シューティングラーヴェ(はてな)

シューティングラーヴェの移行先

オリジナルstage 【EP-10~19 サイドS】

「つまり、かづなと純也は俺たちとは別の世界から来たってことか。ぶっ飛んだ話だとは思うけど、そう考えるとつじつまが合いそうだな。お、このカレーパン美味い。具は少し辛めだけど、生地が分厚いからバランス取れてるな」
「私たちの世界では、サイコデュエリストが変異した形――『ペイン』の存在は一般常識と言っても過言ではないです。『ペイン』に襲われることを避けるために外出を控えるようセキュリティから注意が呼びかけられましたし。私たちの世界で『ペイン』という単語を知らないのは、よっぽどの箱入り娘さんだけだと思います」
「セキュリティ、って組織は共通してるっぽいんだがな」
「はい。でも、私はネオ童実野シティなんて街聞いたことないですし……うーん、このアンドーナツ不思議な食感ですね。どうやって作ってるんでしょうか?」
「とにかく、優先するべきは一緒に飛ばされた仲間の捜索じゃ。創志と一緒にいたのはティト、神楽屋、リソナ、それにバイト先の店長じゃったな? かづなたちは、『しちみ』という女の子に、<スクラップ・ドラゴン>の精霊とはぐれてしまったと」
「ええ……スドちゃんは心配いらないですけど、もし七水ちゃんが1人ぼっちだとしたら、きっと不安になってると思うんです」
「こっちも一般人が交じってるからな。さっきのようなヤツに絡まれでもしてたら危険だ」
「そうじゃな。準備ができ次第、すぐにでも捜索に向かおうかの。しかし、たまにはパンというのも乙なものじゃな! 握り飯一択だった今までの自分を叱ってやりたいの!」
「ここのパンは特別美味い気がするけどな。今度萌子さんに手伝ってもらってパン作りでも挑戦してみるかな……」
「創志君料理するんですか? 何だか意外です」
「そりゃどういう意味だ」

 

「……………………皆さん、何やってるんですか?」

 

 懸命に怒りをこらえた純也の冷ややかな声が響き渡る。
 木特有の温かさを最大限に醸し出した、木造の店構え。狭い店内には、少ないスペースを上手に活用し、多種多様なパンが並んでおり、食欲をそそるようなかぐわしい香りを漂わせている。
「「「何って……」」」
 今まで和気あいあいと会話を続けていた創志、かづな、切の3人が声を揃えて首をかしげる
「見て分かんねえか?」
「分かります。けど、理解したくないんです」
 純也がわざとらしくため息を吐いた。
 ペインとのデュエルを終えたあと、怪我を負った創志はかづなの手当てを受けた。出血は派手だったものの、幸い傷自体は深くはなく、適切(?)な応急処置のおかげで大事に至ることはなかった。
 純也はかづなの手伝い。手が空いてしまった切が、1人で周辺の探索に向かったのだが――
 兼ねてから空腹を訴えていた切は、とある木造の建物を発見した。
 荒廃した他の建物と違い、目立った損傷も無くひっそりと佇んでいたその建物からは、香ばしい小麦の香りがぷんぷんと漂ってきていたのだ。
 早い話が、「街の小さなパン屋さん」がそこに在ったのである。
 正面にあるガラス戸から覗ける店内は、綺麗に並べられた無数のトレーの上に、様々なパンが所狭しと並んでいた。嗅覚だけでなく視覚からも空っぽの胃を刺激された切は、残った理性を振り絞って仲間の元へ戻り、パン屋の存在を伝えた。
 切ほどではないものの、ちょうど腹を空かせていた創志とかづなは、何の疑いも無くパン屋へと足を運び、何のためらいもなく食事タイムに突入したというわけだ。
「だって明らかにおかしいでしょう!? 他の建物はみんな荒れ果ててるのに、ここだけ無事でなおかつ焼きたてのパンが並んでるなんて! 店員もいないし、どう考えても罠ですよ!」
「まあそうカリカリすんな、純也。あんぱんでも食って落ち着いたらどうだ?」
「いりませんよ! 毒でも入ってたらどうするんですか!?」
 正しいはずなのに自分が間違っているような空気に耐えられず、純也はこの空間の異常性を訴える。
「まだここがどんな世界も分かっていないのに……軽率な行動は控えるべきだと思いますけど!」
「大丈夫ですよ、純也君」
 すると、柔和な笑みを浮かべたかづなが、諭すような声色で口を開く。
「お金はちゃんと払っておきましたから!」
「そういう問題じゃありません!」
「はっ、そうか。このお店は円が使えるかどうか分かりませんね……これじゃパン屋さんが生活できません。どうしましょう?」
「ペソならあるぞ」
「じゃあ安心!」
「じゃな! 存分に食べまくるのじゃ! むぐむぐ!」
「そんなわけないでしょ!!」
 ひとしきりツッコミを入れてから、純也は頭を抱える。
(全然話が進まない……治輝さんは適度にツッコミ入れてくれてたけど、創志のヤツはさっぱりだ)
 ペインとのデュエルで緊張感を使いはたしてしまったかのように、のほほんとした空気が漂っている。これは非常にまずい。何しろ――

 

「いつまたペインに襲われるか分からないんですよ?」

 

 純也の言葉に、手当たり次第にパンを口の中に放り込んでいた切の手が止まる。頬がパンパンに膨れるまでパンを詰めこんでおり、ハムスターのようだ。
「……そうじゃな」
 状況が把握できていない以上、ここは敵地のど真ん中と言っても差し支えない。
 ペインは、サイコデュエリストの変異した形。先程のようにわざわざデュエルを介さなくても、カードの効果を実体化させることで遠距離から攻撃を行うことなどたやすい。ロクな遮蔽物も無く、身を隠すにも反撃にも転じるにも不利な狭い店内からは、一刻も早く立ち去るべきだ。
「……ごめんなさい、純也君。ちょっとはしゃぎすぎてたかもしれません」
「だな。腹も膨れたし、そろそろ出るか」
 ようやく純也の訴えが実を結んだようで、創志とかづなは神妙な顔つきになる。
「創志、怪我は大丈夫かの?」
「大丈夫だって言ってるだろ。傷は深くないのに派手に出血しただけだ」
 創志の額に巻かれた包帯には、未だに血が滲んでいる。それでも、本人がこう言っているのだから、これ以上の休息は不要だろう。
「あ、それじゃあこれからに備えて少しお持ち帰りさせてもらいましょう」
 いいことを思いついたと言わんばかりに手を叩いたかづなが、空のトレーとプラスチック製のトングを持って、持ち帰るパンを選び始める。
「……かづな、ひとつ訊いていいかの?」
 そんな彼女に、ようやく口の中のパンを全て飲みこんだ切が声をかける。
「何ですか?」
「お主は、サイコデュエリストではないんじゃろう? しかし、ペインと戦っている」
「そうです。スドちゃんのサポートがなかったら、満足に戦えないですけどね」
 そう言って、かづなは自嘲気味に苦笑いを浮かべる。

 

「怖くは、ないのかの?」
 
 
 
 切の問いが、弛緩していた場の雰囲気を一気に引き締めた。
 力を持たぬ者が、圧倒的な「暴力」に立ち向かう。それはどれほどの恐怖を伴うものなのか。気付いた時には力を振るえるようになっていた切には、知りえない感情だった。
 それを知りたいと思ったのは、かつて、かづなと同じように特別な力を持っていないにも関わらず、自分に手を貸したがためにサイコデュエリストと真っ向から渡り合うことになった「ある男」の気持ちに少しでも近づきたかったからだ。その男に問いを投げかけても、答えが返ってこないことは容易に想像できた。
「……怖くない、なんて胸を張って言えません。怖いです」
「かづなおねえさん……」
「なら、どうして戦えるのじゃ?」
 切は問いを重ねる。
 恐怖を跳ね除けるほどの何か。それをかづなは持っているということだ。

