シューティングラーヴェ(はてな)

シューティングラーヴェの移行先

遊戯王オリジナルstage prologue1~4

視界を遮る事のない、不思議な暗さだった。
 上空には星のような小さな光が明滅しているが、月のような強い光を放つモノはない。
 どれも等しく、同じような輝きを放っている。
 ここ最近似たような情景を何度も見てきたが、一生慣れる事はないだろう……と思う。

 

「……お前は、ここの人間じゃないな?」

 

 思考をとりあえず隅に寄せ、警戒を解かぬまま目の前の青年に問いかける。
 強制的に決闘を仕掛けてきた反面。青年は気が弱そうな風貌だ。
 俺の問いかけに、青年はコクリと頷く。
 
「ならここで――『異世界』で決闘をするって事の意味をよく知らないんだな。そうだろ?」

 

 溜息を吐きながら、同時に安堵する。
 異世界でのデュエルとは、正しく『決闘』なのだ。
 負けた後に待っているのは、自身の消失。
 どちらかが生き残るだけの戦闘手段。ただそれだけの行為。
 そこには楽しさ等の感情が入り込む余裕なんて、ありはしない。

 

「またてめェは甘い事やって勝手にピンチになる気か?付き合わされる気にもなれっつの」
「……うっさいな。今度は大丈夫かもしれないだろ」

 

 ジャケットのポケットに手を入れながら決闘を見ていた同伴者――戒斗から辛辣な野次が飛んでくる。
 以前こうやって相手の戦闘の意思を確かめながら決闘をした時、危うく負けそうになった事が一度ある。
 要は、相手に完全に騙されたのだ。
 『俺は戦う気なんてないんだ』と白旗を上げる言動をしておきながら、こちらの息の根を止めるように動いてきた。

 

異世界でわざわざ相手を知ろうとするなんざ、馬鹿な奴のやる事だ。隙もできる」
「この場では誰も信用するな!ってか?」
「そういうこった。それができねェなら……」
「できないな」

 

 戒斗の言葉を遮るように、俺はキッパリと即答した。
 余りの反応の早さに戒斗は「ハァ?」と声に出しながら呆気に取られる。

 

「何かを信用しない事に慣れたら、それが俺の中で当たり前になっちまう。そんな俺を見たら、アイツはきっと悲しむ」
「ハッ、愛しの愛しのかづなちゃんってか?」
「……アイツとはそういうんじゃないって。前も話したろ」

 

 俺が呆れたように首を振ると、戒斗は俺以上に大袈裟なモーションでため息を吐いた。
 心なしか「駄目だコイツ……」と呟いた声が聞こえた気もする。
 だが、そんな事は今は問題じゃない。
 俺は何やら言いたげな戒斗をスルーしつつ、気弱そうな青年に向き直って、口を開いた。

 

異世界で決闘するって事は、命のやり取りをするって事なんだ。危険だから、この決闘はこれ以上続けない方がいい」
 なるべく敵意を声に含ませないよう、言った。
 それを聞いた青年は、ほんの少し頬を緩ませた。
 わかってくれたのか……?
 そう、口に出そうとした瞬間。

 

「知ってます」

 

 小さくハッキリとした声で、青年はそう言った。
 戒斗はそれを聞き、大きく舌打ちをする。

 

「負けた人が犠牲になる世界だって事も、貴方達が強い決闘者だって事も」

 

 青年は俯いたまま、言葉を続けていく。
 その様子にタダならぬ物を感じ、決闘盤を改めて構え直した。
「言わんこっちゃねェ……良いか、次からは簡単に信用すんな。ここはそういう場所だ!」
 戒斗の耳障りな怒号が、辺りに響いていく。
 が、今回ばかりは確かに俺が迂闊だった。
 この雰囲気はタダ者ではない。
 この青年は弱気の裏に、何かとてつもない物を隠している――そんな確信めいたものが脳裏をよぎった、次の瞬間。

 

「速攻魔法、発動――!!」

 

