ルビーズ>の攻撃力は上昇する! ブレイズ・カット!」

 ゴウ! と槍を包む炎が激しく燃え上がる。
 その炎は、持ち主である紅蓮の騎士を焼くことはない。
 クリスタの力を得た紅蓮の槍は、ただ相手を屠る為に燃え続ける。
 これで<ジェムナイト・ルビーズ>の攻撃力は4950に上昇した。
 対する治輝の<トライデント・ドラギオン>の攻撃力は3000

「バトルフェイズだ――トライデント・ドラギオンとか言ったな。そのモンスターは」
「……?」
「奇遇だな。ならコイツの『トライデント』を受けてみろ――!」

 そう言うと、ルビーズの槍に宿った炎が紅蓮の騎士の周囲で渦巻き、一瞬だけ姿を隠す。
 その一瞬で、<ジェムナイト・ルビーズ>は跳んだ。
 それに呼応するように<トライデント・ドラギオン>は甲高い咆哮を上げ、自らも炎の渦を巻き起こす。

 だが、遅い。

 <ジェムナイト・ルビーズ>は自らの炎の渦と
 <トライデント・ドラギオン>の作り出した炎の渦をも突き破り、加速する。

「ルビーズで<トライデント・ドラギオン>に攻撃……!」
 弾丸と化した紅蓮の騎士が標的に近寄るのに、一秒とかからなかった。
 瞬間、ドラギオンも槍のように鋭い弾丸を、ルビーズに吐き出す。
 それを最小限の動き――半身を傾ける事で避けると、そのまま標的に槍を突き刺した。

「受けな。クリムゾン――トライデント!!」

 槍が、鋼の様に強靭な鱗を貫通する音が聞こえた。
 槍の先端から三本に枝分かれした炎が生まれ、槍を引き抜く。
 すると、周りを包んでいた炎と共に
 <トライデント・ドラギオン>は消滅した。

 槍の名を冠した龍は
 真紅の名を冠した槍を持つ、紅蓮の騎士に
 跡形もなく、消滅させられた。
 
 
【治輝LP400】 手札4枚   
場:なし


【神楽屋LP550】 手札2枚
場:ジェムナイト・ルビーズ
蘇り魂 リビングデッドの呼び声

【治輝LP】2350→400

「ドラギオン――!?」
    
 <トライデント・ドラギオン>が消滅させられた事実に驚愕させながら、治輝は痛みに耐える。
 先程の反動に加えて、このダメージ。割と洒落になっていない。
 だがあちらも手加減をしているのだろう、そこまでの激痛は感じなかった。
 しかし状況は不利なのは、何も変わらない。
 治輝は上級シンクロモンスターである<トライデント・ドラギオン>を倒され
 神楽屋の場には上級融合モンスターである<ジェムナイト・ルビーズ>が未だ健在だ。
 しかもあのモンスター……

《ジェムナイト・ルビーズ/Gem-Knight Ruby》 †

融合・効果モンスター
星6/地属性/炎族/攻2500/守1300
「ジェムナイト・ガネット」+「ジェムナイト」と名のついたモンスター
このカードは上記のカードを融合素材にした融合召喚でのみ
エクストラデッキから特殊召喚する事ができる。
1ターンに1度、自分フィールド上に表側表示で存在する
「ジェム」と名のついたモンスター1体をリリースして発動する事ができる。
このカードの攻撃力はエンドフェイズ時まで
リリースしたモンスターの攻撃力分アップする。
また、このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、
その守備力を攻撃力が超えていれば、
その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。

 ご丁寧に貫通効果持ちである。守備に回った瞬間、一撃で粉砕されるだろう。
 だが、攻撃する余裕は欠片もない。
 突破口を見つけられずにいながら、治輝はデッキからカードをドローした。

 すると

「――俺は、ミンゲイドラゴンの効果を、発動」

《ミンゲイドラゴン/Totem Dragon》 †

効果モンスター
星2/地属性/ドラゴン族/攻 400/守 200
ドラゴン族モンスターをアドバンス召喚する場合、
このモンスター1体で2体分のリリースとする事ができる。
自分のスタンバイフェイズ時にこのカードが墓地に存在し、
自分フィールド上にモンスターが存在しない場合、
このカードを自分フィールド上に表側攻撃表示で特殊召喚する事ができる。
この効果は自分の墓地にドラゴン族以外のモンスターが存在する場合には発動できない。
この効果で特殊召喚されたこのカードは、フィールド上から離れた場合ゲームから除外される。

 正確に言えば英語版なので<Totem Dragon>
 二体目のミンゲイドラゴンを場に並べ、治輝は一枚のカードを選び取る。
 上級ドラゴンを召喚できれば、ジェムナイトルビーズを倒す事はできるかもしれない。
 だが、治輝の手札に存在するドラゴンは、攻撃向きでないカードばかりだった。

「俺は<ミンゲイドラゴン>をリリースし、モンスターをアドバンスセット」
「守備表示――か」

 それを見て、神楽屋は薄く笑った。
 あれが例え守備力3000以上のモンスターだろうと、ルビーズには攻撃力上昇効果がある。
 あのモンスターに警戒する必要は、どこにもない。

「俺はカードを一枚セットし、ターンエンド」
「どうやら本当に閉幕みたいだな、時枝。悪いがトドメだ――!」
 
 神楽屋にターンが回り、一枚のカードをドローする。
 そしてそのカードを、瞬時に発動した。
 
《思(おも)い出(で)のブランコ/Swing of Memories》 †

通常魔法
自分の墓地に存在する通常モンスター1体を選択して発動する。
選択したモンスターを自分フィールド上に特殊召喚する。
この効果で特殊召喚したモンスターはこのターンのエンドフェイズ時に破壊される。

 そのカードの確認すると、治輝は声を上げる。
「ここで引いてくるのかよ……!」
「どうやら俺のデッキも張り切ってるみたいだな。当然、俺は墓地から<ジェムナイト・クリスタ>を復活させる!」

《ジェムナイト・クリスタ》 †

通常モンスター
星7/地属性/岩石族/攻2450/守1950
クリスタルパワーを最適化し、戦闘力に変えて戦うジェムナイトの上級戦士。
その高い攻撃力で敵を圧倒するぞ。
しかし、その最適化には限界を感じる事も多く、仲間たちとの結束を大切にしている。

「そして<ジェムナイト・ルビーズ>の効果発動! ブレイズ・カット!」

《ジェムナイト・ルビーズ/Gem-Knight Ruby》 †

融合・効果モンスター
星6/地属性/炎族/攻2500/守1300
「ジェムナイト・ガネット」+「ジェムナイト」と名のついたモンスター
このカードは上記のカードを融合素材にした融合召喚でのみ
エクストラデッキから特殊召喚する事ができる。
1ターンに1度、自分フィールド上に表側表示で存在する
「ジェム」と名のついたモンスター1体をリリースして発動する事ができる。
このカードの攻撃力はエンドフェイズ時まで
リリースしたモンスターの攻撃力分アップする。
また、このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、
その守備力を攻撃力が超えていれば、
その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。

 ゴウ! と槍を包む炎が再び激しく燃え上がる。
 先程<トライデント・ドラギオン>屠った、最強の力。
 その攻撃力は再び、4950に上昇する。
 神楽屋は帽子の奥の片目で治輝を見据えると、ルビーズに最後の攻撃命令を下した。

