シューティングラーヴェ(はてな)

シューティングラーヴェの移行先

遊戯王オリジナルstage prologuelast

 ひっそりと輝く三日月に、薄い雲がたなびく夜空の下。
 崩落した天井から、ささやかな月明かりが差しこんでくる。
 壁を這うパイプのいくつかは、折れ曲がって頭を垂れている。床に染み込んだ油の臭いが鼻をつき、淀んだ空気のせいで呼吸することすら躊躇われる。
 サテライト――いや、ネオダイダロスブリッジが完成しシティとサテライトの垣根が取り払われた今、その名前を使うのは正しくない。だが、それ以外にこの土地を現す適当な言葉がないのも事実だ。
 「旧」サテライト地区にある、大型工業施設の跡地。ゼロリバースによる被害が甚大で、セキュリティの人間ですら足を踏み入れることができなかったB.A.D.エリアに程近いこの工業地帯もまた、ネオ童実野シティを引き裂いた災厄によって人の手を離れ、放棄されていた。
 しかし、シティとサテライトがひとつになった今、ようやく復興と再開発の計画が立ち上がり、長い間犯罪者たちの巣窟となっていた場所は、生まれ変わろうとしていた。
 その前段階。セキュリティ本部所属へと復帰した青年、輝王正義は、この工業地帯を根城としているデュエルギャングの掃討へと赴いていた。身勝手な論理を振りかざして「ここは自分たちの場所だ」と主張する犯罪者たちをデュエルでねじ伏せ、目的は達成した。あとは、本部に戻って報告を済ませるだけ――
 そのはずだった。
「…………」
 無言のまま、険しい顔つきで前方を注視する。
 仕事を終えた輝王の前に突然現れ、デュエルを挑んできた謎の人物。
 暗がりのため、相手の姿はよく見えない。

「――いい気迫だ。それでこそ、俺様の贄としてふさわしい」

 だが、闇の中に浮かぶ体格と、自信に満ちたその声から、男であることは間違いない。
 事前に本部から渡された資料に載っていたデュエルギャングのメンバーは、全て逮捕したはずだ。ということは、この男は新たに加わったメンバーだろうか。
(いや、違う)
 先程の犯罪者たちとは、纏う雰囲気が違いすぎる。
 満ち溢れる力を隠そうともしない、おこがましいほどの自信。
 そして、その自信の裏に、途方もない何かを隠しているような気配。
 この男は危険だ、と輝王は本能で理解する。
 正直なところ、得体のしれない相手とデュエルをするのは得策ではない。裏がありそうな気配があるならなおさらだ。
 だが。
「……なら、俺は貴様相手に自分の力を計らせてもらうとしよう。俺がこの<ドラグニティ>をどこまで使いこなせているか」
「俺様を実験台にするか! 傲慢な男だ!」
 親友である高良火乃が残していった、<ドラグニティ>のカードたち。
 それを受け継いだ輝王には、未だ高良のように<ドラグニティ>の力を存分に引き出せているとは思えなかった。
 圧倒的な経験不足――それを補えるというのなら、例え罠が仕掛けられていようともデュエルを受けざるを得ない。
 輝王が左腕に装着したディスクを展開させると、自動的にデッキがシャッフルされる。
 デッキの上から5枚のカードをドローし、重苦しい空気の中、戦いの火ぶたが切って落とされる。
「俺様の先攻! ドロー!」
 男がカードをドローした直後、三日月にかかっていた雲が流れ、降り注ぐ光が明るさを増す。
 その光を受けて、浮かび上がったその姿は――

「速攻魔法、発動――!!」

 男が1枚のカードを発動し……
 輝王の視界が、眩い光に包まれた。









「<ジェムナイト・プリズムオーラ>をリリースして、<ジェムナイト・ルビーズ>の攻撃力を上昇させる! 受けろよ……クリムゾン・トライデントッ!!」
「やらせるかよッ!! 速攻魔法<リミッター解除>! <A・ジェネクストライフォース>の攻撃力を2倍にするッ!!」
「――何度も同じ手を食うか! 罠カード<スキル・サクセサー>を発動!」
「なっ……<トライフォース>の攻撃力を上回った!?」
「終わりだ! クリムゾン・トライデント……バーストッ!!」
「くっ――そおおおおおおおおお!!」