 青年が一枚のカードを発動し……
 暗がりだったはずの俺の目の前は、真っ白に染まっていった。
 

 

 




    遊戯王オリジナルS prologue-01



「むむむむむむむ」

 

 とあるマンションの一室から、おおよそ乙女には似つかわしくない声が響き渡った。
 その声の主の正体は私、かづな。
 参考書らしきものを見て、むーむーと唸っていた。
 唸って頭を揺らす度に、お下げがぴょこぴょこと動いていく。
 その様子を見かねてソファーに転がっていた謎の物体が
 謎の技術で浮き上がり、こちらへと寄って来る。

 

「なんじゃ、何か読めない文字でもあるのか?ムームー星人のような声を出しおって」
「そうそう、この『鮫』って文字が――ってそのくらい読めますっ!」 

 

 如何にも年寄り臭い喋り方をしている鉄の塊……もとい、ふよふよと浮いている機械のような竜は通称スドちゃん 
 ひょんな事で一緒にいる、スクラップドラゴンの精霊である。
 スドちゃんは私の買った参考書を一瞥すると、怪訝そうな顔をした。

 

「ブルーアイズホワイトドリル!?定価3000円の参考書じゃと……」
「これからはちゃんと勉強しようと思って、ちょっと奮発しちゃいました」
「そもそも参考書なのかドリルなのかわからんのじゃが」
「細かい事を気にするくらいならこの問題を手伝ってください!」
「何か納得がいかんが、どれどれ……」

 

 スドちゃんは言われるがまま、参考書を上から覗き込んだ。

 

今週の問題!

神の宣告で召喚を無効にできるのは、次の内どーれだ?

①キラートマトの効果で特殊召喚した<ダブルガイ>
②ヴァルハラの効果で特殊召喚した<大天使クリスティア>
③手札から特殊召喚した<ダーク・シムルグ>

正解は350ページの右下!

 

覗き込んだスドちゃんは、オイル的な汗を流しながら「むぅ」と唸った。
「これはまたコアな問題をやっておるな……ここまでやらんでもいいのではないか?」
「私は何の力も無いですから、せめて知識だけはと思って」

 

 力。
 私の周りには、力のある人が沢山いる。
 七水ちゃんはサイコ決闘者の中でもトップクラスの力が。
 純也君は、サイコパワーは低くても決闘の腕前が。
 愛城さんは……あの二人がいない今、最強と言っても差し支えないだろう。

 

 私だけが、何の力もない。

 

「……ワシがサポートをすればペインとも戦えておるし、そこまで気にする事では」
「思いつめてるわけではないですから大丈夫です!力が無いなら無いなりに、頑張ろうって思ってるだけですから」

 

 にっこりとスドちゃんに笑うと、私は参考書に向き直った。
 スドちゃんはしばらくそんな私を眺めていたが、やがて
「しかしワシにも答えがわからんな。解答を見てはどうじゃ?」
「うーん、すぐに解答に頼るのは良くない気がしますけど……」
 それでも、これ以上問題と睨めっこしても意味はない気はしてきた。
 なので、私はページをパラパラとめくり、解答を探していく。

 

「ありました。どれどれ……」
「どれどれ……」

 

1ページ目の問題の答え!

神の宣告で召喚を無効にできるのは――

①そもそもダブルガイは特殊召喚できないんだぜ!間違える馬鹿なんて居ないんだぜ!
②ヴァルハラ等のチェーンに乗る特殊召喚は、神の宣告は無効にできないぞ!
③光と闇を除外して召喚する事のできる<カオス・ソーサラー>は神の宣告で召喚を無効にできるけど、風属性と闇属性を除外して召喚する事ができる<ダーク・シムルグ>の召喚は何故か無効にできないんだぜ!

ということで正解は――
④の『無効にできるものなんてなかった』でした!
やっつけビングだぜ俺ー!

(大丈夫、Vジャンプの参考書だよ! 次は絶対に解けない数式を解いてみよう!)