「終わりだ。クリムゾン――トライデントォ!」

 ルビーズの槍に宿った炎が紅蓮の騎士の周囲で渦巻き、一瞬だけ姿を隠す。
 その一瞬で、<ジェムナイト・ルビーズ>は跳んだ。

 その瞬間。





「問題だテルさん。ドラゴンにあって、今のジェムナイトにない物……なーんだ?」



 疲れ切った体を振り絞って、治輝はそんな事を言った。
 さすがの神楽屋もその反応は予想していなかったのか、帽子が少しずれてしまう。
「なんなんだいきなり……そういうのは終わってからにしろ」
「いいから答えてくれ。なんだと思う?」
「……ハッ、いいだろう。伊達に探偵気取っちゃいねぇって所を見せてやる。正解は『尻尾』だ!」

 自信満々な表情で、神楽屋はそう答えた。
 
 それと同時に、高空に跳んでいたルビーズが守備モンスターへと襲い掛かる。
 最大の一撃を、叩き込む為に。
 治輝はそれを見ながら、いたずらッ子のように笑った。

「正解は――」
 
 遂に
 紅蓮の槍が、守備モンスターへと突き刺さった。
 攻撃力4950の威力を秘めた、貫通攻撃。
 
 だが、その攻撃は守備モンスターには通らない。

「な――!?」
「ダメージステップ時に罠カードを発動させてもらったぜ。<D2シールド>!」

《D2(ディーツー)シールド/D2 Shield》 †

通常罠
自分フィールド上に表側守備表示で存在するモンスター1体を選択して発動する。
選択したモンスターの守備力は、元々の守備力を倍にした数値になる。

 それを見た神楽屋は、思わず苦い顔をしてしまう。
「なるほど、守備力を倍に――か。だがそれがどうした?」
「……」
「最強級のステータスを有する<青氷の白夜龍>でも守備力は2500。倍にした所で5000にしかならない。反射ダメージで俺を倒すには――至らないぜ?」
「だな。確かに伝説のカードである<青眼の白龍>やそれの亜種である<青眼の白夜龍>じゃ、テルさんのライフは削りきれない」
「ああ、だが守備力5000は厄介だな。どうやって突破するか……」
 神楽屋が次のターンの事を思案していると、治輝は口元を吊り上げた。

「テルさんが悩むべきなのは次のターンの事じゃない。さっきのクイズの方さ」

 そう言うと、槍が突き刺さった場所から、透き通った皮膚が露出する。
 その皮膚には、傷一つ付いていない。
 むしろ……

「な……?!」
 神楽屋が声を上げた瞬間。
 <ジェムナイト・ルビーズ>が誇る紅蓮の槍の先端に、ピシリと罅が入った。
 50の防御力差ではこうはならない。

「ドラゴンにあって――『今の』ジェムナイトには無いモノ、それは」

 治輝の言葉を引き金に、ゆっくりと一体のドラゴンが姿を現す。
 宝石のような鱗に、鋭利な二本の角。
 今にも割れそうな程透明感のある翼を大きく広げ、その存在を周りに示す。

「――――『ダイヤモンド』の、存在だッ!!!」



《ダイヤモンド・ドラゴン/Hyozanryu》 †

通常モンスター
星7/光属性/ドラゴン族/攻2100/守2800
全身がダイヤモンドでできたドラゴン。まばゆい光で敵の目をくらませる。

「なっ……<ダイヤモンド・ドラゴン>!?」
 神楽屋は予想外のモンスターの登場に、目を大きく見開く。
 そして<ダイヤモンド・ドラゴン>がキラリと強い光を発すると同時に
 ルビーズの誇る紅蓮の槍は、粉々に砕けてしまう。 

「そうだ。そして今のコイツの守備力は――!」

 <D2シールド>の効果で強化され、守備力は二倍になる。
 その数値は5600
 ルビーズの攻撃力は、4950
 そして神楽屋のライフポイントは、残り600

「終わりだテルさん――! シャイニング、リジェクトォ!!!」

 治輝の叫びに続くように。
 粉々に砕けた槍が破片となり、眩い光と共に、神楽屋と<ジェムナイト・ルビーズ>に襲い掛かる。
「……ったく。こんな幕切れアリかよ……クイズも不正解でデュエルにも負けるとなっちゃ、探偵失格だな」
 神楽屋は小さい声で一人愚痴り、帽子を目深に被る。
 だが、不思議と悪い気分ではなかった。

 その極光によって神楽屋の視界は白く染まり――

「――ハッ。眩しいな。ダイヤモンドの輝き、ってのは」
 
 だがどんなに眩しくとも、視線は外さない。
 その眩しい光から、もう二度と目を逸らさない為に。
 かつての自分が手放した欠片を、取り戻す為に。

【神楽屋LP】550→0
 
 
 決着は付いた。
 意識を集中させる余り、治輝は思わず地面に膝を付く。
 ダイヤモンドドラゴンがフェードアウトするように消滅すると、中折れ帽子を手に取る神楽屋の姿がハッキリと見えてくる。
 神楽屋は手に取った帽子にフッ、と息を吹きかけると、ゆっくりと治輝の元に近付いて、手を差し伸べた。
ダイヤモンドは砕けない――か。やってくれたじゃねぇか」
「内容で勝ててたとは言い難いけどな。テルさんは強かったよ」
 治輝は苦笑いを浮かべながら神楽屋の手を取り、ゆっくりと起き上がる。
 その言葉を臆面なく受け取ると、神楽屋は手に持った帽子を再び深く被り、僅かに笑った。
「確かに、これじゃどっちが勝ったかわからねぇな。さしづめ――」
 間を置き、気取った調子で更に何か言葉を続けようとすると

「テルかっこ悪いですー!」
「ふごぉ!?」

 その雰囲気をぶち壊すように、金髪の少女……リソナが神楽屋に跳び蹴りをぶちかました。
 かなり助走距離を取ったのだろう。その分威力は増し、神楽屋はかなりの距離を滑空していった。
 治輝は吹っ飛んでいく男の姿を、呆気に取られながら見送る。

「……人生のエンドフェイズになりそうな勢いだなぁ」
「クイズすら解けないバカテルは探偵失格です! あれくらいじゃ足りないぐらいです!」
「よくわからないが、クイズと推理は多分別物じゃないか?」
「両方できないとカッコ悪いです! やっぱりバカテルじゃ名前にするのに相応しくないです!」

 そう言いながら、腰を手に当てて頬を膨らませるリソナ。
 治輝が内心で「名前?」と疑問を抱いていると、リソナは急に顔を輝かせた。

「そうだ。貴方の名前をもう一度聞かせて下さいです!」
「名前……? 時枝治輝だけど」
「時枝。時枝。時枝ですね!いい感じです!絶対にコレにするです!」

 何やら一人で盛り上がってるリソナだが、治輝にとっては全てが意味不明な言動だ。
 とりあえずこれからも敬語を使う女性には気をつけよう……と心に刻み込みながら、治輝は手を差し出す。
 
「とりあえずテルさんの吹っ飛んでいった方向へ進もう。少しの間だけど、よろしくな」
「はいです! こちらこそよろしくです、ナオキ!」
「な、ナオキ……?」

 かなり年下の女の子に名前を呼ばれる事に妙な違和感を覚えながらも、治輝はリソナと前に進む。
 この二人は信用できる。そして俺もきっと、信用してもらえている。
 些細な事かもしれないが、それは治輝にとって嬉しいモノだった。
 異世界という環境に慣れきった乾いた心に、僅かな潤いを齎すようで

(とりあえず、自分の事を話す事から始めないとな)