「――頼まれちゃいましたから。あの人が帰ってくるまでは、私、負けられません」

 かづなは視線を上げ、ガラス戸の向こう側に広がる曇天を見つめながら、はっきりと告げた。
「それに、もっと怖い事もありますから。それに比べれば、ペインなんてへっちゃらです!」
「……そうか」
 かづなの答えは、ある意味曖昧だった。彼女の言う「あの人」が誰なのか、切にはさっぱり分からない。純也はそれを知っているのか、羨望と寂しさが入り混じったような複雑な表情を浮かべている。
「答えてくれて感謝じゃ。すまんの、おかしなことを聞いて」
 それでも、切には何か得るものがあった。知りたかったものが何となく理解できた。そんな気がするのだ。
「別におかしなことじゃないと思うぜ。俺も聞けてよかった」
「創志君……」
 今まで会話に耳を傾けていた創志が、満足げに頷く。

「約束ってのは、守るためにあるもんだ。そうだろ?」
「――はい!」

 元気よく返事をしたかづなは、視線を棚に戻し、パン選びを再開する。
(創志にも、何か通じるものがあったのじゃろうな)
 自分のことよりも、他人のことの方が力を発揮する創志のことだ。かづなの言葉は、胸を打つものがあったのだろう。
「えーと、できれば長持ちするパンがいいかな……どれにしよう……」
「……僕も手伝います」
 迷っている様子のかづなを見るに見かねたのか、純也がトングを持っておさげの少女の隣に並ぶ――

 その時、襲撃は来た。

「――伏せろッ!」
 創志が鋭い叫びを発すると同時、ガシャァァァンと盛大な音を立ててガラス戸が砕け散る。
 砕かれたガラスの破片は、ひとつひとつが鋭利な刃物と姿を変え、店内にいた4人に襲いかかる。曇天から差し込むささやかな光がガラスの破片に乱反射し、幻想的な光景を作り出していたが、それに見入る者は皆無だった。
 創志は近くにいたかづなを引き寄せると、その身をかばうように覆いかぶさりながら身を低くする。その2人の前に立った純也は、大型の手甲としても機能するデュエルディスクを盾のように構え、降り注ぐ破片を弾き返した。
 奇襲を受けたリアクションとしては、及第点と言える反応だった。
 唯一、切だけが反撃に転じていた。
 礫のように降り注ぐ破片から脅威度が高いものだけを見定め、器用に避けつつ強引に外へと躍り出る。
 サテライトの各地を練り歩き、弱者を助け強者をくじく切の行動は、多くの人間を救う一方で、強者から疎まれても仕方のないものだった。結果、身の程知らずの若者の命を狩り取らんとする脅威に晒されることになったのである。
 奇襲など日常茶飯事――そんな世界を、友永切は生き抜いてきた。
 ゆえに、切たちを襲った攻撃が遠距離から放たれる火器の類ではないことを見抜いていた。おそらく、棍棒のような鈍器でガラスを殴りつけたのだろう。それはすなわち、襲撃者はすぐ近くにいることを示している。
 腰に提げた刀を抜き放ち、素早く周囲を見回す。
(――いた!)
 切から見て、右斜め前方10メートルほどの位置に、悠々と直立している影がある。
 2メートルに届こうかという長躯は、頭からすっぽりと黒装束に覆われており、その全貌を窺い知ることはできない。
 ザリ、と小さな音を立てて、切のわらじが砂を踏む。
 相手の真意を問おうと切が口を開く前に、
「――――ッ!」
 影が、動いた。
 明確な敵意。夕陽を受けて伸びる影をそのまま具現化したかのような存在は、脇目も振らずに切目がけて突進してくる。
(危険じゃが――前に出る!)
 対し、両手で刀の柄を握り、下段に構えた切も大地を蹴る。
 進む方向は、前。回避ではなく、こちらからも影との距離を詰めにかかる。相手の得物が分からない段階では危険な判断だが、まずは先手を取って気勢を削ぐ、というのが切の狙いだった。下手に攻撃を回避したことによって、かづなや純也、そして怪我人である創志が標的になるのは避けなければならない。
 影が切の間合いに入る直前、黒装束の中からギラリと光る刃が顕わになる。
 刃渡り10センチメートルほどのナイフだ。
 影が左足を踏みこみ、ナイフを握った右腕を振り上げる。
 その動作から剣閃がなぞる範囲を見極めた切は、ギリギリのところでナイフを回避したあと、すぐさま黒装束を斬り伏せる覚悟を固める。
 刃が煌めき、ナイフが振り下ろされる。
 切は疾駆していた身体に急ブレーキをかけると、刃をすんでのところで避ける――
 はずだった。
「なっ!?」
 瞬間、切は信じられないものを視界に捉える。
 黒装束が振り上げた右腕が、あろうことか「伸びた」のだ。
 幻や錯覚などではない。ギリギリギリと歯車が回るような音と共に、肘のあたりが強引に引き延ばされていく。
 結果、放たれた刃は切の予想よりも前へと食いこみ、その左肩を抉らんと迫る。
「くっ――!」
 全身の筋肉が悲鳴を上げることにも構わず、切は攻撃を避けたあと反撃に転じるために前のめりになっていた体を、その場に押し止める。
 下段に構えていた刀を即座に構え直し、迫る刃の進行上へと置く。
 激突。
 防御が間にあったのは奇跡に近い。
 白刃がぶつかり合い、独特の音を鳴らす。
 両者の力が拮抗し、鍔迫り合いと呼ばれる状況を作り出す。
 だが、それは一瞬のことだった。
 
「――――」
 全く予期していなかった攻撃。
 黒装束の腹の部分を突き破り、ガラスを砕いたと思われる棍棒が飛び出て来たのだ。
 両手で刀を支えている切には、当然それを防ぐ手段はない。
「ぐうっ!?」
 重い一撃を腹に受けた切は、そのまま後方に吹き飛ばされる――
 いや、あえて吹き飛ばれた。
 そのまま場に留まれば、ナイフで切り裂かれかねない。
 しかし、その代償として、無様に地面を転がる羽目になってしまった。腹部に受けたダメージも深刻で、すぐには立ち上がれそうにない。
(何なのじゃ、こいつは……)
 腹から飛び出してきた棍棒。その不可解な攻撃に疑問を覚えながら、切は改めて黒装束を纏った影へと視線を向ける。サイコパワーを使ったのか、それとも……
 ちょうどその時、吹き抜けた突風が破れた黒装束の一部を剥ぎ取っていった。ナイフを握った右腕と、胴体が顕わになる。
「…………!?」
 明らかになった襲撃者の体に、切は息を呑んだ。
 それは、人間のものとは思えなかった。
 黒装束の下にあったのは、職人の技で丁寧に磨き上げられたであろう、木材だ。木目をはっきりと残したこげ茶色の木材が、あろうことか襲撃者の胴体と右腕を構成している。先程切を襲った棍棒は、腹に開いた扉の奥へと収納されていくところだった。
 その姿は、巨大なからくり人形、と表すのが的確だろう。
「切! 大丈夫か!?」
 創志の切迫した声が響く。3人分の足音が聞こえることから、全員で切を追ってきたようだ。
 そして、3人とも切と同じように息を呑んだ。