「……」
「……」

 

 沈黙。
 自分の中に久々にドス黒い感情が、やり切れない思いが溢れていくのを感じた。
 今の私なら、キラートマトを素手で握り潰せる気がする。リクルートする暇など与えるものか。
 ぷるぷると拳を奮わせる私を見て、スドちゃんは無言でゆっくりと旋回し、部屋の外へと出ようとする
 その後頭部に向かって、全力で参考書をぶん投げた。

 

「私の3000円、返してくださあああああああああああい!!」
「ワシ関係なあああああああああああああい!!」

 

 ゴスッ、と。
 非常に気持ちの悪く痛そうな音が聞こえ、参考書と一緒にスドちゃんが落下する。
 今日もかづな家は、いつも通り平和であった。
 
 
 
「で、用事って言うのは!」

 相変わらず元気いっぱいの純也君が、そう私に話しかけてきた。
 今私がいるのは、さっきの部屋の下に位置する芝生の上だ。
 目の前の純也君はほんの少し髪が伸びたようで、以前よりほんの少し大人っぽく見える。
 その隣にいる七水ちゃんは以前よりもずっと女の子らしくなっていて、今日も可愛らしいスカートを着こなしていた。
 そんな風に二人を感慨深げに見ていたら、七水ちゃんに視線で続きを促されたので、コホンと咳払いをする。

「突然来てもらったのは……実は、この本の製作者を探して欲しいんです」
 そう言いながら、私は先程の参考書を決闘盤の収納スペースから取り出した。
 興味津々と言った風に二人はその参考書を手に取り、表紙をまじまじと見つめる。

「『ブルーアイズ・ホワイトドリル』?かづなおねえちゃんも参考書読むんだね」
「七水ちゃん……その台詞は何か他意を感じます」
「?」

 無邪気に感心したような声を上げる年下の女の子を見て、私は「トホホ……」と目を線にする。
 ぐったりと手を脱力させて七水ちゃんに今の心境を必死に伝えようとするが、そもそも参考書に視線が釘付けで、七水ちゃんはこっちを全く見ていない。
 そんな私を見るに見かねてか、純也君が私に近付いてきた。

「かづなおねえさん」
「純也君。わかってくれますか……?」
「はい。僕も似たような経験ありますから……」
 
 純也君は七水ちゃんと付き合いも長い。
 今の私と同じような心境になった事も多いのかもしれない。
 そう考え私は「若いのに大変だなぁ、わかってくれて嬉しいなぁ」等と思っていると……

「読む気が全く無くても、表紙が格好いいとついつい買っちゃいますよね!」
「全然わかってくれてないいいいいいいいいい!」

 ガクーとうなだれながら、私は魂の叫びを上げた。
 この二人似た物同士だ。しかも、二人とも天然だ……。
 やはり唯一まともな、年長者である私がしっかりしないといけない。

「……コホン、とにかくその(ふざけた)本の作者を探して欲しいんです」
「かづなおねえちゃん、今小さい声で何か言わなかった?」
「気のせいです気のせい。勿論純也君の探し物のついでで構わないんで、手伝ってもらえないでしょうか?」

 純也君の探し物。
 それは行方不明になった、純也君のお兄さんの手掛かりだ。
 七水ちゃんはそれの手伝いをしていて、結果的に二人は一緒にいる事がとても多い。
 私もそれとなーく手伝おうと思い立った事があるのだが、遠回しにスドちゃんに止められてやめた。確かに色々な意味でお邪魔な可能性がある。
 
「いいですよ!兄さんの事を探す時は足を使うのが基本だから、こういうのは慣れてます!」
「かづなおねえちゃんの頼みなら」

 そう言って、純也君と七水ちゃんはすぐに快諾してくれた。
 そんな二人に「ありがとう」とお礼を言って、候補を何個か伝える。
 その後に少し私は慎重な表情になり、二人に言った。