「うるせえっ!! 大声出すなら余所でやれ!!」

 創志のライフがゼロになると同時、ドスの利いた女性の声が響き渡った。
 古めかしいジャズ系のBGMが控えめに流れている喫茶店。西部劇に出てくるバーを思わせるような店内には、黒人歌手のポスターや空になった酒瓶が無造作にレイアウトされている。カウンターの奥には、安物のコーヒーメーカーと、ファミレスにあるようなドリンクバーの機械が置いてあり、ドリンクメニューの質を疑わざるを得ない。
 平日とはいえ、すでに夕刻に差しかかった頃だ。学校帰りの学生や夕飯前のひとときを喫茶店で過ごそうとする主婦などで賑わっていてもおかしくない時間帯だが、店内には閑古鳥が遠慮なく鳴いており、客はたった1人だけだった。
「いい年こいてはしゃいでんじゃねえよ。まったく……毎日毎日騒がしいったらないぜ。お前らデュエルディスク持ってるんだろ? だったら外でやってこいよ。迷惑なんだよ」
 男言葉で叱責を飛ばし、仏頂面でため息を吐くのは、この喫茶店の店主である女性、藤原萌子(ふじわらもこ)だ。白髪の長髪を大きなリボンで結わき、割烹着に身を包んだその姿は、店内の様相とミスマッチすぎる。だが、その美貌は折り紙つきで、こんな寂れた喫茶店の店主よりもグラビアアイドルでもやっていたほうがよっぽど儲かるのではないかと思わせる。
「迷惑って言っても、他の客なんていないじゃないか」
 唯一の客である青年、神楽屋輝彦が、テーブルに並べられたデュエルモンスターズのカードを片づけながら口答えをする。
「おい、神楽屋。悔しいからもう1回――」
 神楽屋の向かいに座っていた少年、皆本創志は先程のデュエルの幕切れに納得がいかず、人差し指を立てながら再戦を申し込む。
「あたしが迷惑してんの!! それから創志! あんたバイトのくせに仕事サボってデュエルしてるんじゃない! 1戦くらいなら見逃してやるけど、これ以上やるならクビにするよ!!」
 萌子の怒号に、創志は反射的に飛びあがると、慌ててカードを片づける。これ以上怒らせるのはさすがにまずい。
 神楽屋はすっかり冷めきったコーヒーを口に含んだあと、退屈そうに天井を見上げながら呟く。
「ヒマだなぁ」
 