「あーあ、これじゃ暗殺は無理かな。気付かれないよう1人ずつ殺っていくつもりだったのに」

 最初、その声がどこから響いたものなのか分からなかった。
 目の前のからくり人形が発しているとは思えないほど、流暢な言葉だったからだ。
「間近で見るとよく分かるねぇ。雑魚、雑魚、雑魚、雑魚。どいつもこいつも主様に捧げる価値もない貧弱な力しか持ち合わせてない。1人に至っては、全くの無能力だし」
 そう言って、襲撃者は木で作られた右腕を動かし、かづなを指差す。
 男にしてはやや高めの声だが、女性のものとは思えない。黒装束に隠れたままの上半身と両脚がどうなっているかは分からないが、人間だとするなら男だろう。
「わざわざデュエルして力を吸い上げるなんて、時間の無駄だと思うんだよね。だからさ、即刻ここで自殺してくれない? それか、大人しくそこで棒立ちしててくれれば、すぐに殺してあげるからさ」
「何だと……!」
 真っ先に反応したのは創志だった。雑魚、貧弱、殺す……どれも彼を怒らせるには十分なワードだ。
「あーあーあー、ペインくずれごときに大怪我してる弱者は引っ込んでなよ。虚勢張ったってみっともないだけだよ?」
「てめえ!」
 今にも殴りかからんとする勢いで吠える創志。以前の彼だったら、勢いだけでなくそのまま殴りに行っていたに違いない。そういう意味では、挑発に対して少しは耐性ができているのかもしれない。
「ホラ、弱い奴ほど過敏に反応するのさ。挑発にね」
 襲撃者の表情は未だ黒装束に覆われ見ることが叶わないが、下衆な笑みを浮かべていることは容易に想像できた。
(しかし……奴は何と言った?)
 腰に提げた鞘を引き抜き、それを杖代わりにして切はようやく立ち上がる。
 それに気付いたかづなが、「大丈夫ですか?」と駆け寄ってきて、切の体を支えてくれた。
「主に力を捧げる、デュエルで力を吸い上げる、ペインくずれ……どうやら奴は、先程のペインよりも多くの情報を有しているようじゃな」
 たった二、三言の中に、気になるキーワードが盛りだくさんだ。何とかしてこの襲撃者から情報を絞り取るしかあるまい。
「僕としてはさっさと全員始末して、他の連中のところに行きたいところだけど、『一応』主様が選んだデュエリストだ。君たちにその気があるなら、デュエルしてあげても構わないよ?」
 どこまでも上から目線の態度に、切もカチンと来る。先刻の攻防と腹部の鈍痛がなければ、創志を焚きつけて一緒に斬りかかっていたかもしれない。
「上等じゃねえか! なら俺が――」
「待ってください。僕が行きます」
 腕まくりをして前に出ようとした創志を制止し、代わりに進み出たのは純也だった。
「あの程度の挑発に乗ってるようじゃ、きっとこのデュエルには勝てません。怪我もしてますしね」
「けど……」
「ここは譲りませんよ」
 そう言って、純也は切とかづなの方に視線を向けてくる。今の言葉は、創志だけに向けたものではない、というメッセージだろう。
 このメンバーの中で一番幼い純也を戦いに送りだすのは、やはり気が引ける。しかし、創志と切が負傷している今、ペインに対抗できる力を持つのは純也だけなのだ。
「ま、誰から来ても同じだけどね。雑魚は雑魚。弱いものはさっさと淘汰するに限る」
「確かに、僕の力はそれほど強いものじゃない。けど――」
 黒装束の言葉に動じることも無く、堂々とした態度で純也は言い放つ。

「その雑魚に負けるお前は、もっと弱いってことだ」

「へぇ……言うじゃないか」
 声に喜色を滲ませた黒装束は、顕わになった腹部から上――上半身の装束を乱暴に剥ぎ取った。
 その姿を見て、全員が確信する。
 彼は、人間ではない。
 木材で構成された、鎧のように重厚で角ばった体。頭部はフルフェイスのヘルメットのような形をしており、本来2つの目があるはずの部分には、不気味に赤く光るモノアイが見えた。
 まさに、からくり人形。
「なら、君の自信を、死を持って砕いてあげよう。人間をやめた『からくり技師』、僕こと比良牙(ひらが)がね」
 
 
「じゃ、ちゃっちゃと始めようか。時は金なり。人の枠から外れた僕にとって時間は無限にあると同義だけれど、それでも貴重なものであることに変わりはないんだ。君のような雑魚に割いている時間が惜しいんだよ」
 そう言って、体を小刻みに揺らしながら、頭部のモノアイを点滅させる襲撃者――比良牙。笑っている、のだろうか。どこかの量産型戦闘ロボットの頭部によく似た顔には表情がないため、相手の感情を読み取ることはできない。
 それでも、口の部分に当たるマイクから発せられる声は、機械のものとは思えないほど滑らかだった。
「そんなに時間が惜しいなら、まずはその減らず口を閉じるといいと思いますけど!」
 対し、純也も強気の言葉を放つ。左腕に装着されていた大型の手甲が展開し、カードをセットするディスク部分が顕わになる。
「じゃ、始めようか。先攻は君に譲ってあげるよ」
「いいんですか? すぐに後悔させてあげます……ドロー!」
 まずは、比良牙の余裕綽々の姿勢を打ち破らなければならない。どんなデッキを使ってくるのかも分からないし、精神面で相手にペースを握られるのは絶対に避けたいところだ。
「モンスターをセットして、ターンエンドです」
「まずは様子見、ってところかな。凡人の発想だね」
 モンスターをセットしただけでこの言われよう。比良牙は自分の実力に相当自信を持っているのだろう。
(けど、僕だって負けるわけにはいかない。こんなところでつまずいていたら、いつまで経っても兄さんに追いつけない!)
 行方不明になってしまった兄。その強さは、今も純也の憧れであり――支えでもある。

【純也LP4000】 手札5枚
場:裏守備モンスター
【比良牙LP4000】 手札5枚
場:なし

「僕のターンだ。まずは、定石で思考停止してしまっている雑魚に、強者の洗礼を浴びせてあげるよ……<カラクリ小町 弐弐四>を召喚!」
 比良牙のフィールドに現れたのは、色鮮やかな着物を纏い、日本髪に結った――木製のカラクリ人形だった。

<カラクリ小町 弐弐四>
チューナー(効果モンスター)
星3/地属性/機械族/攻   0/守1900
このカードは攻撃可能な場合には攻撃しなければならない。
フィールド上に表側表示で存在するこのカードが攻撃対象に選択された時、
このカードの表示形式を変更する。
このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
自分のメインフェイズ時に1度だけ、
自分は通常召喚に加えて「カラクリ」と名のついたモンスター1体を召喚する事ができる。

 <カラクリ小町 弐弐四>は、精巧に作られた5本の指で着物の裾をつまんで引っ張り、片足を上げてポーズを決めてみせる。カラクリ人形というと過去の遺物というイメージが強いが、召喚されたモンスターはアンドロイドと比べても遜色ないほど人間らしい動きをしてみせた。
「<カラクリ>じゃと?」
「知ってるのか? 切」
「いや、知らん。じゃが、あやつ……比良牙といったかの。あやつの容姿と無関係とは思えん」
 彼は言っていた。自分は人間を辞めた「からくり技師」だと。
「ってことは、あいつは自分で自分を改造して――」
「おいおい! 外野は黙っててくれよ! どうせ、僕の研究の偉大さなんて理解できないんだろうし!」
「んだと!?」
「まあまあ創志君落ち着いて。もしかしたら、かぶり物をしてるだけかもしれませんよ?」
「それはないと思うがの……」
 ……外野が騒がしいが、とりあえず自分はデュエルに集中しよう。比良牙の正体なんて、全く興味がないわけだし。
「まったく、雑魚は人の邪魔するのだけは得意だよね。デュエルに戻るよ。<小町>が表側表示で存在するとき、メインフェイズ時にもう一度だけ<カラクリ>と名のついたモンスターを召喚することができる」
「<二重召喚>内蔵のモンスター、ってとこですか」
「まあそう思ってもらって構わないよ。僕は<カラクリ無双 八壱八>を召喚する」
 <カラクリ小町 弐弐四>に続いて現れたのは、かの有名な武将「武蔵坊弁慶」を思わせるような僧衣を纏ったカラクリ人形だ。三又の槍を構え、フィールドに仁王立ちしている。