「そうそう――危ない目にあったら、私にすぐ連絡してくださいね」 
「うん、わかってる」
 七水ちゃんはその言葉の真意をすぐに察したのか、力強くコクンと頷いた。
 純也君も同じように、けれど少し気を引き締めるように無言で頷く。
 三人の作者探しは、そうして始まった。







「で、記載された住所に来てみたのはいいんですけど……」
 到着したその場所は、酷く見慣れた所だった。
 二階建ての一軒家を改造したかのような、こじんまりとした佇まい。
 外にある階段は金属製で、開ける時に窓のような音の鳴る扉。

 この街で、唯一のカードショップ。

 私はそれを見てゴクリと、軽く唾を飲み込む。ここに来るのは、本当に久し振りだからだ。
 記載されているのは一階ではなく二階のシングルコーナーなので、外にある階段に足をかけた。

 カン、カン、カン。
 一段登る度に甲高い金属音が、規則正しく辺りを響かせて行く。
 タン、と。
 前の方から聞こえてくる頼もしい音。
 自分から遠ざかっていく悲しい音。
 実際の階段からは、そのどちらも聞こえてくる事はなかった。

「……」
 階段を登りきり、無意識にてっぺんから空を見ようとして、それをやめる。
 私は無言のまま二階の入り口の扉を開け、ショップの中へと入った。
 
 
 
「うん、確かにワイがその本の作者って事になってるサクローやけど」

 本の作者は、思ったより滅茶苦茶簡単に見つかった。
 入るなりいらっしゃいませーと言ってきた店員さんに詰め寄って「この(ふざけた)本の作者知りませんか?」と聞くと、ああそれなら中にいるよと言われて付いていった結果が、今のこの状況である。
 事務所――と言うには広すぎる部屋だが、精巧な機械やパソコンが所狭しとスペースを占拠しており、実際の大きさより狭く感じる。

「あなたがこの本の作者のサクローさんですか、おはようございます」
 そう言って私は作者さんに満面の笑顔を浮かべる。
 サクローと名乗った人は分厚いフレームの眼鏡をかけており、体型はどちらかというと細身。
 確かにカードショップの店員というよりは「作家」や「発明家」と言われた方がしっくりする容姿だ。
 そのサクローさんは黒い回転椅子を無駄に回転させ、急に体をこちらに向ける。

「何、もしかしてワイのファン!?」
「有り得ません。ちょっとこの本の内容に文句をつけに……」
「ええ、また!?」
「よくあるんですか!?」
 どうやら文句を付けに来る客は一人ではなかったようだ。
 やっぱりかぁ、等と呟いてるのを見るに、それもかなりの大勢に違いない。
「ワイの作品は独創的やからな。世間は『フザけてる』だの『真面目にやれ』だのと理解しよーとせんが、アンタのよーにわかってくれるファンもいればワイは乗り切れる!」
「いや私ファンじゃないですし!どちらかといえば前者の意見に賛同ですし!」
「なんやそうなんか……」
 この人は私の話をきちんと聞いてくれていたのだろうか。
 しかし急にしょんぼりとした表情になったサクローさんを見ると、何だか悪い事をした気分になる。

「いや確かにワイの作品はいつも独創的やけれど、その本に関してはワシ一人の責任じゃあらへんで?」
「……? 共同で書いてた人がいるんですか?」
「色々助言してくれた人がいて、ソイツの影響を多分に受けている――と言った方が正しい気はするで」
「助言……名前はなんて言うんですか?」
 どうやら、そのありがたい『助言』をした人が諸悪の根源のようだ。
 よくわからないが、きっと厄介な人物なんだろう――と私は断定する。
 そして、それは確かに

「時枝っていう奴でなぁ、そりゃもう面白い奴で――」
「え……?」

 私にとって……凄く厄介な人物である事は、間違いなかった。








    遊戯王オリジナルstage prologue-03



「まさか、時枝の知り合いだったなんてなぁ……」
「世間って意外と狭いですねー」

 あはは、サクローさんと笑い合いながら私は心の中で納得していた。
 あのイタズラッ子全開の解答、ふざけた問題。
 ――確かに、問題のあちらこちらに、なお君が滲み出ていた。
 サクローさんは奇妙な偶然に気を良くしたのか、頬を緩ませる。