 まずは二人に自分の現状を話し、次に二人の事を聞き、色々と把握していこう。
 そう治輝は思いながら、生気のない廃墟の世界を進んでいく。

「しかし、私語も敬語の女の子、か」

 リソナの喋り方を聞いていると、どうしてもアイツを思い出してしまう。
 とりあえず、こういった危ない事件に巻き込まれてない事を祈りたい。

「まぁ、スドがいれば安心だよな。口は悪いがハイテクだし」

 そう、皮肉交じりで治輝が思い出し笑いをしていると。















「……このうすらトンカチめ、少しは女心というものを勉強せい」







 妙な
 とても妙な、声が聞こえた。

 治輝が思わず後ろを振り向くと
 そこにはかつて苦楽を共にした機械竜。スクラップドラゴンの精霊――スドがふよふよと浮いていた。

 僅かな、沈黙。
 一人と一匹は互いの姿を呆然と見つめ合い、治輝は叫ぶ。

「何してんだおまえこんなところで!?」
「こっちの台詞じゃたわけが……」
「なにこれカワイイです!リソナも一緒に叫ぶです!」

 廃墟の世界に、悲痛な叫びと歓喜の叫びが響き渡る。
 かくして一人と一匹は、何の浪漫の欠片もなく再会した。
 

遊戯王オリジナルstage prologuelast

 ひっそりと輝く三日月に、薄い雲がたなびく夜空の下。
 崩落した天井から、ささやかな月明かりが差しこんでくる。
 壁を這うパイプのいくつかは、折れ曲がって頭を垂れている。床に染み込んだ油の臭いが鼻をつき、淀んだ空気のせいで呼吸することすら躊躇われる。
 サテライト――いや、ネオダイダロスブリッジが完成しシティとサテライトの垣根が取り払われた今、その名前を使うのは正しくない。だが、それ以外にこの土地を現す適当な言葉がないのも事実だ。
 「旧」サテライト地区にある、大型工業施設の跡地。ゼロリバースによる被害が甚大で、セキュリティの人間ですら足を踏み入れることができなかったB.A.D.エリアに程近いこの工業地帯もまた、ネオ童実野シティを引き裂いた災厄によって人の手を離れ、放棄されていた。
 しかし、シティとサテライトがひとつになった今、ようやく復興と再開発の計画が立ち上がり、長い間犯罪者たちの巣窟となっていた場所は、生まれ変わろうとしていた。
 その前段階。セキュリティ本部所属へと復帰した青年、輝王正義は、この工業地帯を根城としているデュエルギャングの掃討へと赴いていた。身勝手な論理を振りかざして「ここは自分たちの場所だ」と主張する犯罪者たちをデュエルでねじ伏せ、目的は達成した。あとは、本部に戻って報告を済ませるだけ――
 そのはずだった。
「…………」
 無言のまま、険しい顔つきで前方を注視する。
 仕事を終えた輝王の前に突然現れ、デュエルを挑んできた謎の人物。
 暗がりのため、相手の姿はよく見えない。

「――いい気迫だ。それでこそ、俺様の贄としてふさわしい」

 だが、闇の中に浮かぶ体格と、自信に満ちたその声から、男であることは間違いない。
 事前に本部から渡された資料に載っていたデュエルギャングのメンバーは、全て逮捕したはずだ。ということは、この男は新たに加わったメンバーだろうか。
(いや、違う)
 先程の犯罪者たちとは、纏う雰囲気が違いすぎる。
 満ち溢れる力を隠そうともしない、おこがましいほどの自信。
 そして、その自信の裏に、途方もない何かを隠しているような気配。
 この男は危険だ、と輝王は本能で理解する。
 正直なところ、得体のしれない相手とデュエルをするのは得策ではない。裏がありそうな気配があるならなおさらだ。
 だが。
「……なら、俺は貴様相手に自分の力を計らせてもらうとしよう。俺がこの<ドラグニティ>をどこまで使いこなせているか」
「俺様を実験台にするか! 傲慢な男だ!」
 親友である高良火乃が残していった、<ドラグニティ>のカードたち。
 それを受け継いだ輝王には、未だ高良のように<ドラグニティ>の力を存分に引き出せているとは思えなかった。
 圧倒的な経験不足――それを補えるというのなら、例え罠が仕掛けられていようともデュエルを受けざるを得ない。
 輝王が左腕に装着したディスクを展開させると、自動的にデッキがシャッフルされる。
 デッキの上から5枚のカードをドローし、重苦しい空気の中、戦いの火ぶたが切って落とされる。
「俺様の先攻! ドロー!」
 男がカードをドローした直後、三日月にかかっていた雲が流れ、降り注ぐ光が明るさを増す。
 その光を受けて、浮かび上がったその姿は――

「速攻魔法、発動――!!」

 男が1枚のカードを発動し……
 輝王の視界が、眩い光に包まれた。









「<ジェムナイト・プリズムオーラ>をリリースして、<ジェムナイト・ルビーズ>の攻撃力を上昇させる! 受けろよ……クリムゾン・トライデントッ!!」
「やらせるかよッ!! 速攻魔法<リミッター解除>! <A・ジェネクストライフォース>の攻撃力を2倍にするッ!!」
「――何度も同じ手を食うか! 罠カード<スキル・サクセサー>を発動!」
「なっ……<トライフォース>の攻撃力を上回った!?」
「終わりだ! クリムゾン・トライデント……バーストッ!!」
「くっ――そおおおおおおおおお!!」

「うるせえっ!! 大声出すなら余所でやれ!!」

 創志のライフがゼロになると同時、ドスの利いた女性の声が響き渡った。
 古めかしいジャズ系のBGMが控えめに流れている喫茶店。西部劇に出てくるバーを思わせるような店内には、黒人歌手のポスターや空になった酒瓶が無造作にレイアウトされている。カウンターの奥には、安物のコーヒーメーカーと、ファミレスにあるようなドリンクバーの機械が置いてあり、ドリンクメニューの質を疑わざるを得ない。
 平日とはいえ、すでに夕刻に差しかかった頃だ。学校帰りの学生や夕飯前のひとときを喫茶店で過ごそうとする主婦などで賑わっていてもおかしくない時間帯だが、店内には閑古鳥が遠慮なく鳴いており、客はたった1人だけだった。
「いい年こいてはしゃいでんじゃねえよ。まったく……毎日毎日騒がしいったらないぜ。お前らデュエルディスク持ってるんだろ? だったら外でやってこいよ。迷惑なんだよ」
 男言葉で叱責を飛ばし、仏頂面でため息を吐くのは、この喫茶店の店主である女性、藤原萌子(ふじわらもこ)だ。白髪の長髪を大きなリボンで結わき、割烹着に身を包んだその姿は、店内の様相とミスマッチすぎる。だが、その美貌は折り紙つきで、こんな寂れた喫茶店の店主よりもグラビアアイドルでもやっていたほうがよっぽど儲かるのではないかと思わせる。
「迷惑って言っても、他の客なんていないじゃないか」
 唯一の客である青年、神楽屋輝彦が、テーブルに並べられたデュエルモンスターズのカードを片づけながら口答えをする。
「おい、神楽屋。悔しいからもう1回――」
 神楽屋の向かいに座っていた少年、皆本創志は先程のデュエルの幕切れに納得がいかず、人差し指を立てながら再戦を申し込む。
「あたしが迷惑してんの!! それから創志! あんたバイトのくせに仕事サボってデュエルしてるんじゃない! 1戦くらいなら見逃してやるけど、これ以上やるならクビにするよ!!」
 萌子の怒号に、創志は反射的に飛びあがると、慌ててカードを片づける。これ以上怒らせるのはさすがにまずい。
 神楽屋はすっかり冷めきったコーヒーを口に含んだあと、退屈そうに天井を見上げながら呟く。
「ヒマだなぁ」
 