<カラクリ無双 八壱八>
効果モンスター
星4/地属性/機械族/攻2100/守1100
このカードは攻撃可能な場合には攻撃しなければならない。
フィールド上に表側攻撃表示で存在するこのカードが攻撃対象に選択された時、 
このカードの表示形式を守備表示にする。
このカードは攻撃した場合、バトルフェイズ終了時に守備表示になる。

「さて、それじゃ2体のモンスターをチューニングだ」
 2体の<カラクリ>モンスターが、シンクロ召喚のエフェクトを引き起こす。
 合計レベルは7。<カラクリ>のシンクロモンスターが出てくるのは確実だろう。
「此度の戦場は我が主の狩場なり! 機械仕掛けの将よ、その威光を示せ! シンクロ召喚――出陣せよ、<カラクリ将軍 無零>!」
 シンクロ召喚のエフェクト光が、内側から出でる巨大な質量によって弾き飛ばされ、霧散する。
 ズズズ……と地響きに似た音を響かせながら巨体をゆっくりと起こす、<カラクリ>の将軍。
 煤けた色の甲冑は戦いの年季の深さを漂わせ、兜に拵えられた二本の角の間で鈍く輝く「零」の飾りが、将の威厳を示している。
 携えた軍配と悠々と構え、召喚と同時に出現した座椅子にどっしりと腰掛ける。ただ座っているだけだというのに、4つの瞳――4つのレンズから発せられる眼光は、見る者を畏怖させるほどの迫力があった。

<カラクリ将軍 無零>
シンクロ・効果モンスター
星7/地属性/機械族/攻2600/守1900
チューナー+チューナー以外の機械族モンスター1体以上
このカードがシンクロ召喚に成功した時、
自分のデッキから「カラクリ」と名のついたモンスター1体を
特殊召喚する事ができる。
1ターンに1度、フィールド上に存在するモンスター1体を選択し、
表示形式を変更する事ができる。
 
「<カラクリ将軍 無零>……」
「圧倒されたかい? けど、ここからが本番だ。<無零>がシンクロ召喚に成功した時、自分のデッキから<カラクリ>と名のついたモンスターを1体特殊召喚できる。僕は<カラクリ忍者 七七四九>を攻撃表示で特殊召喚するよ」
 <カラクリ将軍 無零>が手にしていた軍配を振るうと、新たに紫色の頭巾を被ったカラクリ人形が現れる。右手には獲物を素早く仕留めるための短刀、左手には歯車によく似た投擲武器――手裏剣が握られている。

<カラクリ忍者 七七四九>
効果モンスター
星5/地属性/機械族/攻2200/守1800
このカードは攻撃可能な場合には攻撃しなければならない。
フィールド上に表側表示で存在するこのカードが攻撃対象に選択された時、
このカードの表示形式を変更する。
このカードが召喚に成功した時、
自分フィールド上に表側守備表示で存在する「カラクリ」と名のついたモンスターの数だけ、
自分のデッキからカードをドローする事ができる。

「レベル5のモンスターを特殊召喚ですか」
「<無零>の効果にはレベル制限がないからね。加えて、<無零>にはもう1つ効果がある」
 そう言った比良牙がスッと右手を挙げると、<カラクリ将軍 無零>はその場で軍配を薙ぎ払い、風を起こす。
 純也がその行為の意図を探ろうとした瞬間、答えが先に訪れた。
「な……!?」
 カラクリの将軍が巻き起こした風が純也のフィールドまで届き、裏守備表示でセットされていたモンスターを、強引に表側攻撃表示へと変えたのだ。
 姿を暴かれた純也のモンスター――紅色の鎧を纏った女騎士、<コマンド・ナイト>。

<コマンド・ナイト>
効果モンスター
星4/炎属性/戦士族/攻1200/守1900
このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
自分フィールド上に表側表示で存在する戦士族モンスターの攻撃力は400ポイントアップする。
また、自分フィールド上に他のモンスターが存在する場合、
相手は表側表示で存在するこのカードを攻撃対象に選択する事はできない。

「ふうん、守備力1900か。壁モンスターとしては及第点だけど……目論見が外れて残念だったね。<無零>には、モンスターの表示形式を変更する効果があるのさ」
「…………」
 遠慮なく純也を嘲笑ってくる比良牙に、しかし純也は言葉を返さない。
 それは、動揺を悟られたくないという強がりだったが――それと同じくらい、純也は自分の未熟さに嫌気が差していた。
 比良牙が言葉通りの実力者だとすれば、例えブラフだったとしても伏せカードを警戒するはずだ。少し考えればそれくらいのことは分かったはずなのに、純也はそれをしなかった。
(創志さんにはああ言ったけど……僕も熱くなってたんだ)
 比良牙は純也のことを「雑魚」と罵った。デュエルで負かす時間すら惜しい弱者だと。
 純也にとって、雑魚呼ばわりされるのはこれが初めてではない。
 かつて、自分が尊敬する兄を「馬鹿」と罵った、サイコ決闘者の女性。
 どうしてもその言葉を否定してやりたくて、純也は持てる力の全てを使ってその女性に勝とうとした。
 でも、届かなかった。
 純也は彼女に敗北した。兄のデュエルの凄さを、素晴らしさを、そして強さを……認めさせることはできなかった。
 それは、兄のデュエルが劣っていたわけではない。
 自分が弱かったから――
 兄のデュエルを再現できるほどの実力が自分に備わっていなかったから、純也は負けてしまったのだ。
 思えば、純也は本当の意味での「強者」に勝ったことがない。
 圧倒的な実力を持つ決闘者に対しては、食らいつくくらいが関の山で、勝利をもぎ取ることはできなかった。
 その事実を、純也は認めたくなかった。
「おや、随分と意気消沈しているようだね。もう勝負を諦めたのかな? だとしたら、僕としては好都合だ。バトルフェイズに入るよ」
 比良牙の軽やかな声が、フィールドに響き渡る。
「まずは<七七四九>で攻撃。<コマンド・ナイト>は自身の効果で攻撃力が上がっているけど、<七七四九>には及ばないね」
 カラクリ忍者が姿を消したかと思うと、一瞬で女騎士の背後に回り込む。
 反応が遅れた女騎士は、さしたる抵抗も出来ずに、心臓を貫かれて絶命する。

【純也LP4000→3400】

「続いて<無零>で攻撃だ。直接攻撃を防ぐカードは多々あるけど……まあ君のような雑魚は何も持っていないだろうし。あ、サレンダーするならいつでもどうぞ」
「……しません」
 さすがにこれには反論した。比良牙はやれやれといった感じで首を振ると、脇に控えるカラクリの将に顎で合図する。
 <カラクリ将軍 無零>は座椅子から腰を上げることなく、無造作に軍配を振るう。
 巻き起こった風が純也の体へ襲いかかり、少年は為す術も無く後方へ吹っ飛ばされた。

【純也LP3400→800】

「純也君!」
 受け身もろくに取らずに倒れた純也を見て、心配そうな声色で名前を呼びながらかづなが駆け寄ってくる。
「感謝してくれよ? 君のような雑魚からでも少しは力を搾取できるだろうから、あえて力をセーブしてるんだ。殺してしまっては元も子もないからね。せっかくデュエルすることにしたんだから、取れるモノは取っておかないと」
 本来なら、<カラクリ将軍 無零>が起こした風は、カマイタチのように相手を切り刻むものだった。その攻撃がサイコパワーによって実体化していたら、純也は今頃血まみれになっていたはずだ。
 かづなの手を借りながら、純也はかろうじて身を起こす。
 残りLPはわずか800。デュエルが始まってからまだ2ターンしか経過していないというのに、一気に崖っぷちまで追い込まれた。
「メインフェイズ2に<カラクリ解体新書>を発動。カードを1枚セットして、ターンエンド。……後悔することになったのは君のほうだったね」