「アイツには色々世話になったし、色々世話もした仲なんや。時枝の奴、リストバンド付けてた時期あったやろ?」
「……はい、確かに着けてましたね」

 リストバンド。
 ペインと戦う為の特製品だ――などと言っていた一品だ。
 実際にはそれは、なお君が自分をペインである事を隠す為に言っていた嘘だったが。
(なお君は、どんな気持ちで自分の事を隠していたんだろう……)
 ペインはお母さんの仇だ。そして、なお君はそれを知っていた。
 私を気遣って、自分の事を話せなかったなお君は、やっぱり優しい人だと思う。

 そんな風に思い返していると、サクローさんは得意気な表情を浮かべ、言った。

「あれ、ワイが作ったんやで!」
「えっ」

 その言葉に、かづなは現実へと意識を引き戻される。
 あのリストバンドを作った?この人が?

「前は微弱な力しか防げんかったが、今はかなり大きな力も防げるように改良に成功してなぁ」
「かなり大きな力――って」

 トクン、と。
 自分の心臓が大きく脈打つのを感じた。
 現在の世界で、大きな力といえば、それは
 私は驚愕の表情を浮かべ、サクローさんを見つめてしまう。
 その視線に気付いたのか、得意気な様子でピースをしながら、彼は言った。

「ご名答、ペインの攻撃も防げるシロモンや!」

 ペインの力を防げる。
 それは一般人でも、私のような力の無い人間でも、ペインと戦えるようになるという事。
 私はそれを聞いて、表情を輝かせる。

「それ、大発明じゃないですか――!」
「そう、大発明なんや!だから時枝に改めて渡そうと思うんてるんやけど……アイツ最近連絡取れなくてなぁ。嬢ちゃんはアイツの居場所知ってるんか?」
「……あ」

 そうか、と思った。
 なお君が異世界に旅立ってしまった事は、殆どの人が知らないのだ。
 一部の人には留学した事になっているので、私はそうサクローさんに伝えた。
 それを聞いたサクローさんは苦笑いを浮かべる。

「なんやアイツ今この国にいないんかぁ。道理で最後に会った時、様子が変だと思うたわ」
「最後に会ったのって……」
「半年ぐらい前かなぁ。確かツレがいるとか言ってたよーな」
「……多分それ、私です」

 異世界に旅立つ直前に、私となお君はこのショップに寄った。
 多分私が<デブリ・ドラゴン>を探している時、なお君はこの場所に来ていたのだろう。
 私は自分のいるこの部屋を、改めて見渡した。

「なんやそうだったんか……ってー事はアンタ、時枝のコレか?」
「……どうでしょう、まだよくわかんないです」
「ははぁ」

 小指を立てて来るサクローさんに対して、私はあははと苦笑いをする。
 そんな私を見て、彼はニヤリと何かを察したような顔をした。
 何か勘違いをされたような気がするが、本当にわからないのだから仕方が無い。
 サクローさんは私を見つめると、表情を少し引き締めて、言った。

「でも、それならアンタ辛いやろなぁ」
「はい?」
「半年間もずっと時枝の事待ち続けてるんやろ。――時枝の事思い出すだけで、辛くならへん?」
「……」
「いっそ忘れて、新しく気持ち切り替えた方が、アンタの為かもわからんで」
 
 真剣な表情でそう言われ、私は考える。
 そして、部屋の天井を見ながら、言った。

「確かに、無意識の内になるべく思い出さないようにしていた方が楽だなって、思う時はあります」

 朝起きた時、なお君がいない事に違和感を覚えた。
 料理を作る時、間違えて一人分多く料理を作った。
 掃除当番表の書き込みが半年間無い事に、寂しさを感じた。
 でも