 
 ティトや神楽屋、リソナと一緒に暮らすきっかけとなった「レボリューション」との戦いの後、神楽屋に教えを乞いながら、創志はサテライトで何でも屋を営んできた。その頃には頻繁に依頼が舞い込み、お金には全く困らなかったのだが……
 ネオダイダロスブリッジ完成後、シティに拠点を移してからは、めっきりお客が減ってしまった。
 新しい事務所は周囲に高層マンションが立ち並んでいるため、表通りからは建物が見えず、非常に分かり辛い場所にある。ホームページを開設したりビラを配ったりもしてみたが、目に見えた効果は無かった。
 仕事が減ったせいで今までコツコツと貯めてきた貯蓄を切り崩す羽目になったので、創志は仕方なく事務所の隣にあった喫茶店でバイトを始めた。しかし、こちらも立地条件の悪さがネックとなって、さっぱり繁盛していない。
 黒のベストにスラックスといういかにもウエイターですといった格好をした創志は、カウンターに入って布巾を引っ張り出すと、適当にテーブルを拭き始める。
「萌子さん、コーヒーおかわり」
「今までのツケを払ったら何杯でも淹れてやるよ」
「…………今日はこの辺にしておくか」
 ふうー、とわざとらしくため息を吐いた神楽屋は、空になったカップをソーサーの上に戻す。
 実のところ、コーヒー代をツケなければならないほど財布が切迫しているわけではないのだが、事務所の所長である神楽屋曰く「切り詰めるところは切り詰める。節約第一だ」とのこと。……代金を踏み倒すのは、節約とは言わないと思うのだが。
 静かになった店内で、萌子が壁に掛けてある振り子付きの時計を見る。
「もうすぐリソナとティトが帰ってくる時間じゃないか? ……っと、噂をすれば、ホラ」
 店の外から聞こえてくる足音に気付いたのか、萌子は楽しそうに微笑を浮かべる。
 ばーーーーーん! と入口の扉が豪快に開け放たれ、
「ただいまですー!!」
 ぴしっ! と右手を挙げた金髪の少女――リソナの元気満点の声が響き渡る。
「……ただいま」
 リソナの後ろに立った銀色の少女、ティトは控えめなボリュームで帰宅を告げる挨拶をする。
「おかえり。ティト、リソナ」
「ここはお前らの家じゃねえんだがな……おかえりといらっしゃいませだ」
 創志は布巾を片づけて、萌子はやれやれと頭を掻きながら2人を出迎える。
 2人は赤を基調とした制服を身に包んでいる。シティに移った後みんなで話し合った結果、ティトとリソナはデュエルアカデミアに通うことになったのだ。
 本当なら創志の弟――信二も通うはずだったのだが、リハビリが予定より遅れていて未だ車椅子生活が続いていたため、本人が拒否してしまった。兄である創志としては、もっと多くの刺激に触れてほしいので、多少無理をしてでもアカデミアに通ってほしかったのだが、本人の意思を無視してまで主張を押し通す気はなかった。
 その信二は、今日はリハビリのためかかりつけの病院である詠円院(えいえんいん)に行っている。帰りは送迎のバスが出るが、もう少し遅くなるだろう。
「もこー! 聞くです聞くです! リソナ、今日もデュエルの先生をコテンパンに負かしてやったです! リソナの<ライトロード>にかかればイチコロです!」
 両手を腰にあて、えっへんとふんぞり返るリソナ。
 そんな金髪幼女を、萌子は母性本能溢れる笑顔で見つめながら、
「そいつはすごいな。リソナはデュエル強いんだな」
 小さな頭を優しく撫でた。リソナはえへへ、とはにかみながら「当然です~」とふやけた声を出す。
「ティトはどうだった? 今日は確かデュエルの実技試験があったんだよな」
 創志の問いに対し、近くの席に座ったティトは、長い付き合いがないと分からないような微細な笑みを浮かべると、こくりと頷いた。
「ただ勝つだけじゃなくて、色々考えなくちゃいけなかったから、すごく勉強になった。今度そうしにも教えてあげるね」
「お、おお……」
 ティトの申し出に、創志は微妙な顔で答える。
 ただ勝つだけで手一杯の創志にとっては、頭を悩ませる授業になりそうだ。こういうことは、もっと別の……そう、輝王なんかが得意そうだ。
「そいつは願ってもない話じゃないか? 創志。ティト先生の授業を受ければ、もっとマシな戦い方ができるかもな」
「うるせえぞ神楽屋! そんなこと言って、昨日は俺に負け越してたじゃねえーか!」
「あれは手加減してやったんだよ。その証拠に、昨日は<ジェムナイト・アクアマリナ>使わなかっただろ?」
「はん、たまたま融合素材が揃わなかっただけだろ。負けた言い訳なら、もっと上手いヤツ考えろよな」
「――いい度胸じゃねえか。なら、もう1戦やるか? 今度は瞬殺してやるよ」
「いいぜ。今度こそ俺が勝つ!」
「おい探偵気取りの馬鹿ニートとサボりまくりのアホバイト。騒いだら今度こそ追いだすぞ……!」
 白髪の店主が殺気を纏ったのに気付き、創志は慌ててカウンターへ入る。神楽屋は瞬時に視線を逸らすと、空になったカップを持ち上げてコーヒーを飲むフリをしていた。
「……ったく。リソナはいつも通りメロンソーダでいいか? ティトは――」
「練乳をたっぷりかけたかき氷、だよな? そっちは俺がやっておきますよ」
 この喫茶店に来た時は、いつも2人が頼むメニューだ。リソナは「わーい!」とはしゃぎ、ティトも表情こそ変わっていないが、早々にスプーンを手に取って待ちきれない様子だ。
 創志はドリンクバーの機械の横に置かれた、手回し式のかき氷機に手を掛ける。
 ハンドルを回そうとした、その時だった。
 カチャリ、と。
 入口のドアが開く。普通に考えれば、客が来店したのだ。
「いらっしゃいま――」
 客を出迎えるための凡庸な挨拶を最後まで言い終えることなく、創志は息を呑む。
 入ってきたのは、茶色の髪を逆立てた青年だ。左腕にデュエルディスクを装着しているが、それ以外に目立ったところはない。
 にも関わらず、創志は寒気を覚える。
 数々の戦いをくぐり抜けて鍛えられた直感が、しきりに訴えてくる。
 あの青年は、危険だと。
 神楽屋も、ティトも、リソナも、そして一般人である萌子でさえも、同じことを感じているのか、口をつぐんで青年に視線を向けている。
 青年はゆったりと店内を一瞥したあと、両手を広げて高らかに宣言した。