 
 ティトや神楽屋、リソナと一緒に暮らすきっかけとなった「レボリューション」との戦いの後、神楽屋に教えを乞いながら、創志はサテライトで何でも屋を営んできた。その頃には頻繁に依頼が舞い込み、お金には全く困らなかったのだが……
 ネオダイダロスブリッジ完成後、シティに拠点を移してからは、めっきりお客が減ってしまった。
 新しい事務所は周囲に高層マンションが立ち並んでいるため、表通りからは建物が見えず、非常に分かり辛い場所にある。ホームページを開設したりビラを配ったりもしてみたが、目に見えた効果は無かった。
 仕事が減ったせいで今までコツコツと貯めてきた貯蓄を切り崩す羽目になったので、創志は仕方なく事務所の隣にあった喫茶店でバイトを始めた。しかし、こちらも立地条件の悪さがネックとなって、さっぱり繁盛していない。
 黒のベストにスラックスといういかにもウエイターですといった格好をした創志は、カウンターに入って布巾を引っ張り出すと、適当にテーブルを拭き始める。
「萌子さん、コーヒーおかわり」
「今までのツケを払ったら何杯でも淹れてやるよ」
「…………今日はこの辺にしておくか」
 ふうー、とわざとらしくため息を吐いた神楽屋は、空になったカップをソーサーの上に戻す。
 実のところ、コーヒー代をツケなければならないほど財布が切迫しているわけではないのだが、事務所の所長である神楽屋曰く「切り詰めるところは切り詰める。節約第一だ」とのこと。……代金を踏み倒すのは、節約とは言わないと思うのだが。
 静かになった店内で、萌子が壁に掛けてある振り子付きの時計を見る。
「もうすぐリソナとティトが帰ってくる時間じゃないか? ……っと、噂をすれば、ホラ」
 店の外から聞こえてくる足音に気付いたのか、萌子は楽しそうに微笑を浮かべる。
 ばーーーーーん! と入口の扉が豪快に開け放たれ、
「ただいまですー!!」
 ぴしっ! と右手を挙げた金髪の少女――リソナの元気満点の声が響き渡る。
「……ただいま」
 リソナの後ろに立った銀色の少女、ティトは控えめなボリュームで帰宅を告げる挨拶をする。
「おかえり。ティト、リソナ」
「ここはお前らの家じゃねえんだがな……おかえりといらっしゃいませだ」
 創志は布巾を片づけて、萌子はやれやれと頭を掻きながら2人を出迎える。
 2人は赤を基調とした制服を身に包んでいる。シティに移った後みんなで話し合った結果、ティトとリソナはデュエルアカデミアに通うことになったのだ。
 本当なら創志の弟――信二も通うはずだったのだが、リハビリが予定より遅れていて未だ車椅子生活が続いていたため、本人が拒否してしまった。兄である創志としては、もっと多くの刺激に触れてほしいので、多少無理をしてでもアカデミアに通ってほしかったのだが、本人の意思を無視してまで主張を押し通す気はなかった。
 その信二は、今日はリハビリのためかかりつけの病院である詠円院(えいえんいん)に行っている。帰りは送迎のバスが出るが、もう少し遅くなるだろう。
「もこー! 聞くです聞くです! リソナ、今日もデュエルの先生をコテンパンに負かしてやったです! リソナの<ライトロード>にかかればイチコロです!」
 両手を腰にあて、えっへんとふんぞり返るリソナ。
 そんな金髪幼女を、萌子は母性本能溢れる笑顔で見つめながら、
「そいつはすごいな。リソナはデュエル強いんだな」
 小さな頭を優しく撫でた。リソナはえへへ、とはにかみながら「当然です~」とふやけた声を出す。
「ティトはどうだった? 今日は確かデュエルの実技試験があったんだよな」
 創志の問いに対し、近くの席に座ったティトは、長い付き合いがないと分からないような微細な笑みを浮かべると、こくりと頷いた。
「ただ勝つだけじゃなくて、色々考えなくちゃいけなかったから、すごく勉強になった。今度そうしにも教えてあげるね」
「お、おお……」
 ティトの申し出に、創志は微妙な顔で答える。
 ただ勝つだけで手一杯の創志にとっては、頭を悩ませる授業になりそうだ。こういうことは、もっと別の……そう、輝王なんかが得意そうだ。
「そいつは願ってもない話じゃないか? 創志。ティト先生の授業を受ければ、もっとマシな戦い方ができるかもな」
「うるせえぞ神楽屋! そんなこと言って、昨日は俺に負け越してたじゃねえーか!」
「あれは手加減してやったんだよ。その証拠に、昨日は<ジェムナイト・アクアマリナ>使わなかっただろ?」
「はん、たまたま融合素材が揃わなかっただけだろ。負けた言い訳なら、もっと上手いヤツ考えろよな」
「――いい度胸じゃねえか。なら、もう1戦やるか? 今度は瞬殺してやるよ」
「いいぜ。今度こそ俺が勝つ!」
「おい探偵気取りの馬鹿ニートとサボりまくりのアホバイト。騒いだら今度こそ追いだすぞ……!」
 白髪の店主が殺気を纏ったのに気付き、創志は慌ててカウンターへ入る。神楽屋は瞬時に視線を逸らすと、空になったカップを持ち上げてコーヒーを飲むフリをしていた。
「……ったく。リソナはいつも通りメロンソーダでいいか? ティトは――」
「練乳をたっぷりかけたかき氷、だよな? そっちは俺がやっておきますよ」
 この喫茶店に来た時は、いつも2人が頼むメニューだ。リソナは「わーい!」とはしゃぎ、ティトも表情こそ変わっていないが、早々にスプーンを手に取って待ちきれない様子だ。
 創志はドリンクバーの機械の横に置かれた、手回し式のかき氷機に手を掛ける。
 ハンドルを回そうとした、その時だった。
 カチャリ、と。
 入口のドアが開く。普通に考えれば、客が来店したのだ。
「いらっしゃいま――」
 客を出迎えるための凡庸な挨拶を最後まで言い終えることなく、創志は息を呑む。
 入ってきたのは、茶色の髪を逆立てた青年だ。左腕にデュエルディスクを装着しているが、それ以外に目立ったところはない。
 にも関わらず、創志は寒気を覚える。
 数々の戦いをくぐり抜けて鍛えられた直感が、しきりに訴えてくる。
 あの青年は、危険だと。
 神楽屋も、ティトも、リソナも、そして一般人である萌子でさえも、同じことを感じているのか、口をつぐんで青年に視線を向けている。
 青年はゆったりと店内を一瞥したあと、両手を広げて高らかに宣言した。

「おめでとう。醜い家畜共。貴様らは、俺様に選ばれたのだ」

「な、に……!?」
 青年の言っていることが理解できず、創志の口から疑問符がこぼれる。
 そんな創志の様子を気にすることなく、青年は装着したディスクを展開させた。
 創志は瞬時に理解する。こいつは、サイコデュエリストだ。
「――――ッ!」
「神楽屋!!」
 創志は先輩であり兄貴分でもある神楽屋の名を叫ぶ。
 この場には3人ものサイコデュエリストが揃っており、いずれも強者揃いだが、こうした荒事に真っ先に反応できるのは神楽屋だ。
 創志はティトの鞄を乱暴に開け放って小型のデュエルディスクを取りだすと、神楽屋目がけて放り投げる。
 それを受け取った神楽屋は流れるようにディスクを装着し、展開させると、デッキから1枚のモンスタカード――<ジェムナイト・ルビーズ>をセットする。
 だが。