「それでも、私はなお君の事を忘れられません」

 だって――ここに来てから
 階段を登ってから
 この部屋に来て、なお君の名前が出た時から
 
 私はここにいないはずの、なお君の事ばかり考えてる。

 私は小さく笑いながら、そう言った。
 すると、サクローさんは真剣な表情を緩ませて
「――気に入った。これ、嬢ちゃんが使ってみるか?」
 バン!! と新しいリストバンドを、思い切り手で叩いた。
 
 
 以前とは違う、銀色で美しい形状。
 一般的な展開式の決闘盤とは一線を画す、その存在感。
 サクローさんが手に取ったそれは、確かに以前なお君が着けていたものとは、何かが違うように感じられた。
「ただ、一つ問題があるんや」
「問題……ですか?」
 サクローさんはそう言うと、苦い表情を浮かばせる。
「副作用――いや、単にまた煮詰め切れてない部分があるっちゅー事や。以前より防げる力の限界は格段に増したんやけど、その分力のコントロールができなくなっとる」
「それって、つまり」
「そうや、使えば嬢ちゃんは勿論……周りの人間を怪我させてまうかもしれん」
「……」

 サクローさんにそう言われ、私は考える。
 現状の私は、スドちゃんの力を借りればペインと戦う事はできる。
 でも、それは時間稼ぎ程度のレベルであって、倒したりする事はできない。
 今のままでは、守る為の戦いにも限界があるのも事実だ。

 でも、これを使えば倒す為の戦いもできるようになる。
 何より、いつも負担を強いてしまっているスドちゃんの負担も減らせるようになる。
 今までより、遥かに守れる物も大きくなる。

 ……同時に、力が暴走すれば周りの人を傷付けてしまう可能性が高くなる。
 人払いをしてからそれを装着すれば、勿論私以外への被害は回避できるけど――

「うーん……」
 
 目の前の『力』に対し、私は目を閉じて考え込む。
 確かに力は欲しい。今の状態で守れるモノは、本当に微々たるものだからだ。
 勿論誰かを傷付ける可能性があるのは、怖い。
 でもリスクを怖がってこれを手に取る事を拒み、結果コレが無いせいで誰かを守り切れなかったら、その方がもっと怖い。

 悩み込む私をサクローさんは値踏みをするような目で見つめてくる。
 そして、次の瞬間。

 プルルルルルルルル……

 決闘盤に入れていた携帯電話が、振動音と共にけたたましく鳴りはじめた。
「あ、すいません」
 一言サクローさんに会釈をすると「ええよ」と言ってくれたので電話を取る。
「もしもし?」
『純也です! かづなおねえさん、旧商店街前にペインが!!』
 また出たんだ。とかづなは息を飲む。
 以前よりはペインや、それに関係するトラブルは減ってきているはずなのだが
 ここ数日は以前と同じ頻度で出現して来ている。
「わかりました!すぐ行きますから、それまで絶対に戦わないで!」
『了解! あと気をつけて、なんか普通のペインとは雰囲気が違うから!』

 純也君の言葉を聞き終えると、携帯を切り急いで身支度を始める。
 サクローさんは、そんな私を座りながら眺めた。
「……行くんか?」
「はい……ごめんなさい、この話はまた今度お願いできますか?」
「了解や。急ぐ話でもない、ゆっくり考えてみ」
「ありがとうございます!」

 ニカっとサクローさんが笑うと、私も小さく笑い、すぐに部屋を飛び出した。
 カードショップの外に出ながら、私は決闘盤を操作して、専用回線でスドちゃんと連絡を取る。
「スドちゃん!!」
『心得た!』 
 ペインが街に出現するのは初めてではない。短い交信でお互いの意図を察し、回線を切る。
 階段を一段飛ばしで一気に降り、旧商店街の方に走る。
 しばらく走っていると、目の前が少し歪み……鉄の棒のような物が出現する。