<カラクリ解体新書>
永続魔法
「カラクリ」と名のついたモンスターの表示形式が変更される度に、
このカードにカラクリカウンターを1つ置く(最大2つまで)。
また、フィールド上に存在するこのカードを墓地へ送る事で、
このカードに乗っているカラクリカウンターの数だけ
自分のデッキからカードをドローする。

【純也LP800】 手札5枚
場:なし
【比良牙LP4000】 手札2枚
場:カラクリ将軍 無零(攻撃)、カラクリ忍者 七七四九(攻撃)、カラクリ解体新書、伏せ1枚
 
「……僕のターン」
 すっかり勢いを失くしたまま、純也はカードをドローする。
 ライフアドバンテージは大幅に失ったものの、純也の手札はかなり恵まれていた。いつも通り強気にガンガン攻めていける手札だ。
 だが。
(……それで、僕は勝てるのか?)
 今の自分にできる最大限を尽くしたとして。
 この状況を逆転できるのか? 比良牙に勝てるのか?
 以前の純也なら、こんな迷いは抱かなかっただろう。ただ自分の力を信じ、ぶつかっていったはずだ。
 しかし、今は自分の力を信じ切れない。信じようとすればするほど、あの敗戦の光景が……龍の餌食となる絵札の騎士の姿が、脳裏に蘇ってしまう。
 七水と一緒にペインと戦っていたときは、何とか誤魔化せていたのに。
「くそう……」
 思わず、声が漏れた。相手にリードを握られただけでこのザマとは、自分の弱さを目の当たりにして、惨めな気持ちでいっぱいになった。
「……おい、早く進めてくれないか? 時間が惜しいって何度も言ってる――」

「何やってるんだよ純也! ボーっとすんな!」

 苛立ちを顕わにした比良牙の声を遮って、創志の叫び声が木霊する。
「あんだけ大口叩いたんだぜ。俺に見せてくれよ、お前のデュエルを!」
 その言葉に、純也はハッとなって後ろを振り返る。
「まだ俺は何にも見せてもらってねえぞ! まだまだこれからだろ? そんな人形野郎、さっさとぶっ飛ばしちまえよ!」
 見れば、そこには勝気な笑顔を浮かべて拳を振りかざす、皆本創志の姿があった。
(――そうだ。あの人も、ボロボロになりながら劣勢を覆してみせた)
 彼は、どんなに追い込まれても決して諦めたりしなかった。
 純也は、まだ皆本創志という男に関して、深く知っているわけではない。
 けれどもあの時見た背中は、何度も激戦をくぐり抜けてきたような風格を漂わせていた。
 そんな男を押しのけて、純也はこのデュエルに挑んだのだ。
 怯えるな。
 敗戦から学んだのは、恐怖だけではなかったはずだ。
 そして、手札には最も信頼を寄せる相棒がいる。
 自分の力を、
「――信じるんだ!」
 純也は顔を上げ、自らが打倒すべき敵の姿を目に焼き付ける。
 まだ、勝負は始まったばかりだ。
「行きます! 魔法カード<ワン・フォー・ワン>を発動! 手札から<チューン・ウォリアー>を墓地に送って、デッキからレベル1のモンスター、<レベル・スティーラー>を特殊召喚!」

<ワン・フォー・ワン>
通常魔法(制限カード)
手札からモンスター1体を墓地へ送って発動する。
手札またはデッキからレベル1モンスター1体を
自分フィールド上に特殊召喚する。

 現れたのは、背中に星型の模様を描いたてんとう虫だ。

<レベル・スティーラー>
効果モンスター
星1/闇属性/昆虫族/攻 600/守   0
このカードが墓地に存在する場合、自分フィールド上に表側表示で存在する
レベル5以上のモンスター1体を選択して発動する。
選択したモンスターのレベルを1つ下げ、このカードを墓地から特殊召喚する。
このカードはアドバンス召喚以外のためにはリリースできない。

「そして、<レベル・スティーラー>をリリース……」
「へぇ。アドバンス召喚か」
 <レベル・スティーラー>が光の粒子となって消えたと同時、純也の手札から炎が迸る。
 猛々しくうねる炎は、天空を目指して駆け上る。
 その光景は、炎の獣が険しい崖を駆けあがっていくようだった。
 崖の頂点に達した獣は音無き咆哮を上げると、純也目がけて急降下してくる。
 そのまま激突し、爆発。
 純也が炎のカーテンに包まれる。

「――一緒に戦おう! <紅蓮魔闘士>!」

 カーテンの内側から、相棒を呼ぶ声が響いた。
 瞬間、炎が真っ二つに切り裂かれ、漆黒の鎧を纏った赤髪の剣士が姿を現す。
 紅蓮を統べるための魔を宿し、胸に闘志を漲らせる男。
 その名は、<紅蓮魔闘士>。

<紅蓮魔闘士>
効果モンスター
星6/炎属性/戦士族/攻2100/守1800
自分の墓地に存在する通常モンスターが3体のみの場合、
このカードは自分の墓地に存在する通常モンスター2体をゲームから除外し、
手札から特殊召喚する事ができる。
1ターンに1度、自分の墓地に存在する
レベル4以下の通常モンスター1体を選択して特殊召喚する事ができる。
 
「来ましたよ! 純也君のエースモンスターです!」
「<紅蓮魔闘士>……」
 あのモンスターを召喚したことによって、消えかけていた純也の気迫が蘇っていくのを、創志は感じていた。
 前に立つ純也の背中はまだ幼く、小さい。
 その小さな背中に、どれだけのものを背負っているのか――創志には想像もできない。
(でも……あいつなら大丈夫。そんな気がする)
 明確な根拠はないのに、不思議と確信できた。
「さあ――こっからだぜ! 純也!」



「<紅蓮魔闘士>の効果発動! 1ターンに1度、自分の墓地に存在するレベル4以下の通常モンスターを選択し、特殊召喚することができる! 蘇れ、<チューン・ウォリアー>!」
 赤髪の剣士が、手にしていた剣を空に向けて掲げる。その剣は、鎌のような刃をいくつも並べてノコギリのように「引いて斬る」ことを目的とした、特異な形をしていた。
 剣が振り下ろされると、純也のフィールドに炎で描かれた魔法陣が出現する。そこから現れたのは、先程<ワン・フォー・ワン>の効果で手札から墓地に送られた通常モンスター、<チューン・ウォリアー>だ。

<チューン・ウォリアー>
チューナー(通常モンスター)
星3/地属性/戦士族/攻1600/守 200
あらゆるものをチューニングしてしまう電波系戦士。
常にアンテナを張ってはいるものの、感度はそう高くない。

「さらに墓地の<レベル・スティーラー>の効果を発動! <紅蓮魔闘士>のレベルを1つ下げて、墓地から特殊召喚する!」
 <紅蓮魔闘士>のレベルを5に下げることによって、星型の模様を持つてんとう虫がフィールドに舞い戻る。

<レベル・スティーラー>
効果モンスター
星1/闇属性/昆虫族/攻 600/守   0
このカードが墓地に存在する場合、自分フィールド上に表側表示で存在する
レベル5以上のモンスター1体を選択して発動する。
選択したモンスターのレベルを1つ下げ、このカードを墓地から特殊召喚する。
このカードはアドバンス召喚以外のためにはリリースできない。