「貴様らを招待しよう。血沸き肉躍る最高の舞台へ」

 青年の行動は、それよりも速かった。
 まるでガンマンの早撃ちを思わせるような速度で、ディスクにカードをセットする青年。
 セットした場所から考えて、発動したのは魔法か罠カードだ。

「速攻魔法発動――<次元誘爆>!!」

 直後。
 目の前の光景が、白く染まっていく。
「な……!」
 その事実を認識したと同時、頭が割れるような痛みが襲ってくる。
 自然と足がふらつく。視界に映る景色が白に塗り潰され、何も見えなくなる。

「ようこそ。俺様達の『世界』へ」

 その言葉を最後に、創志の意識は闇に落ちた。
 
「くっ、一体何が……?」

 頭を抑えながら、治輝はゆっくりと体を起こそうとする。
 ……半身が、上手く動けない。
 視界は未だにはっきりしない上に金縛りとは運がないなぁ、等と治輝は寝惚けた頭で思う。
 
 とりあえず上半身だけでも体を起こして、頭を動かそう。
 俺は異世界で気弱そうな青年に速効魔法を発動されて、それで――






「さっさと起きろですー!」
「ゴフッ!?」

 突如、謎の掛け声と共に何者かにドロップキックを食らわされた。
 完全に油断した状態からの背後からの攻撃をまともに受けた治輝は、軽く3mは吹っ飛んだ後に、仰向けに盛大に倒れてしまう。
「どふぁ!」
 更に正体不明の誰かは間髪いれずに、ジャンプしながら治輝を上に乗ってきた。地味に痛い。
「いってぇな! いきなり何す――」
 そう言おうとして、治輝は目を丸くした。
 馬乗り状態で上に乗っているのは、十歳前後の少女だったからだ。
「えぇと……誰だ……?」
 治輝は声を搾り出すと、少女はブロンド色のツインテールを揺らしながら、にっこりと笑った。




「リソナの名前はリソナです! リソナ迷子になっちゃったので、ここが何処だか教えて欲しいのです!」






 同時刻。
 いや、時間の概念が既存の世界と同一なのか、それは定かではない。
 暗闇の中、声が響き渡る。

「僕だけの舞台に、やっと役者が揃った」

 安堵、満足、憂い。
 様々な感情を声に含め、青年は感慨深い声を上げる。
 



二つの次元が、一つの『世界』によって、今交わる――――。















        遊戯王 オリジナルstage


イメージ 1


















「これで始められる。待ち焦がれていた混沌と切望の劇を――!」
 
 青年が微笑むと、彼の目の前に広がっていた暗闇から、幾つもの眼光が浮かび上がる。
 その妖しい光は青年の周りの闇を僅かに照らし、一枚のカードをキラリと輝かせた。
 
 
 
 
 

遊戯王オリジナルstage prologue1~4

視界を遮る事のない、不思議な暗さだった。
 上空には星のような小さな光が明滅しているが、月のような強い光を放つモノはない。
 どれも等しく、同じような輝きを放っている。
 ここ最近似たような情景を何度も見てきたが、一生慣れる事はないだろう……と思う。

 

「……お前は、ここの人間じゃないな?」

 

 思考をとりあえず隅に寄せ、警戒を解かぬまま目の前の青年に問いかける。
 強制的に決闘を仕掛けてきた反面。青年は気が弱そうな風貌だ。
 俺の問いかけに、青年はコクリと頷く。
 
「ならここで――『異世界』で決闘をするって事の意味をよく知らないんだな。そうだろ?」

 

 溜息を吐きながら、同時に安堵する。
 異世界でのデュエルとは、正しく『決闘』なのだ。
 負けた後に待っているのは、自身の消失。
 どちらかが生き残るだけの戦闘手段。ただそれだけの行為。
 そこには楽しさ等の感情が入り込む余裕なんて、ありはしない。

 

「またてめェは甘い事やって勝手にピンチになる気か?付き合わされる気にもなれっつの」
「……うっさいな。今度は大丈夫かもしれないだろ」

 

 ジャケットのポケットに手を入れながら決闘を見ていた同伴者――戒斗から辛辣な野次が飛んでくる。
 以前こうやって相手の戦闘の意思を確かめながら決闘をした時、危うく負けそうになった事が一度ある。
 要は、相手に完全に騙されたのだ。
 『俺は戦う気なんてないんだ』と白旗を上げる言動をしておきながら、こちらの息の根を止めるように動いてきた。

 

異世界でわざわざ相手を知ろうとするなんざ、馬鹿な奴のやる事だ。隙もできる」
「この場では誰も信用するな!ってか?」
「そういうこった。それができねェなら……」
「できないな」

 

 戒斗の言葉を遮るように、俺はキッパリと即答した。
 余りの反応の早さに戒斗は「ハァ?」と声に出しながら呆気に取られる。

 

「何かを信用しない事に慣れたら、それが俺の中で当たり前になっちまう。そんな俺を見たら、アイツはきっと悲しむ」
「ハッ、愛しの愛しのかづなちゃんってか?」
「……アイツとはそういうんじゃないって。前も話したろ」

 

 俺が呆れたように首を振ると、戒斗は俺以上に大袈裟なモーションでため息を吐いた。
 心なしか「駄目だコイツ……」と呟いた声が聞こえた気もする。
 だが、そんな事は今は問題じゃない。
 俺は何やら言いたげな戒斗をスルーしつつ、気弱そうな青年に向き直って、口を開いた。

 

異世界で決闘するって事は、命のやり取りをするって事なんだ。危険だから、この決闘はこれ以上続けない方がいい」
 なるべく敵意を声に含ませないよう、言った。
 それを聞いた青年は、ほんの少し頬を緩ませた。
 わかってくれたのか……?
 そう、口に出そうとした瞬間。

 

「知ってます」

 

 小さくハッキリとした声で、青年はそう言った。
 戒斗はそれを聞き、大きく舌打ちをする。

 

「負けた人が犠牲になる世界だって事も、貴方達が強い決闘者だって事も」

 

 青年は俯いたまま、言葉を続けていく。
 その様子にタダならぬ物を感じ、決闘盤を改めて構え直した。
「言わんこっちゃねェ……良いか、次からは簡単に信用すんな。ここはそういう場所だ!」
 戒斗の耳障りな怒号が、辺りに響いていく。
 が、今回ばかりは確かに俺が迂闊だった。
 この雰囲気はタダ者ではない。
 この青年は弱気の裏に、何かとてつもない物を隠している――そんな確信めいたものが脳裏をよぎった、次の瞬間。

 

「速攻魔法、発動――!!」

 

 青年が一枚のカードを発動し……
 暗がりだったはずの俺の目の前は、真っ白に染まっていった。
 

 

 




    遊戯王オリジナルS prologue-01



「むむむむむむむ」

 

 とあるマンションの一室から、おおよそ乙女には似つかわしくない声が響き渡った。
 その声の主の正体は私、かづな。
 参考書らしきものを見て、むーむーと唸っていた。
 唸って頭を揺らす度に、お下げがぴょこぴょこと動いていく。
 その様子を見かねてソファーに転がっていた謎の物体が
 謎の技術で浮き上がり、こちらへと寄って来る。

 

「なんじゃ、何か読めない文字でもあるのか?ムームー星人のような声を出しおって」
「そうそう、この『鮫』って文字が――ってそのくらい読めますっ!」 

 

 如何にも年寄り臭い喋り方をしている鉄の塊……もとい、ふよふよと浮いている機械のような竜は通称スドちゃん 
 ひょんな事で一緒にいる、スクラップドラゴンの精霊である。
 スドちゃんは私の買った参考書を一瞥すると、怪訝そうな顔をした。

 

「ブルーアイズホワイトドリル!?定価3000円の参考書じゃと……」
「これからはちゃんと勉強しようと思って、ちょっと奮発しちゃいました」
「そもそも参考書なのかドリルなのかわからんのじゃが」
「細かい事を気にするくらいならこの問題を手伝ってください!」
「何か納得がいかんが、どれどれ……」

 

 スドちゃんは言われるがまま、参考書を上から覗き込んだ。

 

今週の問題!