 光学迷彩
 光を完全に透過・回折させる技術らしいが、何故スクラップドラゴンであるスドちゃんが使えるかは謎だ。
 透明になっていない唯一の部分、鉄の棒に走りながら手を伸ばし――掴んだ。
「よいしょ、お願いしますスドちゃん!」
「了解した!」
 私の掴まった鉄の棒は一気に上昇し、それと同時にスドちゃんが姿を現す。
 シャッターのような翼に、鉄のボディ。
 発光ダイオードのような目を光らせ、手足にネジのようなドリルが付いている。
 私は鉄棒から手を離すと、そのシャッターのような立派な翼に、おそるおそる乗った。
 
「よし、飛ばすぞい!」
「はい!」

 目指すは旧商店街。
 私はスドちゃん一緒に、猛スピードで向かって行った。






    









「――さっきから、動かないね」
「うん……」

 七水と純也は困惑していた。
 目の前の『ペイン』は私達を見つけてから、微動たりともしていない。
 攻撃の意思のない、理性のないペイン――今までには例がないタイプだった。
 それでも油断はせずに、お互いにそのペインを警戒していると……。

「お待たせしました!」

 上空から、声が聞こえてきた。
 同時に目の前の空間が歪み、巨大な機械竜――スドが姿を現す。
 そしてその上に乗っていたかづながスタッと地上に降り立つと、短いおさげがフワリと揺れた。 
 それを見た七水は歓喜の表情を浮かばせ、純也は驚きの余り汗を浮かばせる。
「かづなおねえちゃん!」
「あ、相変わらず来るのめっちゃ早いね……」
「それはスドちゃんに言ってあげてください。ペインは何処ですか?」
「うん、それがね」
 七水が事情を説明する。ペインを見つけてから微動だにしない事や、雰囲気がいつもとはおかしい事。
 それらを聞いて、かづなは「うーん」と唸り声を上げる。
「一体、なんで全く動かないんでしょう……?」



「――それは、僕が説明するよ」


 ゾワリ、と。
 場の空気が、一気に張り詰めたかと思うと、ペインのすぐ近くから、一人の青年が姿を現した。
 気弱そうな物腰で、少しオドオドとしているその青年は、どう見ても一般人にしか見えない。
 だけど……かづなには、ハッキリとわかってしまう。

「そのペインは僕が倒したんだ。信じてもらえないかもしれないけど」
 そう言って青年が爽やかな笑顔を浮かべると――

 静止していたペインが、爆発した。
「ッ――スドちゃん!」
「わかっておる!」
 いち早く反応したかづなの指示とほぼ同時に、スドはその翼を大きく広げ、かづな達の前に展開する。
 少し遅れて純也は七水の手を引き、その翼の中へと避難する。
 爆発が収まると、先程ペインが居た場所に……巨大なクレーターができていた。
「これで、信じてもらえたかな……?」
 そう言って、青年は子犬のような瞳でこちらを見据える。
「あの人、なんだか怖い……」
 七水はその青年から距離を取るように、純也の後ろに隠れる。
 純也も恐怖を感じているようだったが、それでも精一杯青年を睨み付けていた。
 その視線をサラリと受け流しながら、青年は言葉を続ける。
「ペインを生かしておけば、きっと現れるって思ってた」
「私達に会う為にこんな事を?」
 かづなが訝しげにそう言うと、青年はコクリと頷く。

「僕は――力が欲しいんだ。その為に、君達に協力して欲しい」
「え……」
 
 続く青年の言葉に、かづなは言葉を失ってしまった。
 それはかづな自身が悩み、欲していた物と、同じだったから。
 だからこそ、青年が決闘盤を展開した事に気付くのが、一瞬遅れてしまった。
 青年は決闘盤をセットし、一枚のカードを発動する。

「速効魔法発動。次元誘爆――!!」

 そう、青年が叫んだ瞬間。
 三人の視界は真っ白に染まり、何も見えなくなってしまった。
 最後に、青年の声だけが辺りに響き渡る。





「――ようこそ、僕達の世界へ」