「合計レベルは9、か。なるほど、素材を2体以上必要とするシンクロモンスターを召喚するつもりかな?」
「外れだよ。レベル1の<スティーラー>に、レベル3の<チューン・ウォリアー>をチューニングだ!」
 赤髪の剣士をフィールドに残し、2体のモンスターが光の柱に包まれる。
「レベル4のシンクロモンスターだって……?」
「右手が駄目なら左手を、それでも駄目なら両手を突き出す!」
 純也が紡ぐ口上が、高らかに響き渡る。
 右の手の平を開き、左前方に目一杯伸ばした右腕を、ゆっくりと流していく。
「全ての壁を壊す為、全ての苦難を越える為! 殴って殴って殴り通る!」
 そして、拳を強く握り、自らの眼前に引き寄せる。

「それが――シンクロ召喚! <アァァァムズ・エイドォォォォォ>!!」

 純也がその名を叫ぶと、光が四散し、白金の装具が現出した。

<アームズ・エイド>
シンクロ・効果モンスター
星4/光属性/機械族/攻1800/守1200
チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上
1ターンに1度、自分のメインフェイズ時に装備カード扱いとしてモンスターに装備、
または装備を解除して表側攻撃表示で特殊召喚する事ができる。
この効果で装備カード扱いになっている場合のみ、
装備モンスターの攻撃力は1000ポイントアップする。
装備モンスターが戦闘によってモンスターを破壊し墓地へ送った時、
破壊したモンスターの攻撃力分のダメージを相手ライフに与える。

「……なんだい? そのシンクロモンスターは? というか、それはモンスターなのか?」
 比良牙が訝しげな声を出す。装備品にしか見えない<アームズ・エイド>の姿を見て、疑問を覚えたのだろう。
 5本の赤い爪に、黒のプロテクター。ガントレットと形容するのがしっくりする姿だ。
 その疑問は、あながち的外れでもない。
「れっきとしたモンスターだよ。けど、<アームズ・エイド>には装備カードとして装備できる効果がある! <アームズ・エイド>を<紅蓮魔闘士>に装備!」
 白金の装具が、赤髪の剣士の左腕へと装着される。新たな武器の具合を確かめるように、<紅蓮魔闘士>は左拳を強く握った。
「<アームズ・エイド>を装備したモンスターは、攻撃力が1000ポイント上昇する」
「攻撃力3100……<カラクリ将軍 無零>を上回ったのじゃ!」
「行くぞ、バトルだ! <紅蓮魔闘士>で<無零>を攻撃!」
 純也が右拳を突き出すと、それに呼応するように赤髪の剣士が疾走する。
 大地を蹴り、カラクリの将目がけて飛ぶと同時。手にした剣を振るい、剣閃にて炎の鞭を生みだす。
 燃え滾る炎の鞭が、<カラクリ将軍 無零>を薙ぎ払う。
 降りかかる火の粉を払うために、<カラクリ将軍 無零>が軍配を振るう。巻き起こった風が、炎の鞭を霧散させた。
 その動作は、<紅蓮魔闘士>が懐に飛び込むための隙を生む。
ガントレット・ナッコォ!!」
 白金の装具を纏った拳が、くすんだ甲冑を捉える直前――
 突如、<紅蓮魔闘士>の体がふわりと宙に浮かんだ。
「え……!?」
 <紅蓮魔闘士>だけではない。<カラクリ将軍 無零>の巨体も、その隣にいた<カラクリ忍者 七七四九>の体も、同じように宙に浮かんでいる。
 まるでシャボン玉のようにふわふわと浮かぶその光景は、
無重力!?」
 驚いた純也は、比良牙のフィールドで表になっているリバースカードに視線を向ける。
「攻撃力を上げて殴ってくる。単純な攻撃だね。猿のやることだよ」
 未だ余裕たっぷりの声を発する比良牙は、肩をすくめてみせる。からくり人形とは思えないほど、人間臭い動作だった。
「僕が発動したのは<重力解除>。フィールド上に存在する表側表示モンスターの表示形式を変更する罠カードさ」

<重力解除>
通常罠
自分と相手フィールド上に表側表示で存在する全てのモンスターの表示形式を変更する。

 重力が消えた戦場で彷徨っていた<紅蓮魔闘士>が、強制的に純也のフィールドに戻され、守備表示となる。比良牙の<カラクリ>モンスター2体も同様だ。
「<アームズ・エイド>の効果で上昇するのは攻撃力のみだ。守備力は上がらない。加えて、<紅蓮魔闘士>の守備力は最初にやられた<コマンド・ナイト>よりも低い……勢いだけの猪をいなすことなんて、僕にとっては造作もないのさ」
 饒舌になった比良牙は、さらに言葉を続ける。
「それだけじゃない。<カラクリ>モンスターの表示形式が変更されたため、<カラクリ解体新書>にカウンターが2つ乗るよ。今の内に<サイクロン>とかで破壊しておいたほうがいいんじゃない?」
 そう言って、比良牙はくぐもった笑い声を漏らす。純也が<サイクロン>か、それに準ずる魔法・罠破壊カードを持っていないと確信した上で言っているのは間違いなかった。
 先のターン、比良牙はメインフェイズ2に<カラクリ解体新書>を発動し、カウンターを乗せることなくターンを終了した。相手のターンで破壊される危険性を考慮した上で、あえて発動したのだ。
 と、いうことは、相手――純也のターンで、<カラクリ>モンスターの表示形式を変更しつつ、攻撃を防ぐカードを伏せたはず。事実、その推測は当たっていた。
 純也は、先に述べた推測に至らなかったわけではない。
 正確に言えば、どんな推測に至ろうとも、攻撃を躊躇うつもりはなかった。
 なぜなら。
(殴って殴って殴り通す。それが兄さんの……僕のデュエルだからだ!)
「……気に入らないな。随分生意気な目をしてるね」
「なら、僕を倒して目玉を抉り取ればいい。カードを2枚伏せて、ターンエンドだ」
 比良牙の圧力に怯むことなく、純也はターンの終了を宣言した。

【純也LP800】 手札1枚
場:紅蓮魔闘士(守備:アームズ・エイド装備)、伏せ2枚
【比良牙LP4000】 手札2枚
場:カラクリ将軍 無零(守備)、カラクリ忍者 七七四九(守備)、カラクリ解体新書(カウンター2)
 
 
「僕のターン。ドロー……<カラクリ解体新書>を墓地に送って、さらに2枚ドロー」

<カラクリ解体新書>
永続魔法
「カラクリ」と名のついたモンスターの表示形式が変更される度に、
このカードにカラクリカウンターを1つ置く(最大2つまで)。
また、フィールド上に存在するこのカードを墓地へ送る事で、
このカードに乗っているカラクリカウンターの数だけ
自分のデッキからカードをドローする。

 これで、比良牙の手札は5枚。先のターンで消費した手札を一気に補充した。
「<カラクリ参謀 弐四八>を召喚。このカードが召喚に成功した時、フィールド上に存在するモンスターの表示形式を変更するんだけど……わざわざ守備表示にした<紅蓮魔闘士>を攻撃表示に戻す道理はないね。ここは<弐四八>自身を守備表示に変更するよ」
 商人のような格好をしたカラクリ人形……<カラクリ参謀 弐四八>は、その場でうずくまり守りを固める。

<カラクリ参謀 弐四八>
チューナー(効果モンスター)
星3/地属性/機械族/攻 500/守1600
このカードは攻撃可能な場合には攻撃しなければならない。
フィールド上に表側攻撃表示で存在するこのカードが攻撃対象に選択された時、
このカードの表示形式を守備表示にする。
このカードが召喚・特殊召喚に成功した時、フィールド上に存在するモンスター
1体の表示形式を変更する。