神の宣告で召喚を無効にできるのは、次の内どーれだ?

①キラートマトの効果で特殊召喚した<ダブルガイ>
②ヴァルハラの効果で特殊召喚した<大天使クリスティア>
③手札から特殊召喚した<ダーク・シムルグ>

正解は350ページの右下!

 

覗き込んだスドちゃんは、オイル的な汗を流しながら「むぅ」と唸った。
「これはまたコアな問題をやっておるな……ここまでやらんでもいいのではないか?」
「私は何の力も無いですから、せめて知識だけはと思って」

 

 力。
 私の周りには、力のある人が沢山いる。
 七水ちゃんはサイコ決闘者の中でもトップクラスの力が。
 純也君は、サイコパワーは低くても決闘の腕前が。
 愛城さんは……あの二人がいない今、最強と言っても差し支えないだろう。

 

 私だけが、何の力もない。

 

「……ワシがサポートをすればペインとも戦えておるし、そこまで気にする事では」
「思いつめてるわけではないですから大丈夫です!力が無いなら無いなりに、頑張ろうって思ってるだけですから」

 

 にっこりとスドちゃんに笑うと、私は参考書に向き直った。
 スドちゃんはしばらくそんな私を眺めていたが、やがて
「しかしワシにも答えがわからんな。解答を見てはどうじゃ?」
「うーん、すぐに解答に頼るのは良くない気がしますけど……」
 それでも、これ以上問題と睨めっこしても意味はない気はしてきた。
 なので、私はページをパラパラとめくり、解答を探していく。

 

「ありました。どれどれ……」
「どれどれ……」

 

1ページ目の問題の答え!

神の宣告で召喚を無効にできるのは――

①そもそもダブルガイは特殊召喚できないんだぜ!間違える馬鹿なんて居ないんだぜ!
②ヴァルハラ等のチェーンに乗る特殊召喚は、神の宣告は無効にできないぞ!
③光と闇を除外して召喚する事のできる<カオス・ソーサラー>は神の宣告で召喚を無効にできるけど、風属性と闇属性を除外して召喚する事ができる<ダーク・シムルグ>の召喚は何故か無効にできないんだぜ!

ということで正解は――
④の『無効にできるものなんてなかった』でした!
やっつけビングだぜ俺ー!

(大丈夫、Vジャンプの参考書だよ! 次は絶対に解けない数式を解いてみよう!)



「……」
「……」

 

 沈黙。
 自分の中に久々にドス黒い感情が、やり切れない思いが溢れていくのを感じた。
 今の私なら、キラートマトを素手で握り潰せる気がする。リクルートする暇など与えるものか。
 ぷるぷると拳を奮わせる私を見て、スドちゃんは無言でゆっくりと旋回し、部屋の外へと出ようとする
 その後頭部に向かって、全力で参考書をぶん投げた。

 

「私の3000円、返してくださあああああああああああい!!」
「ワシ関係なあああああああああああああい!!」

 

 ゴスッ、と。
 非常に気持ちの悪く痛そうな音が聞こえ、参考書と一緒にスドちゃんが落下する。
 今日もかづな家は、いつも通り平和であった。
 
 
 
「で、用事って言うのは!」

 相変わらず元気いっぱいの純也君が、そう私に話しかけてきた。
 今私がいるのは、さっきの部屋の下に位置する芝生の上だ。
 目の前の純也君はほんの少し髪が伸びたようで、以前よりほんの少し大人っぽく見える。
 その隣にいる七水ちゃんは以前よりもずっと女の子らしくなっていて、今日も可愛らしいスカートを着こなしていた。
 そんな風に二人を感慨深げに見ていたら、七水ちゃんに視線で続きを促されたので、コホンと咳払いをする。

「突然来てもらったのは……実は、この本の製作者を探して欲しいんです」
 そう言いながら、私は先程の参考書を決闘盤の収納スペースから取り出した。
 興味津々と言った風に二人はその参考書を手に取り、表紙をまじまじと見つめる。

「『ブルーアイズ・ホワイトドリル』?かづなおねえちゃんも参考書読むんだね」
「七水ちゃん……その台詞は何か他意を感じます」
「?」

 無邪気に感心したような声を上げる年下の女の子を見て、私は「トホホ……」と目を線にする。
 ぐったりと手を脱力させて七水ちゃんに今の心境を必死に伝えようとするが、そもそも参考書に視線が釘付けで、七水ちゃんはこっちを全く見ていない。
 そんな私を見るに見かねてか、純也君が私に近付いてきた。

「かづなおねえさん」
「純也君。わかってくれますか……?」
「はい。僕も似たような経験ありますから……」
 
 純也君は七水ちゃんと付き合いも長い。
 今の私と同じような心境になった事も多いのかもしれない。
 そう考え私は「若いのに大変だなぁ、わかってくれて嬉しいなぁ」等と思っていると……

「読む気が全く無くても、表紙が格好いいとついつい買っちゃいますよね!」
「全然わかってくれてないいいいいいいいいい!」

 ガクーとうなだれながら、私は魂の叫びを上げた。
 この二人似た物同士だ。しかも、二人とも天然だ……。
 やはり唯一まともな、年長者である私がしっかりしないといけない。

「……コホン、とにかくその(ふざけた)本の作者を探して欲しいんです」
「かづなおねえちゃん、今小さい声で何か言わなかった?」
「気のせいです気のせい。勿論純也君の探し物のついでで構わないんで、手伝ってもらえないでしょうか?」

 純也君の探し物。
 それは行方不明になった、純也君のお兄さんの手掛かりだ。
 七水ちゃんはそれの手伝いをしていて、結果的に二人は一緒にいる事がとても多い。
 私もそれとなーく手伝おうと思い立った事があるのだが、遠回しにスドちゃんに止められてやめた。確かに色々な意味でお邪魔な可能性がある。
 
「いいですよ!兄さんの事を探す時は足を使うのが基本だから、こういうのは慣れてます!」
「かづなおねえちゃんの頼みなら」

 そう言って、純也君と七水ちゃんはすぐに快諾してくれた。
 そんな二人に「ありがとう」とお礼を言って、候補を何個か伝える。
 その後に少し私は慎重な表情になり、二人に言った。

「そうそう――危ない目にあったら、私にすぐ連絡してくださいね」 
「うん、わかってる」
 七水ちゃんはその言葉の真意をすぐに察したのか、力強くコクンと頷いた。
 純也君も同じように、けれど少し気を引き締めるように無言で頷く。
 三人の作者探しは、そうして始まった。







「で、記載された住所に来てみたのはいいんですけど……」
 到着したその場所は、酷く見慣れた所だった。
 二階建ての一軒家を改造したかのような、こじんまりとした佇まい。
 外にある階段は金属製で、開ける時に窓のような音の鳴る扉。

