シューティングラーヴェ(はてな)

シューティングラーヴェの移行先

遊戯王オリジナル prologue-last

 誰かの足音が聞こえる。
 ……『力』を手に入れてからしばらく味わっていなかった。久しい感覚だ。
 クソッタレな野郎友に殴られ、地に伏した俺に足音が近付いていく。
 大抵顔を上げた時には、理由もなく足で顔を踏まれたり、無理やり立たせて再び殴られたり……
 そんなお決まりの展開の連続だった。
 だったらこの足音の主も、きっとロクなもんじゃない……。

「――生きてるか、戒斗?」
「……!?」

 声を聞いて、一気に目が覚める。
 目の前には右手が差し伸べられていた。あちこちの皮が剥けて酷い有様の、ボロボロの手。

「確かにロクなもんじゃねェな、これは」
「……てめぇ、人がせっかく」
「うるせェな、負かした相手に……しかも他人に善意を押し付けるんじゃねェよ」

 へッ!と治輝の手を振り払うと、素早く戒斗は身を翻し体を起こす。
 手を振り払われただけで「痛ッ!」と治輝は体勢を崩し、倒れそうになる。

「馬鹿じゃねェの?人を助け起こす前にてめェを助けてろよ」
「……んな事言ってたら何もできねーよ。っていうかおまえが言うな」

 そんな治輝を見て、戒斗は少し前の事を思い出す。
 光の奔流に巻き込まれる、ほんの少し前。
 だが、その思考に治輝の言葉が割り込んでくる。

「戒斗、おまえはまだ人を襲うつもりか?」
 責めるような口調ではない。
 ただ何かを確かめるような、そんな調子の声だった。

当たりめェだ。それが『ペイン』の常識なんだからなァ」
「……」
「……だが、しばらくは静養だな。てめェのせいで体がアチコチ痛みやがる」

 その言葉を聞いて、治輝は複雑そうな……よくわからない表情を向けて来る。
 ただ、不思議と不満そうな素振りには見えなかった。

「……あと、多少方針も変更する。てめェに二度とアレを言われたない為にな」
 そう、俺の復讐は正しい。
 ならばその正しい俺がクソッタレと同じと言われるのはもう二度とごめんだ。
 だったら俺は俺の中で、絶対的に正しい存在になって「復讐」を実行してやる。

 そんな戒斗の言葉を聞いて、治輝は考える素振りを見せる。
 説教でもする気かァ……?とそのまま視線を向けていると

「アレ、って……なんだ?」

 戒斗は無言で、治輝の腹を思いっきり殴った。

「……がッ!?てめぇ、無言で殴んな!」
「てめェこそなんだ、決闘が終わった途端ボケボケになりやがって!」

 戒斗は頭を掻き毟りながら、ゲホゲホ言ってる情けない勝者に視線を向ける。
 治輝はその様子に特別な物を感じたのか、息を整えて戒斗に話を促す。

「……なんだ?」
「おめェは、俺の同級生か?」

 簡潔な言葉を、投げ掛ける。
 治輝はその言葉を聞いて、深く息を吐き……。
 少し砕けた口調になって、戒斗にこう言った。

「当たり前だろ?同じ年齢で、同じ学校通ってたんだから」
「……そーか」

 このやり取りだけで十分だ。
 戒斗は踵を返し、その場を去ろうとして……少し進んだ後に後ろを振り返り、大声で叫ぶ。

「だがなァ、覚えておけ。てめェは俺の『生き方』を否定した!」
「……」

 戒斗にとっての痛みとは、自分の分身のような物だ。
 だからこそ、戒斗は治輝とは相容れない。

「俺の痛みを否定したんだ。だから俺は、てめェを否定する!」
「……こっちも同じだ。おまえが『完全』になっちまったら、その時は殺してやる」

 ――お互いが睨み合いながら、その言葉を言い終わると
 今度こそ戒斗はこちらを二度と振り返らずに、そのままその場を去っていった。







 ……体から、力が抜ける。
 治輝は自分を支えきれず、ふらっと瓦礫の上に倒れそうになる。

 トン、と、小さな力が治輝を支えた。
 振り返れば背中には、目を真っ赤にした変な女の子の手が触れていた。

「なお……君」
「……」
「なお君!なお君!なお君!」

 かづなの声が、やけにクリアに聞こえてくる。
 目が真っ赤なのは、ちゃんと生きてるって事だ。
 声が出せるって事は――元に戻れた、って事だ。

 治輝は涙声のかづなに目を向けず、再び前を向いた。
 商店街のマンションが一つ幻魔の力によって倒壊したので、夕日がよく見える。

「泣いてるのか?」

 少しいたずらっぽい声で、治輝はかづなに話し掛ける。
 あくまで視線は、前に向けたまま。

「……泣きません」

 かづなは、目を赤くしながら涙声を押し隠す。
 それは、これからは強くなろうという決意の証。
 辛い事が、これからも起こるかもしれない。
 その度に決意は揺らぎ、時に壊れてしまうかもしれない。





 それでも




「……なお君?」
「今日の所は帰ろうか、晩飯は俺が作るよ」

 その意味を理解するまで5秒。
 そしてかづなが満面の笑みを浮かべるまで8秒。








 ――それでも。コイツはコイツらしく、乗り越えてくれるような気がする。
 決して口には出さないけれど、治輝は目の前の落ちていく夕陽を見て、そんな事を思った。