「ま、チューニングするんだけどね。レベル5の<七七四九>にレベル3の<弐四八>をチューニング」
 カラクリ忍者が5つの光球へと変化し、カラクリ参謀がそれらを包み込むリングへと姿を変える。
「此度の戦場は主様の狩り場なり! 怒れるカラクリの大将よ! 憤怒を刃に込め、仇敵へと叩きつけろ! シンクロ召喚――出陣せよ! <カラクリ大将軍 無零怒>!」
 光が四散し――<カラクリ将軍 無零>を凌ぐほどの巨体が、戦場へ両足を踏み下ろす。
 憤怒の形相を現した赤き面。甲冑には鋭い棘が無数に張り付いており、両手にはそれぞれ巨大な刀が握られている。
 赤の陣羽織を風になびかせながら、カラクリの軍勢を率いる大将軍――<カラクリ大将軍 無零怒>は雷鳴と共に現れた。

<カラクリ大将軍 無零怒>
シンクロ・効果モンスター
星8/地属性/機械族/攻2800/守1700
チューナー+チューナー以外の機械族モンスター1体以上
このカードがシンクロ召喚に成功した時、
自分のデッキから「カラクリ」と名のついたモンスター1体を
特殊召喚する事ができる。
1ターンに1度、自分フィールド上に表側表示で存在する
「カラクリ」と名のついたモンスターの表示形式が変更された時、
自分のデッキからカードを1枚ドローする。

「まさか、<無零>よりも上の将軍がいるとはの……」
「大将軍、ときたか。こいつは強そうだぜ」
 デュエルの行方を見守る切と創志がそれぞれ感想をこぼすが、言葉に反して悲観的な雰囲気はまるでない。
 どんなモンスターが出てこようが、純也のやることは変わらない。
 殴って倒す。それだけだ。
「<無零怒>も<無零>と同じく、シンクロ召喚に成功した時にデッキから<カラクリ>と名のついたモンスターを特殊召喚できる効果がある。僕は<カラクリ武者 六参壱八>を特殊召喚するよ。そして、<無零>を攻撃表示に変更」
 2体のカラクリ将軍と比べてしまうと見劣りするが、それでも十分な殺気を放つカラクリの武者が、<カラクリ大将軍 無零怒>の隣に立つ。

<カラクリ武者 六参壱八>
効果モンスター
星4/地属性/機械族/攻1800/守 600
このカードは攻撃可能な場合には攻撃しなければならない。
フィールド上に表側攻撃表示で存在するこのカードが攻撃対象に選択された時、
このカードの表示形式を守備表示にする。
フィールド上に存在する「カラクリ」と名のついたモンスターが破壊された場合、
このカードの攻撃力は400ポイントアップする。

「バトルフェイズに入るよ。<無零>で<紅蓮魔闘士>を――」
「させない! 罠カード<威嚇する咆哮>を発動!」
 純也がリバースカードをオープンさせると、獣の咆哮がフィールドに響き渡る。

<威嚇する咆哮>
通常罠
このターン相手は攻撃宣言をする事ができない。

 その圧力に気圧されたカラクリたちは、攻撃態勢を解いてしまう。
「このターン、あなたは攻撃宣言できない」
「さすがに防いできたか。2枚も伏せカードがあるのにこのまま終わるようなら、雑魚以下だからね。それでも、攻撃を完全に封じられたのはちょっと予想外だったかな」
 そんなことを言っておきながら、比良牙に焦りは感じられない。
 相変わらず表情は読めないが、まだ余裕を失っていないのは雰囲気で分かった。
「なら、カードを2枚セットして、ターンエンドだ」
 比良牙の場に2枚の伏せカードが現れ、ターンが終了する。
「さあ、君のターンだ。これが最後のチャンスだと思ったほうがいい。次に僕のターンが回ってきたときは――君が敗北するときだ」

【純也LP800】 手札1枚
場:紅蓮魔闘士(守備:アームズ・エイド装備)、伏せ1枚
【比良牙LP4000】 手札2枚
場:カラクリ将軍 無零(攻撃)、カラクリ大将軍 無零怒(攻撃)、カラクリ武者 六参壱八(攻撃)、伏せ2枚
 
 
「僕のターン……ドロー!」
 その場の空気を切り払うようにして、純也はカードをドローする。
 わざわざ言われなくても分かっている。
 このターンで、決着をつける。
「<紅蓮魔闘士>の効果で墓地から<チューン・ウォリアー>を特殊召喚! さらに、<魔闘士>のレベルを4に下げて<スティーラー>を蘇生させる!」
 前のターンと同様の方法で、2体のモンスターを並べる。
「そして、特殊召喚した2体でシンクロだ……2体目の<アームズ・エイド>を召喚!」
 呼び出すモンスターも同じ、白金の装具だった。
「<アームズ・エイド>を<紅蓮魔闘士>に装備。これで、攻撃力は4100だ!」
 <紅蓮魔闘士>は手にしていた剣を地面に突き刺すと、右手に<アームズ・エイド>を装着する。得物が剣から拳に変わったことで、さらに闘志がみなぎっているようだった。
 攻撃力4100。それは、敗北の象徴とも言える<アルカナフォースEX>の攻撃力を上回ったことを意味している。
「さっきのターンと寸分変わらぬプレイングとは……馬鹿の一つ覚えもいいところだな!」
 比良牙の罵倒を、純也は聞き流す。
 今さら何を言われようと、攻め方を変えるつもりはない。
「僕は……僕の強さを証明してみせる!! 行くぞ! <紅蓮魔闘士>で<無零>を攻撃!」
 純也の攻撃宣言を受け、赤髪の闘士が疾駆する。
 狙うは、怒れる大将軍ではなく、ゆっくりと立ち上がろうとしているカラクリ将軍。
 攻撃が通れば、一撃で決まる。
「――いいだろう! 殴るしか脳のない雑魚に敬意を表して、君の土俵に上がってあげるよ!」
 愉悦を顕わにした声で、比良牙が叫ぶ。
「速攻魔法発動! <カラクリ粉>!!」
 伏せカードが発動した瞬間、<カラクリ将軍 無零>は構えていた軍配を投げ捨てた。
 そして、上空から降ってきた2本の刀を手にする。
 それは、<カラクリ大将軍 無零怒>の刀だった。

<カラクリ粉>
速攻魔法
フィールド上に表側攻撃表示で存在する「カラクリ」と名のついた
モンスター2体を選択して発動する。
選択したモンスター1体を守備表示にし、
もう1体のモンスターの攻撃力はエンドフェイズ時まで、
守備表示にしたモンスターの攻撃力分だけアップする。
この効果はバトルフェイズ時にのみ発動する事ができる。

「<無零怒>を守備表示にすることで、<無零>の攻撃力は<無零怒>の攻撃力分アップする! つまり、<無零>の攻撃力は5400だ!!」
 比良牙が勝ち誇ったような笑い声を上げる。
 <カラクリ将軍 無零>の攻撃力は、<紅蓮魔闘士>を遥かに上回っている。
 だが、<紅蓮魔闘士>は止まらない。止まれない。
 2体のモンスターの距離が詰まる。
 右拳が突き出される。
 左の刃が振り下ろされる。
 激突。
 2つの力がせめぎ合い、互いの得物が弾かれる。
 白金の装具が砕ける。
 しかし、刃はヒビ1つ入らない。
 再度の激突。
 今度は左拳と右の刃だ。
 結果は同じ。<アームズ・エイド>が砕け、<カラクリ将軍 無零>の刃は傷一つない。

「終わりだ――己の無力さを噛みしめながら果てるといい!!」

 思えば、あの時もそうだった。
 <アルカナフォースEX>の攻撃力を越えたとしても、愛城には勝てなかった。
 あの敗戦は、未だ純也の心に大きな影を落としている。
 だから。

 今度は、絶対に砕けない拳を。

「罠カード発動――!」
 瞬間。
 砕けた白金の装甲が、再び<紅蓮魔闘士>の両腕へと集まり、ガントレットを形成していく。
 その色は、元の白金ではない。
 銀。
 真実を映し出す鏡のように煌びやかに輝く、銀だ。
「な……に……!?」
 声だけで分かる。比良牙は、驚愕を顕わにしていた。
 純也が発動した罠カードは――