 この街で、唯一のカードショップ。

 私はそれを見てゴクリと、軽く唾を飲み込む。ここに来るのは、本当に久し振りだからだ。
 記載されているのは一階ではなく二階のシングルコーナーなので、外にある階段に足をかけた。

 カン、カン、カン。
 一段登る度に甲高い金属音が、規則正しく辺りを響かせて行く。
 タン、と。
 前の方から聞こえてくる頼もしい音。
 自分から遠ざかっていく悲しい音。
 実際の階段からは、そのどちらも聞こえてくる事はなかった。

「……」
 階段を登りきり、無意識にてっぺんから空を見ようとして、それをやめる。
 私は無言のまま二階の入り口の扉を開け、ショップの中へと入った。
 
 
 
「うん、確かにワイがその本の作者って事になってるサクローやけど」

 本の作者は、思ったより滅茶苦茶簡単に見つかった。
 入るなりいらっしゃいませーと言ってきた店員さんに詰め寄って「この(ふざけた)本の作者知りませんか?」と聞くと、ああそれなら中にいるよと言われて付いていった結果が、今のこの状況である。
 事務所――と言うには広すぎる部屋だが、精巧な機械やパソコンが所狭しとスペースを占拠しており、実際の大きさより狭く感じる。

「あなたがこの本の作者のサクローさんですか、おはようございます」
 そう言って私は作者さんに満面の笑顔を浮かべる。
 サクローと名乗った人は分厚いフレームの眼鏡をかけており、体型はどちらかというと細身。
 確かにカードショップの店員というよりは「作家」や「発明家」と言われた方がしっくりする容姿だ。
 そのサクローさんは黒い回転椅子を無駄に回転させ、急に体をこちらに向ける。

「何、もしかしてワイのファン!?」
「有り得ません。ちょっとこの本の内容に文句をつけに……」
「ええ、また!?」
「よくあるんですか!?」
 どうやら文句を付けに来る客は一人ではなかったようだ。
 やっぱりかぁ、等と呟いてるのを見るに、それもかなりの大勢に違いない。
「ワイの作品は独創的やからな。世間は『フザけてる』だの『真面目にやれ』だのと理解しよーとせんが、アンタのよーにわかってくれるファンもいればワイは乗り切れる!」
「いや私ファンじゃないですし!どちらかといえば前者の意見に賛同ですし!」
「なんやそうなんか……」
 この人は私の話をきちんと聞いてくれていたのだろうか。
 しかし急にしょんぼりとした表情になったサクローさんを見ると、何だか悪い事をした気分になる。

「いや確かにワイの作品はいつも独創的やけれど、その本に関してはワシ一人の責任じゃあらへんで?」
「……? 共同で書いてた人がいるんですか?」
「色々助言してくれた人がいて、ソイツの影響を多分に受けている――と言った方が正しい気はするで」
「助言……名前はなんて言うんですか?」
 どうやら、そのありがたい『助言』をした人が諸悪の根源のようだ。
 よくわからないが、きっと厄介な人物なんだろう――と私は断定する。
 そして、それは確かに

「時枝っていう奴でなぁ、そりゃもう面白い奴で――」
「え……?」

 私にとって……凄く厄介な人物である事は、間違いなかった。








    遊戯王オリジナルstage prologue-03



「まさか、時枝の知り合いだったなんてなぁ……」
「世間って意外と狭いですねー」

 あはは、サクローさんと笑い合いながら私は心の中で納得していた。
 あのイタズラッ子全開の解答、ふざけた問題。
 ――確かに、問題のあちらこちらに、なお君が滲み出ていた。
 サクローさんは奇妙な偶然に気を良くしたのか、頬を緩ませる。

「アイツには色々世話になったし、色々世話もした仲なんや。時枝の奴、リストバンド付けてた時期あったやろ?」
「……はい、確かに着けてましたね」

 リストバンド。
 ペインと戦う為の特製品だ――などと言っていた一品だ。
 実際にはそれは、なお君が自分をペインである事を隠す為に言っていた嘘だったが。
(なお君は、どんな気持ちで自分の事を隠していたんだろう……)
 ペインはお母さんの仇だ。そして、なお君はそれを知っていた。
 私を気遣って、自分の事を話せなかったなお君は、やっぱり優しい人だと思う。

 そんな風に思い返していると、サクローさんは得意気な表情を浮かべ、言った。

「あれ、ワイが作ったんやで!」
「えっ」

 その言葉に、かづなは現実へと意識を引き戻される。
 あのリストバンドを作った?この人が?

「前は微弱な力しか防げんかったが、今はかなり大きな力も防げるように改良に成功してなぁ」
「かなり大きな力――って」

 トクン、と。
 自分の心臓が大きく脈打つのを感じた。
 現在の世界で、大きな力といえば、それは
 私は驚愕の表情を浮かべ、サクローさんを見つめてしまう。
 その視線に気付いたのか、得意気な様子でピースをしながら、彼は言った。

「ご名答、ペインの攻撃も防げるシロモンや!」

 ペインの力を防げる。
 それは一般人でも、私のような力の無い人間でも、ペインと戦えるようになるという事。
 私はそれを聞いて、表情を輝かせる。

「それ、大発明じゃないですか――!」
「そう、大発明なんや!だから時枝に改めて渡そうと思うんてるんやけど……アイツ最近連絡取れなくてなぁ。嬢ちゃんはアイツの居場所知ってるんか?」
「……あ」

 そうか、と思った。
 なお君が異世界に旅立ってしまった事は、殆どの人が知らないのだ。
 一部の人には留学した事になっているので、私はそうサクローさんに伝えた。
 それを聞いたサクローさんは苦笑いを浮かべる。

「なんやアイツ今この国にいないんかぁ。道理で最後に会った時、様子が変だと思うたわ」
「最後に会ったのって……」
「半年ぐらい前かなぁ。確かツレがいるとか言ってたよーな」
「……多分それ、私です」

 異世界に旅立つ直前に、私となお君はこのショップに寄った。
 多分私が<デブリ・ドラゴン>を探している時、なお君はこの場所に来ていたのだろう。
 私は自分のいるこの部屋を、改めて見渡した。

「なんやそうだったんか……ってー事はアンタ、時枝のコレか?」
「……どうでしょう、まだよくわかんないです」
「ははぁ」

 小指を立てて来るサクローさんに対して、私はあははと苦笑いをする。
 そんな私を見て、彼はニヤリと何かを察したような顔をした。
 何か勘違いをされたような気がするが、本当にわからないのだから仕方が無い。
 サクローさんは私を見つめると、表情を少し引き締めて、言った。

「でも、それならアンタ辛いやろなぁ」
「はい?」
「半年間もずっと時枝の事待ち続けてるんやろ。――時枝の事思い出すだけで、辛くならへん?」
「……」
「いっそ忘れて、新しく気持ち切り替えた方が、アンタの為かもわからんで」
 
 真剣な表情でそう言われ、私は考える。
 そして、部屋の天井を見ながら、言った。

「確かに、無意識の内になるべく思い出さないようにしていた方が楽だなって、思う時はあります」

 朝起きた時、なお君がいない事に違和感を覚えた。
 料理を作る時、間違えて一人分多く料理を作った。
 掃除当番表の書き込みが半年間無い事に、寂しさを感じた。
 でも

「それでも、私はなお君の事を忘れられません」

 だって――ここに来てから
 階段を登ってから
 この部屋に来て、なお君の名前が出た時から
 
 私はここにいないはずの、なお君の事ばかり考えてる。

 私は小さく笑いながら、そう言った。
 すると、サクローさんは真剣な表情を緩ませて
「――気に入った。これ、嬢ちゃんが使ってみるか?」
 バン!! と新しいリストバンドを、思い切り手で叩いた。
 