「おめでとう。醜い家畜共。貴様らは、俺様に選ばれたのだ」

「な、に……!?」
 青年の言っていることが理解できず、創志の口から疑問符がこぼれる。
 そんな創志の様子を気にすることなく、青年は装着したディスクを展開させた。
 創志は瞬時に理解する。こいつは、サイコデュエリストだ。
「――――ッ!」
「神楽屋!!」
 創志は先輩であり兄貴分でもある神楽屋の名を叫ぶ。
 この場には3人ものサイコデュエリストが揃っており、いずれも強者揃いだが、こうした荒事に真っ先に反応できるのは神楽屋だ。
 創志はティトの鞄を乱暴に開け放って小型のデュエルディスクを取りだすと、神楽屋目がけて放り投げる。
 それを受け取った神楽屋は流れるようにディスクを装着し、展開させると、デッキから1枚のモンスタカード――<ジェムナイト・ルビーズ>をセットする。
 だが。

「貴様らを招待しよう。血沸き肉躍る最高の舞台へ」

 青年の行動は、それよりも速かった。
 まるでガンマンの早撃ちを思わせるような速度で、ディスクにカードをセットする青年。
 セットした場所から考えて、発動したのは魔法か罠カードだ。

「速攻魔法発動――<次元誘爆>!!」

 直後。
 目の前の光景が、白く染まっていく。
「な……!」
 その事実を認識したと同時、頭が割れるような痛みが襲ってくる。
 自然と足がふらつく。視界に映る景色が白に塗り潰され、何も見えなくなる。

「ようこそ。俺様達の『世界』へ」

 その言葉を最後に、創志の意識は闇に落ちた。
 
「くっ、一体何が……?」

 頭を抑えながら、治輝はゆっくりと体を起こそうとする。
 ……半身が、上手く動けない。
 視界は未だにはっきりしない上に金縛りとは運がないなぁ、等と治輝は寝惚けた頭で思う。
 
 とりあえず上半身だけでも体を起こして、頭を動かそう。
 俺は異世界で気弱そうな青年に速効魔法を発動されて、それで――






「さっさと起きろですー!」
「ゴフッ!?」

 突如、謎の掛け声と共に何者かにドロップキックを食らわされた。
 完全に油断した状態からの背後からの攻撃をまともに受けた治輝は、軽く3mは吹っ飛んだ後に、仰向けに盛大に倒れてしまう。
「どふぁ!」
 更に正体不明の誰かは間髪いれずに、ジャンプしながら治輝を上に乗ってきた。地味に痛い。
「いってぇな! いきなり何す――」
 そう言おうとして、治輝は目を丸くした。
 馬乗り状態で上に乗っているのは、十歳前後の少女だったからだ。
「えぇと……誰だ……?」
 治輝は声を搾り出すと、少女はブロンド色のツインテールを揺らしながら、にっこりと笑った。




「リソナの名前はリソナです! リソナ迷子になっちゃったので、ここが何処だか教えて欲しいのです!」






 同時刻。
 いや、時間の概念が既存の世界と同一なのか、それは定かではない。
 暗闇の中、声が響き渡る。

「僕だけの舞台に、やっと役者が揃った」

 安堵、満足、憂い。
 様々な感情を声に含め、青年は感慨深い声を上げる。
 



二つの次元が、一つの『世界』によって、今交わる――――。















        遊戯王 オリジナルstage


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「これで始められる。待ち焦がれていた混沌と切望の劇を――!」
 
 青年が微笑むと、彼の目の前に広がっていた暗闇から、幾つもの眼光が浮かび上がる。
 その妖しい光は青年の周りの闇を僅かに照らし、一枚のカードをキラリと輝かせた。