 <メタル化・魔法反射装甲>。


<メタル化・魔法反射装甲>
通常罠
発動後このカードは攻撃力・守備力300ポイントアップの装備カードとなり、
モンスター1体に装備する。
装備モンスターが攻撃を行う場合、そのダメージ計算時のみ
装備モンスターの攻撃力は攻撃対象モンスターの攻撃力の半分の数値分アップする。


 右手が駄目なら左手を。
 それでも駄目なら。
「――両手を突き出すッ!!」
 <紅蓮魔闘士>が放った両拳が、カラクリ将軍の刀を叩き折る。
「全ての壁を壊す為――」
 殴る。
 カラクリ将軍の巨体が揺らぎ、甲冑に亀裂が走る。
「全ての苦難を越える為――」
 殴る。
 甲冑が砕け、修復不可能な傷を穿つ。

「殴って殴って殴り通す! それが、僕の戦い方だッ!! メタル・ガントレット・ナッコオオオオオオオオオ!!」

 力を吸収した銀色の拳が、カラクリ将軍の胸に風穴を開ける。
 <紅蓮魔闘士>がその場を飛び退くと同時。
 <カラクリ将軍 無零>は、盛大に爆発した。

【比良牙LP4000→0】
 
 <紅蓮魔闘士>の攻撃が通った時点で、勝敗は決した。
 <アームズ・エイド>には、装備モンスターが戦闘によって相手モンスターを破壊し墓地に送った時、破壊したモンスターの攻撃力分のダメージを与える効果がある。
 それが、2体分も発動したのだ。ライフが満タンだろうとひとたまりもない。
「……僕の、勝ちだ」
 大きく息を吐いたあと、純也は比良牙に向かってはっきりと宣言する。
「やりましたね! 純也君!」
 駆け寄ってきたかづなが、喜びを抑えきれないといった感じで背中から抱きついてくる。
 かづなの温かな雰囲気を間近で感じることで、緊張が徐々にほぐれていくのが分かった。
「最初はどうなることかと思ったがの……よく持ち直したものじゃ」
 腕を組んだ切も、安堵のため息を吐く。
 そして。
「見せてもらったぜ。お前のデュエル」
 背後から聞こえてきた声に、純也はかづなに断ってから、振り向く。
 頭に巻いていた包帯を外した皆本創志は、白い歯を覗かせながら笑うと、

「頑張ったじゃねえか。カッコよかったぜ」

 そう言って、右の拳を真っ直ぐ突き出した。
「……はい!」
 純也は右拳を強く握り、創志のそれに突き合わせる。
 コツン、と拳と拳が軽くぶつかる音が鳴り、触れた部分から創志の体温が伝わってきた。
 熱かった。自分のデュエルを見て、血がたぎったせいだ――そう思いたかった。

「やれやれ。まさかこの僕が負けるとはね」

 デュエルディスクを収納状態に戻したカラクリ人形――比良牙がポツリと呟く。
「へっ、お喋りが過ぎたみてえだな。お前みたいに口の軽い悪役は、最後に逆転されて負けるって決まってんだよ」
「フィクションの世界に浸りすぎだよ、雑魚が。僕は負けたとしても君たちに対する認識を改める気はないし……それに、敗因はバトルマニアの猿の土俵に上がってしまったことだ。僕らしく戦えば、こんな結末はなかっただろうね」
「負け惜しみじゃな。何を言っても言い訳に聞こえるぞ? 比良牙とやら」
「ああ、負け惜しみだよ。それでも言わずにはいられないのさ。君たちは弱い、とね」
 デュエルに負けたというのに、比良牙の減らず口は相変わらずどころかさらに勢いを増していた。
「主様にも困ったもんだ。獲物の選別は、もうちょっと慎重にやってもらわないと」
「……貴様には聞きたいことが山ほどあるのじゃ。その主様というのは――」

「――伏せカード」

 切が詰問を始めようとしたところで、かづなが口を開いた。
「かづなおねえさん……?」
「あなたは、まだ伏せカードを1枚残していましたよね。あれはなんだったんですか? ブラフとは思えません」
「…………」
 かづなの真っ直ぐな視線が、比良牙の目――カラクリ人形の赤いモノアイを捉える。
 その視線に何かを感じたのか、比良牙はかづなから目を逸らすと、
「それに答えるわけにはいかないな」
 早口で呟いた。先程までベラベラと喋っていた男のものとは思えないほど、短い言葉だった。
 かづなの言うとおり、最後の攻防の時、比良牙はもう1枚伏せカードを残していた。
 もし、あの伏せカードが<紅蓮魔闘士>の攻撃を阻害するものだったとしたら?
 そんな考えが、純也の脳裏をよぎる。
 すると、ポン、と優しく頭を叩かれた。見れば、傍らに立った創志が自信ありげな表情を浮かべている。
「余計なこと考えんな。お前は勝ったんだ。胸張っていいんだぜ」
 創志の言葉が、影が差し始めていた心中に、再び晴れやかな光をもたらしてくれる。
(そうだ。僕は、勝ったんだ)
 もう、恐れない。
 この手には、戦う力があるのだから。

「……そうそう。負け惜しみついでにひとつ言っておくよ。実は僕はまだ人間で、今は別の場所にいるんだ。このカラクリ人形は、遠隔操作できるデュエルマシーンなんだけど……負けたら自爆するようにセットしておいた。負けた瞬間からカウントダウンが始まってるから、あと10秒くらいで大爆発かな」

「……は?」
 カラクリ人形のマイクから響いた声に、その場にいた全員が耳を疑う。
 あと10秒で、大爆発?
「それじゃ、また会えることを祈らないでおくよ。君たちのアホ面はもう二度と見たくないから」
 比良牙が最後の憎まれ口を吐くと、ブチッとマイクの電源を切ったような音が響く。
 そして、さっきまであれほど滑らかに動いていたカラクリ人形が、ピクリとも動かなくなった。
 静寂。
 爆発のリミットを告げるカウントダウンがないのが、逆に爆弾の存在に真実味を持たせていて不気味で仕方がなかった。

「あ、そっか。ロボットが自爆するのってお約束ですもんね!」

 ポンと手を叩いたかづなが呑気なことを言った瞬間――
「逃げるぞおおおおおおおおおおおお!!」
「合点承知じゃああああああああああ!!」
 4人は一斉に(かづなは切に手を引かれて)走り出した。
 とにかくカラクリ人形から距離を離す。創志や純也、切のサイコパワーでは、間近で起きた大爆発など防げるはずがない。
 走る。脇目も振らずに走り抜ける。
 もうとっくに10秒は経過しているはずだが……
 そう思った純也が、背後を振り返った途端。
 ドカァァァァァァァン! と。
 ハリウッド映画でしかお目にかかれないような大爆発が巻き起こった。
「くそっ! あの野郎マジで爆弾仕込んでやがった!!」
 創志が信じられないといった感じで呻く。
 何とか爆風の余波から逃げ切り、すっかり息の上がった4人は、もくもくと黒煙が上がる光景を眺める。
 ……結局、比良牙から情報を聞きだすことはできなかった。
 彼の言うことが真実なら、比良牙はまだ生きている。再戦の可能性もあるということだ。
 比良牙の言った「主様」。それは、純也たちをこの世界に飛ばした青年のことを指しているように思える。
 あの青年は、何故純也たちや創志たちをこの世界に連れてきたのか?
 疑問は解決されず、疲労感だけが募っていく。創志や切も似たような心境なのか、口を開こうとしなかった。
「とりあえず――」
 沈黙を破ったのは、またしてもかづなだった。

「お腹空きません? パンでも食べましょう!」