 
 以前とは違う、銀色で美しい形状。
 一般的な展開式の決闘盤とは一線を画す、その存在感。
 サクローさんが手に取ったそれは、確かに以前なお君が着けていたものとは、何かが違うように感じられた。
「ただ、一つ問題があるんや」
「問題……ですか?」
 サクローさんはそう言うと、苦い表情を浮かばせる。
「副作用――いや、単にまた煮詰め切れてない部分があるっちゅー事や。以前より防げる力の限界は格段に増したんやけど、その分力のコントロールができなくなっとる」
「それって、つまり」
「そうや、使えば嬢ちゃんは勿論……周りの人間を怪我させてまうかもしれん」
「……」

 サクローさんにそう言われ、私は考える。
 現状の私は、スドちゃんの力を借りればペインと戦う事はできる。
 でも、それは時間稼ぎ程度のレベルであって、倒したりする事はできない。
 今のままでは、守る為の戦いにも限界があるのも事実だ。

 でも、これを使えば倒す為の戦いもできるようになる。
 何より、いつも負担を強いてしまっているスドちゃんの負担も減らせるようになる。
 今までより、遥かに守れる物も大きくなる。

 ……同時に、力が暴走すれば周りの人を傷付けてしまう可能性が高くなる。
 人払いをしてからそれを装着すれば、勿論私以外への被害は回避できるけど――

「うーん……」
 
 目の前の『力』に対し、私は目を閉じて考え込む。
 確かに力は欲しい。今の状態で守れるモノは、本当に微々たるものだからだ。
 勿論誰かを傷付ける可能性があるのは、怖い。
 でもリスクを怖がってこれを手に取る事を拒み、結果コレが無いせいで誰かを守り切れなかったら、その方がもっと怖い。

 悩み込む私をサクローさんは値踏みをするような目で見つめてくる。
 そして、次の瞬間。

 プルルルルルルルル……

 決闘盤に入れていた携帯電話が、振動音と共にけたたましく鳴りはじめた。
「あ、すいません」
 一言サクローさんに会釈をすると「ええよ」と言ってくれたので電話を取る。
「もしもし?」
『純也です! かづなおねえさん、旧商店街前にペインが!!』
 また出たんだ。とかづなは息を飲む。
 以前よりはペインや、それに関係するトラブルは減ってきているはずなのだが
 ここ数日は以前と同じ頻度で出現して来ている。
「わかりました!すぐ行きますから、それまで絶対に戦わないで!」
『了解! あと気をつけて、なんか普通のペインとは雰囲気が違うから!』

 純也君の言葉を聞き終えると、携帯を切り急いで身支度を始める。
 サクローさんは、そんな私を座りながら眺めた。
「……行くんか?」
「はい……ごめんなさい、この話はまた今度お願いできますか?」
「了解や。急ぐ話でもない、ゆっくり考えてみ」
「ありがとうございます!」

 ニカっとサクローさんが笑うと、私も小さく笑い、すぐに部屋を飛び出した。
 カードショップの外に出ながら、私は決闘盤を操作して、専用回線でスドちゃんと連絡を取る。
「スドちゃん!!」
『心得た!』 
 ペインが街に出現するのは初めてではない。短い交信でお互いの意図を察し、回線を切る。
 階段を一段飛ばしで一気に降り、旧商店街の方に走る。
 しばらく走っていると、目の前が少し歪み……鉄の棒のような物が出現する。

 光学迷彩
 光を完全に透過・回折させる技術らしいが、何故スクラップドラゴンであるスドちゃんが使えるかは謎だ。
 透明になっていない唯一の部分、鉄の棒に走りながら手を伸ばし――掴んだ。
「よいしょ、お願いしますスドちゃん!」
「了解した!」
 私の掴まった鉄の棒は一気に上昇し、それと同時にスドちゃんが姿を現す。
 シャッターのような翼に、鉄のボディ。
 発光ダイオードのような目を光らせ、手足にネジのようなドリルが付いている。
 私は鉄棒から手を離すと、そのシャッターのような立派な翼に、おそるおそる乗った。
 
「よし、飛ばすぞい!」
「はい!」

 目指すは旧商店街。
 私はスドちゃん一緒に、猛スピードで向かって行った。






    









「――さっきから、動かないね」
「うん……」

 七水と純也は困惑していた。
 目の前の『ペイン』は私達を見つけてから、微動たりともしていない。
 攻撃の意思のない、理性のないペイン――今までには例がないタイプだった。
 それでも油断はせずに、お互いにそのペインを警戒していると……。

「お待たせしました!」

 上空から、声が聞こえてきた。
 同時に目の前の空間が歪み、巨大な機械竜――スドが姿を現す。
 そしてその上に乗っていたかづながスタッと地上に降り立つと、短いおさげがフワリと揺れた。 
 それを見た七水は歓喜の表情を浮かばせ、純也は驚きの余り汗を浮かばせる。
「かづなおねえちゃん!」
「あ、相変わらず来るのめっちゃ早いね……」
「それはスドちゃんに言ってあげてください。ペインは何処ですか?」
「うん、それがね」
 七水が事情を説明する。ペインを見つけてから微動だにしない事や、雰囲気がいつもとはおかしい事。
 それらを聞いて、かづなは「うーん」と唸り声を上げる。
「一体、なんで全く動かないんでしょう……?」



「――それは、僕が説明するよ」


 ゾワリ、と。
 場の空気が、一気に張り詰めたかと思うと、ペインのすぐ近くから、一人の青年が姿を現した。
 気弱そうな物腰で、少しオドオドとしているその青年は、どう見ても一般人にしか見えない。
 だけど……かづなには、ハッキリとわかってしまう。

「そのペインは僕が倒したんだ。信じてもらえないかもしれないけど」
 そう言って青年が爽やかな笑顔を浮かべると――

 静止していたペインが、爆発した。
「ッ――スドちゃん!」
「わかっておる!」
 いち早く反応したかづなの指示とほぼ同時に、スドはその翼を大きく広げ、かづな達の前に展開する。
 少し遅れて純也は七水の手を引き、その翼の中へと避難する。
 爆発が収まると、先程ペインが居た場所に……巨大なクレーターができていた。
「これで、信じてもらえたかな……?」
 そう言って、青年は子犬のような瞳でこちらを見据える。
「あの人、なんだか怖い……」
 七水はその青年から距離を取るように、純也の後ろに隠れる。
 純也も恐怖を感じているようだったが、それでも精一杯青年を睨み付けていた。
 その視線をサラリと受け流しながら、青年は言葉を続ける。
「ペインを生かしておけば、きっと現れるって思ってた」
「私達に会う為にこんな事を?」
 かづなが訝しげにそう言うと、青年はコクリと頷く。

「僕は――力が欲しいんだ。その為に、君達に協力して欲しい」
「え……」
 
 続く青年の言葉に、かづなは言葉を失ってしまった。
 それはかづな自身が悩み、欲していた物と、同じだったから。
 だからこそ、青年が決闘盤を展開した事に気付くのが、一瞬遅れてしまった。
 青年は決闘盤をセットし、一枚のカードを発動する。

「速効魔法発動。次元誘爆――!!」

 そう、青年が叫んだ瞬間。
 三人の視界は真っ白に染まり、何も見えなくなってしまった。
 最後に、青年の声だけが辺りに響き渡る。





「――ようこそ、僕達の世界へ」